第7話
枯山「いやぁ〜運転するのっていいもんだね! ゾンビ君!」
刻「運転するの慣れたからって調子に乗らないで下さい。事故りますよ?」
枯山「大丈夫だよ。免許持ってるから!」
この人は自動車免許持ってる=運転が上手いと思っているのか?そんなわけないだろ。あんなもん筆記試験と実技試験をクリアすれば未成年でも取れるんだから。
まあ確かに最初こそ危なかったものの、教習所で習ったことを覚えていたかどうかわからないが今はとても運転が安定している。
いや、本当によかった。初仕事で事故死とかでシャレにならない。
まぁ多分それは運転のことだけを考えて集中してるからだろう。さっきからほとんど瞬きもしないでハンドルを握ってる。今も話してはいるが顔は完全にハンドルの方を向いてるし。いや、交通ルール的にその方がいいんだけどさ……。
でもまだここは普通道路なんだけどどうするんだろ? 高速に入ったら。話す余裕とかなくなったりしないかな?
刻「枯山水さん。もうすぐ高速ですけど……」
枯山「高速? 高速道路のことかい? そんなもの僕使わないよ」
刻「えっ? どうして……」
枯山「だって怖いんだもん」
刻「怖いってそんな……お化け屋敷じゃないんですし」
枯山「高速道路の怖さを知らないから言えるんだよそんなこと。一回君も高速教習を受けてみなよ。トラウマになるから」
知るかそんなこと。そもそも教習自体受けることができないし。
それはともかく高速を使わないとなるとかなり時間がかかるな。僕の予定では明日の昼までには終わって後の時間を学校での自己紹介の練習しようと思ってたのに。えっ? なんでそんなことをするか? ぼっちになりたくないからだよ! そんなことに時間かけんなよとか思ってるかもしれないけど僕にとっては高校生活を快適にする為の重要なことなんだ! 時間だろうが金だろうが命だろうが全部かけて……
刻「ん? ちょっと待てよ……」
時間がかかることなんかよりもっと重大な問題があるような気がするんだが……。とりあえず出かける前から僕たちの行動を確認してみよう。
まず自己紹介終わって、その後枯山さんが依頼を受けて、僕は枯山さんに説得されてついていくことになって、枯山さんの車の前までほとんど準備もせずに行って……あっ……。
刻「……枯山水さんちょっといいですか?」
枯山「ん? どうしたんだい?」
刻「枯山水さん……財布持ってきました?」
枯山「あっ……」
そう、金である。現在の時刻は今回の依頼を受けたのが少し遅かったのか、そろそろ5時を回ろうとしている。後1時間半くらい経てば日も暮れるだろう。それに、僕は高校生であるため青少年健全育成条例の一部、18歳未満の青少年の不理由な外出の禁止に引っかかってしまうため、夜での行動も自ずと短縮される。理由があれば外出していいのだが、怪異を退治しなんて言っても単なる変なやつだと思われて交番に連れて行かれるのがオチだ。その場合宿に泊まるなどすればいいのだが……枯山さんの反応を見る限りそれもできないだろう。
まぁその問題はまだ解決できる。野宿すればいいのだから。金が無いという理由もあるので条例に引っかかる心配もない。
一番問題なのは食料を買えないということだ。ろくな準備もしていないなら多分食料の準備もしてないだろう。まぁ食事をしなくてもある程度は耐えられる。ただ、怪異退治をするとなれば話は別だ。牛蒡種がいかに弱い怪異であろうともしものことがあるかもしれない。食事を摂らなかった場合体を動かすエネルギーも足りなくなるので当然その確率も高くなる。
刻「枯山水さん……どうしますこの状況……。僕野宿なんてしたことないですし。それに多分食料も持って来てないですよね?」
枯山「うん……でも大丈夫だと思うよ? もう少し経てばもしかしたらお目当てのものが現れるかもしれないし」
刻「いや、そんなこと起こるわけないじゃないじゃないですか……」
なんでこんな危機的状況なのにこんな脳天気なことが言えるんだこの人は……。
そう僕が絶望していると、
憑廻「主様……財布忘れてる」
刻「うわぁ!?」
そこに彼女、朧憑 憑廻は現れた。
枯山「お、ツクツク。わざわざありがとう」
憑廻「主様は忘れ物ひどすぎ……気をつけて……」
枯山「ごめんごめん。 で、いい加減僕のことは主様じゃなくて枯山水さんって呼んでくれないかな?」
憑廻「なら主様も私のことをツクツクと呼ぶのやめてください……」
枯山「えぇ……それは変えられないよ」
憑廻「なら私もです……」
……なんだこの状況? 急に憑廻さんが現れて枯山さんに財布渡してその後呼び名のことで言い争って。今まで絶望してた僕の気持ちを返せ。
枯山「ツクツク、そのことは後で話し合おうよ。ゾンビ君もいるんだし」
憑廻「それもそうですね……。では私は帰ります……。刻さんはお仕事頑張ってください」
刻「は、はい……わかりました」
枯山「ねぇツクツク、僕には?」
憑廻「……刻さん、次は枯水荘で、さようなら……」
枯山「無視!? 」
そして憑廻さんはまるでマジックのようにその場から消えていった。枯山さんの財布を残して。
よし、なんとか財布は手に入れた。これで問題は解決できるはずだ。
刻「そういえば枯山水さん。 憑廻さんはいきなり現れましたけど、あれは憑廻さんが怪異だからできるんですか?」
枯山「無視……無視かぁ……」
刻「あの……枯山水さん?」
たかが無視された程度でどんだけ凹んでんだ。耐性がなさすぎる。
枯山「ツクツクが僕に……あっ、えっと……どうしたんだいゾンビ君? なんか僕に話?」
しかも聞いてなかったのかよ。
刻「憑廻さんが急に現れたのは憑廻さんが怪異だからできるのかと聞いたんです」
枯山「ごめんごめん、ちょっと落ち込んでて……。で、ゾンビ君がいったことだけど、半分正解で半分は不正解って感じかな」
刻「それはどういうことですか?」
枯山「ツクツクが怪異、つまり付喪神だからっていうのは正解だけどだからって怪異全員がツクツクと同じようなことはできないってこと」
刻「それはどうして?」
枯山「まずツクツクやったことを説明すると、まずツクツクがやったのは「全放出』っていう放出の応用なんだよ」
刻「『全放出』?」
枯山「そう。全放出っていうのは、文字通り身体中の妖力全てを放出することなんだけど、ツクツクはそうやって放出した妖力を一箇所に集めて、自分自身を移動させたんだよ。怪異だったらほとんどが全て妖力でできてるから可能な方法なんだけどね?」
刻「でも怪異だからできるわけじゃないって……」
枯山「それは全放出を使うのに必要な条件があるからなんだ」
刻「条件?」
枯山「まず一つの条件は身体全てが妖力であるということ。これは怪異だったらほとんどの種類がクリアできる。もう一つが厄介で、それが自身の妖力を瞬時に結合することなんだよ」
刻「妖力を……結合?」
枯山「妖力を結合させるっていうのは要するに散らばった妖力を一つの大きな妖力にするように組み合わせることを言うんだ。これは怪異の中でも憑き物が得意とすることで、他の怪異はまずやらない。だからもし憑き物以外の怪異がやろうと思ってもまず出来ない」
刻「つまり憑き物ができるってことですか?」
枯山「それも違う。もともと憑き物っていうのは物質に憑くことで存在している。だけどその場合体の一部に憑いた物質も含んでいるから条件である身体全体が妖力であるということをクリアできないんだ」
刻「ん? でもそれだと財布とか運べないんじゃないですか? 」
枯山「確かに今言ったことはそういうことになるけど、一つだけ、物質の持ち運びを可能にする方法があるんだ」
刻「それはどんな方法なんですか?」
枯山「じつはこれはあまり同業者でも知ってる人は少ない方法なんだけど、妖力を運びたい物質に与えるんだ」
刻「妖力を……与える?」
枯山「正確には流し込むかな。物質内で放出を行うとその妖力は物質内に溜まっていくんだ」
刻「でも、それがどうして財布を運び出したのと関係あるんですか?」
枯山「実はね、妖力を与えすぎると物質は色形は変わらないけど妖固石へと変化するんだ。それも与えた妖力を100%主成分にしたものがね。」
刻「えっ……それって妖固石になった物質は大丈夫なんですか?」
枯山「それは別に形が変わってはいないんだし、作った本人が簡単に元の状態へと戻せる。いざとなったら少しめんどくさいけど僕らでも戻せるし」
刻「でも妖固石になったからって持ち運びできるんですか?」
枯山「普通の妖固石だったらまずできないよ。ただ自身が作った妖固石は全放出する場合物質ではなく全放出した妖力という扱いになるんだ。だから持ち運びができるったわけ」
刻「なるほど……じゃあ憑廻さんはなんでできるんですか?」
枯山「それは僕もわからないんだよね。ツクツクは何かしらの付喪神なんだろうけどそれを話そうとしないからね。それさえ分かればツクツクが全放出を使える理由もわかると思うんだけど……」
刻「憑廻さんにそのことを聞いたりしなかったんですか?」
枯山「聞いたんだけどさ、彼女自分のことを話すこと極度に嫌がるんだよ。女の子が嫌がることあまりしたくないしさ」
刻「そうですか……」
枯山「でも大方予想はできるんだけどね。 ツクツクって綺麗な女の子だからさ、まず本とか花瓶とかの類いの付喪神じゃないことはわかるから多分人形の付喪神とかじゃないかな」
刻「……そういえばふと思ったんですけど枯山水さんと憑廻さんってどんなふうに出会ったんですか?さっき主様とか言ってたことも気になりますし」
枯山「……それは後で話すよ。話すと長くなるしもうすぐ長野県に入る、そろそろゾンビ君も放出と付与の練習をしておかないといけないし」
刻「……わかりました」
いつの間にそんな時間が経ってたのか。まだ話を続けたいというのはあるが、確かに放出と付与話を完全にできるわけじゃない。早く身につけられるようにしないと……
ただ、少し気になったのが、枯山さんと憑廻さんの出会いを聞いた時、あの時少しだけ枯山さんの表情が暗いものに変わったのはなぜだろうか?
放出と付与の練習、といっても結局やることは枯水荘でやったこととほぼ同じで、妖固石に触れたり放出した妖力で妖固石を動かしたりと極めて地味な練習でそれを1時間くらいやっていると当然飽きる。というかよく1時間も続けられたなというレベルだと思う。
だから枯山さんに何かもっと別の練習はないのかと聞いて見ると、
枯山「じゃあこれを使ってごらん」
と言われて日本刀を渡された。
刻「これ、偽物ですか?」
枯山「いや、本物だよ」
刻「これ本物なんですか!? でもこれで一体何を?」
日本刀を渡されたはいいが、車内なので振り回せる空間もないのでどう練習に使うのか全くわからない。それに日本刀など触れたことすらないのでどのように扱ったらいいのかもわからないと言うのが現状だ。
枯山「それは今から使うから、車から降りて」
刻「えっ……わかりました」
車から降りて見るとそこには一軒の家があり、葉包と言う表札が書かれている。
刻「えっと……ここは?」
枯山「依頼者の隣人の実家。うちの情報員の『安定ちゃん』が調べてくれたんだよ」
刻「『安定ちゃん』?」
枯山「軌離無ちゃんのことだよ。名前が軌道から離れないって言う意味らしいから安定ちゃん」
……もうあんたの名付けセンスには突っ込まないけど一言言うなら、相変わらずセンスがないなぁ。
枯山「で、安定ちゃんが調べた結果葉包って苗字がこの一軒しかないからここが依頼者の隣人の実家ってこと」
刻「なるほど……ってその隣人の葉包さんの実家に来たってことはここに牛蒡種がいるってことじゃないですか!」
枯山「うん、そうだよ」
刻「そうだよって……練習はどうしたんですか練習は!」
枯山「だからこれが練習だよ」
刻「はぁ?」
枯山「ゾンビ君にはこれからも怪異関係の依頼を手伝ってもらうからその時のための実践練習が牛蒡種の退治ってこと」
刻「いや、いきなり実践とか無理に決まってるじゃないですか!」
枯山「大丈夫だよ。日本刀に妖力を付与させて使えばいいだけだから」
刻「随分と簡単に言いますけど僕日本刀なんて使ったことないですからね!?」
枯山「そんなできないとか言わないでやってみなよ。ね? ね?」
刻「そんなこと言われても……」
枯山「それに早く帰って自己紹介の練習したいんでしょ?」
刻「なんでそれを!」
枯山「なんか車の中で独り言で呟いてたから。で、どうするの? 早く倒して自己紹介の練習するか、早く帰れず自己紹介の練習もできずぼっちになるか。どっちがいい?」
刻「その二択じゃ前の方しか選択権ないじゃないですか」
枯山「そうでしょ?だったら早くやらないと」
刻「……ハァ。わかりましたよ。やればいいんでしょやれば」
枯山「物分かりがいいね。じゃ、よろしく頼むよ」
刻「……なんでこんなことに……」
多少無理矢理……というか完全に押し付けられのだがようやく僕の初めての怪異との戦闘らしい。慣れない武器、不完全な技能、完全に不利な状況だがやるしかない。
枯山「じゃあこの怪異を無理やり外に出させる札を貼るから牛蒡種が出てきたらその日本刀で切ってね」
いや、切ってねって軽く言ってるけど結構きつくないか?どこから出てくるかわからないのに……。
まぁ切れ味の良い日本刀だ。少し当たれば初心者でもきれるんかもしれない。物は試しだ。やってみよう。
そして枯山さんが札を貼る。なにやら呻き声のようなものが聴こえ、下から何かが飛び出そうとしてくる。
刻「じゃあゾンビ君VS牛蒡種。戦闘開始だ」
戦いの火蓋が今、落とされた。