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11話:間章 後の勇者、後の無職

タイトルを変更しました。

 それは今より5年ほど前のこと。

 シンティアがエリュシオン学園に入学したばかりの頃の話だ。


「貴女、少し調子に乗っているんじゃありませんこと?」

「そうよ、そうよ!」

「何とか言いなさいよ貴女!」


 人も滅多に寄り付かない、エリュシオン学園の廊下の一角にシンティアは追い詰められていた。3人の女子生徒が、目じりを上げてシンティアを取り囲むように立っている。3人とも、聖教国の名家のご令嬢だった。


 それいうなら、シンティアとて男爵家の娘なのだが、彼女は現当主が外でつくってきた妾の娘であり、学園内外でも微妙な立場にあった。


 きらきらと輝く豪奢な金髪を持った3人組のリーダー各らしき女生徒が、詰問するような口調でシンティアに言う。



「まさか、授業で手を抜くなんて!私に華を持たせたつもり?それは大きなお世話であることよ!そんな屈辱的な勝利、欲しくはなくてよ!ドライクロウ家の名に傷がつくことよ!」

「も、申し訳ありません…」


 目を伏せながら、か細い声で謝るシンティア。

 それを見て貴族令嬢は鼻を鳴らした。


「声が小さいことよ!……全く、そんな事でこのエリュシオン学園でやっていけると思って?」

「ご、ごめんなさい……」

「仕方ないことね!これからはこの私が貴女にこの学園での生活の仕方を、教えたやってもいいことよ!朝から晩までびっしりと、付きっ切りで!」

「ふん!この妾の娘が!ありがたく思う事ね!」

「そ、そんなぁ……!」


 シンティアの目じりに涙が溜まる。

 弱者を虐める貴族たち、エリュシオン学園ではよくみられる光景がそこにあった。


 しかし。



 コツコツ、と第三者の足音が響く。



「貴方は……」


 ドライクロウ家の令嬢のが忌々し気に眉間に皺を寄せた。



 彼女は廊下の向こう側から歩いてくる少年の名前を知っていた。

 というか、彼を知らない学園の人間など一人もいないだろう。


 彼こそがエリュシオン学園の、いや聖教国の歴史を塗り替えた存在。過去の試験の最高得点に圧倒的な大差をつけ、主席の座をもぎ取った異端の神童。


 入学から1週間が立った今でも、いや、この1週間で彼の特異性が嫌というほど判明したからこそ、生徒も教師も彼の噂でもちきりだった。


 その少年こそ。


「ハイト・アイオン……!」

 

 シンティアはその名を呟く。


 シンティアのヘーゼル色の瞳が、ハイトの姿を捉えた。

 彼は本を読みながらゆっくりとシンティア達の方へ歩いてきていた。


 刃のような少年だった。

 危険な香りのする少年だった。


 その光を反射しない灰色の瞳から、シンティアはハイトの内面を見抜いた



 ………訳では別になかった。


 ハイト・アイオンは右手に本を持っていた。

 そして左手には抜き身の刀を持っていた。


 刃のような、というか刃を持った少年だった。

 危険な香りどころか、危険でしかない少年だった。



 彼は左手に携えた刀をブオンブオンブオンブオン!と廊下で振りまくる。ハイトの重心は全くぶれておらず、すでに彼は刀の扱いに習熟していることが伺えた。


 なんという才能だろう、とシンティアは驚愕する。数日前まで彼は廊下で振り回していたのは、ナイフだった。彼は刀を初めて握って、そう長い期間はたっていない筈なのだ。だというのに、彼のその立ち姿は歴戦の【侍】のような圧を発していた。



 ハイトはふいに廊下で立ち止まり、ん?と首を傾げた。

 目線は右手の本に注がれたままだ。それが本来ずっと後に習うはずの、3年生用の教科書であることにシンティアは気づいた。


「ついに【侍】の特技〝参の大刀・煌刃(こうじん)″を習得したか。……結構時間がかかったな。まさか、2日もかかるとは…」


 言いながら、ハイトは刀を振るう。


 その太刀筋は見えなかったが、その軌道を負うようにキラキラと何かが輝いていた。それは刀から漏れ出た魔力によるものだ。この特技の肝は、魔力による身体能力の強化を、肉体だけでなく武器にも行う事である。刀という武器は切れ味は抜群だが、反面折れやすく耐久性に難がある。


 しかし、 《参の大刀・煌刃(こうじん)》はその弱点を補う。

 《参の大刀・煌刃(こうじん)》を使用中の刀は、通常時を遥かに超える切れ味と、少々無茶をしても折れない耐久性を兼ね備えるのだ。



 ヒュンヒュン!という空気を裂く音と共に、魔力が周囲に煌くのは中々に幻想的だった。

 だが、学校の廊下でやる事では間違いなくなかった。


 廊下の向こう側から、ハイトを追いかけて一人の教師が走ってくる。


「こらああ!ハイト!貴様、廊下で剣を振り回すなとあれほど言っただろうが!」

「先生、廊下は走ってはいけません。それに、これは剣じゃありませんよ。これは東方に伝わる刀です」

「そんなことはどうでもいいわ!」

「それよりも聞いてください。漸く【侍】の特技〝参の大刀・煌刃(こうじん)″を習得できたんですよ……!」


 ハイトの言葉に教師は口をあんぐりと開ける。

 そして、満面の卑しい笑みを浮かべた。


「何ィ!?凄い!よくやったぞ!ハイト君!廊下で抜き身の刃物を携帯しても許しちゃう!お前はやっぱり神童だぁっ!」

「神童…。俺が神童…!?そうだ、俺は神童だ!誰よりも神に愛された存在だ!」

「そうだ!そしてお前は偉大な【職】について、このエリュシオン学園を更なる高みへと導くのだ!」


 噛みあっているようで噛みあっていない会話だった。

 ハイトは廊下に両手を掲げて、祈るように天井を仰ぐ。



「えぇ…!えぇ!ああ、天におわす創造神ノルンよ!俺を導いてくれ!見てますか!俺はやりましたよ!うおおおおおおおお!」


 数秒後、ハイトは天への祈りを止め、何事もなかったかのようになかったかのように歩きだす。


「……よし。いくか」

「ああ、行こうかハイト君!エリュシオン学園の更なる高みへ!そして国一番の名門から、大陸一の名門にエリュシオン学園は飛翔するのだ!そしてお前の担任である私も学長の座へ飛翔するのだ!」


 傍らに教師を伴ったまま、ハイトはシンティアたちの横を通りすぎていった。ヒュンヒュンヒュン!と抜き身の刀は振り回したままだった。


 廊下の角を曲がり、彼の姿が見えなくなった後、ドライクロウ家の令嬢は呟いた。


「なんなのあの人。怖い…」


 はっきり言ってドン引きだった。


 人間は才能と引き換えに常識やら理性といった、人の営みを送る上で大切な何かを失うのだろうか。彼女も幼い頃は、天才だと周囲にもてはやされたものだが、アレが本当の天才だというのなら、自分は凡人のままで結構だ。


「あ、貴女もそう思いませんこと?」


 横のシンティアに同意を求める。

 しかし、



「……素敵」


 シンティアの頬には朱が差していた。


「はあ?」


 何言ってんだコイツ、みたいな目で令嬢はシンティアを見る。


「……やっと。やっと見つけた。私の英雄」

「はあっっ!?」


 大丈夫かコイツ、みたいな目で令嬢はシンティアを見る。


 そうだ。

 よくやくシンティアは見つけたのだ。


 自分の英雄。


 ハイト・アイオン。

 彼は世界など見てはいない。


 なぜならば、彼は世界を変える側。


 特異な才能に、特異な心。

 正しく英雄の器だった。


 周囲の人間の悪意におびえ、世界の冷たさに振るえる自分とは正反対。

 

 気づけばシンティアは駆けだしていた。

 廊下の角を曲がっていくハイトを追いかける。


「待って、ハイト君…!」


 もっと彼の事をしりたいと思った。

 それは貴族の屋敷に引き取られて数年、初めて感じる強い感情だった。


「あっ。待ちませんこと!その男だけは止めた方が……!あ、あと、良ければ私と友達に……、あ。これ聞いてないことね……」


 やべー奴をストーキングするやべー奴。

 そんな図が、この日以降エリュシオン学園の一角で常にみられるようになった。


 将来【勇者】となるストーカーの少女と、将来無職になる神童の少年。


 彼らが実際に言葉を交わすようになるのまでの経緯は、また別の機会にでも――。

切れたナイフ時代のハイトさん。

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