手紙・ダイレター
過去の夢を見ていた憂李の瞳から涙が流れ、その時必死に憂李の名を呼ぶ一人の女、鈴が強く抱きしめてきた。
「泣かないで、大丈夫、大丈夫だよ」
その優しく包む鈴の腕の中はとても暖かく、心が落ち着いた。そのまま涙が止まり少し驚いた顔で鈴を見た。
「ずっと泣いていたんだよ? 相談ならいつでも聞くよ」
その元気な可愛い笑顔に癒されて憂李は頬を赤らめながら寝むそうに目を擦る。
「お前は? ってここは?」
その寝ていた部屋はとても豪華であった。電気はシャンデリア並の綺麗な物でゆったりとしたオレンジ色、ベッドはフカフカで肌触りが最高である。花瓶には綺麗で上品なバラが何本も入りとても金持ちの家と言っていいくらいの広く綺麗な部屋。
「そうだね、こんな所に寝ていたらビックリするよね、私の名前は幹野鈴、ここはファンシフルの南町にあるエヌオースリーの屋敷だよ」
言っている意味が分からなかった。それは、実際「ファンシフル」とはどこなのか、それにエヌオースリーとは何なのか聞いたこともなく知らなかったからである。そんな不思議そうな顔をしていると部屋のドアが開き一人の男が入って来た。どうやらどこかで見たことのある顔だった。
「具合はどうだ?」
怖い目つきで言ってきたため憂李は軽く男を睨む。心配してくれているのか、嫌っているのかわからないが一応「平気」と言った。するとポケットから薬を出して手渡した。
「毒に効く薬だ、まだ完治はしていないゆっくり寝ていろ」
「ああ、てかお前誰?」
「……俺は陰日澪摩、鈴! お前も少し休んだ方がいいずっと看病していたんだろ」
紹介と共に鈴を横目でチラッと見た。
え? ずっと俺の看病?
「私は平気だよ! この通りばりばり元気」
そう言った途端にフラリと憂李のベッドに向かい倒れた。すぐに状態を起こそうとした時、澪摩は鈴の腕を掴み抱き寄せた。
「はいはい、お前は嘘が下手すぎる、後でお疲れ様ってことでケーキを持って行くからそれまで大人しく眠ってろ」
「もう、大丈夫なのに」
頬を膨らませながら部屋を出て行った。と同時にもう一人の男が入って来た。
「どーも天御廉でーす、どうどう元気になった? マジ毒とか止めてくれって感じだよねー」
へらへらとしたふざけた男天御廉、金髪をし、ピアスを開けて派手な格好をしている。見るからに不良って感じである。
「あれ廉? 何かあったのか」
「んーなんか貴棟憂李はスパイだーって騒ぎになって城中が騒いでたから本当なのかなーと思ってさ……でどうなの」
スパイ? そのような者は存在するのか。
憂李の様子を窺うように澪摩と廉はジックリ見てくる。この部屋中に漂う暗い空気に耐えられる自信がなかった。
「俺はそのスパイってやつじゃない、それより聞きたいことがある、このファンシフルってのは俺の国現世界と違う国か何かなのか」
不思議で意味不明なことばかり言っているこの人達は何者なのか、それに既羅はどこにいるのか、頭の中での考える質問が沢山ありすぎて何から聞けばいいのか分からなくなっていた。
「そうかスパイではないんだな、よーし分かった憂李君を信じよう、だがそれがもし嘘だった場合は覚悟したほうがいいよ? あとの事は澪摩に任せるよ、ばいばーい」
そう言って手を振りながら部屋のドアを開け出て行った。出て行く瞬間細目で睨むかのように憂李を見たことに憂李自身が気がつき背筋がゾッとした。恐ろしい人だと思った。
「今のはこのスリーの副リーダ、いつもあんな感じなんだ、まぁ面白い人だ、あ、それより質問の答えだが、ここは違う国と言うより違う世界と言うべきだ」
「つまり?」
「ここは、普通の人間が入れる場所ではない、お前達が住む現世界ではありえないと思うことがここではおきる」
ただ真面目に話を聞くしかなかった。この現状をまず把握しなければと考えた。
「普通の人以外の者が集まる世界?」
「そうここは、人間の能力者や鬼と言った者が存在する」
それは魔法と言うことなのだろうか。ここが別の世界ならどうやってここまで来たのか……、その前に俺はこの世界から出られるか?
そんなことばかり考えながら話を聞く。
「その前にお前は能力者なのか」
「そんなことしらねーよ言われたことない、ってそれは魔法ってことなのか」
本当にわからないのか? と言いたげな顔をしながら話を進める。
「魔法は魔法で別にある。勉強すればすぐにできるようになるはず」
勉強? 嘘だろ、そんな魔法とかマジであんのかよ、すげー。
と感心していると部屋のドアが開いた。
「み、澪摩、澪摩様、だ、だ、だい、ダイレターが届きました」
それは一つのロボットだった。そのロボットは澪摩に一通の手紙を手渡し部屋を出た。澪摩は渡された手紙を開き読み始めた。するとどんどん表情が暗くなり読み終えた頃には暗く険しい顔をしていた。
「おい、どうしたんだよ」
そんな澪摩が少し心配いなり声をかけるとすぐに大きなため息とともに真剣な顔つきで憂李を見た。
「お前は死にたいか」
その澪摩の質問に思わず「は?」と言ってしまった。だが憂李は真剣な澪摩の表情を見て本気なんだと気がついた。
「死にたくないと言ったら?」
「別にお前を守りたいというわけじゃないが、お前がそれを望むなら何か手を打たなくてはいけない」
「急になんだよ」
すると先ほどロボットから渡された手紙を憂李に渡した。そこに書いてあるのは「無能力者のファンシフルへの侵入は禁じられている。それと、それを手助けした翰凪既羅、二人を消滅せよ」これを読んだ途端に少し焦ったそれは自分が殺されるということよりも既羅が心配になったのである。
「既羅はどこにいる、あいつは悪くないだろ!」
完治していなその体の状態でいきなり立とうと腕に力を込めてたがそれは無理だった、毒のせいか力が入らずバランスを崩してしまう。「くそっ」と拳をベッドに向かって振り落とす。
「お前と既羅はどういう……」
「なぁー澪摩って言ったか! 消滅ってなんだよ、これただの嫌がらせの手紙か何かなのか」
息が荒く苛立っている様子だ。そのような憂李を一端落ち着かそうとベッド付近にあった窓を開けた。そこから暖かな空気が流れ込み眩しい光を見て憂李の心も落ち着いてきた。
「廉―ご飯食べてからにしなさい」
「眠いんだよマジでー」
「廉は相変わらずなんだからー食べないなら私全部食べちゃうよ」
そのような会話も流れ込んでくる。とても平和な感じだ。と憂李はとっさに澪摩を見ると窓の外を見ながら大きなため息をした。
「はぁーあれほど寝ていろと言ったのに鈴のやつ」
それは外にいる鈴のことを言ったらしい。呆れた顔でさっきまでの暗く怖い表情は消えていた。
「話は戻るが、そうだなこの手紙はダイレターと言ってアクベスタ・デュースという悪魔の神が書いてる、ここに書かれた者は皆殺さなくてはいけない」
そう言うと憂李は唾を飲んだ。
「まぁ、今すぐではない今月中にお前が能力者ということを証明すればいい」
「だから俺はただの人間で……」
「そんなことを言っている暇はない、お前だけじゃない既羅の命もあることを忘れるな」
ハッとした顔で下を向く。
俺のせいで既羅が死ぬ? 殺される、そんなことは許されない。
「わかった俺が能力者という者になれば既羅も殺されないで済むんだな」
暗くなっていても仕方がない、まずはその能力者になろうと決心した。
「それと、このスリーにいるとなにかとまずい、まず神風学園で魔法や能力の勉強をすればいい、そこは勉強以外に、このファンシフルについても教えてくれるはず、そこで寮に泊まれ」
それにただ頷いた。憂李の考えでは普通の学校をイメージしていた。
「ついでに俺も、鈴も、既羅もその学園の生徒。だが俺達に話しかけるなよ、関わってはいけない、他人のように接しろ、それが条件で学園の手続きをしてやる、いいな」
「声をかけなければいいんだな、簡単じゃねーか」
「そうだ、俺達が別人のような人間であってもだ」
「……ああ」
最後の言葉の意味がよくわからなかったが話しかけないことを約束し手続きをしてもらった。
学園は今丁度休みらしいが、憂李は明日朝早くから行くことになった。特に荷物も持っていない憂李は準備する必要がなく楽だった。学校とはとても大嫌いな場所でもあるが、死ぬことは避けたいため勉強をして魔法を使えるように頑張ろうと決めた。
ベッドに横になりながら電気を消してネックレスを握った。
今、死ぬわけにはいかない、空に会うまでは絶対に……。




