思わぬ表情
「返してほしければエヌオーファイブに一緒に来て、いいお土産になりそうだわ」
だが、既羅は無視をし、そのまま憂李の方へと歩き出す。それに気付いた小夏は鏡を頭より高い位置に持っていく。
「解除……」
その言葉と同時に鏡から少年少女の声が微かに聞こえ既羅は振り返る。それはとても辛そうに息切れをしていてずっと走っていたことが分かる。何故走り続けているのか気になり、既羅は鏡をジッと見た。すると後ろから黒影が剣を持ちながら追いかけていることに気がついた。武器を持っていない二人は逃げることしかできないのである。
鏡に集中してしまった既羅は背後から黒影が剣を出し襲いかかろうとしていることに気がつかなく、それを知った憂李は知らせようと既羅目掛けて言葉を発しようとした、だが声は出なかった。それは怖いとかそんなものではなく黒影の力で声を閉じられてしまったのである。
その黒影の気配に気付き振り返るのが遅かった既羅は右腕を剣で切られた、反射神経のよかったおかげで少し切られただけで命にかかわるものではなかったが、血はポタポタと地面に落ちて行く。
既羅!!
声が出せないことにとても苛立った憂李は何故声が出ないのか考えた、がどうしても意味がわからなく混乱してしまい、結局は自分を責めた。声が出て知らせることができれば怪我をしないですんだはず、そう思いながら黒影を振り切ろうと必死にもがくがビクともしない。
「それは猛毒よ、急がないと既羅まで死ぬわよ」
クスクスと小声で笑うその顔が憎らしく、憂李は睨む。視線を感じた小夏は憂李を見てまた、口元に手を持って行き馬鹿にしたように微笑んだ。
既羅は痛いはずの右腕を左手で押さえクスクスと笑いながら下を向いている。憂李は何故この状況で笑っていられるのか理解できなかった。
「早く決めなさい、私について来るの? どうなの?」
「ハハハ……痛いよ」
「答えになっていないわ、この二人がどうなってもいいの」
そう言った途端に既羅は地面に手をついた。剣でかすられた右腕から毒が流れ込み立っていることさえ難しい状態。額からも汗が出てとても痛そうである。だがそれでも笑い続け、けして苦しいという素振りは一切見せない。
既羅……。俺はこいつを助けるために家を出たんじゃなかったのか、またあの時みたいに何もできないで終わるのか……それは嫌だ。
倒れ地面に手をつけている既羅に背後から狙っている黒影を見つけた。今度こそ今度こそと息を思いきり吸って声を出そうとした。
「……ッ」
やはりやっても出なかった。だが、諦めることは無理であった、なぜなら、もう既に既羅の後ろに剣を構えている奴がいるからだ。「何で、でねーんだよ」そう思いながら息を吸う。一人の黒影は剣を既羅に向け腕を振り落とした。
「やめろー!!」
なんとはっきりとした大きな声がやっと出た、それととっさに相手の黒影に向けて腕を伸ばし目を瞑ってしまった。それは斬られる瞬間を見たくなかったのである。そっと目を開けるとそこには既羅、小夏が驚いて目を見開き憂李を見ていた。
なんだ……。
すると既羅の背後にいた黒影も周りで構えていた別の黒影も姿が消えていなくなりその場には沢山の砂があった。つまり黒影が砂になったのである。
この状況どこかで……。
そこで昨日の体育館に呼び出されたことを思い出した。目を開けたら先輩が目の前で横になり苦しんでいる姿が頭の中に過った。
「何よあなた、能力者だったのね」
小夏は憂李を睨みつける。その鋭い瞳、恐ろしい瞳に少し驚き一歩後ろに下がった。その時自分の背後にいた黒影もいなくなっていることに気がつき地面に散らばった砂を手に取り確かめた。それは完璧普通の砂だった。
サラサラと風と共に手から下りる砂はとても綺麗で、でもなんだか切ない気持になってしまった。
「聞いているの?!」
無視をされ余計に苛立つ小夏に視線を向ける。
「能力者? 魔法とでもいいたいのか、お前歳いくつだ、幼稚園児ならまだしも本当に魔法があると思ってんのか」
呆れたように首を横に傾けながらそう言った。小夏は顔を地面に向け拳を握りながら怒りを静めよう努力している。
……まぁそんなことはどうでもいい。憂李が一番気になったのは小夏の前で体を震わせ怯えている、いや違う……怯えているのではなく怒りを隠し切れていないそんな状態で殺気の漂う瞳と共に意味もわからなく憂李を見る既羅の姿がどうにも可笑しく目が離せなかった。
「既羅……」
名前を読んでみるが返事はなく、ただ見つめてくるだけである。
いつも笑顔な既羅のこのような恐ろしい顔は初めてだ。
何をしてしまったのかわからない。
俺が声を出して知らせることができなかったことに怒っているのか……。
「フフフ、既羅ったら可哀想、またスパイかしらね」
小夏はそう言いながら自分の手のひらを犬歯で傷つけ地面に血を垂らした。そこからまたユラユラと黒影が二対現れた。
スパイ、その言葉に反応した。何かと勘違いをしているのだと気がついた。
「俺はッ」
「皆そうだよ、知ってる気にしない」
言いかけた時既羅の言葉に遮られた。震える体は治まり、表情ははとても悲しそうな絶望的な……。
「いいかげん、返してくれるかな」
「だから、何度も言ってるでしょ? 私について来てくればッ」
「もう一度だけ言うね……二人を返してくれるよね」
そう言いながら既羅は微笑んだ。その微笑みを見た途端小夏は鏡を大事に腕の中へと隠した。明らかにその鏡に何かあるとわかった既羅は小夏を指さした。
「それ、大事なものなの?」
小夏はまるで拷問を受けているかのように額からキラリと輝く水が流れ、何も言わずに大事そうに強く鏡を抱きしめた。それと同時に二対の黒影が既羅を目掛けて飛んできた。
「あぶねッ!!」
ついその危機に声を上げてしまった憂李をチラリと一度だけ見た後に腕を前に伸ばし叫んだ。
「砕けろブレイン!」
すると二対の黒影は跡形もなく砂へと変った。それだけではない。その攻撃の威力は強くその後ろにいた小夏にまで届いてしまい鏡にあたりパリンと音をたてながら割れた。すると空からザーと音がなり雨がまた降り始めた。
雨が目に入り一度目を瞑った憂李は頭の中で考えた。
今までのはなんだったんだ? 夢? なら今すぐ覚めてくれ……。
夢であったことを期待しながらゆっくりと目を開けた、そこにはびしょびしょに濡れながら突っ立ている小夏と既羅の姿、その他に綺羅の前に立ち小夏を睨みつける少年少女の姿があった。