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生きている蛇を最後に見たのはいつだったろう。俺が育ったのは福岡市の郊外のベッドタウンで、同じような造りの建売住宅が集まった団地の回りには、野山が広がっていた。
だから子どもの頃は、蛇が道路を這っているのを時々見た。ほとんどは30センチくらいの黒っぽいシマヘビで、体をくねらせて進む姿は何となく気味が悪かった。俺たちの仲間には蛇を見て逃げ出すほど臆病な奴もいないかわりに、蛇を捕まることができるほど度胸のある悪ガキもいなかったから、俺たちはその薄気味の悪い生き物を完全に無視した。蛇は俺たちの姿を見るとたいていするすると逃げ出した。だから俺たちもまるでそんな生き物などこの世界に存在しないかのように、しゃべくりながら蛇の消えた草むらの脇を通り過ぎた。たった一つの記憶を除いては。
「面白いもん、見せてやろうか」
それは五年生の夏だった。放課後、遊び仲間のユウタとコウジと三人で、団地の公園でゲームをしていると、同じクラスの斉藤が声をかけてきた。斉藤は、ある有名な進学塾に通っているガリ勉で、クラスの男子のどのグループにも入っておらず、一度も一緒に遊んだことがなかった。けれど斉藤は友達がいないからといっていじめらるわけでもなく、席替えや遠足などの時は、さりげなくどこかのグループにくっついて孤立するわけでもない。誰からも好かれることもないかわりに、嫌われたり疎まれたりすることもなく、まるで影のように気配を消して自分の安全を確保する、今思えば、ある意味とんでもなく頭のいい奴だったのかもしれなかった。
俺たちは、その斉藤が声をかけてきたことにちょっと驚いたが、そろそろゲームに飽きていたこともあって、誘われるままに彼についていった。公園の奥には俺たちの背丈くらいの木々に囲まれた草むらがある。その草むらの中に金属製の丸い菓子箱と水の入った1.8リットルのペットボトルが置いてあった。
「何だよ」
ユウタがつっけんどんに言うと、斉藤はニッと笑って箱を開けた。そこに、黒い蛇がうごめいているのを見て、俺たちは「ゲェッ」と叫んで飛びのいた。しかし斉藤はあわてた様子もなく、箱の横にあった長い箸で蛇の首ねっこをつまむとペットボトルの中に押し込んで蓋をしめた。水の中に沈められた蛇は、激しくのたうった。俺は思わず生唾を飲み込んだ。三分、五分、十分。蛇の動きは次第に緩慢になって、やがて動かなくなった。
「死んだ?」
俺は思わず聞いた。斉藤は目を細めて俺を見て、奇妙な薄笑いを浮かべながらうなずいた。
その後も高校を卒業するまで、遊んでいる時や通学の途中で蛇を見かけたことはある。けれど蛇という言葉を聞いた時にフラッシュバックするのは、決まってあの夏の日の光景だった。蛇がもがき苦しみ、溺れ死んでいくのを俺たちは固唾をのんで見ていた。あれがもし、犬とか猫だったら誰かが、少なくとも俺は斉藤を止めていたと思う。なぜ誰も止めなかったのか。それは、たぶん殺されたのが蛇だったからなのだ。