4話 感謝の言葉
「あぁー。つーかれーたー」
がささっ、と幾つものレジ袋が居間の机に置かれる。
ただいま僕の追放先。冷房を切っても室温が上がりにくいこの家を僕は大好きだよ。
勿論、彼女と比べたら足下にも及ばないんだけどね!
「ちゃんと手洗いうがいしてくださいよー?」
と、手洗いうがいをした千可がそんな小言を言う。
ぴっ、とエアコンがリモコンに反応して小さい音を出す。
「そこまで子供扱いして欲しくはないかな!」
外見年齢では若いけれど、これでも超ご長寿なんだからね僕は!
「『どうせこの体じゃ風邪なんて引かないし』とか言ってたのはどこの誰でしたっけ?」
う。
「『どうせ食事の前に手は洗うんじゃないか』とか言ってたのはどこの誰でしたっけ?」
うぐ。
「『その程度じゃ死ぬほどの病にはならない』とか言ってたのはどこの誰でしたっけ?」
ぐは。
「『仮に具合悪くなったってすぐ良くなるし』とか言ってたのはどこの誰でしたっけ?」
「ごめんなさいもう今後は言わないと誓います」
自分より年下の存在に完膚なきまでに叩きのめされる、御伽話の主人公の図。
情けないことこの上無かった。
「はぁ」
千可は呆れたようにそう溜め息を吐く。
「まぁ、買ってきた物を片付け終えたら、さっさとデブリの処理をしちゃいましょう?」
と、手を洗う僕の耳に台詞が入る。
そして、その後に溜め息も。
「……」
僕はガラガラとうがいをしながら、ガラにも無いことを考える。
地球での生活が始まってから、もう四桁は突破したであろう千可の溜め息の数。
それがついさっきまた一つ更新されて、僕は若干申し訳なくなってきていた。
いくら彼女の口ぞえがあったからって、それだけで刑の緩和は出来ないだろう。
そこに千可も口ぞえしてくれたから。
そこに千可も一緒にいてくれたから。
そのお陰で僕は明後日を楽しみに出来ていて。
そのお陰で僕は千可とくだらない話も出来て。
それなのに僕はいつもいつも迷惑をかけていて。
それなのに僕はいつもいつも恩を返せずにいて。
「千可」
きゅっ、と蛇口を閉める音。
濡れた手と顔をタオルで拭き、居間へと歩いて。
「? 何ですか?」
がささっ、と幾つものレジ袋が持ち上がる音がする。
それを冷蔵庫まで持って行き、野菜をしまう千可の横に立つ。
「手伝ってくれるなんて、珍しいこともあるんですね」
袋から取り出した肉を野菜を果物を冷凍食品をアイスをジュースを冷蔵庫へとしまう。
「いつも、ありがとうな」
そして空になったレジ袋を縛り、冷蔵庫横にかけたトートバッグの中へと入れる。
エコだ何だと世の中が忙しい時に貰った以上、ただ捨てるわけにも行かない。
追放されたからって、地球に恨みは無い。だからリサイクル超大こと。
「ふっ」
と、千可が薄く笑う声。
バンッ、と冷蔵庫の扉を閉める音。
「珍しいことをしたと思ったら、珍しいことも言うんですね」
そして千可もレジ袋を縛り、トートバッグへスローイン。
かしゃっ、と小さい音がして、その後に。
「風邪でも引いたんですか?」
冗談めかすような口調。
「せ、折角手伝ったのに随分と酷い言い草なんじゃないかそれは!」
いつも手伝わない僕が悪い、って言うのは分かってるけど、それでもさ!
「冗談ですよ。そんなに怒らないでください」
はぁ、とまた溜め息を追加。
「怒ったわけでは無いけどさぁ……」
溜め息の数を減らそうとした結果、また溜め息を吐かせてしまった。
そのこと実に少しショックを受けながら、弱気の抵抗をしてみたり。
……いや。待てよ?
今の溜め息は、きっと僕に呆れて吐かれたものでは無くて。
「どういたしまして、彦星」
今の溜め息は、友に向けるかのような好意的なものだった。
これにて投稿用『僕は雨を忌み嫌う』は完結です。くぅ疲。
「続編希望」や「更新マダー」や「さっさと筆を置け」等、コメント待ってます。




