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14話:オーガ討伐へ

 ビギ二ンを出発して、3日が過ぎた。


 一日目は最寄りの街に泊まり、2日目は小さな村の空き家を使わせて頂いた。昨晩は森の中で夜を明かした。聖教国の北東に広がる草原をとうに超え、俺たちはその先にある森林地帯に入っていた。


 太陽が頂点をやや過ぎた頃、俺たちは森の麓のとある村に立ち寄った。

 この森を超えれば、目的地であるホルスト神殿は目の前である。



「なんだ。あのでっかい馬車は?」


 村の入り口付近に巨大な馬車が止まっていた。ここまでくると、半分家のようなものだろう。

 【勇者】と【巫女】が乗る俺たちの馬車よりも、ずっと豪華絢爛だ。


 つい訝し気な声をあげてしまった俺に、シンティアが言う

 

「どこかの国の王族でも滞在しているのでしょうか?」


「まさか。村の住人に申し訳ないが、これといった特産品も目を奪われるような美しい景色もなさそうだぞ」


「ハイト。お前失礼だな。……というか私の故郷に比べたら100倍は発展しているぞ」


「ラル。質問なんだが、貨幣制度って知ってるか?」


「殴るぞお前」


 そんな事を言いながら、俺たちは村の中に入っていく。

 ラルとも大分打ち解けて、遠慮がなくなってきた気がするな。



 村の中に入ると、大きな2つの建物が目についた。


 両方石造りで建築されている。

 村の規模に反して、立派すぎるつくりだ。



 冒険者ギルドとノルン教の教会だった。



 この2つの建物は、そこそこの規模を持つ集落には大抵の場合設置される。元々の機能に加え、人々の集会場のような意味合いも持っているのだ。


 冒険者ギルドは、世界に散らばる冒険者と呼ばれる人々を管理する組織である。


 冒険者の主な仕事は、人々に害をなす生物、モンスターの討伐だ。

 しかし、他にも要人の警護、盗賊の捕縛、薬草の採集など、報酬さえ払えば大抵のクエストは引き受ける。


 【剣士】や【魔法使い】など、戦闘に適性のある【職】を持つ者の多くは、冒険者を志す。モンスターの被害に日々悩まされるこの世界では、冒険者の需要は何処でもあるからだ。


 冒険者ギルドは、そんな冒険者たちを管理し、依頼人と冒険者を仲介する役目を持つ組織である。



「シンティア。どうする?今日はこの村に泊まるのか?」


 俺は御者席にいるシンティアに尋ねた。


 目的地のホルスト神殿は山を一つ越えたところにある。

 無理をすれば、今日中にたどり着けそうではあった。


「そうですね。…今日はこの村に滞在させてもらいましょう。到着が一日遅れたくらいなら、神殿の方とて大目に見てくれるでしょう」

「……そもそも、それを言うならプロキオンの襲撃のせいで大幅に到着の予定は遅れているがな。本来なら、1か月前にはついている筈だ」


 ラルが苦笑した。


 俺は頷いた。

 雇い主は彼女たちだ。ベッドで眠りたかったし、反論する理由は何処にもない。

 

 一泊するのならば、まずは宿を見つけなければならないな、と俺は客席の窓から周囲を見回した。すると、馬車に一人の老人が近づいてくるのが見えた。


 



「もし、そこの方。ようこそ。儂はこの村の村長じゃ。いきなりですまん。頼みがあるんじゃが――」

 

 なんでも、この村の村長のようだ。


 御者席に座るシンティアの身なりや装備から腕が立つことを見抜いたのだろう。【勇者】であることまでは、気づいていないようだ。


 どうやら彼は、俺たちに頼みがあるらしい。

 シンティアは馬を止めて、村長の話に耳を傾ける。




 なんでも、村の近くに厄介なモンスターが住み着いているらしい。

 シンティアは村長が口にしたモンスターの名前を反芻する。


「オーガ、ですか」


 村長は頷いた。


「うむ、一月ほど前からかのう。縄張り争いに負けたのか、他所の森からやってきたオーガが近くの洞穴に住み着いたようなのじゃ。幸いまだ誰も襲われた者はおらんが、いつ獲物を求めて村に降りて来やしないか」


「なるほど、それは大変だな」


 ラルが言う。


 オーガは、巨大な体躯を持った人型のモンスターだ。


 基本的に群れではなく、一匹単位で行動する。

 人間の幼児程度の知恵があり、魔法や剣を通しにくい強靭な筋線維も相まって、厄介なモンスターとして人々から恐れられていた。


 ちなみに、俺はまだ本物のオーガを見たことがなく、本の図解でしか知らない。


 或いは、今日会えるのかもしれない。

 村の人たちには悪いが、胸の奥にしまった好奇心が刺激された。


 日頃馴染みのない生き物に接するのは、興奮する。

 勿論、それが自分に害を及ぼさないという前提は必要だが。


 そんなことを俺が考えていると、シンティアと村長の話は随分と進んでいた。


「では、一応にギルドに相談はしたのですね」


 既にとある冒険者がオーガの討伐に既に出向いているらしい。

 それならば、俺たちは必要ないように感じるが、


「うむ。ギルドから紹介された冒険者はいるにはいるんじゃが…」


 成程。


 村長の言葉の続きを俺が引き取る。



「頼りない奴だったのか?」


「うむ。まあ、そういうことじゃ。……心配なんじゃよ。あの子、逆にオーガにやられてやしないか。じゃから、様子も見に行ってくれんかの?」


 

 礼として、この村での宿泊費は無料になるらしい。


 オーガの討伐の報酬としては、安すぎる。

 が、俺たちの誰も口をそれに異論を唱えたりはしなかった。


 【勇者】や【巫女】であるシンティアは、金に執着がないのだろうし、どうせ俺は彼女たちを神殿まで送り届ければ、国から莫大な褒賞が貰えるだろう。





 オーガの住処の洞穴は、村の若者によって見つけられたらしい。

 俺たちはそこを目指して、山を徒歩で登っていた。


 馬は村に置いていっている。

 この道とはとても言えない斜面を、馬に走らせるのはかなり酷だと思ったからだ。


「おっと」


 神童としては実に情けない話だが、山道の凸凹に足をとられ、俺はこける。


「大丈夫ですか、ハイト?」



 シンティアは枯葉にしりもちをつく俺に手を差し伸べてきた。

 俺はそれを掴みながら言う。


「山に登るなんて久しぶりだからな。……お前たちの足腰はしっかりしてるな」


 シンティアはまだしも、ラルの歩みは堂々としたものだった。

 そのぶかぶかのローブは、さぞ歩きづらいだろうに。

 


「……貨幣制度も禄にない田舎の出だからな。娯楽もないもんだから、子どもたちは野山を駆けまわって遊ぶのさ」


 ぶっきら棒な口調でラルは言う。


 なんだ、拗ねてるのか?

 先ほどの俺の言葉を根に持っているのかもしれない。


 シンティアは薄い胸を張った。


「私も山登りには結構自信ありますよ。勇者として 国中を回りながら各地のモンスターを討伐していましたが、その中には当然山に住むモンスターも含まれていましたから」


「なるほど。…そのモンスター討伐の話、結構気になるな」


 オーガの洞穴に着くまでの道すがら。

 俺たちはシンティアの【勇者】の物語に耳を傾けた。


 その多くは酒場で吟遊詩人から聞いたものだったが、やはり本人の口から聞くと別の感想を抱く。幾つかのシンティアの活躍を聞いた後、俺は尋ねた。



「あれはどうだったんだ。東の『邪神迷宮』は」


 聖教国の【勇者】シンティアが為した一番の功績は何か、と人に聞けば過半の者は『邪神迷宮の攻略』を口にするだろう。


 迷宮、時にはダンジョンと呼ばれるそれは、世界の各地にある。地下に延々と伸びるもの、或いは上に向かって上る塔のようなもの。


 形は様々で、その規模も一定ではない。

 しかし、共通していることはある。

 それは、迷宮は人類にとってこの上なく有益だという事だ。


 迷宮の内部には恐ろしいモンスターがうようよといる。

 トラップもわんさかと設置されており、命など幾つあっても足りない位だ。


 その代わり、金銀財宝や高品質の武具が、高純度の魔石が無限に排出される。

 それらは、いくら回収しても一定時間で再び迷宮内に設置される。


 冒険者の中には、これらの財宝を目的として、迷宮の探索を専門の生業とする者も大勢いる。



 そして、ノルンフロー聖教国の東の端。

 バルド王国との国境付近に位置する『邪神迷宮』は、人々の害にしかならない最悪の迷宮として悪名を響き渡らせていた。


 迷宮の危険度に対して、とれる財宝は微々たるものでしかない。

 何より、邪神迷宮のモンスターは『外に出る』。


 これは、本来あり得ない事だ。

 迷宮のモンスターは決して、外に出ない。


 無限に生み出される迷宮のモンスターが外を目指すのだ。

 ふざけた話だった。


 邪神迷宮の周囲には危険なモンスターが我が物顔でうろつき、とても人が近寄れる環境ではなかったらしい。それどころか、モンスターは時には群れとなって移動し、近しい都市を襲っていたそうである。


 迷宮は、太古の昔に存在した【職】、【ダンジョンマスター】が創造したと言われる。

 しかし、その迷宮は【邪神】が造ったのだと、周囲の村々には伝えられていた。

 


 そんな迷宮の機能を停止させたのが、シンティアだ。

 現在、邪神迷宮周囲ではモンスターの討伐が順調に進んでいるらしい。人々の入植が始まるのも、遠い未来の話ではないだろう。


 俺が『邪神迷宮踏破』の話を振ると、シンティアの顔が僅かに曇った。


「……アレですか。確かに私は騎士団の精鋭たちと北のモンスターが我が物を顔で跋扈する草原を超えて、邪神迷宮に挑みました。そこに至るまで、我々は一人の死傷者も出しませんでした」


 シンティアは、仮面を指でなぞった。

 顔の上半分を覆う、真っ白な仮面。


 そこで俺は自分の馬鹿さ加減に気づき、己を殴り飛ばしたくなった。


 そうだ。

 言っていたではないか。


 シンティアの顔の傷は、邪神迷宮でつけられたのだ。



 シンティアですら、そこまで傷ついたのだ。

 他の者がどうなったかなど、考えればすぐにでもわかることだ。



「迷宮内に数え切らないほど仕掛けられたトラップ、そして外よりもずっと手強いモンスターたちによって騎士団は壊滅。なんとか、最下層までたどり着いて、迷宮の機能を管理するコアを破壊する事には成功しました。……しかし私以外は誰も生きて迷宮を出る事は叶いませんでした」


 ラルが横から補足した。


「国はその事実を伏せてる。忌むべき迷宮が漸く消え去ったんだ。そこにケチをつけたくなかったんだろうな。迷宮から帰ってきたシンティアはボロボロだったよ」


「すまなかった。無遠慮な男だと殴って貰って構わない」


 俺は心の底から謝罪した。


「いえ、もう過ぎたことですから。……おや、オーガの巣穴に着いたようですね」



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