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12話:盗人

「――そう。貴族たちに虐められていたかつての私は、そこに颯爽と現れたハイトに救われました。その時、確信したのです。ああ、この人は私の英雄なのだと」


 馬業の御者席で手綱を握るシンティアは微笑しながらそう締めくくった。


 心の奥底に大切にしまった宝物をそっと大事に抱きしめるような、そんな幸福な笑顔。


  『そういえば、シンティアとどうやってハイトは知り合ったんだ?』という、ラルの何気ない一言から始まったシンティアの思い出話は、それで幕を閉じた。

 

 俺たちは今、馬車に乗って草原を移動している。

 ビギンニンを旅立って丸一日。ずっと草原が続いていた。


 まっ平らの薄緑色の景色は、見るべきものも特にもない。周囲の見晴らしも良いため、モンスターの警戒も殆どせずに済む。必然的に暇になった俺たちは、会話に興じて時間を潰していた。


 ラルと共に客室に座る俺は、シンティアの話を聞き終えて、静かに瞼を閉じた。

 目頭に指をあて、自身の記憶を探ってみる。

 

 ……俺がシンティアを助けた、か。


 うん、全く覚えていない。

 記憶力は良い方なんだが。


 まぁ、俺は神童だ。


 自分が気づかないところで誰かを救う事もあるだろう。


 そんな感じに俺が納得していると、俺の向かい側の椅子に座るラルは困惑顔で、俺と御者席にいるシンティアを見ていた。


「いやいや、待て。そんな話だったか?シンティアと友達になりたいけど素直になれない貴族令嬢と鈍感なシンティアによって形成されていた微笑ましい桃色空閑。…そこに刃物を持ったヤバい奴が、たまたま通りかかっただけだろう?なんで、そんないい話な風になってるんだ?」


 全く理解できない、とかなんとかラルは呟く。


 おいおい。

 

 ヤバい奴、とは酷い言われようだな。


 しかし、話を聞く限り、確かに昔の俺は中々にエキセントリックな言動と行動をしていたようだ。


 自分でも、少しはそう思う。

 ラルの評は決して的外れとは言えないだろう。


 一応弁明しておくならば、廊下で刃物を振り回すなんて奇行じみた真似は、2年の中頃にやめた。戦闘職が刃物を使って繰り出す特技は、大方習得したと思ったからだ。魔法を廊下でぶっ放すことは、流石に誰も許可してくれなかった。


「昔の俺は中々にやんちゃしてるなあ。ははは」


「なに誤魔化してんだ。普通に私はドン引きだよ。なんだよ、廊下では刃物振り回しながら特技の練習してるって。……お前、学園のやつらに酷い手のひら返し食らったっていってたけどな。お前の方にも問題あっただだろう、絶対」


「…うん。若気の至りだなあ。盗んだワイバーンで空に飛び立ちたくなる時ってあるだろ?」


「ある訳ないだろ……」


 呆れるようにラルはため息をついた。


 そうか、ワイバーンに乗るのは男の夢だと思うんだが。女性には中々理解しにくい衝動のなのかもしれない。


 いや、シンティアは結構同意してくれたな。


 俺の為に、国に管理されているワイバーンの個体ごとの特徴や、兵舎の警備の薄い時間を調べて、俺に教えてくれたりした。ワイバーンは【竜騎士】の兵舎の横の飼育施設で大切に育てられているから、何の策もなしに近づこうものなら、首根っこを掴まれて御用となる。



 シンティアの事前情報と俺の〝気配遮断″の敵ではなかったけどな。


「――そこから始める大空を舞台にした逃走劇。……俺がワイバーンを乗りこなすのを見て、最初はブチ切れてた【竜騎士】の方々も、最終的にはお前なら【竜騎士】になれるって激励してくれたよ。懐かしいな。……ああ、【竜騎士】、なりたかったなぁ……。ノルンよ……分かっています。貴方は俺を見てはいなかった」


 ワイバーンと共に大空を駆ける【竜騎士】は戦場の華だ。


 威風堂々としたワイバーンの姿は兵たちを鼓舞することになるし、その戦闘力もワイバーン一匹で100人力に相当する。また、あらゆる地形を物ともしない【竜騎士】を使えば、開戦と同時に敵陣の首脳に突っ込んで、大将を殺して戦を終わらせるという、馬鹿げた戦法も可能だった。


 なにせ、上にどれ程の軍勢が待ち構えていようとも、その上を悠々と飛び去ることができる。抱える【竜騎士】の数に大きな差があれば、それだけで戦の勝敗が決定すると言っていい。


 そんな【職】に俺は憧れていた。


「今の話は物の例えじゃなくて、実話だったのかよ。神童って嫌だ。…というかシンティア。お前止めろよ。なにお前もノリノリなんだよ」


「いやあ。ハイトがワイバーンに乗っている姿を是非見たいと思ってしまって。かっこよかったですよ?」


「知るか。…はあ、他にもなんか事件を起こしたんじゃないだろうな?」

「事件って。うーん、そうだなあ」


 色々とイベントはあった筈なんだが、そう言われると、咄嗟にはでてこないものである。


「……ああ。事件というか、謎ならあるな」


「謎?」


「ああ。未だに解決されていない、犯人が見つかっていない謎だよ」


「ほう、言ってみろ」


 何だかんだ言って、ラルは俺たちの話に興味津々だった。

 あれは確か、


「入学してから1か月後くらいの話、かな。突然、俺の下着が週に一度は盗まれるようになったんだ。誰かの嫌ではなかろうかと、疑ったりもしたんだが、数日後にはいつも綺麗に洗濯されて箪笥の中に入れられてるし。アレは一体何だった……うおっ!?」


 突然馬車が大きく揺れ、急停止した。

 

「シンティアどうした!?」


 馬を操っているのは、シンティアだ。


「いえ、申し訳ありません。少し、手が滑って」


 シンティアは振り向きもせず、平坦な声でそう言った。

 

 ん?

 手綱を握るシンティアの手が僅かに震えているような…、いや気のせいだろう。


「下着……か」


 ラルはシンティアの背を見つめながら呟く。

 どういう訳か、愕然とした表情をしていた。



「その……下着の盗難は……卒業するまで、続いたのか?」


「いや、半年くらいで収まった。本当になんだったんだろうな。犯人の意図が読めん」


「……盗難が治まる直前に誰かにその事を相談したり、しなかったか?…シンティアとかに」


「ああ、シンティアに相談したぞ」


「……嘘だろ」


 ラルは右の手で口を覆い、ゆっくりと首を振った。


 左手はローブを握りしめており、微かに震えていた。濃い青色の瞳は大きく見開かれている。


 【勇者】と信じていた少女の正体が【魔王】であったとしても、これほどまでにショックは受けないだろう。


 そう、俺が思うくらいにラルは大きな衝撃を受けているようだった。


 その視線は、どういう訳か先ほどからずっとシンティアの背に注がれている。


 一体ラルはどうしたのだろうか。

 何かに気づいてしまったのだろうか。


 まさか。犯人が分かったのか?


 ……いや、馬鹿な。


 神童の俺でも未だに犯人の目星もつかないのだ。今の短い会話だけで真相に迫れるわけがない。



 ともかく、


「むさい男の下着とか、誰が欲しがるんだろうな?本当に」

「いえ、それは違います」


 俺の純粋な疑問に対し、シンティアがぴしゃりと言う。


「あの頃のハイトは、今よりずっと背が低く、こういうのも何ですが少女のように可愛らしい容姿をしていました。当然今も、整った容姿をしていますが…。そう、今とはまた違った魅力を持っていました」


 うーん。


 褒められるのは、悪い気分じゃないが、あの時の自分の容姿はあまり思い出したくはない。


 今でこそ俺は高身長だが、当時は同年代に比べて明らかに背が低かった。そのせいで、性別を間違われる事も一度や2度ではなかったのだ。


 俺の性別を間違えた裸コート先輩に「へへへ、学園の主席様に特別授業をしてやるぜ…。何、神童のお前なら覚えも良いさっ!」と学園の体育館倉庫に連れ込まれそうになった記憶は、中々に屈辱的だ。

 

「魅力、ねえ。盗みたくなる程にか?」

「えぇ、それはもちろ…、ゴホン。何のことでしょう?ラル様」


 ん?


 裸コート先輩のブツに【剣士】の特技〝岩石斬り″を叩き込んだ記憶を俺が回想している間に、何か重要な会話が2人の間で行われたような気が……。


「今何か言ったか?盗みたく…とか、なんとか。うおっ!?


 再び馬車が揺れた。

 シンティアは声を張り上げる。


「ラル様ァッ!!ラル様は何処かの学校に通われていたりしたのですかっっ!!私、気になりますっ!!」


 

 

学園生活での3年、【職決めの儀式】後の2年。

5年もあれば、人は結構変わります。

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