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今はまだ目はつむらない



 何がなんだか、わけがわからない。

 あたしたちはさっきまで普通に話していたはずで。

 家に二人きりだからって、別に変な空気になったりとかもなくて。

 ちゃんと、兄と妹だったはずなのに。

 どうして今、あたしは孝介に手を取られているんだろう。

 どうして今、孝介の顔がこんなに近くにあるんだろう。


「目、つむって」


 真剣な表情で、そう言われた。

 両手首をつかまれながら、至近距離で。

 いつもおちゃらけている孝介と同一人物には見えない。

 こんな彼を、あたしは知らない。


 いつもあたしをからかってくる、二つ年上の義理の兄。

 兄妹になったのはあたしが十歳の時で、それから六年間、孝介にからかわれなかった日はないんじゃないかってくらいで。

 バカとかアホとか、女じゃない、とか、散々言われてきた。

 こんな顔、今まで見たことなかった。

 好きだって、そう言われた半年前のあの時だって、冗談混じりに笑っていたのに。

 だから、いつもの冗談なんだって、そう思っていたのに。


「な、なんで……?」

「なんでも」


 震える声で尋ねても、返ってくるのはそんな言葉だけで。

 ほんと、わけがわからない。

 緊張が限界点を突破して、あたしはむちゃくちゃに暴れた。


「やだ! 目つぶったら絶対何かするでしょ! いたずらとか!」

「しないよ!」

「嘘だー!」


 腕を力いっぱいバタバタさせると、手首を拘束が解かれた。

 そのことにすごく安心して、少しだけ寂しくなる。

 つかまれていたのはあたしのほうなのに、もっと触れていたかった、なんて、思っちゃったりして。

 ……なんでだろ。意味わかんない。

 そっと手首をさすってみても、孝介のぬくもりはもう感じない。


「お前ね、こういうときくらいしおらしくしたらどうなの?」


 はぁ、と孝介はため息をついた。

 その呆れ顔にムカッとした。

 何さ、そっちが勝手に変なことしてきたんじゃないか。

 わけのわかんないこと言ってきたんじゃないか。

 あたしが呆れられる筋合い、なくない?


「そんなのあたしじゃないし」

「まあ、たしかにそうだけどさ」


 あたしの反論に、孝介は苦笑をこぼす。

 それから、今度はそっとあたしの手を取った。

 軽く払えばすぐに離してもらえそうな、弱い力で。


「いたずらなんてしないよ」


 また、真剣な顔をする。

 焦げ茶色の瞳は、カラメルソースみたいにとろりとしているように見えた。

 吸い込まれちゃいそうだ、って思った。

 そんな顔で、そんな瞳で見つめられると、どうしたらいいのかわからなくなる。

 大きな音を立てる胸の鼓動は、早まっていくばかり。

 手を振り払えばいいのに、それすらもできない。

 あたし、いったいどうしちゃったんだろう?


「キス、したいんだ。……ダメ?」


 不安そうな、けれど甘やかな声が、耳に届いて。

 呼吸が、止まった。


「――っ、ダメ!!」

「……なんで」


 反射的に拒否すると、孝介はムスッとした顔になった。

 なんでって、なんでって、そんなの決まってるじゃないか。


「も、もう、胸がすっごいドキドキ言ってて、壊れそうだから……これ以上は、むり……」


 あたしは涙目になって、自分の胸を押さえる。

 さっきから心臓の音がドキドキバクバクうるさくて、孝介にまで聞こえてしまいそうなくらいだった。

 熱まで出てきてるような感じがするし、今のあたしは、なんだかすごく変だ。

 これ以上何かあったら、絶対に壊れる。

 経験したことない気絶とか、してもおかしくない。

 こんなのあたしじゃないって思うのに、どうすることもできない。


「壊れそう、って……」


 孝介は唖然とした顔をした。

 あたしの言葉が予想外だったみたいだ。

 大きく開いた口が、だんだんと閉じていって。

 短い前髪をくしゃっとつかんでから、悩ましげなため息をこぼした。


「……あーもうかわいい。ほんとかわいい。ムカつくくらいかわいい」


 孝介は頭を抱えたまま、ぼそぼそとつぶやく。

 そのつぶやきは小さかったけど、至近距離にいるあたしには当然聞こえてしまって。

 ぶわっと、熱がさらに高まっていく。


「かかかわいくないし! ムカつくとか余計だし!」


 そんなこと、いつもは絶対に言わないくせに!

 ガサツで料理もできない、女の子らしさの欠片もないあたしは、かわいいとかきれいとか、言われ慣れてない。

 たった四文字の言葉なのに、繰り返されたせいなのか、衝撃が強すぎた。

 孝介が本当にそう思って言っているというのが伝わってきたからかもしれない。


「ムカつくよ。オレばっかりお前にべた惚れなんだから」

「だから、そういうこと、言うなー!」


 恥ずかしすぎて、どうしていいかわからなくて、あたしはボカボカと孝介を叩いた。

 イテイテ、と言いつつも孝介はなぜか笑っていた。

 ムカつくのはこっちのほうだ。

 ドキドキさせられっぱなしで、悔しくて仕方ない。


「脈がないわけじゃないってわかったから、今はそれでいいよ」

「な、何それ! 何それ!」


 脈なんて、ない!

 孝介はただの兄だし、あたしはただの妹だし。

 もっと言うと、いつもからかってくる意地悪な兄貴だし。

 好きになったりするはずなんて、ない。


「早く、ちゃんとオレのこと好きになって」


 ……ない、はずだ。

 孝介のその言葉に、心がぐらっと揺れたりとか、してないはずだ。


「そしたら、今度こそキスしよ」


 そう言った孝介は、にんまりと楽しそうに笑っている。

 朗らかな彼らしい笑みは、いつもと同じようでいて、全然違う。

 孝介は今、男の人の顔をしていた。

 あたしが知ってるどの男の人よりも格好よくて、ドキッとまた胸が高鳴った。




 孝介のくせに!

 キスなんて、絶対、絶対しないんだから!







「書き出し.me」にて書いたお話を加筆修正しました。

元文はこちら→https://kakidashi.me/novels/685

書き出し:「目、つむって」

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