七話
晴れ晴れとした青い空に、薄桃色の桜が映える。暖かな春の日差しの中、なんとなく浮きたつ気分になるのは仕方ないだろう。
「やっぱり春はいいよね~・・・」
カシャ、と桜に向けていたカメラのシャッターを切ると、千菜は爽やかな春の風を体いっぱいに感じた。
もうすぐ新学期が始まるというある春休みのある日のこと、あまりの天気の良さに誘われてやってきたのは学校近くの公園だった。公園内に咲く桜は8分咲きであるが、こんな風に雲一つない青空との対比は気持ちがいい。公園内には小さいながら川や池もあり、千菜は散策しながら気になったものを片端からカメラに収めていった。
いつもなら子供たちの歓声にあふれている公園も、少し時間が早いせいか人気がない。桜を目的に来たわけだが、千菜は基本的に人物写真が好きだった。
(失敗したかなぁ。早すぎたかも)
この公園には時々子供たちの写真を撮りに来ることがある。子供たちの写真を撮っては現像して配ったりしている千菜は、この公園に遊びに来るお母さん方の間でちょっとした有名人だった。千菜の持つごついカメラに興味津々になる子供たちをうまく乗せた写真は生き生きとした笑顔に彩られ、子供の写真を撮りなれているお母さん方の目から見てもため息が漏れるほどだった。千菜に写真の撮り方を聞きにくる母親も少なくない。
誰か居ないかときょろきょろと辺りを見渡したとき、遠くにランニングをしている人を見つけた。公園では珍しくない光景なのだが、顔の判別もできないほど遠くなのに千菜の目はそれが誰なのか分かってしまった。
---古賀先輩だ
どんなに遠くても分かってしまう自分がおかしくて、思わずクスリと笑みがこぼれる。
(どんだけ好きなのよ)
学校ではカメラ片手によくサッカー部の練習を見に行ったものだった。いつの間にか古賀のことだけ見分けられるようになってしまったことがくすぐったく思えて、ほんのり染めた頬は桜の色をしていた。
公園のランニングコースは一周2キロである。待ってれば顔が見られるかな、と思ってベンチに座って程なく古賀が向こうから走ってきたのが見えた。
古賀が千菜を見つけて少しだけ目を見張ったのが分かり、小さく手を振った。
「古賀先輩、おはようございます。早いですね」
「早くはないだろう。もう8時だ。吉野は・・・あぁ、桜か?」
「はい。あんまり天気がいいので、つい早く出てきちゃいました」
「そうか。いい写真が撮れるといいな」
「はい!先輩も頑張ってくださいね」
頷いた古賀ににっこりと笑って手を振り、あっという間に遠ざかっていく姿を見送った。
(朝からいいことあったな~)
にやにやと緩む頬を抑えることもせず、ふと思いついて古賀の後姿にカメラを向ける。
---カシャ
画面に呼び出した画像を見て、うん、と納得したように頷くと、千菜はまた公園の中をふらふらと歩き出したのだった。