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黒猫貴品店第二話【幸福スイッチ】

 秘密にしておかなくちゃいけないもの、見てはいけないもの、って誰にでもあるって思わない?

 例えば、結構な額のへそくりの隠し場所、ないしょで衝動買いしてしまった高価な物、夜中に書いたラブレターや中学生の時に書いた詩集、ベッドの下の選び抜かれた崇高なコレクション、とかさ。

恥ずかしいとか、知られるとまずいからとか、怒られるからとか、自分のイメージが崩れるからとか、そんなイメージを持たれたらちょっとイヤだなって思ったりとか、あとまあ、恥ずかしいとか? うん? 恥ずかしいはさっき言ったっけ?

 まあ「秘密にしていることによって意味を持っているもの」もあるよね?

 そう、秘密って意外とあるものなんだ。

 そして、その秘密には理由もある。

 そんな隠しておきたい秘密を、本当にたまたま、ほんの偶然にも見てしまったとしたら……おそらく、いや、本当におそらくだけど、君は同じことをすると思うよ。


   ☆


「ああー」

 思わず声が漏れる。

 また朝が来ちまった。

 だりぃ……。

 ブルーとホワイトのストライプのカーテンの隙間から朝日が差し込み、温められたカーテンの匂いと一緒に俺の顔を直撃していた。

 直撃した所が我慢できないくらい熱くなって、俺は大好きなお花畑から引きずり出されてしまったというわけだ。

 俺は首だけ曲げて満面の笑顔の日光を海外ドラマの悪役のような顔でニヒルに避けつつ、ベッドに張り付いたままの身体をわずかによじって目覚まし時計に目を向けた。

 目覚まし時計はまだ始業時間十五分前だ。

 ああ、損した。

 俺の貴重な十五分が、朝の睡眠にあてることができなかったなんて……。

 起きる気力がみるみる萎えていく。それに反して頭は睡魔を遠ざけ、いつものサイクルで動き出そうとしている。

「ああ、しんどい……」

 と言いつつ体を起こす。

 俺の名前は、宮崎貴裕。年齢は……今年で二十七? あれ八だっけか? まあそれくらい。右手が恋人、リアル恋人なしのごく普通の会社員。

 寝グセのついた堅めの髪を整えるのに苦戦しながら、咥えた歯ブラシで適当に歯を磨いてネクタイを締める。

 いつものルーティン。同じ毎日。同じ朝……。あ、今日は十五分早いけど。それでも特別何かが変わる事なんてない。退屈で憂鬱な平日の朝。

 俺は自転車にまたがり自宅から十分ほどの駅から電車に乗って会社に向かう。これもまたいつも通りの繰り返し。

 駅のホームで待っていれば殺気じみたご機嫌な満員電車が昆虫みたいに口を開ける。満腹状態のガチョウにむりやり餌を食わすみたいに、ホームの人間がこれでもかなだれ込む。俺は電車の中のやつらと同じように殺気立ちながら電車の中に押し込められ、ドアが閉まるを早く締まれと祈るように見守る。

 俺は自分の鞄がどこかに連れていかれないようにしっかりと握りながら、コメディ映画で悪役に銃を突きつけられたマヌケなキャラクターみたいに両手をできるだけ上げ、要求もされていないのにひたすら無実を主張しつづける。

 やっとの想いで会社につけばもう一仕事終えたような疲労感と徒労感にイスに沈む。

 優しい俺のデスクチェアは今日もギシリと鳴いて俺を受け止めてくれた。

「おはよう」

「ああ、おはよう。何だその顔、夜遅くまでゲームでもしてたのか?」

「これは生まれつきだ」

 右隣のデスクの黒縁メガネ男子岩本が俺の顔を見て驚きもせずに言った。なんてことはないいつものやり取り。

「ああ……」

 だりぃな……。っていうか、毎朝毎朝なんであんなに混むんだよ、通勤時間ズラせよな。同じ時間帯に乗って来てよぉ。

 そんな愚痴をこぼすのもエネルギーの無駄遣い。俺はすでにエンプティーだ。

 通勤だけでも疲れるのに、これから一日疲れることをしなくちゃならない。

「おはよう、宮崎。どうした顔色悪いぞ?」

「あっ、牧村さん。おはようございます。大丈夫です、今朝は朝食を食べ忘れまして」

「そうか、何でもいいから口に入れとけよ」

「はい」

 肩をポンと叩かれ声をかけてくれたのは、先輩の牧村誠二さんだった。俺がこの部署に入りたての時、まだ右も左もわからなかった頃にずいぶん世話になった人でこの部署で尊敬する数少ない人の一人だ。

「牧村さんはいつも元気だよな」

 俺は聞いているかどうかもわからない岩本の方を向いて呟いた。

 ああいう人はきっと昔からあんな感じなんだろうなって思ったりする。

 学生の頃からクラスで目立つ存在だったり、クラス委員とかやったりして。ありがちだけど、部活は運動部。うーん、サッカーとか野球とか? バスケとかの花形団体競技で部長とか副部長とかしている感じ。女子の目を集めながら活躍しているタイプ。

 なんていうか、選ばれし者? おそらく出来が違う。少なくとも俺とは。

 俺がノーマルカードなら牧村さんはキラキラしたレアカードだ。最近のゲームは良く出来ている。現実にほど近いとよく思う。いくら育成してもノーマルはレアには勝てない。

 生まれた瞬間に能力や成長度合いは決まっている。

「やっぱり、結婚すると変わるよな。牧村さん、昔はああいう感じじゃなかったのに」

 なんだ、聞こえていたのか。

 俺と同じように牧村さんの背中を見ていた岩本が言った。

「そうなの?」

「お前がここに配属される少し前に結婚してさ。娘さんの愛美ちゃんが生まれてからは特に変わったよ。すごく活き活きしてる。結婚しての意識の変化って奴かな?」

 岩本の言葉に俺は「ふーん」と気のない相槌をした。

 意識の変化ねぇ。意識が変わったぐらいでそんなに何かが変わるものかね? 

「宮崎君、これ、急ぎで頼むよ」

 不意に頭髪が盛大に後方撤退した尾川部長が俺と岩本の間に割って入り、俺の返答も待たずにドサリと分厚い書類の束を置く。

「部長……!」

 俺は言葉を返そうと思ったが、すでに部長は喫煙所に向かい消えていった。

「朝から優雅なもんだ。お疲れさん」

 岩本がポンと俺の肩を叩く。

「マジかよ……」

 こんな風に仕事を押し付けられ、仕事量が増していく。

 ああ、部長め……てめぇだけ楽しやがって。こっちはただでさえ問題抱えているって言うのによぉ……。

「あ、あの宮崎さん、こ、ここ見てもらってもいいですか?」

 ほら来た。

「ああ?」

 声をかけられ俺は振り向く。右は岩本だが、左の席はつい最近入って来たばかりの新人だ。名前は何だっけか? 確か、小林……あ、下の名前は憶えてないや。

 金持ちの家で飼われているヨークシャーテリアみたいに髪が長くて、小型犬特有のおどおどした印象を感じさせる小柄な女だ。可愛らしい顔はしているが、走り出したら何もないのに自分から足をもつれさせて顔から転んでしまう子犬みたいに要領が悪い上に、声が小さくて聞き取りづらい。

 そんな子犬が申し訳なさそうにパソコンの画面を指さしている。

「ここは、こうして……」

「は、はい、こうですか?」

「いや、こうね」

 どうしてこんな覚えの悪い子犬が来てしまったのだろうか? しかも俺の隣に。

 いい女と仕事場で知り合っていい仲になるっていう展開は、恋愛ドラマかエロ漫画の中に存在しかないのか?

「えっと、こっちですね? あれ? あわわ、消えちゃった!?」

「……」

 こいつの面倒を見ながら、その上、上司からの仕事の押しつけ。

意識が変わったぐらいで何かが変化するなんてありえないだろ? だって俺の意識が変わったぐらいで周りが変わるわけがないんだから。

 こんな風にやたらにあわあわする子犬の面倒を見ながら、煙草の煙に巻かれたがる上司からの仕事をして一日が終わる。

 ここの所のスケジュール通りの一日だ。

 帰宅しようと会社の外に出ると冷たい風がビュッと吹き込み、雨がパラパラと降り始めていた。

「おいおい……」

 ついてない。

 今日は傘を持っていない。

 コンビニで傘を買うか? いやそれほどの雨でもないか?

 通りを見れば、一つの傘の下、二つの影が寄りそう姿。そんな姿が何組か見える。

 ……世のリア充共と俺が本当に同じ世界を生きているのか疑いたくなるよ。

 俺は仕方なく近くのコンビニに入り、雨宿りすることにした。

 最近アニメ化された「世界の終わり、茜色の空」のコンビニくじの賞品を横目で見つつ、雑誌コーナーで立ち止まる。そう言えば今週のノルマを読んでいなかった。一週間の楽しみと言えばこれくらいしかない。

 俺はいつもの雑誌を手に取り、他の連載はすっ飛ばして「俺と彼女の異世界冒険記」を探して今週分を読みふける。

 外の雨のためにコンビニは人の出入りが多い。その流れは、傘を買うだけじゃなく、俺と同じような目的の人間がぞろぞろと立つ。

 人波が入れ替わる雑誌コーナーの中で今週の異世界冒険をニヤニヤしながら一通り楽しんだあと俺は顔を上げた。

「雨、止まないか……」

 雨音とともに来店する濡れた靴の音。

 雨の勢いは変わらない。

 都合よくやんだりしないものか。

 漫画ならこのタイミングでやんでいる。

 アニメなら雲が割れて光が差してくる。

 ストーリー性のあるゲームなら、映画なら、ドラマなら、こんな場面で出逢いがあったりするかもしれない。

 でも実際にはそんなものはない。

 まあ、もし仮にそんなものがあったとしても、それは俺みたいな脇役には起こらないんだけどさ。

 俺は一番安いビニール傘を買ってコンビニの外に出た。

「はぁ……」

 どっかで飯でも食っていくか……。

 家に帰って自炊するのも面倒。

 俺はしばらくボーッとして歩き、すっかり道に迷っていることに気がついた。

 雨はいつの間にか止み、辺りにはボンヤリとした薄いモヤがかかる。湿気た風が首や頭にまとわりつき、ヒヤリとした。

「うっ……」

 そんな季節でもないにゾクリとして俺は肩を震わせる。

 いつの間に日が沈んだのか、光が遠ざかり、周囲に夕闇が迫って来る。冷えた風が部屋の陰から出てきた猫みたいに俺の足にじゃれついた。

 俺が知っている道に出ようと周囲を見回すと、うすいモヤの向こうにポツリ、ポツリと橙の明かりが通りに灯っていくのが見えた。

「こんな通りがあったんだ?」

 発見。まさにそんな感じ。

 こんな場所に、こんな趣のある通りがあったなんて。

 その通りに一歩踏み入れると心がざわりと波立った。

 通りが開け、

 ざわり。

 灯りに手を引かれ、

 ざわり。

 モヤに背中に押される。

 俺はどこを歩いているんだ?

 そんな声が心の奥の方から聞こえた気がしたその時だった。 

「お兄さん! そこのお兄さん!」

「えっ?」

 通りをどれほど歩いたのか。

 短かったか?

 長かったか? 

 よくわからない。

 俺は声をかけられて初めて自分の足が地に立っていることを自覚した。

「俺?」

「そうそう、ねぇ うちのお店見て行かない?」 

 声をかけて来たのは、驚くほど黒い……。そう黒い美少女だった。

 漆黒のドレスに、漆黒の髪、漆黒の瞳、透き通るような白い肌が印象的。その黒さとは裏腹に快活で澄んだ声。そんな彼女に声をかけられ俺は思わず足を止めてしまったのだ。

優雅な黒猫のように彼女がフワリと動くと熟れた柑橘類のような甘い匂いがした。

「お兄さんにピッタリの商品があるかもしれないよ」

「俺に? えっ、ここは……?」

『黒猫貴品店』

「色々な商品があるんだ、是非見ていって」

 そう言って黒い彼女は店の扉を開けてくれた。すると三日月の中に座る猫が隠れるデザインをしたドアベルがカランとなった。

 アンティークショップかと思うような洒落たたたずまいのこの店がどうやら彼女の店らしい。内の雰囲気はアンティークショップ独特の異空間的な感じを与えるものの、店に入るだけでいきなり高額な金銭を要求してきそうな怪しい雰囲気はない。

「まあ、少しだけなら……」

 店の中に入ると柔らかく温かな空気に包まれた。何かお香のようなものを焚いているのか、頭の奥が痺れるような心地よさがある。

 彼女の言う通り、店の中には色々なものが売られていた。

 よくみるとアンティークにように見えるものもあるが、明らかに新品のものもある。それに売られている物のジャンルは多岐にわたる。

 ルビー色の美しい炎が揺れるランタン、アラビアンナイトに出て来そうな色彩豊かな絨毯……そんな如何にも手が届かなさそうな商品を扱っているのかと思えば、その一方で「瓶詰めの人魚」と商品札に書かれた謎の空瓶が売っている。

 その奥は書籍コーナーなのか「とっても貴重な薬草全書」や「誰でもできる秘薬百科」などの見たこともないタイトルの本が並ぶ。書店で見かけたことがある「聖なる舞姫と黒猫の笛」という本があったが、それはおそらく黒い彼女の私物だろう。ここの店の猫と思われる黒猫が本を枕にして昼寝をしていた。

 黒い彼女は俺のそばにパタパタと近づいてくると大きな目を輝かせ、聞いてもいない商品の説明をしてくれた。

「この極光オーロラなんて、採れたてホヤホヤだよ! 部屋を暗くして楽しんでもいいし、お風呂に入る時に明かりを消してこれを飾ればリラクゼーション効果抜群! 彼女へのプレゼントにもいいよ!」

 黒い彼女はキラキラとオーロラ色に光るものを手に薦めてくれた。

 なるほどオーロラね……そういう商品名なのかな……。

 確かにテレビなんかで見る北極のオーロラみたいな色に幻想的な光を発している。

 暗い部屋においたら確かにキレイかもしれない。

「それもいいいんだけど、ただ……」

 ……ただ?

 俺は何を言おうとしたのか?

 なんと言葉を続けようとしたのか?

 口が勝手に動いたような錯覚を受けた。

 いや口だけではない……。

 よく、わからない。

 いや、これだけは何となくわかる。

 それは「違う」。

 俺はどこからか声がしたような気がした。

 声が出てきた?

 声を出された?

 ……わからない……。

 ただそれが「違う」ということはわかる。

 そう「違う」んだ……。

 そう思った。そう思った瞬間だった。

 黒い彼女の目が人懐っこい猫が何かに興味を示した時みたいに丸く大きく見開いたんだ。

「そう言えば、お兄さんにピッタリの商品があるんだった」

「俺にピッタリ?」

「そう、それはこれ!」

 黒い彼女はそう言って俺にその商品を紹介してくれた。

『幸福スイッチ』

 四角い台に赤い丸のボタン。クイズ番組で解答者が押すスイッチのようなそれは「数量限定販売」と赤文字で書かれた横にたった一つだけ置かれていた。それを見た瞬間、ふと頭の中が鮮明になっていくのを感じた。

「この商品は黒猫貴品店が作った一点限定の特別販売商品だよ!」

 黒い彼女の弾むような涼やかな声がする。耳に飛び込み、乾いた砂に水が染み込むように心に溶け込んでくる。

 それなのにどこか遠い。彼女の声は近くに聞こえるのに彼女の存在はどこか遠い。

 かわりに俺の視界にこの不可思議な商品『幸福スイッチ』が迫って来る。

 周囲のものは消え去り、俺はこの商品と俺だけの世界でこの商品を手に取っていた。

 俺は声を聞いた。

 確かに俺自身の声で「これだ」と。

「にゃは!」

 ハッとした。

 黒い彼女の声が突然耳に飛び込み、俺は自分が黒猫貴品店に立っているのを思い出した。

 どうやら彼女はずっと説明をしてくれていたようだ。

「この幸福スイッチ、今のお兄さんにオススメの商品だと思うの」

「……う、うん、それで、これ、いくら?」

 俺の言葉に彼女はニッと笑った。

 

   ★


 こちらの商品は当店が特別に開発いたしましたお客様に幸福を与える装置、その名も「幸福スイッチ」です。 

 使用法は至極簡単にして明瞭。スイッチを一度押すだけ。ただそれだけで、スイッチを押したあなたは幸せになれるのです。

 現状に満足されていない、物足りないと感じているあなた。不満を持っているそんなあなたにオススメしたい特別な商品になっています。

 今回は一点だけご用意させていただきました。この商品に御縁のあるあなたには幸せになる資格があるのです。

 もちろん、これは強制ではございません。

 もちろん、購入のあと未使用であれば返却をされても構いません。

【福スイッチ取り扱い説明書】

1・スイッチを押すと何かが変わります。

2・スイッチを一度押すと取り消しをすることはできません。

3・スイッチは一度だけ押すことができます。

4・スイッチは自分の特定の願望を叶えるものではありません。

5・スイッチをスイッチ以外の使用方法で使用しないでください。

6・商品はジョーク商品ではありません。


「はぁ……」

 俺は自宅のソファに腰かけ、幸福スイッチの取り扱い説明書を読んで頭を抱えた。

 どうしてこんなものを買ってきてしまったのか? 気の迷いにしてもどうかしている。

 所謂ラッキーアイテム、開運グッズの類だと思うが、それにしたって微妙な商品だ。使い方は確かに簡単だが「幸せになる」と書いてあるだけで、自分の願望が叶うわけではないときた。

 こういった雑誌の裏とかに広告が載っていそうな怪しい開運ラッキーアイテムは、金運が上がるとか、ギャンブルに強くなるとか、異性にモテモテになるとか特定の目的が何かしら書いてあるものだが、この商品は漠然とし過ぎていて雑な感じを受ける。

 未使用なら返品も大丈夫という文言が唯一の救いに見えるが、色々な難癖をつけられたり、これで効果がないなら、より効果の高いこちらの商品を……という動線も考えられる。はっきり言って、それに対する応対とかすごく面倒くさい。

「五千円って値段も微妙だし……」

 作りはまるで玩具。そこから考えれば割高に感じるが、所謂開運ラッキーアイテムとしては安い方か。

「……しかし、スイッチってなぁ」

 スイッチって何だよ? 

 っていうか、このスイッチを押すとどんなことが起きるんだ?

 ブーとかピンポンみたいな、変な音が鳴るとか? ありがたいお言葉的な音声が流れるとか? どこかが光るとか?

 ……でも押せるのは一度って書かれている。つまり、二度押せないってことだろう? それは二度目は意味がないってこと? もしくは二度押せない設計になっている?

 考えるほどわからなくなってくる。

 そもそも御守りなんかは、ずっと持っているというのが前提だし、一回でなくなるラッキーアイテムってあんまり聞いたことない。もしそうなら使うタイミングとかが大事のような気もするけど、そんなものも指定されていない……。

 俺はこの幸福スイッチでどんな幸福がやってくるかよりも、スイッチを押すとどうなるのかの方が気になり始めていた。

 スイッチと発泡酒の缶を前に悩むこと一時間。

 うん。そうだな。押してみるか。

 という結論に達した。

 まあ、大事にはならないだろうけど話のネタにはなりそうだ。

 俺はスマホで幸福スイッチの写真を撮りつつ、岩本と話している光景を思い浮かべる。

 すげぇ可愛い女の子の店員に薦められてこんなアホな商品買っちゃってさ~、なんていったりして……うん、まあ、一笑いは取れるかな。

「……よし」

 俺は意を決して、スイッチの上に手を乗せた。ちょうど丸い赤いボタンが手の平の中に納まり、プラスチックの安っぽい質感が伝わってくる。

「さあ! せめて面白いのこいよ!」 

 カチリ。

「……」

 ……。

 ザー。と外を走る車の音。

 夜道を歩く酔っぱらいの同士の会話。

 隣人が見るバラエティー番組の笑い声。

 ……。

 風の散歩。

 星の瞬き。

 月の微笑み。

 夜の微睡み。

「……?」

 ……えっ?

「なんか起きた?」

 誰もいないのに聞いてしまった。

 もちろん誰もツッコんでくれない。

 俺の感覚に間違いがなければ、おそらく何も起きていない。

「えっ? ブーもピンポンもなし? ありがたいセリフも……?」

 スイッチは押した時にカチリと言っただけで、それ以上のものは何も起きていない。

 もしかしたら押し方が足らなかったのだろうかと思い、もう一度しっかりスイッチを押してみた。

「……うん?」

 スイッチを押し込むと最初に感じた抵抗がない。つまり、二度目以降はあの「カチリ」とした感覚がない。スカスカなのだ。

 どうなっているんだ?

 確かにスイッチは一度しか押せなかった。

 説明書通りだ。

 けれど、何かが起きた形跡も現在起きている様子もない。

 これが結末?

「おいおい……」

 俺はがっくりと肩を落とし、ベッドに倒れ込んだ。

 ああ、やっぱり何も起こらないのか……。

 このガッカリ感。

 なんだかんだと言っても、もしかしたらと心のどこかで思っていた自分が恨めしい。結局何も起きないという確認作業と何も起こらなかったという話のネタのオチを手にしただけだった。

 何だか気力がなくなった俺はいつの間にかそのまま寝てしまった。


   ☆


「……!」

 ハッとした。

 目が覚めた。

 相当深く眠っていたのか、気がつくと朝になっていた。

 ストライプのカーテンの隙間から朝日が差し込み、温められたカーテンの匂いが俺の顔に降り注いでいる。

 俺は飛び起きると慌てて時間を確認した。目覚ましをかけ忘れていたのだ。

「あっ……」

 昨日よりもさらに十五分早い。

 一先ず安心した。

 昨日寝た時間が何時だったのか思い出せない。少しだけ頭がボンヤやりとしたが、俺は今日も満面の笑みを向けて来る朝日を背にして伸びをした。

「朝か……」

 いつもよりも三十分早いが、やることは変わらない。

 歯を磨きつつ寝グセを直し、テレビをつけて朝のニュースを眺める。今日も日本の平和を確認して、白く湯気の上がるインスタントコーヒーを口に含む。

 俺はいつも通りの感覚で着替えて家を出た。さすがにいつもより三十分早いせいか、家を出るのも早くなる。

 自転車にまたがり漕ぎだし、しばらくしてのことだった。

「うん?」

 俺は違和感を覚えてすぐに自転車を降りた。見れば、前輪のタイヤが無気力状態。どうやらパンクらしい。

「うわぁ、マジかよ」

 思わずそう声に出た瞬間だった。

 ふと、俺はこの自転車を買ってから三年も経つことを思い出した。同時に、パンクは今回が初めてのことだったということも。この自転車は毎日乗っているにも関わらず、三年もの間パンクしなかったのだ。

 そう言えば、前は二年くらいでパンクしたっけ? 今回は当たりを引いていたってことかな?

 そう思うとパンクはしたが何となくツイているような気持ちになった。

俺は自転車を降りて駅まで押していくことにした。幸いにして今日は家を出たにも早い。ゆっくり 行っても大丈夫だ。

 歩いた結果、時間はいつもとそれほど変わらなくなってしまったが、遅刻になるわけでもないから問題はない。

 自転車の修理は帰りにでも自転車屋に寄ることにしよう。

 駅の駐輪所に自転車を止め、俺は改札を抜けホームに上がっていく。

 ホームは昨日と同じ人だかり。

 やってくる電車の腹はいつも通りの満腹状態。

 よくこんなに人を乗せて走れるもんだ。

 思わず感心してしまう。

 満員の電車が口を開けると、さらにそこにホームの人間が乗ろうと言うのだ。こんな状態の電車にホームの人間が乗れるということは、乗っている人間と乗り込もうとする人間が協力しあわなくては到底無理。そうでなければ、全員が乗ることはできないだろう。みんな我関せずと言った顔をしながら、実は周囲に気を使い、折り合いをつけている。

 俺は今日もホームから人の流れに運ばれて、問題なく電車に乗ることが出来た。

 時間も乱れず、事故も起きない。

 満腹の電車は満足そうに走っている。

 そう言えば、こんなに過密な満員電車なのに、はじき出されるとか、拒絶されることってないよなぁ。

 当たり前だが、エレベーターなら乗りすぎでブザーが鳴ったりするが、電車ではそんなことが起きたことは一度もない。

 満員だろうが何だろうが運んでくれる。それが一時ではなく、毎日だ。

 ……。 

 駅に着くと、俺はまた降りる人の流れに運ばれ、会社に辿り着くと、少し不思議な気持ちで自分の席についた。

「おはよう」

「ああ、岩本。おはよう」

「おっ、どうした? その顔、何かあったのか?」

 昨日と同じ会話だ。俺は昨日と同じよう「生まれつきだよ」と言葉を返した。

「そうか」

 と岩本は笑って自分の席に腰かける。

 俺はさっそく昨日仕入れたネタを話そうと思い、スマホの写真を探していると俺と岩本の間に尾川部長が割って入る。

「宮崎君、昨日のあれ、終わっているかな?」

「えっ、ああ、まだですが、今日中にはできると思います」

「そうか、じゃあ、これ追加で頼むよ」

 ドサリと追加が俺のデスクの上に置かれる。俺が呆気に取られていると部長はいつものように喫煙所に向かい消えていった。

「やれやれ、すっかり目をつけられているな。お疲れさん」

 岩本がポンと俺の肩を叩く。

 確かに昨日の分が終わっていない上でのこの追加。これは今日中には終わる分量ではない。

「全くだよ、部長め……」

「まあ、信頼されているってことかもなぁ」

「信頼ねぇ……」

 ……?

 岩本の言葉が不思議と心に沁み込んでくる。確かにそうかもしれない、信頼されているのかもしれない。馬鹿みたいな話だが、特に根拠もないのに変に納得してしまった。

 やれやれ、と俺は頭を掻きながら、渡された書類に目を通す。なんてことはない、いつもの……。

「……うん?」

 俺は首を傾げる。

 内容は見慣れたものだ。

 見慣れた内容に見える。

 ……でも、待てよ。この資料って……?

「あ、すみません、宮崎さん、また、教えてもらってもいいですか?」

 俺の頭の中で何かが動き始めようとしていた時、隣からか細い声で話しかけられ、巡り始めた考えは途切れてしまった。

「あ、ああ……」

 隣の子犬はおどおどしながら相変わらず慣れないパソコン操作に前に泣きそうな顔をしていた。しかも、見ればほぼ昨日と同じ手順、同じ所で詰まっている。

「これはこうして……」

「うんうん……」

 子犬が長い髪を揺らして頷くと子犬が差し出された手の匂いを嗅いでいる時のような感じで夢中になっている。

 周囲が見えていないこの感じ。ああ、そう言えば……俺も牧村さんにこんな風に聞いたことがあったけ……。

 自分でよくわかっていない時って同じミスをしているんだよな。それが同じミスだったとわかる時っていうのは、だいぶあとで、それを理解できている時だったりするし……。

 たぶん、この子犬も今、そういう時期なんだよな。

「あ、あの、宮崎さん……?」

「うん?」

「どうしましたか?」

「いや、何でもない」

「そうですか」

 今までしっぽをパタパタと振っていたのに、急にパタリと大人しくなるような、わかりやすいさで子犬はしゅんとした。

 うん? 今のは俺のせいじゃないよな?

「まあ、わかんないことあったら、もっと気軽に聞けよ。そんなに緊張していたら頭に入んないだろ?」

「は、はい……!」

 しゅんとしていたと思ったら今度は目が輝かせた。子犬は理解不能だ。そのあとも、子犬はやっぱりあわあわしていたが、そんなあわあわした子犬の面倒を見ながら、俺は自分の仕事を終えた。

 部長に任された仕事に一区切りつけ、会社を出ようとすると外は今日も雨が降っていた。

 ああ、なんてこった……。

 二日連続で雨。

 その上傘なし。

 うん、これは絶対俺のせいじゃない。朝、あれだけ晴れていたのだから傘を持って出るはずがない。

 しかし、今日の雨は昨日よりも強い。

 コンビニまで走る気力が出来立ての水たまりに跳ねる雨音に削がれていく。

 うん、濡れていこうって勢いじゃないな。少し待つか、それとも……

「宮崎さん!」

 名前を呼ばれ振り返ると子犬の姿。

「あ、あの、傘を持っていないんですよね、よかったらどうぞ!」

 そう言って子犬は、ビュッと風を切って高速でパンチを放つボクサー並の勢いでピンクの可愛らしい折りたたみ傘を差しだした。

 女性モノのピンクの小さな折りたたみ傘。 

「……いいよ」

「ど、どうしてですか!?」

 子犬がフニャリとして顔が泣きそうになった。

「だって、それ、お前のだろ?」

「大丈夫です! 私は大丈夫ですから!」

 子犬は半ば強引に俺に傘を押し付けるので、仕方なく受け取って開いてみた。女性物でしかも折りたたみ傘。二人で入るには明らかに小さい。

 っていくら何でもこれは……

「えっと。い、一緒に入れば」

「うんまあ、そうだな。くっついて行けばいいか」

 俺は何でそんなことを言ったのか? 自分でも自分らしくないなと思った。俺が可愛らしいピンクの傘を俺が差すと。小さな子犬がしっかりと俺にくっつく。子犬が濡れないようにすると俺は肩がしっかり濡れてしまう。

「それにしても、よく傘持ってきたな。今朝は晴れていたじゃん?」

「私、いつも折りたたみ傘持っているんですよ。宮崎さん、昨日も傘持ってなかったですよね」

 なんだ、見られていたのか。

「それでは今日は声をかけてくれたんだ」

「は、はい、今日の宮崎さん、声をかけやすい感じがしたので……」

 子犬はそう言ってはにかんで笑う。

「……?」

「今日は何だか楽しそうでしたし、機嫌がいいのかなぁ、って」

「……楽しそう?」

 ……?

 俺……

 俺は振り向いた。

 まだ会社の前で傘もなく一人空を見上げる奴らがいる。

 一つの傘の下、二人の影が寄りそう何組の姿が俺の周りを歩いている。

 俺は……?

「何かあったんですか?」

 子犬が不思議そうな顔をして俺の顔を見上げた。

「ああ、それは……」 

 ……押せば何かが変わる……?

「それは?」

 ……何が変わったのか?

「秘密だな」

「ええっ!?」

 簡単に認められないさ、たった五千円で? 俺の心はそんなに安くないぞ?

 オーバーに驚く子犬に俺は思わず笑って「そうだ、これから飯でも食っていくか?」

と言った。 

 子犬は驚いたような顔をしてブンブンとしっぽを振った。


  ★


「部長! ただいま帰りました!」

「おお、おかえり星野君!」

 星野君がドアを開けると根古部長はデスクの上で長めのしっぽを揺らしながら、カエルさんとくつろいでいました。

「どうだった? うまく商品を売ることはできたかね?」

 気にしていたことをいきなり部長に訊ねられたので、星野君の背中にツツーと冷や汗が流れます。

 実は星野君はここで余った在庫を売ってくるように部長に命じられ、数日の間ここを離れて小売り販売をしていたのです。

 星野君は慣れない町で懸命な努力をしましたが、残念なことに売れ行きは芳しくありませんでした。

 だってしょうがないよ、僕は別に営業でも販売でもないわけだし。

 しかし、猫である根古部長にそんな言い訳は通用しましせん。こう見えて根古部長は仕事と星野君に厳しいのです。

 星野君は心のなかで「ここは勢いで誤魔化すしかない」と作戦を立てました。

 大丈夫、相手は部長と言っても、猫なのだからやれないはずがない。と自分を鼓舞激励します。手汗をかきながら。

「そ、そうですね! なんと野球少年風の女子高生が買ってくれたんですよ! それも三つも!」

「おお、三つも! って、それは野球少年なのか? 女子高生なのかどっちなんだ?」

「えっ? えっと、あれ? 少年野球のユニフォームを着ていたような、でも女子高生だったような……?」

「もしかして、女子高生風の野球少年だったのでしょうかぁ?」

 部長のとなりでカエルのカエルさんがそんなことを言ったので根古部長と星野君はますます混乱してしまいました。

「ふむ、まあ、売れたのならよしとするか」

「はい! そうですよね! あ、これお土産です」

 星野君はニヤリと笑みを浮かべます。ちょっと悪い笑みでした。

(ふっ、どうだ。報告から間髪入れずのお土産攻撃。部長の視線はすでにお土産に釘付けだ)

「僕が出した露店の近くに和菓子屋さんがあったんです。そこの名物の肉球最中ですよ」

「……ほう?」

「ほらほら、表側は猫の肉球みたいな形で裏側は猫が笑った顔になってるんですよ! 可愛いですよね!」

「ま、まあそうかな」

 根古部長は星野君が「猫」を連発するので少しドキドキしてしまいました。

「では、お茶を淹れましょうねぇ」

 カエルさんがとても器用にお茶を入れてくれます。

「ああ、カエルさん、私はぬるめで頼むよ」

 根古部長は猫舌です。

 すっかり肉球最中を食べて和む流れになってきていたので星野君はすっかり安心しました。

「ところで星野君」

「は、はい……!?」

 星野君はビクリとしました。

「それで、その三つ以外はどれくらい売れたのかね?」

 なんて、聞かれでもしたらどうしよう。星野君は手汗をじわりとかきながら、じわりと足汗もかきました。

 もちろんいつかは知られてしまうとわかっています。しかし、まだ星野君は言い訳を考えている途中でした。

 カエルさんが根古部長に渋くてぬるいお茶を、星野君に熱々のお茶を持ってきた頃、部長はヒゲをピンとして言いました。

「星を三つも売って来るなんて上出来じゃないか」

「へっ……?」

 三つも……もしかして、三つ売ったのは凄いことなの?

 星野君は間の抜けた顔になっていたのを、慌ててキリリとさせて言いました。

「ま、まあ、僕も頑張ったってことですかね?」

「すごいですねぇ」

 カエルさんも褒めてくれました。

 星野君はホッとしました。これでもう言い訳を考えなくてもいいのですから。星野君は気が緩んだのか、町で見た光景について話しはじめました。

「そう言えば部長、聞いて下さいよ! 僕、見ちゃったんですよ!」

「何を見たのかね?」

「実はこの最中を売っている隣のお店が凄くお洒落な感じのお店だったんですけど、限定販売っていって商品を売っていたんです」

「ほう?」

「それで、限定一個って言ってお客さんに買わせて、その商品が売れたら全く同じ商品をお店の奥から出してきたんですよ!」

「ふむ……数を限らせておくことで商品価値を高めるという手法だな」

 根古部長は冷静に分析します。根古部長は猫ですがマーケティング知識もありました。

「それでどんな商品なのかなって気になるじゃないですか? だから僕も試しに買ってみたんです!」

「なんと!?」

「それがこれですよ! 黒猫貴品店幸福スイッチ!」

 星野君はタンッ! とクイズ番組の解答者が答える前に押すようなスイッチを最中の前に置きました。

 そのスイッチをカエルさんと根古部長が覗き込みます。

「なんでもこのスイッチを押すと幸せになれるんだとか。なんか、これって僕達が売っている星に似ていると思いませんか? もう気になっちゃって気になっちゃって、思わず買っちゃい……はぶっ!?」

 夢中になって話す星野君の顔に根古部長の猫パンチが炸裂しました。

「ちょ、ちょっと、部長、いきなり何を……!」

「バカ者! こんなものを買ってくるとは何事か!」

「ええっ!?」

「全く、少しは成長したかと思ったが、星野君は全く成長していないな!」

「ええっ!?」

 さっきまでニコニコしながら最中を食べて、カエルさんに「カエルさん、少しお茶が熱いぞ」としっぽをヘナリとさせながら注意をしていた根古部長が突然烈火の如く怒りだしました。

「しかし、部長……」

「よって、この幸福スイッチは没収だ」

 部長はツイィーと自分の方にスイッチを引き寄せました。

「ええっ!? そんな横暴な! 部長ずるいですよ! 本当は自分がほしかっただけなんじゃないですか!?」

「うるさーい! 星野君は今からカエルさんと湖の星を取りに向かいなさい!」

「ええっ!? 帰ってきたばかりなのに!?」

「四の五の言わずに行きなさい!」

 シャー、と猫ばりの根古部長の威嚇を見せられ、星野君はすっかりビビりました。

 星野君は仕方なく肩にカエルさんを乗せて、渋々部屋を出ていきました。

 パタンとドアが閉まると根古部長は大きくため息をついてなで肩の肩を落とします。

 星野君の足音がしっかり遠ざかったのを確認してから、おもむろに幸福スイッチをパタリと横に倒しました。

 横に倒すと、スイッチの底蓋の部分が見えます。部長は爪を使って底蓋をカリカリとひっかいてそれを器用に開けました。

 蓋を開けるとスイッチの中が丸見えです。

 スイッチの赤いボタンの先は太い針になっていました。それが、底蓋の内側の真ん中にある台座の部分に押し込むと向かうようになっています。

「やっぱり……」

 その台座の上には金平糖のような小さな星が一つだけセットされていたのです。それはこの湖で取れるあの星に間違いありません。

 この幸福スイッチは、スイッチを押すことで下にある星を砕く装置だったのです。

「全く、少しは成長して来てきたかと思えば、取引相手の商品を知らずに買ってきてしまうとは……」

 星野君は、見込みはあるけどまだまだだ、と根古部長は思いました。

 それからスイッチを見て

「だいたい星一つじゃあ、せいぜいスイッチを押した人間の意識が変わるぐらい……。自分の幸せに気づくくらいのもの。まあ、それだけでも幸せになれる人間が多くいるのは事実なんだが……」

 と部長は呟きます。

 部長は星をスイッチの中に納め、もとの状態にして自分のデスクに飾りました。

「さて、星野君はいつ気がつくかな?」

 やがて星野君がこの幸福スイッチに違和感を覚え、真実に気がつくまでこのことは根古部長の秘密になりました。  

 

おわり

コンビニくじで登場しました

「世界の終わり、茜色の空」《http://ncode.syosetu.com/n0464dp/》

は美汐様の作品タイトルを使用させていただきました。世界の終わりの日を繰り返す高校生の物語です。ぜひ本編もご覧ください。


コンビニで主人公が読んでいた漫画タイトル

「俺と彼女の異世界冒険記」《http://ncode.syosetu.com/n5130cg/》

は仲遥悠様の作品タイトルを使用させていただきました。こちらは二人の高校生が世界の崩壊をきっかけに異次元より飛来した部隊に所属し、冒険の旅に身を投じていく物語です。ぜひ本編もご覧ください。


主人公が黒猫貴品店で見かける商品の一つ、

「瓶詰めの人魚」《http://ncode.syosetu.com/n3198dd/》は葵生りん様の作品タイトルを使用させていただきました。なお黒猫貴品店や黒い店主もこちら「瓶詰めの人魚」に登場するものです。ぜひ本編もご覧ください。


黒猫貴品店店内でお店の黒猫が枕にして寝ていた 

「聖なる舞姫と黒猫の笛」《http://ncode.syosetu.com/n1082dc/》は葵生りん様の作品タイトルを使用させていただきました。中世イタリアを舞台に孤児院の火災事件と神父失踪事件を追う舞姫の物語となっております。ぜひ本編もご覧ください。


本作に登場する猫の根古部長とカエルさん、星野君はmarron様の作品

「ご栄転で湖の屑拾い」《http://ncode.syosetu.com/n0778dc/》に登場する設定とキャラクターです。星の降る湖にやってきた係長星野君とそこで出会う根古部長との関係が楽しい作品です。ぜひ本編もご覧ください。

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