20話:【魔王】シンティア・レインバード
その後、俺たちは別れ用意された自室に向かった。
誰も、一言も発さなかった。何をしゃべればいいかもわからなかった。
俺は一人、用意された部屋のベッドに寝転がりながら、ぼうっと天井を見つめる。
目をつむる。
しかし、眠ることはできなかった。
俺はベッドから、起き上がり部屋を後にした。近くにあるシンティアの部屋を訪ねる。
ラルだけは、俺たちに用意された客室とは別に、離れた場所に豪華な一室が用意されているらしい。恐らく彼女が逃げ出さないように、監視をしやすくする意味もあるのだろう。
部屋に入るなり、確認をとる。
「お前、知ってたか?」
ラルが結界を貼り直せば、死ぬという事を。
「どう、でしょうね」
「予感はあったって事か?」
シンティアは頷いた。
「はい。結界の真実は、確かに私には知らされていませんでした。しかし、妙だとは思っていました。過去、ホルスト神殿に向かった【巫女】たちは誰一人として、帰ってきていない。また、事前に私に見せられたホルスト神殿や【巫女】に関する資料も、誰かの改ざんが加えられた形跡がありました」
「当然、聖教国はこのことを知ってるよな」
「間違いなく」
シンティアは窓の外に目を移した。
そこには、なだらかな丘と森林、そして何処までも広い大空が広がっていた。神殿は丘の上に立っており、尚且つこの部屋は2階にある。
緑あふれる自然の景色が良く見えた。
耳をすませば、穏やかな風の音や、小鳥のさえずりも聞こえる。
しかし、それは誰かの犠牲の元に成り立っている景色だ。
ラルがこれから死ぬことで存続する世界だ。
「私は駄目ですね。いつも都合の悪い現実から目を逸らす。まさか、そんなはずない、と自分を騙していました。認めたくなかった。私があの方を、処刑台まで連れてきてしまったなんて」
シンティアの目じりには涙が溜まっていた。
彼女とラルの付き合いは、俺とラルのそれよりもずっと長い。ショックも自責の念も、俺の感じたそれとは比べ物にならないほど大きいだろう。
「………ハイト、貴方はどう思いますか?この結界について」
「ふざけてるな」
即答だった。
深く考えずとも、それだけははっきりしている。
少女を犠牲にして、結界を維持する。
そんな仕組みが正しい筈がない。
勿論、世界を運営する上では、ラルの犠牲は必要な事なのだろう。彼女が結界を貼り直さなければ、オルファンは復活し、世界は混沌に包まれる。しかし、世界にとって必要な事と、それが正しいかどうかは、イコールで結ばれるわけではない筈だ。
「ふざけている……」
シンティアは俺の言葉を反芻する。
「ええ、本当に。ふざけている。そうです。その通り」
そして、何度も頷いた。
「こんなことが許されていい筈がありません。たった一人に責任を押し付けて、その命を奪っておいて、悠々と素知らぬ顔で平穏を謳歌する。そんな事を許していい筈がない」
呟くようだった言葉に徐々に力が籠っていく。
そして。
「そうです。……それを許すような国は…!いや、それを強要するような世界は!間違っている!」
バキリ、と何かがひび割れる音がした。
「シンティア、仮面が…」
シンティアが身に着けている白い仮面。
それに大きな皹が入っていた。
「え?」
シンティアは困惑しながら、仮面を触る。
仮面についた傷を確認した彼女は、首を左右にゆっくりと振る。シンティアは片手で顔を覆い、膝から崩れ堕ちる。その肩は細かく震えていた。
「どうして、どうして…。このタイミングでっ……!」
悲鳴のように彼女は声をあげる。
そして、何かに気づいたのか、はっと顔を上げた。
「いや、今この時だからこそ、か。今ここにおいては、私は私を受け容れたから…。最悪の予想が真実となり、あらゆるものに愛想が尽きたから……」
「シンティア?」
明らかに今の彼女は普通の様子ではない。
だけど、俺は崩れ落ちた彼女にかける事ができなかった。
何故なら。
だって。
仮面に皹が入って以降の彼女の雰囲気は。その漏れ出す魔力は。
まるで……『奴』のようではないか。
「はっ」
シンティアの口の端が吊り上がった。
そして、笑う。
「は、ははははははははははははは!!ははははははははははははは!!」
狂ったように、彼女は嗤う。
世界を、神を、何よりも自分自身を嘲笑っているようだった。聞く者を否が応でもその場に抜いとめる、あらゆる激情を煮詰めた笑み。
ゆっくりと幽鬼のように、シンティアは立ち上がる。
舌の根が渇く。
さっきから冷汗が止まらない。
俺はなんとか声を絞り出し、シンティアに尋ねる。
「一体、どうしたんだ?」
「いえ、ね。やはり私は醜悪な人間だったと、改めて認識しまして」
そして。
俺の頭があった場所を、聖剣グラムが通過した。
「っっ!」
俺は咄嗟に頭を下げ、それを躱した。
シンティアは聖剣グラムで俺を斬りつけたのだ。
刀身は鞘から抜かれてこそいないものの、あんな勢いで殴られれば、間違いなく気絶していただろう。下手をすれば頭をかち割られていたかもしれない。
「へえ、避けますか。流石ですね」
俺の反応を見て、シンティアはにい、と唇の片方を上げた。
そんな笑みを俺は知らなかった。
シンティアは聖剣グラムを振りかぶる。
まずい。
今俺は武器を持っていない。
それにこの狭い部屋では、俺とシンティアの身体能力の違いがモロに出る。勝てる要因が何処にもない。
俺は、シンティアの斬り落としを転がって避けると、窓に飛び込んだ。散らばるガラスと共に、俺は一階に落下する。シンティアは硝子のなくなった窓から、俺を見下ろしていた。
「ふむ、逃げますか」
シンティアは俺を追ってはこなかった。
窓の近くから彼女は離れたのだろう、シンティアの姿はやがて見えなくなった。
「………はあ、はあ、はあ」
それを確認した俺は、両手両ひざをついて荒く息をする。そして呼吸を整えると、鋭く尖ったガラス片でついた傷を〝キュア″で治していく。誰に聞かせるわけでもなく呟いた。
「一体何がどうなってる?」
答えの代わりに、誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「うわああああ!?」
「【勇者】が乱心したぞ!!」
「勝てるわけがない!」
それも一人ではない。
シンティアが、ホルスト神殿で暮らす者たちを襲っているのだ。
◆
俺はシンティアに見つからないように、自室から自分の剣を回収する。
そして、悲鳴が聞こえる方向へ向かう。
神殿内にはシンティアにやられた人々が倒れていた。幸い、死んでいる者はいない。悪いが治療している時間はない。心の中で頭を下げながら、苦悶のうめき声を上げる彼らを置き去りして歩き出す。
何が起こっているのか、全く分からない。
だが、俺の足は自然と『封印塔』へと伸びていた。
そして。
『封印塔』と周囲の建物を繋ぐ渡り廊下。
そこにシンティアはいた。
今まさに、『封印塔』に足を踏み入れようとしている所だった。
「シンティア!」
俺は声を彼女の背に声を投げかけた。
シンティアの動きは、ぴたりと止まった。
「………来ましたか。追ってくるだろうと思っていましたよ」
「シン、ティア。お前一体どうしたんだ。俺には意味が分からない」
シンティアは俺の方向を振り向く。
そして、ひび割れた白い仮面をおもむろに外した。
シンティアの顔が露になる。
――そこには傷なんて何処にもなかった。
陶磁器のように美しい肌がそこにはあった。
記憶の儘の、いや、記憶よりも綺麗になったシンティアの顔。
だけど、どうしてだろう。
俺はその顔を見てから、冷や汗が止まらない。
いや、本当は分かっている。
理由なんて明白だ。
「ハイト。私を見て下さい」
「……なに?」
「私を見ろッッ!」
俺は震える唇で、その特技を使った。
「…〝ジョブ・オープン″」
シンティアの顔の横に、彼女の名前と【職】が表示される。
シンティア・レインバード 職:魔王
今の彼女の雰囲気は、漏れ出るその黒色の魔力は、【魔王】プロキオンにそっくりだった。
『最後の、手向けに……、忠告しておこう、【職】も持たぬ、謎に満ちた英雄よ。……その女―――――――』
奴が最期に残した言葉が俺の脳内で蘇る。
『――――今のうちに殺しておけ。後悔するぞ』
物語も佳境に入ってきました。




