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洗濯屋と魔王様 第二章  作者: ろんじん
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第二十一節*カールとテオドール

 ゲファール・シュタット、アインザーム・ラント。この二つの国は東の大陸で一番北側にある王国だ。これより上は深い森に閉ざされ、その向こう側には魔物の国が多数あると言われている。この二国が今のヒト族の限界を表していた。

 元はどちらも流れ者、爪弾きが集まる賊のねぐらのような街だった。それが数年前、ゲファールで鉱山が見つかり鉱夫ギルドが出来た。盗みよりも金になると、賊たちは剣を捨ててツルハシを取った。そしてその鉱石に目を付けて、商売上手な賊たちがアインザームに貿易港を築いた。今はいくつかの有力ギルドが互いに牽制し合いながら、街を束ねて王国の末端に名を連ねている。

 二国は東で最も治安が悪く、近寄る者は少なかった。唯一頻繁に向かうのは商魂逞しい商人たちである。

 テオはカールを連れて国境を越えると、早々にゲファール行きの商人を見つけてその荷馬車に乗せてもらった。ゲファールまでの道は既に確保されているが、長い旅路は何かと危険が付きまとう。商人は噂の勇者が加わってくれるなら、とすんなり受け入れてくれた。荷物の隙間に挟まりながら、二人は七日ほどかかってゲファールに着いた。

 踏み固められただけの大通り、茶色く所々が欠けた煉瓦の家、色白だが筋骨逞しい鉱夫たち。街の酒場は昼間っから盛り上がり、男も女も大いに騒ぎ飲んでいる。

 ゲファールはそういう埃っぽくやや血生臭い、豪快な街だった。



『洗濯屋と魔王様』 第二章



 やっと辿り着いたゲファールの街で、宿の薄っぺらなベッドに倒れ込んだカールはぴくりとも動かなくなった。荷馬車に乗せてもらえたとは言え、初めての長旅は彼の体中を軋ませた。特に荷台で始終ゴトゴトと跳ねていた尻の肉は重症で、それをかばい俯せたのだ。慣れない野宿のせいで眠りが浅かったのも疲れに拍車をかけている。気力を振り絞って宿までは来たものの、カールはしばらく動けそうになかった。

「もう、無理……」

「大袈裟だなあ。馬車に乗せてもらって随分楽だったんだぞ?」

「テオ兄は慣れてるから平気なんだよ…。俺、隣のシュトラントにしか行ったことないもん。地面の上で寝るのも初めてで、背中も首も痛かった……」

「ま、良い経験になっただろ? ちゃんと目的地にも辿り着いたしな!」

 疲れ果てて萎びたカールとは反対にテオは元気だった。

 ゲファールに到着したのは夕方で、宿を探すうちに辺りはすっかり暗くなっていた。宿と言ってもベッドとテーブルがあるだけの粗末な部屋だ。それに室内は何となく埃っぽい。しかし屋根と寝床があるのは久しぶりだった。

 テオはぺしゃんこになったカールの横で二人分の荷物を点検した。もうカールの故郷からは十分離れたので、明日はいよいよ森に入る。そうすれば人目につかないし、旅人の行方を気にする人もいないだろう。

 こんな形ではあるがテオはカールとの旅を楽しんでいた。いつも自分の冒険談を楽しそうに聞く従弟を見て、いつか一緒に行けたらと、少しそう思っていた。行き先も目的も不満が尽きない今回の旅路だが、それでもこの時だけは楽しいと感じていた。その分、旅が終わるのも寂しいが、テオはカールの望みを見届けるつもりでいた。ずっと実家に留まっていた男が一大決心をして飛び出すのだ。これを後押ししない訳にはいかない。

 当の本人はベッドの上でうとうとし始めていたが、テオにはそれがまた可愛く思えて仕方なかった。

「今日は…もう、このまま寝てもいいかなぁ?」

「ははっ、そうだな。いいぜ。明日は歩いてもらわないといけねえから、今のうちにしっかり休んでおけ。あ、靴だけは脱いでおいた方がいいぞ」

「うん、ありがとう…テオ兄。明日は、頑張るよ……うん…」

 重そうな瞼でのったりと話す従弟にテオは笑った。カールは言われた通りに靴だけ脱ぐと、室内で眠れることに安心してすとん、と眠りに落ちた。静かな寝息を聞きながらテオがそっと毛布を掛ける。

 ゲファールの裏手には森へと続く谷間がある。手前は鉱山の入り口がいつくか見え、人の往来もあるが、半日ほど歩くと寂しい旅人の道になる。道は小さな森を抜けて乾燥した土地まで続いている。その先は魔物も迷うと言われる巨大な森だ。その森を堺に魔物は南へ下りて来なかったし、ヒトは北へ上がれなかった。魔物が来ないという点で、獲物種族にとっては比較的安全な旅道だった。

 テオは買い足す物資を確認し終えると、明日に備えて自分もベッドに潜った。


   ***


 翌日、カールはなかなか起きなかった。テオは多めに見てしばらく放っておいたが、陽が高くなってもまだ寝ていたので結局叩き起こすことになった。体が重いと言う従弟を突いて身支度をさせる。宿を出た頃には既に昼で、飯屋からはいい香りが漂っていた。

 朝食兼昼食となった飯を食い、物資調達に店を回る。カールは初めて見る鉱山の街に目を奪われながら、テオの後ろを付いて歩いた。

 両腕に刺青を入れた男、頭を刈り上げた女、ヒト族以外の獲物種族。ゲファールが国になる以前からこの地域にいた者たちは、そのほとんどが盗賊上がりだ。様々な理由で故郷や職を失うのはヒトに限らず、ここには複数の種族が流れ着いていた。

 いろんな姿の住民が行き交う街を見ながら、カールは少し魔国を思い出した。

 あの国にも多種多様な種族が集まっていた。

「みんなどうしてるかな…」

 カールは土埃が煙たい往来を眺めつつ小さく呟いた。

「こら! ぼさっとしてると置いていくぞ」

 その腕をテオが引っ掴む。

 必要な物が揃うと二人は鉱山へ続く門をくぐって街を出た。門を出て直ぐは、山肌に作られた坑道の入り口や小屋を横目に谷間を進んだ。奥へ行けば行くほど人影が薄れ、威勢の良い声やトロッコの音が届かなくなる。やがて道は緩やかな山道になり、両側の山が低くなってくると今度は森に変わった。

 森は、カールが知っているような森とは全く違っていた。故郷の近くにあった森はきれいに木立が並んでいたが、テオと踏み入った森は鬱蒼として恐ろしい雰囲気だった。地面は土よりも石や岩が多く、その隙間や上にじめじめとした植物が生えていた。腰の高さほどの植物や二階建てよりも高いと思われる植物が重なり合うように生い茂り、たまにその枝からツタがぶら下がっている。

 道は旅人の足跡によって草木が避けただけの獣道だった。

 暗い木陰も道の上だけは切れ目があって歩く分には明るい。けれども時折聞こえてくる鳥の鳴き声や、藪から飛び出してくる虫に驚きながら、カールはテオを追いかけるのに必死だった。浅い川を越えたり、大岩を迂回したりしながら道は続いていく。

 人の手が入っていない道はカールからぐっと体力を奪っていった。足下はちょっとでも油断すると滑りそうな石ばかりだ。気が抜けないまま、どこまで歩くのかも分からなかったカールは、額から垂れる汗を拭いつつテオを呼び止めた。

「テオ兄! ねぇ、これってどこまで行くの?」

「ん? この先にある泉までだけど。どうかしたか?」

「ちょっと、ちょっと休みたい…」

 テオが足を止めて振り向いたので、カールはその隙に大きなため息を一つついた。頭からは止めどなく汗が流れてくる。それを見てテオも従弟の疲れ具合を把握し、少し先に見えた平たい岩の上で休むことにした。

 街を出てから初めて座れたカールはまた大きく息を吐いた。

「はあ……、森の中って、歩きにくいんだね」

「歩きにくい? この辺りはまだ平らな方で、全然楽勝だぞ?」

「ええー! もしかして、もっと大変なところまで行くの?」

「いや、今回はそんなところまで行かねえけど。少しは足腰鍛えろよ」

「うーん、俺だってそんなに弱くはないと思うんだけどなぁ」

 疲れた足をぷらぷらさせながらカールはふて腐れた。

 気分転換に上を見上げると爽やかな青空が帯状に見えた。辺りは静かで風の音が心地良い。陽はまだ高いようだった。

 しばらく休んで喉を潤すと、二人はまた歩きだした。

「なあ、カール。お前はもう戻って来ないのか?」

「へっ?」

 一歩一歩、足元を確認しながら進むカールに、テオがふと話しかけた。

 下に気を取られていたカールは間の抜けた声で聞き返す。

「だから、これで魔国に行って。それでもうヴァルトには帰らないのかって話だ」

「それは……まだ分からないよ。そんな先のことまで考えてない」

「……おじさんがああ言ったからこの仕事を引き受けたけど、俺、本当はお前を魔国になんか送り出したくねぇんだからな…」

「テオ兄…」

 前を向きながら本音を話した従兄にカールは思わず足を止めた。それに気付いて、前を行くテオも足を止める。

 カールはテオが仕事を引き受けてくれたあの時に、納得もしてくれたのだと勝手に思い込んでいた。だが、目の前にいる従兄の背中はそんな様子ではなかった。

 テオは真っ直ぐに振り返って問いかけた。

「なあ、お前はあの渓谷の中で一生を過ごすのか? 元気でやってるのかどうかさえ分からないところへ行っちまうのか? お前が選んだ場所だから、俺も信じるけど……。でもやっぱり寂しいと俺は思う」

「………」

 投げかけられた言葉にカールはどう返せばいいのか分からなかった。

 いつも元気な従兄の、こんな寂しい声は初めてだった。

 カールはしばらく言葉を探したが何も思い浮かばず、ぎゅっと拳を握りしめてまた歩き出した。濡れたコケを避けるのも、最初の頃よりは上手くなっていた。そしてテオの隣に追いつき、自分よりもやや背の低い従兄を見て言った。

「魔国に行っても俺はみんなのことを忘れない。だから、今は行かせて欲しい」

「カール…」

 ここ数日の旅で日に焼けたカールの顔がやや引き締まって見えた。

 テオもまた拳を握りしめ、止まっていた足を前に出した。

「……行こう。行って、そんで一度は絶対に帰ってこい。マルクスやニナに本当のことを話してないんだ。時が経ったら、お前が説明しに帰ってこい」

「えっ、それは父さんが上手くやっといてくれないかな…。俺が言ったんじゃニナはともかくマルクスが……」

「今回のこれにもついて行く、って騒いでたしな。あいつ結構腕っ節も強いし、もうちょっと背が伸びたてたら本当に無理矢理ついて来てただろうなあ」

「テオ兄、冗談でも止めてよっ!」

 木の根や飛び出す岩を軽々と越え、テオはするすると森の中を抜けて行った。現実味のある冗談でカールをからかい楽しそうに笑う。それを情けない声で打ち消しながらカールが後を追いかける。

 その後も何回か休憩を挟みながら二人は森を進んだ。

 テオドールはもうカールに「行くな」とは言わなかった。


 空が朱色になってきた頃、道の先がぱっと開けて二人は小さな泉に出た。ずっと木々に圧迫されるような道だったが、その周りだけはやや広く地面が露出していた。覗き込んだ泉の透明さにカールは思わずうっとりする。テオが地面を(なら)して休憩場所を作ると、二人は荷物を下ろして顔や手を洗った。

 冷たく澄んだ水が汗を落としてさっぱりさせてくれる。

「はあ、気持ちいい」

「よく歩いたな。明るいうちに着けて良かったぜ」

「え?」

「ここがさっき言ってた泉だよ。貝の道具で向こうと連絡が取れるんだろ? じきに日が暮れるから今のうちにするといい」

「テオ兄は?」

「俺はここで一泊する。そのつもりでお前にここまで歩いてもらったんだ」

「そう…、そっか……」

 旅の目的は分かっていたのに、カールはテオからの言葉が唐突に聞こえた。今更ながら、別れの寂しさが込み上げてくるようで語尾がやや弱くなる。

 それでも彼は直ぐに荷物の中から例の貝殻を取り出し、蓋を開けて中の窪みに魔法石をはめ込んだ。石が淡く光り、ぷわりと水泡が生まれる。

 カールはあの晩のように泡に向かって話しかけた。

「ヴフトさん。聞こえますか? ヴフトさーん」

 その様子をテオも珍しそうに見守った。

 しかしどうも返事が返ってこない。

 カールはどうしたのかと思いながら何度も声をかけた。

「ヴフトさん! 俺です、カールです。ヴフトさーん」

「何だそれ? 壊れてんじゃねえのか?」

「ええっ、そんなことはないと思うんだけど…」

「っていうかさ。魔物の道具なんだろ? これ。魔力のないお前が使えるのかよ?」

「それはなんか……この石がどうにかしてくれて。前にやったときは話せたんだよ」

「ふーん? おーい、返事をしないならこのままカールを連れて帰っちまうぞー」

「ちょ、ちょっとテオ兄!」

「だって返事をしねえ向こうが悪いだろ?」

 音沙汰のない泡に向かってテオが煽り文句を投げかける。カールはそれが口先だけに聞こえず慌てて止めた。すると水泡がぶるりと震えて、やっと向こうからの声が届いた。

「カール! 誰かと一緒なのかっ? 私だ、ヴフトだ!」

「ヴフトさん!」

 久しぶりの声にカールの表情がぱっと明るくなり、思わず貝に顔を近づける。

 反対にテオは貝から声が出たのに驚いてぎょっと体を仰け反らせた。

 声の主は紛れもなくヴフトだった。

「ヴフトさん、俺です、カールです! そっちに帰りたいんですけど、どうすればいいですか? 今、森にいるんです」

「森? 何でそんなところに……。お前の国の近くか?」

「いえ、だいぶ北に上がったところです」

「ううん……探すのに少し時間がかかる。そのままでしばらく待っていてくれ」

「はい」

 無事にヴフトとの通信ができ、カールはほっと一安心した。これで迎えに来てもらえるだろう。そして魔国に戻ってアルやギード、それに他の洗濯係や向こうで知り合ったみんなとも会える。またあの不思議が溢れる国で洗濯が出来るのだ。

 そういえばタピオの家に遊びに行ったときに攫われたから、きっと彼も心配しているだろう。早く帰って無事を報告しなければならない。

 カールはそんなことを思いながら貝殻を見つめて待っていた。

 すると、不意に頭上から影と羽音が落ちてきたのである。

「おおおいっ! テメェ、今ヴフトって言ったな? あの野郎を知ってるのか! 知ってるんだなっ? こいつはいい! この前の借りを返すチャンスだぜッ!」

「えっ、わっ! わあっ!」

「何だっ? カール、とりあえず逃げるぞッ!」

 真っ赤な空に、インクを零したかのような黒い翼が羽ばたいた。カールを見下ろしたのは一等きらびやかな恰好をした奴で、その周りには十数人の同族が飛んでいた。体はヒトに似ているが、顔は烏のようである。背中から生えた大きな翼で、空中からカールたちを囲んでいた。

 不味いと感じたテオは咄嗟にカールの手を掴んだ。剣だけを手に、木のある方へ駆け出す。カールは通信が途切れないように気をつけながら転がるように走った。

「逃がすか! 捕まえろ! 人質取ってあのすかした野郎に仕返しすっぞ!」

「おおーッ!」

「やっちまえーッ!」

 一際派手な男が頭目なのか、そのかけ声によって他が一斉に動き出した。

 空から来る相手に対して、テオは素早くカールを茂みの中へ隠した。自らは注目を集めるように泉の縁を走って逃げる。烏がいよいよ迫ってくると、剣を両手で構えて地面から斜め上へ振り上げた。長く分厚い板のような剣が空を切り風圧を生む。ぶおんっという轟音が飛んで、向かってきた烏たちを吹き飛ばした。

 思わぬ反撃に手下たちは一端距離を取り、空中でテオを囲み直す。そしてしばらく旋回した後に、近づくのは分が悪いと思ったのか今度は手を前に突き出した。ただの飾りだと思っていた腕輪が突然光りを放つ。テオが魔法だと気付くのと同時に、烏の手からは風の渦が生まれていた。

 凄まじい唸りが一直線にテオを襲う。

 寸前で躱したテオは抉れた地面を一瞥してまた走り出した。

「あいつら魔物か!」

「ちっ、すばしっこい野郎だ!」

 それぞれが吐き捨てるように悪態をつく。

 素早く逃げ回るテオを相手に、魔物は二発目の狙いが定まらなかった。

 一方のテオも走れる場所が少なく、途中でぐっと方向を変えて飛んでいる魔物の真下に潜り込んだ。烏たちは高い場所にいれば攻撃は当たらないだろうと高をくくり、これ幸いと手を真下に向けて狙いを付けた。しかし。

 ブオンッ!

 また腕輪が光るよりも先に、下から真っ直ぐに剣が投げ飛ばされ、それに当たった何人かが吹き飛んだ。

「ぎゃあッ!」

「なっ、何だ? あっ、野郎、剣に鎖をつけてやがる!」

「あの怪力も面倒だな。 おい、もう一人の方を探せ! さっきあの茂みのあたりに隠れただろ。道に出てきてねぇからまだいるはずだ!」

「そうだ! そうだ!」

 手下がやられたのを見て頭目は捕らえる対象を変えた。カールは森の中に隠れていたが、烏たちは目敏くその姿を見つけた。羽音が自分に近づいてくると分かり、カールは堪らず茂みを飛び出した。テオもそれに気付いて直ぐに走り出す。

「カールッ! こっちだ! 俺のところまで来いっ!」

「テオ兄! …わ、うわわっ! ヴフトさーんっ!」

 魔の手から逃れるように、走りにくい石の上をカールは懸命に走った。テオに助けを求め、手元の貝殻に呼びかける。ヴフトはこちらの居場所を探すと言ったきり返事がなかった。まだ蓋を閉じていないので通信は繋がったままのはずだ。けれどもカールの呼びかけに泡はぷるりとも動かなかった。

 突然の出来事にカールは混乱したまま全力で走る。

「ヴ、ヴフトさんっ! 返事をしてくださいよっ、ヴフトさっ……わあああっ!」

「カールッ!」

 轟っという一際大きな突風が地面の小石を吹き飛ばし、ついでにカールの足を転ばせた。間一髪、間に合ったテオがカールをかばって受け身を取る。しかしそこから体勢を立て直す間もなく、直ぐに追撃の風が襲い来る。テオはカールを守りながら必死に応戦したが徐々に押されていった。

 烏たちはテオの攻撃を避けるように一層高く飛び上がっていた。

「ちっ、流石にあの高さじゃ届かねぇ……」

 防戦一方になったテオは苦虫を噛み潰した。

 風の攻撃が止んだかと思えば、今度は何人かの魔物が直接襲いかかってきた。テオがそれに応戦して前へ踏み込むと、また別の仲間が風の渦を発射した。

「テオ兄っ!」

 魔法攻撃に気付いたカールがテオを助けようと腕を伸ばす。しかしそれは一歩間に合わず、テオは風を防ごうとした剣と一緒に強く弾かれた。鋭い斬撃に肌が破れ、飛ばされた先で木に背中を打ち付けてしまう。

 余波を受けたカールも後ろへ飛ばされ、地面で頭を打って気絶してしまった。

「はっ! 手こずらせやがって! 最初っから大人しくしてりゃあ良かったんだよ。おい、そっちの髪の短い方を拾えっ」

「へいっ」

「……あれっ? お頭ァ、こいつ魔物じゃないっすよ! ヒト族です!」

「ヒト族う? 何たってそんなのがアイツの名前を知ってんだ? まあいい、そいつで誘き出せなきゃ適当に売っぱらっちまおう」

「了解です。…持ちやした!」

 頭目の指示を受けた手下がカールを大きな布に包み二人で持ち上げた。ヒト一人運ぶのはそれなりに面倒なようで、互いの翼が当たらないように慎重に飛び上がる。カールを捕らえた二人が群れに加わると、頭目は全員をまとめて飛び去っていった。

 その様子を、悔しさに顔を歪めながらテオドールは睨んでいた。

「あ、いつら……絶対にっ、許さ、ねえ…!」

 剣を杖代わりに立ち上がってそう力んでみせるが、体のあちこちが軋んでいた。それに分かるのは飛んでいった方角だけで、追いつく手段が思い浮かばない。

 それでも何とかカールを助けなければと、テオは赤い髪の毛を掻きむしって考えた。そのとき、どこからか呼びかけてくる声が聞こえたのである。テオがはっとしてカールのいた辺りを探してみると、草の上にあの貝殻が転がっていた。

「おい、カール! 通信機を持って動き回るんじゃない! これは移動していると上手く繋がらないし、お前の位置も探しにくい。……カール? おい、返事をしろ、カール。聞こえていないのか? カール!」

 水泡がぷるぷると震え、そこからヴフトの声が響いていた。カールが気を付けて持っていたそれは、まだ通信が途切れていなかったのだ。テオは即座に貝殻を拾い上げ、水泡の向こう側にいるであろう忌ま忌ましい相手に呼びかけた。

「…お前、ヴフトって言ったな」

「っ? 誰だ?」

 突然、知らない声が聞こえてヴフトが訝しむ。

 だがテオはそれを無視して怒鳴るように続けた。この貝の向こうで喋っているヴフトと言う魔物がどういう奴かは知らないが、それでも今は一縷の望みだったのだ。

「…カールが攫われた。翼を持った、カラスみたいな魔物たちだ。お前に相当恨みがあるようだったぞ? 魔王だか何だか知らねえが、お前のせいでカールが襲われたんだ!奴ら、飛んでいっちまって何処にいるんだか分からねえ! お前の力を貸せっ! ここの位置が探せるなら、奴らの居場所も分かるだろうっ? 俺がカールを助けに行くから今すぐお前の力を貸しやがれッ!」

「カールが攫われた?」

 水泡がぶるりと動揺する。ああ、と答えたテオの声には悔しさが滲んでいた。

 長く延びていた夕日がとうとう沈み、森は夜に包まれていった。

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