15話:覇王暗黒破壊剣神(自称)スズカ・ブラックロータス
森の中に老紳士がいた。
黒の燕尾服を纏い、真っ白な髪を撫でつけ、その顔には深いしわが刻まれていた。腰には刀が差してある。
老紳士は俺たちを見ると、好々爺めいた穏やかな笑みを浮かべ頭を下げる。一切の淀みがない、美しい所作だった。
「これはこれは。ご機嫌用」
「ご、ごきげんあそばせなこと?」
思わず面食らい、変な返しをしてしまった。
あそばせなこと、って…。
学生時代によく突っかかってきた、あのドライクロウ家の令嬢のようではないか。
老紳士は何かを見守っているようだった。
彼の視線の先を追う。
そこには木々のない開けた空き地があり、その奥には洞穴があった。
きっとあれがオーガの巣なのだろう。
洞穴の前には、一人の少女が立っていた。
あれが村長の言っていた、『訳ありの冒険者』だろう。
烏の濡れ羽色の長髪をポニーテールで纏めた、長身の女性だった。
年齢は20歳前後か。
纏う衣服は、 東方の国の伝統的な装束である着物だった。
しかし、随所に聖教国の意匠が見られる。色は彼女の髪と同じような漆黒。
左目は怪我しているのか、黒のレースで飾られた眼帯に覆われている。
身体の凹凸が分かりにくい着物の上からでも、起伏に富んだ女性らしい曲線が見て取れる。
その柳腰には老紳士と同じように刀が下がっていた。
さて。
と、俺は思案する。
ここからどうするべきか。
いきなり『村長に頼まれて、助っ人に来てやったぜ!』と言いながら、現れるのはどうなんだろうか。人によっては、プライドを傷つけてしまうかもしれない。
まさかこの俺が他人の心情を慮ることになろうとは、と自身でも驚いた。
「くくくくく……」
ん?
なんだ、あの女。
突然笑い出したぞ。
もしかして、木の陰に隠れる俺たちに気づいたのか?
「はーーーーはっはっはっは!人々を苦しめる闇の眷属よ!この覇王暗黒破壊剣神スズカ・ブラックロータスが貴様を討伐に馳せ参じたぞっ!さあ、その城から出てくるがいいっ!忌むべき闇の力を持って、某は貴様を倒そう!」
スズカとかいう女は、突然洞穴に向かって叫びだした。
右手で左目の眼帯を隠すポーズつきで、だ。
「なんだ、アレは…。突然叫びだすなんて、怖いぞ」
「お前の過去を振り返ってみろ」
ラルは横で呟く。
こいつは一体何をいっているんだ?
それはともかく、
「覇王暗黒破壊剣神ってなんだ?」
「そのような【職】には心当たりはありませんね」
「私もだ。…闇の眷属とか、闇の力ってなんだ?」
「モンスターの地域別の呼び名じゃないか。闇の力ってのは、きっと闇属性の魔法の事だろう」
「そう、なのでしょうか?何か、違う気がするのですが……」
スズカは、木の陰に隠れる俺たちの方向を向く。
正面から彼女を見ると、びっくりするくらい整った顔だちであることが分かった。
「む、何奴!」
「あ、流石にばれましたね」
俺たちは素直に出てくる。
スズカはこちらに言い放った。
「……小童。ここは危険だ、早く立ち去るがいい。今よりここは苛烈な戦場となる。某の本気は己にも制御がきかんのでな……っう!」
小童というか俺はもう成人してますよ、と俺が口を挟む寸前。
突如として彼女は右腕を抑えて苦しみだした。
「くっ!が、ああああああああ!ま、まずい!右腕に封じられじモンスター、黄昏のフェンリルが疼くっ!待て!万物を飲み込みし、破壊の獣よ……!そなたの獲物はそこの罪なき子供たちではない!その杖を振るうべき贄は、今そこにいる!待っていろ!そなたの世界すら食まんとするその渇き、某が癒そう。……故に我に力をかせえええ!!」
な、なんだ。
こいつは……。
「さあ、此処は危険だ。立ちされいっ!」
「は、はい」
傍らのシンティアが頷く。
まさか、【勇者】が気圧されるとは。
スズカがそんなシンティアを見て、呟いた。
「……かっこいいな、貴様」
早足でシンティアの目の前まで移動してきた。
そして、シンティアのつま先から頭の先までを舐めるように眺め、感激したように目を輝かせる。
「男装の仮面騎士……とか。うむ。かっこいいではないか!…その胸はさらしとか巻いているのか?できればコツをお教え願いたい。かつて某も巻こうとしたが、某のは如何せん大きすぎてだな……。上手くいかなかったのだ」
「ちっ」
俺はその時、初めて彼女の舌打ちを聞いた。
「これは私がまな板なだけですねえ…!」
口調こそ丁寧だ。
仮面のせいで表情も読みにくい。
しかし、その仮面の裏には、確実に青筋が浮かんでいる確信があった。
「なん、だと!力を封じたわけではなく…其れこそが貴殿の本来の力だと!?恐るべしなり……」
「馬鹿にしてるんですか!?貴女!?」
ドスンドスンと、洞穴の中から地響きが聞こえてきた。
スズカが洞穴の方向を振り返る。
「む、来たか。闇の眷属……」
やがて、暗闇の中からオーガが出てきた。
数メートルの巨躯と右手に持ったこん棒は威圧感たっぷりだ。
オーガが地鳴りのような低い声で咆哮する。
その音圧で肌がピリピリと震えた。山全体を震わせたかと思うほどの大声だった。
おお、凄い。
これが、オーガか。
「いくぞ、我が魔聖剣エクスキャリバーの錆と成れっ!」
叫びと共に、スズカは腰に佩いた刀を抜いた。
溶かした宝石で美麗な装飾が施された黒い刀身の刀だった。
魔剣か聖剣か、どっちなんだ。
いや、エクスキャリバーなら聖剣寄りなのか?
ちなみにエクスキャリバーとは、300年前のバルド王国の勇者アーサーが愛用した伝説の聖剣だ。
アーサーはこの剣を携えれば、どれ程苛烈な戦場でも不敗だったという。
しかし、エクスキャリバーは酒に酔い湖に飛び込んだアーサーの手によって、深海2000メートルに沈んだ筈。
スズカが携えたあの漆黒の刀が、かの伝説のエクスキャリバーそのまのだという可能性は著しく低いだろう。
だって、エクスキャリバーはロングソードだ。
間違っても刀ではない。
というか、何だあのギラギラした装飾は。
黒の刀身は、背景に溶け込む視認性の低さがウリなのに、アレでは台無しだろうが!
「我が魔聖剣の錆となるがいい。究極・暗黒・銀河斬!」
長ったらしい大層な名前だが、繰り出したのは【侍】の基本特技《壱の大刀・絶風》だった。
風を断ち切るような、高速の斬撃を敵に向かって繰り出す特技で、【侍】が一番初めに覚える特技である。
俺は驚愕した。彼女が繰り出した特技に、ではない。
《壱の大刀・絶風》は基本ではあるが、とても有用な特技だ。
ただ。
それを放ったスズカの動きが、余りも遅かったのだ。
「まず―――」
まずい、と口に出した時には遅かった。
スズカの《壱の大刀・絶風》はオーガには届かなかった。
逆に彼女はオーガの振るう棍棒を真正面から食らい、木々に勢いよく叩きつけられて気絶した。
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