恐れられる存在
「憂君いってらっしゃい」
スクールバックを持って玄関を出て学校へと向かった。
現世界・霧ヶ丘高校一年二組教室。
高校生活、それは賑やかで友達と笑いふざけ合い、騒いだり楽しい生活だと誰もが思うだろう。だが中には、友達とのつき合いがうまくいかなく一人机に向かい腕の中で眠りにつく、そんな生活を送る者もいる。その一人が、貴棟憂李である。
中学生時代、何かあるとすぐに喧嘩をしていたためとても評判が悪い、それは他の中学校にも知れ渡り、高校に入っても皆から怖がられる破目になってしまった。
「あの、憂李君……その、今日提出だった英語のノート終わったかな?」
メガネをかけた女一年二組の委員長は、怖がりながらも憂李に声をかけるが一向に返事が帰って来ない。眠っているのか、無視をしているのかよく分からない状況で委員長は困っていた。
すると横から一人の女が現れ、憂李の肩に手をやり話しかけた。
「憂李君、起きて! 英語のノート今日までだよ」
ゆらゆらと肩を揺らされそれに気づき目を覚まし、女を見た。
「……何?」
ジッと二人の女を交互に見て軽く首を傾け目を細める。
「え、とそのあの」
「英語のノート今日までだよ? ちゃんとまとめた?」
委員長がおどおどとしていると横にいた女が話しかけた。憂李はそれを聞いて後ろにある個人ロッカーへ向かいそこから一つノートを取り出し持ってきた。
「これ」
委員長は英語のノートを預かると頭を下げてすぐに教室を出て行った。それに横にいた女もついて行く。
その姿を見て憂李は顔には出さないよう頑張ったが内心とても悲しかった。またすぐに腕に顔を伏せ眠ろうとした。
タタタタッ。
廊下から教室、教室から憂李の机の前と少しずつ足音が憂李の方へ近づいてきた。
「やっぱりすごいね」
けして自分のことを言っているとは思わなかったが近くで声が聞こえたものだからつい顔を上げ見てしまった。
そこにはさっき委員長の隣にいた女が目を輝かせながら憂李を見つめている。
「憂李君やっぱり凄いよ」
え……?
名前を出され驚き憂李は何をそんなに褒められているのか理解できなかった。逆に馬鹿にされているのかとも考えた。
「何が?」
「先に謝っておく、ごめんね」
「……だから何?」
「今ね憂李君のノートの中身見てきちゃった! すごい分かりやすくまとめてあるんだね! 字も綺麗だし見やすかった」
笑顔で褒めるその女の顔を見て少し頬を赤らめた。
それはとても嬉しかったからである。
ただノートの書き方を褒められただけなのに嬉しくて思わず顔を隠してしまった。
友達のいない憂李にとって褒められることはまずありえなく、普通の人は目を合わせた途端に逃げて行く、だが、この女は憂李を褒めた、しかもとてつもなく可愛らしい笑顔で……。
そんな女に顔を伏せたままそっと言った。
「ありがと」
その言葉に女は驚いた。まさかあの貴棟憂李が「ありがと」などの言葉を発するは思わなかったのである。
でも女も嬉しくて顔を伏せる憂李にそっと呟いた。
「思ったことを言っただけだよ」
そう言って自分の席に戻って行った。
少し女が気になり授業中もたまに見ていた。女は先生に質問されるとすぐに答えている。頭がいい子と言うことが分かった。
面倒くさい授業も帰りのホームルームも終わり帰り、放課後となった。
外は結構薄暗くオレンジ色に輝いている。クラスの皆は次々と教室を出て帰ってい行く。
「し~つれいしま~す憂李君い~ま~すか」
一人のチャラチャラとした評判の悪い一つ上の先輩が憂李を体育館裏側に呼び出した。明らかに怪しい、こんな人気のない体育館裏側に連れ込むことは絶対に何かあると思ったが、憂李は何も言わずに先輩について行った。
「最近お前調子に乗ってるらし~じゃん」
体育館裏側に着くと男の先輩がいきな振り向き腹部を思い切り蹴ってきた。そのいきなりの攻撃をかわすことはできなく、後ろにあったフェンスに体をぶつける。蹴られた腹部、ぶつかった背に痛みが生じフラフラと倒れそうな状態をどうにかしようと片手でフェンスに捕まり、もう片方で腹部を抑え先輩を睨みつけた。
その憂李の目つきに苛立ち先輩は次に顔を狙ってきたが、あっけなく憂李にかわされた。「クソッ、クソッ」と呟きながら何度も殴ってくるがまったく当たらない。
憂李は弱い自分が嫌で中学生の時に空手を習っていたためそういうものには慣れていたのである。だが、蹴られた時の痛みは大きくついに目の前がぼやけ始めフラリと体育館の壁に手をついた。それを見た先輩はチャンスだと思い思い切り腕を後ろにひいた。
さすがに俺でも限界だ。
と諦め歯を食いしばり目をつぶり殴られるのを覚悟した、はずだった。だが、殴りかかろうとした先輩の拳は一向に当たる気配がなく、可笑しいと思った憂李は少し細目で目を開けた。するとそこには殴ろうとしていた右腕を強く抑え涙目になりながら地面に横たわる先輩の姿があった。
何があったんだ?
「憂李てめー俺になにをした」
「は?」
「くーっそ!! 腕いてーし体は痺れて動けねーマジで何しやがったんだ」
先輩は体が痺れ動けない状態になっていた。なぜそうなってしまったのかはわからないが憂李は腹部を押さえながらも先輩の腕を首に回し保健室まで運んでやった。
「あら、何があったの」
保健の先生は急いで椅子を綺麗にし、憂李は先輩をそこに座らせた、もう既に先輩は意識を失っているのか目を瞑り眠っている。そこですぐに保健室を出ようとしたが先生に止められた。
「君もフラフラしてるじゃない少し休むか両親に迎えを呼んだほうが……」
「俺は平気なんで先輩のこと頼みます」
心配する先生にそう言うと憂李はすぐに出て行った。
「俺は平気なんで先輩のこと頼みます」なんてカッコイイことを言ったものの痛いことには変わりなく家に帰るのもいつもの倍以上の時間がかかってしまった。
玄関の前に立ちスクールバックから鍵を取り出し入って行く。
「おかえり憂兄」
「憂李、顔色わりーぞ」
家族に心配をかけるのが一番嫌いな憂李はいつもの顔で痛さを隠し平常心でそっけなく言った。
「ただいま」
今日も一日が終わった。また一日と、どんどん日が過ぎて行く……いつになったら会える日がくるのだろうか……。
その頃首にかけてあったネックレスの指輪についている小さなダイヤが微かに光り、体育館の屋根には黄色い目をした可笑しなカラスが憂李を見ていた。