神風学園
今の時刻は午前4時半である。目を擦りながら体を起こし電気をつけた憂李は何もせず電気を見つめた。
そう言えば、俺ってファンシフル? に、きちまったんだっけ、いつ帰れんだ、それよりも何か……あッ!! 携帯!
ハッと驚きながら携帯の存在を思い出す。そのまま辺りを見渡すと花瓶の近くに携帯が置いてあることに気がついた。どうやら誰かが持って来てくれたらし。
バンッ。
部屋のドアは開きそこには鈴が朝食を持って入って来た。
「憂李君、朝早いって言ってたから朝食も早めに作っておいたよ」
ココアにパン、それに少しのサラダとデザートだった。眠気が覚めたと言ったら嘘になるが、このような朝早くから準備をしてくれたことが嬉しくて目を見開き、すぐさまその料理に手をつけた。
「何時に出発するんだっけ?」
「五時には出る、何で行けばいいのかわからねーけどな」
「神風に来ちゃうのかーじゃあ今日でさよならだね」
悲しそうな表情と共に言ってきたその言葉。何故今日でさよならなど言ったのかとても疑問だ。学園でも会えるはずなのに、澪摩の言っていたことも気がかりである。
ご飯を食べ終わると鈴はその料理を乗せたお盆ごと持ち上げ運ぼうとした。
「なー鈴? だっけ、お前その、ずっと俺の看病とかなんとかって」
「うんずっとそばにいたよ、だってほっとけなかったんだもん」
憂李は嬉しくて顔を伏せながら呟くようにそっと言った。
「ありがとな」
鈴も一瞬驚いていたがすぐにいつもの笑顔に戻り「気をつけてね」それだけ言って部屋を出た。
廊下で一人鈴が呟いた。
「貴棟憂李、私達に関わってはいけない、私達のせいで死ぬのは見たくない……」
とても辛い表情で廊下を歩き始めた。
一方、憂李は時間になるまでに間窓を開け、少し肌寒い風が打たれながら外を眺めていた。
「こちらに無能力者がいると聞いたがどうなんだ」
「答えろ! スリーはまた何故厄介なことをする」
「お前らなど消えてしまえ」
森の奥の方を見ると大きな扉がありその外に沢山の人が集まっていた。大声で発せられたその言葉は文句といより悪口よりも最悪なものであった。
だが、それよりも目に着いたのがとても大きな庭に一人既羅が立っていることに気がついた。
あれは……。何やってるんだ?
ガチャ。
「そろそろ時間だ」
外を眺めていると澪摩が部屋に入って来た。携帯を開き時間を見るといつの間にか五時が過ぎていた。
そのまま澪摩の後をついて行くかのように後ろについて歩いた。廊下は迷路のように広く一人では到底歩けない。
「ここだ」
いきなり扉をあけると広いリビングのような場所にたどり着いた。そこには、昨日から知り合った廉、鈴、それ以外にも人数は少ないがソファーに座ってテレビを見たりキッチンを使って何か調理をしている女の人だが、誰も振り向く者がいないことに気がついた。それはまるで貴棟憂李の存在を一所懸命消そうとしているように思えた。
階段を下りてリビングを通りまた大きな扉がありそれに手をやるとやっと外の綺麗な空気が流れ込んできた。
「やっぱ、庭広いなすげー」
「当たり前だ、ここは屋敷の一つだぞ」
するとそこに既羅が立っていた。
「お、既羅おはよ」
「おはよ、澪摩!! 仕事はやっておいたから後は頼むね、憂李君気をつけていってらっしゃい」
笑顔で手を振った既羅の袖に微かだが血がついていることに気がついた。だが、あえて何も見ていない振りをした。
その場には車が止まっていた。
「憂李を神風学園まで頼む」
「承知いたしました澪摩様」
そう言うと車のドアを開けて憂李を座らせた。そのまま澪摩に頭を下げて車は動き出した。
「あなたが憂李様でございますか」
丁寧なその言葉に戸惑いながらも焦らず答えた。
「あぁ、そうだ、お前はあの澪摩って男の知り合いなのか」
「いいえ、私はただのドライバーであります。スリーの皆様以外にもお使いいただいている者です」
「ふ~ん」と呆気のない返事をして前を向くと、そこは森のようで、部屋から見た景色と全く同じである。このまま行くと沢山の人に会ってしまうのではと焦り始めた。が、扉はあるがそこには誰一人と姿がなかった。ただ、あったのが争った跡のように血の付いた石。葉に飛び散る血、またどうしていいか分からず知らず間に目を閉じた。
「君、君、転校生の貴棟憂李だな、おい! 起きろッ」
頭を殴られ不機嫌そうに目を覚ました憂李は目の前にいる殴ったらしき人を睨みつけた。
「誰だてめー」
「あぁぁ!!」
また頭を殴られた憂李は大人しく辺りを見渡した。するとどこだかわからないソファーの上で眠っていたことに気がつく。
「ここは?」
「やっと目が覚めたようだな、ここは神風学園、校長室だ」
「おぉ、やっと起きたかね、君は確か~えっと~うーんそうだ、ゆうきだったな」
「憂李ですが何か?」
また不機嫌になった憂李は校長先生に睨みつけるとまた隣にいた男に頭を殴られた。
「さっきからなんなんだよ」
「憂李、お前は一から指導しないといけないらしー」
「そちらは、えっと~その、ゆう、憂李君の担任の篠田拓真先生だ」
「担任?」
あー俺神風の生徒になるんだった。
やっと思い出した憂李は横目でチラリと拓真を見た。その後とても嫌そうな顔をみせるとまた殴ろうとしてきたが次やきちんと受け止めた。
「あまい」
拓真はそう言うともう片方の拳が腹部に突き刺さる。「グホッ」ととても思い拳であった。
「はっはっは、残念だったな少年、俺に勝とうなんて百年立っても無理な話だぜ」
大声で笑う拓真に苛立つ憂李だが、敵わないと判断したため抵抗を止めた。
「では、校長、学園案内、ふまえてのクラス紹介をしてまいります」
「よろしくな~頼りにしていますよ篠田先生」
そう言うと憂李は拓真の後について歩いた。
廊下を歩き始め、最初大きな広い図書室を案内された。
「ひろッ!」
「憂李、声が大きいぞ、ここは静かにする場だ」
その雰囲気はとても静かでメガネ率が高く、見るからに優等生のようだった。そんな椅子に座りながら本を読んでいた一人の女が近づいてきた。
「見ない顔……」
「こちら転校生の貴棟憂李だ」
ボケーっとしたその女、大塚鏡はジックリと観察するかのように憂李を見つめた。そんな行動に戸惑っていた憂李に気づいた拓真は鏡の頭の上に手を乗せた。
「こちらは俺のクラスの生徒の一人、大塚鏡だ」
軽く頭を下げる憂李を興味津々に見てくる鏡にだんだんと耐えきれなくなってきたせいか睨みつけてしまった。するとやっとのこと口を開いた。
「憂李……何故そんなに、泣いてるの」
その鏡の一言で驚き、過去の自分、つまりいじめられていた自分のことを思い出す。だが、人の過去が見られる奴なんて存在しない、そう信じていつもの冷静さに戻った。
「泣いてる? 俺が、ふぜけんなよ馬鹿にすんじゃねー」
「……違う、苛立ち? 悲しみ? 違う、憂李の、心、真っ黒……だけど一部に光がある……」
そう言いながら鏡は憂李に手を伸ばすが、それを憂李は反射的に遠ざけた。それにより片手に持っていた本が床に落ちる、すると周りにいた生徒が皆注目してきた。
祓われたことに鏡も驚き自分の手を握りしめ、憂李を悲しい表情で見つめた後軽く微笑んだ。
「終わりよければすべてよし……次、大事な人は最後まで守るの……」
そう言って図書室を出て行った。とても不思議な女の人。
「わりわり、鏡はいつもあんなだ、つーかなあいつには逆らえないぞ」
「どういう意味だよ」
「あいつには人の心の色が見える、つまり、さっき言われた通り、お前が何か過去で起きた、とか闇を抱えているとか全てお見通しってわけだ、気をつけろ」
意味わかんねーよ、心の色? 全てお見通し……そんなのありかよ。
実際はわからないが憂李の頭では過去を見られた、そう思い、悔しくて拳を強く握った。それを見ていた拓真は「わけありか……」と心の中で呟いた。
「なーさっきのも能力者ってやつなのか」
「ここの生徒は皆能力者だ、けどな今の意外に危険な能力者、つまり人を殺せる魔法、力を持っている奴も存在する」
その言葉に憂李は唾を飲み考えた。
俺はここで本当に殺されるかもしれない……。
「だが、そんなに毎日毎日殺されては大変だろだからエヌオーというところに所属し助け合うんだ」
「エヌオー?」
「あーそうだ、エヌオーってのは北町、東町、南町そして今いるこの中央町にそれぞれエヌオーワンからエヌオーファイブまでが存在し、それは家族みたいなもんだ」
話を聞いて行くごとに頭が混乱し始めた。
「まず、そこに入ればその所属している仲間と行動しなんとか助けてもらえる」
あッ……もしかしてエヌオースリーってあの大きい屋敷、あれも家族みたいなもんなのか、あいつら皆いいやつだったよな……。
「だがその前にお前はパートナーを探せ」
「パートナー? 正直、お前は自分の能力に気づいていないんだろ、そんなようでは力をコントロールする以前の話だ、すぐに……殺されるぞ」
拓真の低い声に背筋が凍る。あまりよく理解できないことだらけで混乱した憂李は頭を抱えそばにあった壁に腰をかけた。
「で、どうやってそのパートナー作ればいいんだよ」
「パートナーそれは男女一人ずつのペアになり、同じエヌオーに所属し、お互いを守り続ける、そんな存在」
「つまり、強い奴と組めばいいんだな」
憂李の言葉に大きなため息を一つしてまた口を開いた。
「確かに、強い方がいい、だが自分の力を考えろ、お前の力が弱くもう片方のパートナーが強かった場合、戦闘中にお前が巻き込まれ死ぬ場合も考えられる、つか、その前にパートナーはお互いがオーケーしなければ契約できない、つーまーり」
「強い奴が弱い奴をパートナーにはしないと?」
「おーわかるじゃねーか、そういうことだ」
沢山話を聞かされたせいか頭が整理されない状態で苛立っていた。その時思い切り壁を殴った。その壁は堅く憂李の拳から血が滲んできた。
「おいおい、落ちつけよ、これからじゃねーか」
「なんかもうわけわかんねー」
そんなイライラしている憂李の頭を拓真が撫でた。
「ったく世話のやける生徒が一人増えちまったぜ、こっちのクラスはそれでなくてもスリーの奴らで大変なのによー」
スリー? って。
「なースリーって既羅達のことか」
「ッ!! お前なんで知ってんだ! まぁ仕方ない、言いか良く聞け、南町のスリー既羅達には関わるな」
「なんでだよ」
「あいつらは悪くない、どこの所属にも存在はするがあいつらはただ能力者じゃない、闇を持ち悪に染まった連中だ」
は? 悪に、なんだって? ありえねーよ、あんな俺に優しくしてくれた奴らが悪の人間?
「そして、一番危険なのが、今の南町スリーの代表班、既羅のグル―プのことだ」
それを聞き驚きのあまり目を見開いたまま拓真を見つめる。額からキラリと光る一滴の脂汗が流れた。
生きる者一人一人が闇を持ちそれを乗り越え長い道を前へ進もうと努力する。俺は……前へ進んでいると言えるのだろうか、ただ、一歩でも二歩でも少しでいいから進んでいると信じよう。そして途中の道で躓いている人を見かけたら手を差し伸ばし一緒にそこから前へ進めるような、そんな優しく強い人になりたい。誰かを守って上げられるような強い人に……。