17話:強者
特に何事もなく山を下りる事が出来た。
村長はオーガが討伐されたことに大層喜び、スズカが無事であったことに心底安堵していた。
一か月ほど前から、スズカとウィリアムはこの村に滞在しているようで、村の老人たちから孫娘のような扱いを受けて、可愛がられているらしい。
ちなみに、村の入り口付近に止めてあった豪華な馬車はスズカたちのものだったようだ。
剣神杯で、数えきれないほど優勝し、世界最強の剣士の名を欲しいままにしているブラックロータス家。国を治める皇族の剣術指南役も務めるその財力は、俺が想像もつかないほどに大きいのだろう。
彼女たちは、村で宿をとっておらず、馬車を宿代わりにして暮らしているらしい。まあ、あの大きな馬車なら、大抵の宿よりも居心地がいい筈だ。
スズカは村についても、まだ目を覚まさなかった。
そのまま馬車に取り付けられている寝台に寝かせられる。
気絶というより、もう寝てるんじゃないだろうか。
俺は一旦、シンティアとラルと別れた。
今はスズカたちの馬車の前で、彼女が目を覚ますのを待っている。
彼女に謝罪するためだ。
ウィリアムも言っていたように、非があるのは突然抜き身の刃で斬りかかってきた、スズカの方だろう。
しかし。
元はと言えば、俺が〝ジョブ・オープン″で彼女の【職】を盗み見て、至らぬ言葉を呟かなければ、こんな事態にはならなかった。俺も十分悪いだろう。
相も変わらず自分は人の気持ちを考えられないな、と奥歯を噛みしめる。
バグ街に住んでいたあの爺さんのように、見るからに何かしらの事情を抱えていると分かれば、流石に【職】を無遠慮に暴き立てようとは思わない。
自分から望んでバグ病にかかり、死を望む人間だ。
何かが過去にあったのだと明らかに察することができる。
逆に言えば、それくらい目に見えなければ、自分は中々相手の心情を慮ることはできない。
思い返せば、自分は人の心の地雷を踏む事が多い気がする。
学生時代もそうだった。
というか、今よりもずっと酷かった。
その頃の自分は、本当に他人の事なんて見てやしなかったし、興味もなかった。
そもそも、人に期待していなかったのだろう。
◆
馬車の扉が開かれ、ウィリアムが出てきた。
「お嬢様が目を覚まされました」
俺は、彼に促され馬車の中に入る。
馬車の中だけあって、調度品は少ない。
真ん中に床に固定された小さなテーブルがあり、端にはベッドが設置されていた。それでも、小さな家の部屋くらいのサイズはあった。
スズカはベッドに腰かけていた。
脇には漆黒の鞘に納められた刀が置いてある。
きっと寝るときであっても手放すことは無いのだろう。
テーブルを挟んで、彼女と向かい合う。
「お主…」
意外にも、その声は理知的だった。
俺を切り殺さんばかりの、怒気は鳴りを潜めていた。
スズカは俺に頭を下げる。
「すまなかったな。突然刀を向けてしまって」
「いえ、お気になさらず。むしろ、申し訳ありませんでした」
俺も彼女に頭を下げた。
それに対し、スズカは不思議そうに眼を丸くした。
「ふむ?」
「俺は貴女の、譲れない部分に土足で張り込んでしまった。それだけでは飽き足らず、汚してしまった」
「……ウィリアム、か。ふむ。小童。何処まで聞いた?」
「大体全部です」
「そう、か」
スズカは一度瞑目した。
数秒の沈黙の後、彼女は声を張り上げた。
「気にするな!」
その声には、俺に対する怒りは微塵もなかった。
むしろ、自身に対して苛立っているようですらあった。
「お主に刃を向けたのは、某が弱いからだ。……武者修行の旅を初めて4年になる。【職】に頼らずとも、己自身の力のみで剣を究めようと、某はそう考え、世界を旅した」
しかし、と彼女は続ける
「4年たった今でも、際立った成果は何も上げられていない。むしろ、ウィリアムに苦労を掛けるばかりだ。……最近は心のどこかで思っていた。某が剣を握る資格などあるのだろうか、と。某が剣を振る意味などあるのだろうか、と。…くく。これでは闇の眷属に敗北するのも道理だな」
スズカは苦笑する。
「お主に図星をつかれ、不甲斐ない某はそれを認めたくない故に、剣を抜いた。滅するべきはお主ではなく、某にの邪なる弱き心だというのに。……許せ。そして、この無様さを笑ってくれて構わない」
山で会った時と比べ、やはり随分と印象が違うと思った。
あの、なんというかこちらの都合も考えずに、一方的に捲し立てるような会話をしてこない。奇麗な会話のキャッボールが成立してるだけでなく、冷静に己の非を認めている。
……いや。
むしろ『こちら』が彼女の素なのかもしれない。
きっと、あれらは空元気の類だったのだろう。
変な用語も、妙に長い技名も、己を鼓舞するためにやっていたのだ。
そうしなければ、折れてしまうそうになるから。
現実を直視するわけにはいかないから。
「お主のお陰で、自分の弱さを知れた。感謝する」
それでも。
彼女は、折れる事はなかった。
現実から逃げるのではなく、現実に反逆していた。
俺の唇は、俺の意志とは別に勝手に言葉を紡ぐ。
この人に、どうしても尋ねたいことがる。
「一つ、質問を許して頂いても良いですか?お気に触る内容かもしれませんが」
「うむ。許そう」
「貴女は……、貴女はまだ、剣を愛しているのですか」
「何?」
俺の言葉にスズカは小首を傾げた。
質問の意味が分からないといった感じだ。
「剣から、愛されていなくとも。それでも、貴女は剣を愛せるのですか?」
「当たり前だろう?」
即答だった。
一切の迷いを彼女は見せなかった。
その姿に俺は思わず、息を飲む。
「………、貴女は創造神ノルンに【職】を与えられた。……【大魔法使い】。立派な【職】だ。貴方はその存在を創造神ノルンに認められている。そして、生きるべき意味を、この世界における役目を与えられた。…それでも、それでも、【職】に逆らうのですか?」
「……難しい事は分からん」
スズカは俺の言葉に眉を顰める。
「産まれた頃より…、いや産まれる前から剣と共にあった。……ああ、そう言う意味では、愛とは少し違うのかもしれないな。……剣は某の一部だ。役目だの、意味だのはよく分からんよ。ただ某は剣に生き、剣に死ぬ。その過程で無謬の民の助けになれれば、なおよい。単純だ。…ああ、そうだな。単純だ。某も、今思い出せたよ」
いっそ穏やかともいえる表情で彼女は言う。
ウィリアムから彼女の話を聞いた時、自分と似ていると思った。
そう、俺とスズカの境遇は似ているのだ。
きっとスズカは、【職決めの儀式】以前までは、武門の家の才ある娘として、周囲に将来を渇望されていたのだろう。
しかし、【職決めの儀式】以降、全てが一変した。
神の愛。
俺は神だけを支えに生きてきたが、神は俺の事を見てはいなかった。
剣の愛。
彼女は剣を愛していたが、剣は彼女を愛さなかった。
確かに。
2人の境遇に似ている点はあるだろう。
だけど、境遇が似ているだけで、俺とスズカは全く違う人間だった。
「貴女は……。貴女は、強い人だ。とても、とても、強い人だ」
俺よりも。
ずっと、ずっと。
スズカは俺の賛辞に、一瞬呆けたような顔をつくる。
そして、恥ずかしそうに小さく笑った。
「くく。そのような賛辞、本当に久々に言われたぞ。…ああ、4年ぶりだ。だが、悪くはない」
◆
謝罪も済んだため、俺はシンティア達と合流することにした。
陽も、落ちかけている。
腹の虫も鳴ってきた。
「それではまたな、小童。上手くはいえんが、お主のお陰で初心を思い出せた気がする」
「ハイトです」
「ふむ?」
「ハイト・アイオン。小童って言いますが、俺はもう17歳ですよ。とうに成人してます」
「……くくく! ならば某も、もう一度名乗ろう! 某は暗黒破壊剣神スズカ・ブラックロータス! いずれ、剣の世界の頂に立つ者! その剣を持って、遍く闇の眷属を滅する者! 覚えておけ! ふはははは!」
突然スズカは声色高く笑い始めた。
…ああ。
一応そっちも素なのか……。
まあ、いいけど。
宿までの道は、途中までウィリアムが案内してくれた。
彼らはこの村に1か月滞在している。勝手知ったる道だろう。
道すがら、ウィリアムが俺に対して頭を下げてきた。
「ありがとうございました。ハイト様」
「はい?」
何のことだろうか。
「近頃のお嬢様は無理をしているようだったので。明らかに空元気をしておりました。本来ならば、オーガに正面からぶつかる程、猪突猛進な方ではなかった。……ありがとうございます。貴方のお陰で、お嬢様は何かをふっきれたようです」
「……俺は何もしていませんよ」
本当に何もしていない。
俺が何を言うまでもなく、何をするでもなく、彼女は一人で立ち上がった。
スズカ・ブラックロータス。
【職】に逆らい、己の信じる道を行くその姿に、嫉妬と羨望を抱かないと言えば、嘘になる。




