第6話
刻「あの……お腹大丈夫ですか? 内臓破裂とかしてませんか?」
白雲「大げさだなあ刻くんは」
いや、大げさでもないだろ。あんだけの時間蹲ってたらそりゃあどっか壊れてないか心配するって。
白雲「それに僕、結構鍛えてるんだからね」
刻「力こぶがほとんどない腕を見せられても何も説得力ありませんよ」
白雲「じゃあ僕の脂肪が衝撃を吸収してくれたのか」
刻「全く太ってないですよね?」
白雲「う〜ん……じゃあ何が僕の体をこんな丈夫にしてくれてるんだろうね?」
刻「多分生きたいという思いかもしれないですね」
正確には幼女のために生きたいという強い性欲だと思いますけど。
枯山「……まあいろいろあったみたいだけど、刻くん。早速君の初仕事が決まったよ」
刻「それってさっき出て行った時に決まったんですか?」
枯山「うん、そうだよ。僕はその時一度自分の部屋に戻って依頼客と話してたからね」
刻「その依頼って何です?」
枯山「もちろん怪異に関することだよ。依頼人はこう言ってたよ。
『先日お隣に引っ越して来た人が居たんだけど、その日を境に頭痛がしたり趣味でガーデニングをしていたがその花も突然枯れた。だからってそんなことを理由に引っ越せとも言えないし、こっちも引っ越すことはできない。そのとき、ここがどんなことでも解決する何でも屋とネットで書いてあって、とりあえず相談してみようと思ったんです』って」
刻「えっ、ここって何でも屋でしたか?」
枯山「それはネットの中の建前だよ。そんな『怪異退治ならお任せください』とか書いても誰も怪しがって来ないだろうし。それに前も言ったようにそのサイトは怪異で悩んでる人か同業者しか見れないようになってるから依頼は全部怪異に関係してるんだよ」
刻「そうなんですか」
枯山「で、今回の依頼なんだけど、どうやら牛蒡種が関わってるみたいなんだ」
刻「牛蒡種?」
何だその怪異? 牛蒡の怪異か? 全く聞いたことないんだが。
枯山「まあゾンビくんが知らないのも当たり前か。この怪異はあまり知られてないマイナーな怪異だからね」
刻「どんな怪異なんですか?」
枯山「この怪異は栃木県にある殺生石、それが砕けたことによってできた怪異なんだ。
殺生石っていうのは玉藻前…九尾の狐の方が知られてるか。それがが岩に化けた姿で、その破片が牛蒡種になったと言われている。
いろいろと伝承があるけど、特定の家筋に憑く憑き物とされてることが多いのかな。怪異自体は害を与えないんだけど、憑かれた家筋の人が害を与えて、本人もそのことに気づかないから被害報告が少ない怪異なんだ。
主な被害はさっき言ったように頭痛がする、育てていた植物が枯れるが多くて、憑かれた人の嫉妬によって引き起こされる。
名前の由来は憑きやすさが牛蒡の種のようだからで、『ごんぼだね』と言われることもある。これが牛蒡種の特徴かな」
刻「被害が頭痛ですか……あまり退治しなくてもよさそうな怪異ですね」
枯山「それがそういうわけにもいかないんだよ。ひどい場合ノイローゼになって自殺することもあるから放っとくわけにいかないんだ」
刻「……そうですか」
枯山「まぁでも怪異を退治すればそんなことは起こらないし、そいつは雑魚だから大丈夫だよ」
刻「それは良かったです」
まあ一度も怪異と相手をしたことない僕に強い怪異なんて任せられるわけないか
枯山「じゃあ早速行こうか」
刻「はい。でも、行くってどこに? 依頼者の隣人の家ですか?」
枯山「いや、違うよ」
刻「じゃあどこに?」
枯山「僕たちはこれから、長野に行く」
……は?
刻「ちょっと待ってください。なんで長野に?」
枯山「牛蒡種が特定の家筋に憑く怪異っていうのは知ってるよね?依頼者の隣人は引っ越してきたって事は出身地はそこじゃない、別の場所だ」
刻「それはわかりますけど……」
枯山「それに牛蒡種は長野、岐阜、福井に伝わる怪異。もともとどこに住んでいたかは依頼者が言うには長野県出身で結婚してないみたいだから苗字も変わってない。」
刻「でも、同じ苗字なんていくらでもいるんじゃ……」
枯山「それは一つ一つしらみ潰しにやっていくしかないでしょ」
それ効率悪くない?
刻「なんかないんですか? 妖力を感知する機械とか」
枯山「そういうのあったらいいんだけど、まず怪異を見れる人自体少ないからそういう機械の開発が進まないんだよね。怪異を見れる人の体の構造を調べられたらいいんだけど、能力は生きている間にしか働かないみたいだから死体をいくら調べても無意味。現在どうするか模索中ってわけ。」
刻「そうですか、でも長野ですか……遠いですね。」
言ってなかったが枯水荘の所在地は群馬県高崎市。何故ここに怪異退治の拠点を置いたのかを聞いてみたら、インフラがある程度整っているわりに、大した認知度もなく、一部の人にしか注目されないので仕事がしやすいとのことらしい。
一応長野はお隣県な訳だけどそれでも100Km以上距離がある。それもしらみ潰しに一軒一軒潰すとしたらかなりの時間を必要とする。ちょっと初仕事にしてはきつくない?
枯山「別に観光だと思って楽しめばいいよ。仕事は一体怪異を退治したら終わりなんだから。それに確か君の通う高校は確か4月8日が入学式で今日が4月5日、3日後だから用事はないだろう?」
刻「そうですけど……そもそも怪異なんて退治したことないですし、その前にどうやればいいのかもわからないので……」
枯山「そういえばやり方を教えてなかったね。ごめんごめん。じゃあ教えるけど、結構簡単だからやり方さえ分かればあとは少しの経験でなんとかなるよ」
刻「そんな簡単なんですか?」
枯山「そうだよ。ここのメンバー全員遅くても一週間以内には大体マスターしたからね」
刻「そうですか。なら良かったです」
……ん? でも今日行くんだからもし早く怪異を見つけてしまったら最悪1日でマスターしなきゃいけないことになるんじゃ……まぁいいや、もしできなかったら枯山さんに頼めばいいし。
枯山「じゃあまずは最初に妖力について説明しよう。そもそも妖力は人によって多い少ないと個人差がある。その中でも多い方が僕たちだ」
刻「それはなんとなくわかります」
枯山「その妖力を使って怪異を退治するわけだけど、妖力の使い方には主に『放出』『付与』『練成』の三つがある」
刻「『放出』と『付与』と……『練成』?」
枯山「『放出』っていうのは要は妖力を気弾のように飛ばすこと。威力や性質をコントロールできるから特に妖力が多い人は好んでする方法だよ。
『付与』っていうのは例えば木刀があったとしたらそれに妖力を注ぐことによって怪異用の武器にすること。身体能力に自信のある人が好んでする方法だ。
そして『練成』はどっちかというと応用みたいなものかな。妖力によって武器を作り出したりすることで、その武器も怪異用の武器となるんだ。でもこれは『付与』である程度はまかなえるからあまり使う人はいないし、そもそも難易度が高くて使える人がほとんどいない」
刻「ということは放出と付与を覚えればいいんですね」
枯山「そういうこと。じゃあ早速実践してみよう。まずは付与からやってみようか。怪異とかに触れるようにしないと怪異に対してほとんど何もできないからね」
刻「わかりました。触れるということは手に妖力を付与したらいいんですか?」
枯山「まあ触れるのに一番使うのは手だからね。それで正解だよ。でも時には足とかに付与する時もあるから。怪異を踏み台にして攻撃を避けたりする時とかね」
刻「そうですか……でも、妖力を付与させるなんてどうすれば……」
枯山「妖力っていうのは血液みたいに身体中を巡ってるようなものなんだよ。それを纏う感じだからそうだな……こうイメージしたらいいんじゃない?手を体内にある妖力で満たす感じにするとか」
刻「やってみますね」
でも、纏うって中からじゃなく外からじゃないのかと
思うんだが……とりあえずやってみるか。
血液みたいなものと言ってたからそれで右手全体を満たす感じに……。
枯山「できたかな?」
刻「どうなんですかね。僕にはわかりません」
枯山「じゃあ調べてみた方がいいね。ちょっと待ってね……あった。これに触れてみてくれないかな」
そう言って枯山さんは紫色の鉱物のようなものを後ろの棚から取り出した。見た目はとても綺麗だが、今これを出すってことは怪異に何か関係があるはずだ。
刻「なんですかこれ?」
枯山「これは妖固石って言ってね。怪異はこの世からいなくなる時に自身の妖力を全て放出するんだけど、それが地面の穴などに入って溜まっていくんだけど、外に出された妖力は時間が経つにつれどんどん石化してきて石になる。それがこれだ。いわば妖力の結晶ってところかな」
刻「それと付与を覚えるにあたってなんの関係があるんですか?」
枯山「これはね、怪異と同じように妖力を付与しなきゃ触らないようになってるんだよ」
刻「つまりこれに触れられれば付与は成功してると」
枯山「そういうこと」
刻「じゃあ早速やってみますね」
僕は付与されたと思われる右手を妖固石に近づける……。
しかし僕の右手は妖固石にかすりもせずすり抜けてしまった。
枯山「付与できてなかったみたいだね」
刻「……そうみたいですね」
まぁなんとなくわかってたんだけどね。だってそのイメージじゃ妖力を血液にしたら右手全体が内出血起こしてるようなもんだからね?痣で手が変色してんのに纏えてるわけないわ。
刻「……すいません。もう一回やっていいですか?」
枯山「別にいいよ。今度は別のイメージでやってみるのかい?」
刻「はい。中からだと纏うという感じじゃないんで」
じゃあ中からダメならどこからか? 答えは一つ。外からだ。妖力を一度体内から出して、それを右手に纏うイメージで……。
刻「……付与できたかどうか確かめてみますね」
僕はもう一度妖固石に手を近づける……。
すると先ほどと違ってしっかりと妖固石を掴むことに成功した。
刻「できた……。できましたよ。枯山水さん」
枯山「そうみたいだね。でもよくできたね。今思い出したけどまず放出を先にやんないと付与って覚えられないんだけど……できたってことは放出を覚えちゃったのかな?」
刻「いえ、ただ纏うっていったらやっぱり外からかなと思ったんで一度妖力を外に出してそれを纏うようイメージしたんですよ」
枯山「それが放出の基礎の体外放出だよ。さっき言った妖力を気弾にして飛ばすのはそれの応用で、まずは体外に放出することを覚えなくちゃいけないんだ」
刻「そうなんですか」
枯山「でもそれができたってことは放出もある程度は覚えたってことか。これなら出発して大丈夫そうだね。気弾を作ることは車の中でやればいいし」
あっ……。やばいどうしよう。付与が成功して喜んでたけどこれじゃあ1人で怪異と戦わなくちゃいけなくなるじゃん。頼ろうと思ってたけどそれもできなくなりそうだし……クソ、しょうがない。1人でやってみるか。最悪自分で掘った墓穴に入らなければそれで大丈夫だろうし。
枯山「じゃあゾンビくん。その妖固石を『ツクツク』に渡してくれないかな」
刻「『ツクツク』? 誰ですか? その人?」
枯山「憑廻ちゃんのことだよ。なんでツクツクかっていうと憑って漢字が二つ名前にあるから」
またセンス無いな……。なんだよそれ? 蝉の名前かよ?
まぁあだ名のことは置いといて、とりあえず渡せと言われたので憑廻さんに妖固石を渡してみる。本当は付与がちゃんとできるか確認するため持っときたかったんですけど……。
憑廻「……ありがと……。じゃあいただきます……」
刻「は?」
すると、憑廻さんは貰った妖固石を食べ始めた。
刻「えっ、ちょ…何してるんですか!?」
憑廻「見ての通り……食べてる」
刻「見ての通りって……まずそれ食べられるんですか? 石ですよ?」
憑廻「確かにそうだけど……硬さは飴みたいなものだから普通に食べれる……」
刻「そうですか……じゃなくて! なんで食べてるんですか!」
「それは僕が説明するよ。ツクツクはね、相手の妖力が入った妖固石を摂取することによってその人をこの組織の仲間だと認めるんだ」
刻「人の妖力を摂取?」
枯山「そう。妖力を与えることはツクツクにとって仲間の印みたいなもんみたいで、自己紹介の時はゾンビ君をこのアパートの一員として認識しただけ。妖固石を食べ終わったら仲間だと認めると思うよ」
刻「でも、僕触れただけでしたよ?」
枯山「妖固石は微量だけど触れた人の妖力を吸収する性質を持ってるから大丈夫」
刻「そうですか」
枯山「でもよかったよ。ロリ籠りん君のときみたいに吐き出さなくて」
……なんかさすがに可哀想になってきたな。そのときどう思ったんだろロリ籠りんは。
まぁそれよりも気になる点がある。妖力っていのは大まかに言えば体の一部だ。要するに憑廻さんは僕の体の一部を取り入れてるということだ。なんかエロいな……
憑廻「んっ……なんか独特な味」
その言い方もなんかさっき想像してたことと合わせると随分とやばい感じがするのは俺だけだろうか。
憑廻「尸……刻……。私たちの……仲間……」
それはともかく憑廻さんは俺を仲間だと認識してくれたようだ。それは嬉しいがさっきまで仲間だと認識してもらえなかったのを踏まえると少し悲しい気もする。
枯山「よし、じゃあある程度やることは終わったしそろそろ行こうか」
刻「そうしましょうか。でもどうやって行くんですか?」
枯山「車だよ。家を一軒一軒調べていくんだったら車が一番いいからね」
刻「それもそうですね」
その後、僕たちはこれと行った準備をするわけでもなく部屋を出て枯山さんの車がある駐車場まで歩いていった。枯山さんの車は意外にも普通の軽自動車だった。
刻「車は普通なんですね……」
枯山「そうだよ。まぁさっきのを見た後だと車も変わったやつだと思っちゃうか」
そんなことを言って枯山さんは車のエンジンをかける。
枯山「えっと……こっちがアクセルでこっちがブレーキでいいんだよね?」
刻「そうですけど……枯山水さん本当に車運転できるんですか?」
枯山「大丈夫、免許は取った」
刻「運転したことは?」
枯山「無いけど大丈夫でしょ」
いやダメだろ。最悪死ぬぞ。嫌だよ僕初仕事で事故死とか。
枯山「大丈夫。ちゃんと安全運転で行くからさ」
長野に行くまでに高速乗ると思うけど……。
刻「とにかく事故らないようにしてくださいね」
枯山「わかったよ」
そう言って枯山さんは車を動かす。しかしその直後アクセルを強く踏みすぎたせいかスピードを出しすぎて前方の車にぶつかりそうになった。
本当に大丈夫か?マジで怖いんけど……。
何はともあれ、こうして僕の初仕事は始まった。初めて怪異と戦う僕にとってこの先のことを考えるととても不安になったが、それよりも今は事故らないことを必死に祈るばかりだった。
刻「怪異よりも先に僕がこの世からいなくなってしまいそうだな……」
そんな縁起でもないようなことを言いながら。