10話:決着
「行くぞ、シンティア!」
「ええ、いきましょうハイト!」
俺もプロキオンもシンティアも3人とも満身創痍。
故に誰も下手な小細工などしなかった。そもそも、そんな余力はなかった。
俺たちは愚直なまでに真っすぐに突進し、剣を振り下ろす。プロキオンは魔力を纏った拳でそれをガードし、余った腕でカウンターを叩き込む。俺はそれを躱し、或いは防御し、再び剣を振るう。
一進一退の攻防。
ある種の均衡がそこにあった。
しかし、その均衡はふいに崩れる。
俺が左手で繰り出した横なぎを、プロキオンは俺の腕を掴む事で防いだのだ。
先ほどの戦いの再現。
俺の身体は精彩を欠いた動きをしていた。先ほどまでのキレのある神童的な体術とは、まるで別人。ラルに最低限の治癒はして貰ったとはいえ、俺の身体はとうに限界だった。正直、立つことすら辛い。
だから、この結果は当然ともいえる。
プロキオンが拳に纏った魔力のせいか、俺は腕からチリチリと焼けるような痛みを感じた。
「ふはは!また捕まえたぞ!」
まあ、それだけ腕があれば掴みたくなる気持ちは分かる。
俺は迷わなかった。
俺は左腕を文字通り、斬り捨てた。
右手の剣を自分の掴まれた左腕に向かって、振るう。左腕は半ばから切断され、俺は拘束を脱した。
「自分で、自分を腕を斬り落としただと!?」
プロキオンは驚愕のあまり、目を大きく見開く。
何を驚いている。お前だって、先ほど似たようなことをしただろう。
俺の行動が予想外だったのか、プロキオンに決定的な隙が産まれた。
大地を強く強く蹴る。
右手が握りしめた剣はプロキオンの胸に吸い込まれた。
俺の攻撃はそこで終わらない。
この程度ではこの【魔王】は死にはしないという、確信があった。
「〝フレイム・エッジ″」
それは刀身に炎を纏わせる【魔法剣士】の魔法だ。それを今の状態で使えば、どうなるか。
プロキオンの内部で、炎が爆ぜた。
「いや、まだだ!まだ吾輩は……!」
口から炎を吐き出しながらも、プロキオンはまだ死なない。
しかし。
「いえ、もう終わりです……!」
「がはッ!?【勇者】め……!」
その背をシンティアが聖剣グラムが貫く。
プロキオンの相手をしているのは、俺だけじゃない。
「《ライト・エッジ》!」
【魔王】の内体内で物理的な威力を持った魔法の光が荒れ狂う。
全身の裂傷から、炎と光を吐き出しながらプロキオンは笑った。実に愉快そうに。
「は、はははははは!見事なり!見事なり!吾輩を倒せる英雄がようやく遂に現れおったわ!」
【魔王】は遂に己の敗北を悟ったのだ。
彼の命はもう尽きるのだろう。
彼の身体に刺さった剣を介して、俺にはそれが分かった。
「……ああ、やっと、終われる。……この、渇きが、消えていく……」
数百年囚われていた長い牢獄、そこからやっと抜け出せたような顔をして、プロキオンは途切れ途切れに呟く。
そしてプロキオンは俺の耳元に口を近づけた。
他の誰にも決して聞かれないように、小さな声で囁く。
「最後の、手向けに……、忠告しておこう、【職】も持たぬ、謎に満ちた英雄よ。……その…女―――――――」
「……それはどういう?」
その言葉がどんな意味を持つのか問おうとするが、最早プロキオンの身体は物言わぬ屍と化していた。200年の戦いと狂騒に彩られた【魔王】の生涯は、そこで幕を閉じたのだった。奴の最後の言葉の真意は今は、置いておこう。
俺は大きく息を吐く。
「なんとか、倒せましたね」
「ああ、ぎりぎり生き残れた」
その達成感と安堵感で俺の身体は膝から崩れ落ちる。
そして、そのまま動かせなくなった。糸の切れた人形のように、ピクリとも反応しない。意識が徐々に闇に飲み込まれていく。
最後のシンティアとラルの悲鳴を聞いた気がした。
◆
目覚めると、俺はビギニンの病院にいた。【魔王】プロキオンとの戦いから、まる2日が経過していたらしい。随分と寝てしまった。病室でぽけーとしていると、ラルが訪ねてきた。相変わらず不機嫌そうだが、彼女の口元には微かに笑みがあった。
「意外と元気そうだな」
「神童だからな。この程度の傷はどうってことない」
俺は胸を張る。
実際調子は良かった。この2年間ずっと心の内に巣くっていた靄が晴れたようだった。
ラルは俺の左袖に目を移した。そこからはちゃんと生身の手が出ている。
「左腕も繋がってよかったよ」
「まだ、少し痺れるけどな。【医者】によると、いずれ元のように動かせるらしいが」
それまでは不便だろうが、まあ俺は神童だ。
剣も片手で十分に扱える。
「シンティアは?」
「お偉い方と話し合いだ。200年を生きた【魔王】の死。本来なら聖都でパレードでもするんだろうが、今は神殿に行かなければならん」
【勇者】は大変だな。
半面、【職】のない俺は気楽なもんだ。
案外無職は勝ち組なのかもしれん。
ラルはそこで佇まいを正した。
俺を真っすぐに見つめて、頭を下げる。
「ハイト・アイオン。【魔王】を倒してくれて、礼を言う。本当にありがとう」
「おい、俺の役目は【巫女】さんをホルスト神殿まで連れていくことだろう?なに、これでお別れみたいな空気をだしてんだ」
「ああ。そうだったな。短い付き合いかもしれんが、これからもよろしく頼む」
そこで、シンティアが病室に飛び込んできた。
「ハイト!目覚めたのですね!」
ベッドの腰かける俺に抱き着いて、というか突進してきた。
【勇者】の身体能力の高さを身をもって味わう。衝撃により肺から空気が漏れ、口から奇怪な鳥の鳴き声のような音が出る。
「ぐぴゅう!?」
「ああ、すいません!怪我はありませんか!」
大体治ったが、お前のせいでまた怪我しかけたよ。
◆
その日の午後、俺たちはビギニンを出発した。
「もっと、休まなくてよかったんですか?」
馬車の手綱を握るシンティアはそう俺に尋ねた。
「ああ。もう十分傷はいえたよ」
俺はそう言いながら、荷台に乗り込もうとして。
一度空を見上げた。そこにあったのは何処までも広い青空。
その頂には、神が座すという。
目線を下げる。
天ではなく、俺たちが生きる、皆が生きる世界をその目に映した。
「よし、行くか」
【不死王】が封じられし北の神殿を目指す俺たちの旅は、まだ始まったばかりだ。
これで1章は終わりです。
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