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1話:職決めの儀式

 --その日まで、俺は神童だった。




「これより【(ジョブ)決めの儀式】を始める!!」


 荘厳な雰囲気が漂う神殿に【神官】の声が響き渡った。

 その言葉で、俺たちエリュシオン学園の生徒たちの雰囲気は一気に引き締まる。

 横目で皆の顔を確認してみると、期待半分、不安半分、といった感じだ。


 まあ、当たり前だろう。


 今日の【(ジョブ)決めの儀式】で、これからの人生の成否が決定するといっていい。


 そして、今日の【職決めの儀式】で創造神ノルンからより良い【(ジョブ)】を授かるために、俺たちエリュシオン学園の生徒たちは必死の努力を積み上げてきた。


 入学するまでの12年。

 そして学園での3年。


 俺たちは今年で15歳になり、儀式を受ける事ができる年齢となる。これまでの成果が今日ようやく実を結ぶのだ。



「それでは、首席ハイト・アイオン!前へ!」


 俺の名前が【神官】に呼ばれる。


 儀式を受ける順番は基本的に産まれた順だ。

 しかし首席だけは誕生日に関わらず、最初に儀式を行う。学園の伝統らしい。


 胸の鼓動が早まるを感じる。

 流石の俺でも、緊張してきたようだ。


 一歩一歩踏みしめるように、俺は【神官】が待つ儀式台への道を進んでいく。


 2階の席で儀式を見守る教師たちの話声が聞こえてきた。


「ハイト君は一体何の【職】を得るのでしょうかね」


「何せ学園始まって以来の神童だ、何の【職】だとしても上級職なのは間違いないでしょう」


「文武の両方に秀でている、一体どんな【職】になるか流石の私も予想がつきませんな」


「【元老院】か、【竜騎士】か」


「【勇者】かもしれませんぞ!」


「我が国はここ100年、【勇者】の【(ジョブ)】を持つ者から縁遠い。しかし、ハイトならば或いは…」


「しっ。静かに。始まるようです」



 ……聞こえてるよ、先生諸君。


 ひそひそ話をするにしても、余りに声が大きすぎる。俺を待つ【神官】の方も、不機嫌な顔をしていらっしゃる。


 しかし、先生たちのお陰で少しだけ緊張が解けた気がする。


 そうだ。

 

 ーー俺は天才だ。

 ーー俺は神童だ。


 俺より才能に溢れた人間には出会ったことがない。

 俺より努力を重ねた人間なんている筈がない。


 その証として、こうして俺は学園主席の座まで手にした。だから、不安がる必要は何処にもない。



 そんな事を考えながら、自分を勇気づける。

 遂に儀式台まで到着し、俺は閉眼して【神官】の前に跪いた。


「創造神ノルンよ!この者に相応しき職を授けたまえ!」


 首を垂らした俺に【神官】が洗礼を始める。

 そして、俺は創造神ノルンから【職】を授かる。



 ーー筈なのだが、いくら待っても何も起きない。



 1分、2分と時間だけが過ぎていく。

 



 どうして……?



 どうして【職】が得られない!




 俺は困惑して目を開き、助けを求めて【神官】の顔を仰ぎ見る。


 しかし【神官】も訳が分からないらしく、焦った表情をしていた。

 


「な、なんだ?」


「下級職だったのか?…あのハイトが?」


「いや、そういう訳じゃなさそうだぞ?」


「まさか、【職】が得られなかった?」


「そんな、馬鹿な」


 周りで様子を見守っていた人々も、騒がしくなってきた。すぐに終わるはずの儀式が、いつまでたっても終わらないのだから当然だ。


「静粛に!静粛に!」


 【神官】が声を張り上げ、あたりはしんと静まり返る。

 2階の席からいつの間にか降りてきたらしい教師の一人が俺の肩を叩いた。

 


「あ、後の者もつかえています。と、とりあえず、こちらへ」

「は、はい」


 俺は頷くしかなかった。

 教師に連れられて、神殿の隅に移動する。


「下級の【職】になるならまだしも、なんの【職】も得られないとは…。こんな事は前代未聞だ……!いったいどうして…?」


 青い顔でブツブツと教師は呟く。

 誰よりも聞きたいのはこの俺だ。


 一体何が悪かったんだ。

自分にできる範囲のことは全てやってきた。同年代で俺より優れた人間はこの学園にはいないだろう。いや、聖教国中を見渡してもいない筈。事実、俺は聖教国一の名門であるエリュシオン学園主席の座を貴族たちから実力でもぎ取った。


 なのに。

 どうして創造神ノルンは俺に【職】を授けないのだ。


 神殿の壁にもたれ掛かり、手で顔を覆いながら俺は自問自答する。


 その間にも生徒たちの職決めの儀式は進んでいく。



 ある者は結果に納得いかなかったのか目に涙を浮かべていた。

 ある者は喜びを隠しきれずに口角を上げていた。

 俺のように【(ジョブ)】すら得られなかった奴は一人もいなかった。



 やがて、大きな歓声が上がる。


 生徒だけでなく2階の教師たちも喜色の声をあげていた。儀式は本来静寂の中で、厳かに行われる筈だ。それを忘れて騒ぐほどに、大層な【(ジョブ)】を授かった生徒が出たのだろうか。



「ゆ、【勇者】が出たぞ!!100年ぶりの聖教国の勇者だっ!」



 俺は【勇者】に選ばれた生徒の顔を見た。

 自分が【勇者】に選ばれるとは思わなかったのだろう、そいつは困惑した表情で周りをきょろきょろと見渡していた。



 色素の薄い金髪に、ヘーゼル色の瞳。

 背は女性にしても小柄と言わざるを得ない。

 触れれば折れてしまいそうなくらいに華奢な体つき。


 そいつの顔を俺は知っていた。



 シンティア……。

 シンティア・レインバード。


 いつも俺の背中の2歩後ろを歩いていたクラスメイト。成績は総じて優秀ではあるが、際立って秀でたところもないら地味な生徒だった。



 シンティアは神殿の端に立つ俺に気づいたのだろう。視線が空中でぶつかった。


 不安げな表情に安心したような僅かな笑みを浮かべて、俺の顔を見ている。しかし、すぐに驚いたような顔をつくった。


 やがて、シンティアに生徒たちが群がっていく。【神官】の方が静粛に、と叫んでいるが全く効果はない。それほど珍しく、めでたい事なのだ。【勇者】の誕生というのは。


 小柄のシンティアの姿は生徒たちの身体に隠れ、すぐに見えなくなった。

 空中で交差していた俺とシンティアの視線も途切れる。



 ……どうして。


 

 ぐらり、と俺の視界は斜めに揺れた。


 次いで視界が明滅する。

 冷や汗が止まらない。


 息が荒いのが自分でも分かる。


 だけど、誰も俺の状況には気づかない。

 新たな【勇者】の誕生に興奮して、神殿の端にいる俺の存在に気づかないのだ。



 どうして、お前なんだ……?。

 どうして、俺なんだ……?。



 疑問に答える者はいない。

 神は何も返事を返さない。


 そして。


 人々の熱狂の隅で、俺は一人意識を失っていった。

 


 

 

 --その日から、俺は神童ではなくなった。


とりあえず投稿します!

最後までお付き合い頂けると幸いです!

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