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八話

 千菜がその話を聞いたのは梅雨の真っ只中のことだった。




(あ~めあ~めふ~れふ~れか~あさ~んが~---)


 ぽつぽつと雨の降る中お気に入りの水色の傘をさし、水溜りを飛び越えながら千菜は学校に向かっていた。頭の中だけで歌っていた童謡は、いつの間にか小さく口からこぼれている。

 登校途中久しぶりにカエルを見つけ、さらにカタツムリまで見つけてしまった千菜はしっかりとそれぞれをカメラに収め、朝からご満悦だった。いまだに子供たちと一緒になって遊ぶ千菜にとって、カエルも虫も怖いものではなく面白い動きをする被写体でしかない。


(いいもの撮れたな~)


 鼻歌も出てしまうものである。


 ご機嫌なまま学校に着き、教室に入ったところで千菜は珍しい人を見つけた。


「おはよう、榎本くん。こんなに早いの珍しいね。今日、朝練なかったの?」


 いつもならサッカー部の朝練のあと、始業ぎりぎりにしか教室に入ってこない榎本がすでに教室にいた。小首を傾げて尋ねる千菜を見て、いつもなら爽やかに挨拶を返してくれるはずの榎本の表情がとたんに曇る。


 理由を聞いて、その後どうやって席についたのか千菜の記憶は飛んでいた。


---古賀先輩が事故にあった



* * *



 幸いにも命に別状は無く、バイクと接触した際に受けた傷は全治二ヶ月と診断された。しかしその怪我は腕の骨折と足首の重度の捻挫で、これから夏をとおして練習を積み重ねていこうという古賀の思惑からはずいぶん外れるものになってしまったはずだった。

 

 手術の数日後、二年生の代表数人でお見舞いに行くという榎本を教室で見送り、千菜はぼんやりと窓の外を眺める。グランドは雨に沈んでいた。外で練習ができないサッカー部は体育館の端や廊下でトレーニングをしているはずだ。はぁ、とため息をつき古賀のことを想う。


(何かしてあげられることないかなぁ・・・)


 古賀先輩のことだからきっと表に出さなくてももどかしくて悔しい思いをしているはずだ。何よりもサッカーが好きで、負けず嫌いなあの人のことを思うと胸が痛んだ。


「古賀先輩・・・」


 校門を出て行く榎本らサッカー部員を見ながらもやもやとした思いに囚われる。


(御見舞いに行きたいけど、でもあたしただの後輩だしなぁ。・・・古賀先輩のアドレスも知らないし。聞いておけばよかったな)


 榎本が見えなくなるまで見送って、もう一度大きなため息をついたその時。


---ペシッ!


 後頭部に衝撃がはしった。


「うきゃっ!・・・何するの、佐和ちゃん。痛いじゃんか!」

「うるさいっ。大きなため息ついてんじゃないの!」


 後ろには仁王立ちした佐和子の姿があった。腕を組み、イスに座っている千菜を見下ろすその姿は---


「・・・オニ」

「誰がオニなの!」

「うわぁっ、うそうそごめん!」

「よし。・・・ほら千菜、帰るよ」

「はいよ~」


 何度も怒られてはたまらないとさっさと帰り支度をすると、教室の入り口で待っている佐和子に駆け寄る。その顔が微妙な顔をしているのに「何?」と首を傾げる。


「千菜、あんた教科書は?」

「え?机の中」

「持ってらっしゃい!明日、数学当たってるでしょ」


---オニ再降臨


 しぶしぶ教科書を取り出しカバンに入れようとして、ふと雨が上がっていることに気がついた。


「・・・佐和ちゃん」

「ん、何?」


 視線は窓の外に釘付けになっていた。


 慌てたようにサブバッグの中からカメラを取り出し、夢中で空に向かってシャッターを切る千菜のすぐ隣に佐和子も立ち、見えた光景に思わず目が釘付けになる。

 雨がやみ、雲の切れ間から地上に降り注ぐ幾筋もの光---。


「『天使の階段』だよ」

「『天使の階段』?」


 いつの間にかカメラを下ろし、机に寄りかかっていた千菜がつぶやいた。


「うん、そう。『天使の階段』っていうんだって」

「そっか。・・・きれいだね」

「うん・・・」


 穏やかな空気の中、二人はしばらくの間その光景を眺めていた。次第に雲が薄くなり、光の筋が消えてきたところで佐和子が帰ろうと千菜に話しかけようとした時のことだった。千菜がバタバタと荷物をかき集め出した。


「千菜?」

「佐和ちゃん、ごめんっ!あたしちょっと部室に行ってくるね!」

「え?」

「今撮ったの現像してくる。そんで先輩のとこに行ってくる!」

「はぁっ?」

「また明日ね~~~!」


 気がついたときには千菜の姿は教室になく、バタバタと走り去っていく足音が遠ざかっていった。遠くで「廊下は走らない!」と誰かの声がしたが、それに対する千菜の声は聞こえなかった。ふと視線を落とすと床に落ちている教科書が一冊。


「バカねぇ。でも、ま、千菜らしいか」


 拾い上げた教科書は数学。明日の朝、泣きついてくるであろう友人のことを思った佐和子の口元は微笑んでいたのだった。





  



 


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