救出してみませんか?
日本家屋を出るとそこにはスーツ男が居た。
「お前はさっき隔離した小僧。何故ここにいる?」
『やっベー、メアリーの事が片付いて気が緩んでた!』
「いや、なんか歩き回ってたらここに・・・的な?」
言い訳が思い付かない裕也。それを聞いて、目を細めるスーツ男。
「いい、丁度良かった。付いて来い。」
そう言うと踵を返し歩き始める。あんな言い訳が通用したのか?と思案顔になりながらも言われた通りついて行く。
「あいつは無事帰ったか?」
少し歩いた後、徐ろに聞いてくるスーツ男に裕也は疑いの視線を送る。
「メアリーの事だ。時間までには帰れたのか?『ユグドラシル』へ。」
「あんた、あいつの仲間なのか?」
メアリーの事、『ユグドラシル』の事を知っているスーツ男に少し驚く。
「この世界での仲間と言った所だ。我々は『ユグドラシル』の下部組織でな、『ユグドラシル』本部の者をこの世界で手助けするのが目的だ。」
要するに、本部から来る人物に情報や衣食住を提供、または、保護するのが目的だという。そして
「『ユグドラシル』の存在と異世界の存在、そして、異世界旅行者と関わってしまった現地人を勧誘、または記憶の抹消を行う。」
裕也とスーツ男が初めて顔を合わせた場所まで来ると、振り返りそう告げる。
「は?何言って・・・冗談だろ?」
「冗談ではない。秘匿すべき情報が漏れてしまってはこちらの行動に支障が出る可能性がある。それを未然に防ぐのも我々の仕事だ。」
勧誘された所でやって行く自信はない。かと言って記憶を消されるなんて以ての外だ。どちらかを選べなんて軽々しく言ってくれる。
「なら、記憶を保持したまま今までの生活に戻ると言ったら?」
「そんな事はありえない。此方へ来るか、記憶を消すかどちらか選べ。」
ダメだ。頭が硬いというか真面目というか。こっちの話など聞きはしないだろう。
「チッ、分かったよ。記憶を消されるのは嫌なんでそっちに付くよ。んで、どうすんの?」
仕方ない。乗りかかった船は思わぬ方向へと進んだな、などと考えてスーツ男の誘いに乗った。
「先ずはそのチョーカーを返して貰おうか。それは、私の部下の物なのでね。」
右手の平を上に向け差し出す。あーはいはいとチョーカーを取り外し渡す。
「そして、これがお前のだ。なんの情報も入っていない、真っさらな端末だ。これがお前の『ユグドラシル』という組織内の身分証になる。無くすなよ。」
へぇー、コレが。と受け取りながら呟き、そして、首に着ける。
『初期設定を開始します。』
カチッと着けた瞬間耳元に大声で告げられるその声に呻き耳を塞ぐ。
「音量が大きかったか?ならば下げる様言えばいい。」
「言えばいいのか?音量を下げてくれ。」
『この音量でよろしいですか?』
「もう少し下げてくれ。」
『この音量でよろしいですか?』
「よし、いいぞ。」
音量を下げ、耳に残るキィンという耳鳴りも治った所で裕也は初期設定を行おうとする。
パァン。
乾いた音が木霊する。音から察するにすぐ近くだろうその音の方向へ体ごと向けると、黒服の男達が数人居た。
「ヤッベ、あいつら懲りてなかったのかよ!」
裕也を追いかけ回していた六人だ。
「テンメェ!見つけたぞ!今度こそぶっ殺してやる!」
「おっさん!ここは皇居の中じゃないのかよ!」
「ここは一般開放されている公園だ。守衛なんて居ないぞ。」
「ふざっけんなよ!捕まったら俺殺されちまうって!」
「お前何やったんだ?あいつらはあそこまで過激じゃないはずなんだが?」
「知るかよ!メアリーがなんかしたんじゃねえのか!?あいつらめちゃくちゃメアリーにキレてたぞ!」
最初に見たのはメアリーに道を聞かれた時だ。あの時はメアリーから話を聞いただけだった。
「そうか、あいつヤクザになんかしたのか?」
「えっ?」
「ん?」
「あいつらヤクザなの?」
「ヤクザの下っ端だがな。それがどうした?」
「『ユグドラシル』と敵対してる組織じゃないのか?」
メアリーから聞いていた情報と違う。あいつらは確か、異世界間戦争を引き起こそうとしてるって聞いてたのに。
「あいつらは山下組の下部組織の下っ端だ。そもそも、俺達と敵対してる『ディアボロス』の奴らは単独で動く。あいつらみたいに集団で動かない。」
マジか。そう呟く。
メアリーもうっかり屋さんだな!なんて悠長に言っている場合ではない。
「なら俺はヤクザから追われてたのかよ!」
「安心しろ。今お前は俺達の仲間だ。見捨てはしないさ。」
おぉ、貴方が神か!両手を胸の前で組んで拝む。
「警察を呼んだ。後は頑張って逃げろ。」
パァン。と乾いた音が再度響き渡る。
裕也はスーツ男の横を駆け抜け、大声で
「薄情者ぉぉぉおおおお!!」
と叫んで。
「では健闘を祈る。」
裕也の背中を見て呟き、そして振り返る。
「お前がおのヤクザ供を焚きつけたのか?」
一人残った黒服の男を睨み問うた。
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裕也は袋小路の場所で追い詰められていた。
「クソッ!なんで今日に限って工事中なんだよ!」
ビルとビルの間の狭い路地裏。本来ならば通り抜けると一通の道に出る筈のその道は現在出口に工事通行止めと書かれたフェンスで塞がれていた。
二人並ぶと肩が当たるほど狭いその路地裏で逃げ場を失い、万事休すの状態だ。
元来た道からはヤクザの下っ端が並んで入ってくる。もうフェンスを超えるしか!と考えた。
ゆるゆるに針金で止められたフェンスは体重を少し乗せるだけで大きく揺れ、正直登りたくはない。だが、命が掛かっている状況でそんな事考えている場合では無いと意を決して片足をフェンスに掛け体重を乗せる。
グワンとフェンスが弛むが知ったことでは無いと、なんとか上まで登る。と
ピー、ピー、ピー、ピーと音が鳴り出した。
フェンスに跨り、バランスを取りながらその音を鳴らすチョーカー型の端末に触れた。
『大丈夫!?今助けるから!』
先程まで一緒にいて、転送装置で帰った筈の声が聞こえる。
「はぁあ!?うぉっと!メアリー!おまっ、帰ったんじゃ!」
『話は後!』
「こっちよ!あんたらが探してるのは私でしょ!」
裕也達が入って来た路地裏の入口、そこに両手を振ってヤクザ達を挑発する見知った顔。
「クソアマァ!やっと顔出しやがったな!さっきの落とし前きっちり払ってもらうからな!」
「うっさい!あんたらが紛らわしい格好してんのが悪いんでしょ!」
「だからってな、すれ違いざまにスタンガン押し付ける奴がいるかボケェ!」
成る程。それで怒り心頭、メアリーに仕返ししようとしてたのか。つまり、俺は巻き込まれただけ。
「テンメェ!メアリー!俺巻き込まれ損じゃねえーか!」
「最初に謝ったじゃない!何よ!今助けてあげてるんだから許してよ!」
「だからってな、はいそうですかで許せるか!ボッ・・うおっ!」
メアリーと言い合いをしていて、バランスを崩し反対側に落ちる。ドンッと肩から落ち、受け身も取れずに悶絶してしまう。
「いってぇ!!クソっ!今日はとんだ一日だ!バカヤロウ!」
思わず悪態を吐く。それもそうだろう。この数時間で起きた出来事を思えば悪態の一つや二つ吐いても足りないだろう。
「大丈夫!?」
「あぁ!なんとかな!そっちは?」
「私は今あいつらを引き連れて逃げてるわよ!そっちにも三人位行ってるから気を付けて!」
「分かった!・・・ほんと最悪の一日だよ!」
通信を切り、もう一度悪態を吐いて工事中の現場を走り抜けた。
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そして現在。メアリーの服とカツラを使い、黒服達を騙したつもりでいたのだが、残念ながら失敗に終わった。
更に逆上したヤクザから路地裏を使って逃げ切ったのだ。
逃げている間にチョーカー型の端末の初期設定を行い、簡単な動作を覚えた。
位置情報と通話の操作である。他にもカスタマイズすれば自分好みに出来ると考えられるその端末を使い、メアリーの居場所を位置情報で探る。
「っと、こうして。『メアリーの位置』」
チョーカーの扱いがまだ覚えていない為、取り敢えず音声で操作出来るようにしておいた。
「おお!成る程ね。こうやって表示されんのか。」
登録した人間にのみ見られるようにされた秘匿性の高い地図が眼前に映し出され、赤い点が表示される。
「意外と便利だなこれ。次は『メアリーに通話』」
ピーピ、ピーピ、ピーピ
「メアリーよ!要件は!?」
「あっ、メアリー?良かったちゃんと繋がった。っとすまんすまん、端末の動作を確認してただけ。要件はないよ。」
「この忙しい時にふざけないで!あいつらしつこいのよ!で、そっちはどうなったの!」
苛立った声で返事を返すメアリーを気にもせず、裕也は追っ手をなんとか巻いた事を話す。
「でだ。俺にはあいつらを倒す手立てが無いんだが、メアリーには?」
「私にはスタンガン位しか無いわよ!」
「なら合流するしか無いか。一人一人地道に気絶させるか。」
そう言って、裕也は合流場所を指定する。それは、人通りが無く、一般人に被害が及ばない場所。つまり皇居だ。
「あんたこの世界のトップのお膝元どころかお腹の中をよく戦闘場所に選べるわね。」
「あそこなら一般人には被害が出ないだろ?俺も一応『ユグドラシル』の下部組織に入ったんだ。それくらいは考えるさ。」
呆れた声に戯けた返事を返す。
「それに、警察を待ってたら間に合わないかもしれんしな。」
気掛かりもある。裕也が追いかけられたのは確かに六人だ。けれど、そこにもう一人見知った人物がいた。変装をしていた時に銃を撃って来た黒服の男だ。あいつは間違いなく『ユグドラシル』の敵である『ディアボロス』の一人だろう。
そいつがさっきから見当たらない。メアリーが目的では無いのか?それとも別の?
頭を回す。自分に与えられた情報を元に予測しようと試みるが残念ながら情報が足りなかった。
こうなりゃ直接聞くしか無いか、と考えて合流場所を決めた。
「メアリー、お前も一度奴らを巻いたらすぐに広場に来てくれ。位置情報は送っておいた。頼むぞ。」
裕也はそれだけ伝えると一方的に通話を切り、目的地へと走り出した。
メアリーは突然切られた通話に対し苛立たしげに文句を言いたくなるが、状況が状況だけにそれも出来ずにいた。
「建物の中に入ったのはいいけど、どこに向かえば出れるのかわからないんですけど!」
所謂迷子だった。
東京駅。そこは東京都内に数有る初見殺しの迷宮の一つだ。迷えば入って来た場所には帰れず、また、マップを駆使しても立体的な通路に翻弄される。何度も増改築が繰り返され、新宿駅と同等の迷路となっていた。
「マップじゃここを通るみたいだけど、吹き抜けじゃない!どうなってるのよ!ここは!」
マップでは地下を通るように指示が出されているのだが、平面図では高さまでは表示されない。その為、メアリーは二階から通ろうとしたのだ。
「なんなのこの建物・・・こんなに入り組んでる通路もそうだけど、なんていうか方角が曖昧になってくる。」
ここが二階なのか一階なのか、北に進んでいるのか南に進んでいるのか。メアリーにはもうわからなくって来ていた。
通行人達はあまりに異端な存在であるメアリーを避けるようにすれ違う。物珍しい目を向けてくる者も居るが、話し掛けるという行動にまではいかない。
先程からメアリーは道を尋ねようと声を掛けるが、悉く逃げられている。正に『触らぬ神に祟りなし』である。
メアリーは途方にくれる。字は読めないし、方向も完全に分からなくなった。一度出口から出て見たが入ってきた所では無かった為引き返した。
もう何度も出口を見つけては同じことを繰り返したことか。
どうする事も出来ずにベンチに座り、ボーッとしていた。
裕也が電話してきてからどの位経っただろうか。
人混みを掻き分けながらの移動は思った以上にメアリーの体力を奪っていた。
「やっと見つけたぞ。」
ただ一人、ヤクザの下っ端がメアリーのすぐ近くに現れる。ヤバイ!と思い動こうとするが体力を奪われていたメアリーは咄嗟の行動が出来なかった。
パァン!と乾いた音が響き渡る。一瞬の静寂が訪れ、そして悲鳴が響くと共にその場にいた通行人達は我先にと逃げ惑う。
「やっと居なくなったか。」
数分の後、誰も居なくなった通路を見渡し、そのヤクザは呟く。
「何が目的?」
動きの鈍くなった体に鞭打ち距離を取るメアリー。スタンガンを構えるが相手は銃、飛び道具だ。声を掛けられた時点で距離を詰められなかったのは致命的だった。
「目的は分かってんだろ?お前を連れて行かなきゃならねえんだ。わかってんだろ?」
それは理解している。それならあの時声を掛けずに組み倒せば事足りる。
「それは知ってるわ。でも、それだけじゃないんでしょ?」
本当の目的はわからない。それでも、ここで捕まるわけにはいかない!
ごめん、裕也。合流場所には行けないかも。
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パァン!パァン!
銃の乾いた音が響き渡る。場所はスーツ男と別れた広場だ。二人の人間が動きながらの精密射撃を繰り広げていた。
一人は言わずもがなスーツ男であり、その相手は黒服の男だ。互いに一進一退の攻防を続けていた。
時には撃ち、時には接近し殴打を繰り出す。動きはなるほど、流石プロと言わざる終えない。
「しっかしこれは・・・心配しただけ無駄だったかな?」
遠目に見ながら裕也は呟く。これ以上近付けば流れ弾に当たる可能性もあるし、第一戦闘に参加した所で邪魔にしかならないだろう。
戦闘においては素人なのだ。スーツ男が勝つ事を祈るしか無いだろう。
「こっちはあの人がどうにかするとして、俺はどうするか。」
メアリーとの合流場所はここだ。ならば、下手に動かない方が良いだろう。武器は木刀ただ一つ。銃の様な遠距離武器には歯が立たない。
かと言ってここで指を咥えて見てるだけなのはダメだろう。
「メアリーは一度帰ったから暫くは存在が消える事も無いだろう。捕まってたら話は別だけど。」
口に出し、不安になる。
仕方ない、電話するか。と溜息と共に声に出し、首の端末を操作する。
「『メアリーに通話』」
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ブゥン
「メアリー、合流場所変更だ。位置情報送るからそこに来てくれ。今何処だ?」
『よう、クソ坊主。合流場所はこっちが指示する。』
ッッ!?男の声!
驚き、息を呑んだ。緊張が走る。
「お前誰だ?」
『誰かは別に関係ないだろう?今重要なのは女の命が危ないって事じゃねえのか?』
男の言っている事は正しい。メアリーの端末で出たという事はメアリーは間違いなくこの男に捕まっている。しかし、メアリーの捕縛ならばもう目的は達成されている筈。裕也にコンタクトを取る必要性が無い。
『場所は東京駅だ。着いたらまた連絡してくれ。いかんせん俺じゃあこれを操作出来ないからな。時間は今から三十分後。じゃあな。』
裕也は深呼吸をして自分の頭と気持ちを落ち着かせ、東京駅を目指した。
三十分後、裕也は東京駅の入口前で電話する。
『よう。時間ピッタリだな。指定場所は言わなくても分かるだろ?』
「そりゃあこの状況ならな。つかあんた随分と派手な事するのな。いや、マジで。」
駅の中は人通りの多さとはまた別の状況になっている。
駅構内での銃の発砲はその場に居合わせた通行人からの通報により、警察官が一部通路を封鎖し、対処しているらしかった。
そして、その場に向かうのに警察を素通りできるはずも無い。
「あんたが居る所まで行きたくても警察が居てな。向かえそうに無いぞ?ちょっとばかし派手にし過ぎだろ。」
『そうか。この世界には銃の所持自体が法律違反だったな。だがまぁ、なんとかしてこっちに来い。』
「無茶を言うな。それが出来れば苦労しないって。第一、俺がそこまでする義理が無いんだが?」
「お前はこの女の仲間なんだろ?なら助けに来るだろ?普通。」
助ける事が当たり前だとその男は言う。仲間であるからというよりも仲間なのだから助けなければならないという。仲間意識が高い組織なのだろうか?『ユグドラシル』は。
「すまんな。俺は組織に入って二時間も経ってないんでな。仲間意識とかそういうのまだ無いんだわ。」
『つう事は、この女が存在する意味も知らないって事か?』
はあ?と意味が分からずつい声が漏れた。
『だがまぁ、末端の末端、それもまだ入ったばかりの新人にそんな情報伝えるわけねーか。』
意味深な発言をして一人で納得する。それだけに裕也はムカッとする。何故かって?子供扱いされた気分になったからだ。
「まぁいい。俺がそっちに向かうのは無理だ。警察をどうにか出来ない限りは。」
『そうさなぁ、俺は残念だが動けねぇ。だがまぁ、お前がここまで来れたら教えてやるよ。』
ピクッと眉が動く。子供扱いされたのが意外に効いているらしく、短絡的な部分が出始め
「良いぜ、あんたの案に乗ってやろうじゃねえか。そこまで行ったら、メアリーが居る意味ちゃんと説明しろよ?」
そして結果的に相手の策にまんまと嵌るのだ。
『威勢が良いねぇ。嫌いじゃないぜ?お前みたいなタイプ。冷静なクセしてガキ臭い。慎重派のクセして度胸がある。』
褒められているのだろうが、裕也は今完全にキレた。"ガキ"臭いとハッキリ言われたのだから。
「てめぇ、会ったら訂正させてやる!」
ブチッと通話を切り、行動を開始する。あの男の場所は二階にある駅と周辺デパートなどに連結している通路の真ん中に居て、その通路を警察が封鎖している。普通に行けば警察に呼び止められるだろうし、かと言って他に行く手段は無い。
だが
「普通の方法じゃ無ければ行けるか?」
と二階の連結通路の真上にあるもう一つの連結通路を見やり呟いた。
普通に考えれば分かるだろうが、デパートの窓を開ける事は出来ない。それを四階に到着してから気付いた裕也は近くにあったトイレへと駆け込んだ。
「っと、危なかった。危うく漏らすとこだったぜ。」
トイレには一人小便をしている者が居たが気にせずトイレをざっと見回した。
「無いか。」
そして呟き出て行く。それを小便をしていた人物は見ていたが、まぁいいかと松茸の雫を切り流す。
裕也が探しているもの、それは窓だ。それもちゃんと開くタイプの。
流石にガラスを割るわけにもいかないと考え、探しているがなかなか見つからない。
どうするか?と考え、思い出す。屋上には消火する為のホースがある事を。
「くそ!最初から屋上行っときゃよかった!」
悪態を吐き、エレベーターへと駆け乗る。危うく締まるところだった扉に手を無理矢理突っ込み開けた。乗っていた数名の男女は驚いた顔をしたり、侮蔑の目を向けてくるが、全てを無視し乗り込んだのだ。
ヒュゴーー!!と流石十階建てのデパートの屋上ともなるとビル風が凄まじい。
風に飛ばされてきた葉っぱが数枚逆巻くようにうねり、あっという間に彼方へと消えていった。
「確かこの辺りに・・・っとあったあった」
消火ホースの収納されているボックスを見つけ、早速開ける。特に鍵がされているわけでも無いので、さっさとそのホースを出し縛る場所を探す。
「この下が通路か?ならここに縛ればいいか。んん?こうか?それともこうか?」
映画のを見よう見真似で覚えた縛り方を思い出しながら、出来るだけ頑丈に縛る。
「ふぅー、さて、これを使って四階に降りれればこっちのもんだ。どう驚くかねぇ」
不敵に笑い電話に出たあの声の主が驚く声を思う。
そして、リュックの中に入れっぱなしであったメアリーの服を取り出し、フェンスを登り切った所でそのホースに服を二回程巻き、端っこを両手に巻き付けた。
「流石に手袋無しじゃ摩擦に耐えられないからな。っと良し、これで少しはマシだろ」
そしてデパートの屋上から下へ降りるように両足をフェンスから離す。靴裏と両手に巻いた服とで速度を調節しながら降りて行く。
ホースの端まで降りてきて、四階の連結通路の屋根までの高さは五、六メートルという所か。その高さで裕也は器用に両手の服を取り素手になる。
足場代わりにしていたホースの金属部分を持ち、出来るだけ着地の衝撃を抑えるようにぶら下がる。この高さでもやはりビル風は酷く、右に左に揺れる為、降りるタイミングを計る。
そして
「っしゃ!」
短く声を出し、パッと手を離す。少しでもズレればこの高さから道路へと真っ逆さまに落ち、間違いなく死ぬ。
そして、両足を揃え四階の連結通路の屋根部分に足裏が当たる。そのままでは落下の衝撃を足がモロに受けるため、勢いを右手側へと転がる事で吸収する。
ここまでは順調。問題は四階から二階へと降りる方法だ。
「高さは大丈夫なんだけどなぁ。垂直に落ちると乗れないし・・・かといって他に方法もないか」
四階の連結通路の屋根の端っこに座り、体勢を変えながらぶら下がる。片手を離し、窓の上側の縁に手が届くことを確認した。
離した手に持ち上げるように力を込め、反対の手を離す。下側の縁の感触を足裏が伝えて来ると同時に両手は持ち上げるように、足は突っ張るように力を同時に込めてその場に止まる。
ここからは命綱無しのバンジーを敢行するのだ。深呼吸をして、昂る気持ちを抑え込む。
今度は今足場にしている下側の縁でぶら下がる必要がある。ゆっくり、ゆっくりと足を外側へズラし、ふっと短く息を吐いて、両手両足を離した。
「あっ」
手を縁に掛けようとして、離れる。ビル風が裕也の体を連結通路から離すかのように吹いたのだ。
『やべっ、届かない・・・!』
咄嗟に手を伸ばすが届かず、窓は遠くへ離れていく。二階の連結通路はもう目前に迫っている。
悪足掻きなのは百も承知だが、死にたくないという気持ちが腕を、足を何とか届かせようと動かす。
そして
「っうぁ!」
二階の連結通路の屋上に手を伸ばすも指すらも届かなかった。その瞬間死を覚悟する。もうダメだ、と目を瞑り道路へ落ちる瞬間を見ないようにキツく瞑る。
パリーンとガラスの割れる音が耳に伝わり、腕を掴まれる感触を感じた。
「のわぁ!」
グイッと持ち上げられ、投げられた。
ズサーっと硬い地面を滑り、壁に背中を打ち付けた。
「いってぇ」
この時痛みでやっと目を開けた。最初に目に飛び込んできたのは
「大丈夫?裕也?」
メアリーがそこにいた。