六話
「ふぅん、それでそのまま古賀先輩と一緒に学校まで来たんだ?」
「うん」
嬉しそうにうっすらと頬を染jめながら頷く千菜を、佐和子は楽しそうに眺める。
「で、その様子ならちゃんと渡したんでしょうね?」
「うん、玄関で別れるときにちゃんと渡したよ」
「受け取ってくれたんだね?」
「うん」
「良かったね~。よく頑張った!」
頭を撫でてくる佐和子の手にくすぐったそうに首をすくめながら、それでも千菜の緩んだ顔は戻らない。
「それで、先輩なんて返事くれたの?」
「え?」
「返事よ、告白したんでしょ?先輩に」
「してないよ」
「えぇっ!?」
勢い込んで続きを聞いた佐和子を、きょとんと見ながら千菜は答えた。
「なんで告白しなかったの?」とやや不満そうにしている親友を「まあまあ」と宥めながら、千菜は笑う。
「もとから告白するつもりなんてなかったんだよ。お世話になったお返しですって言って渡したんだし、そう言ったから先輩も受け取ってくれたんだと思うよ」
「でもさぁ、嫌いな子からチョコなんて受け取らないでしょ?少なくても気に入られてるんじゃないの?」
「たぶん、嫌われてはいないと思うよ。でも、まだ早いかな、って」
「早いって?」
今までの古賀の様子からして嫌われてはいない。とは思う。写真の一件からこっち、廊下で挨拶したら返してくれるし、あの厳しそうな人がその際にわずかに口元を緩ませるのも知っている。だけどそれは“気に入った後輩”に向けるものでしかない。
そんな彼に告白したって困惑させて断られてしまうのがおちだ。
なにより自分の気持ちがまだ告白するまで育ってない
---好きで好きでどうしようもなくて、気持ちを伝えなければパンクしてしまう
古賀への思いは、そんな恋になりそうな予感がしていた。好きになったのは一瞬。けれど時間をかけてこの恋を育てていきたかった。
「まだ自分の気持ちが告白までいってないというか。まだ後輩のままでいいかなぁ、って」
「いいの?」
「うん」
「じゃあ、何かあったらまた報告しなさいよ」
「はーい。色々ありがとね、佐和ちゃん」
マイペースな千菜の意思を尊重してくれる大切な親友。見守ってくれる意思を感じて千菜はにっこりと笑った。
「あ、そうだこれ。佐和ちゃんに」
思い出したようにごそごそと青いショッピングバッグから取り出したのは、黄色の花柄のペーパーに包まれた包みだった。
「あ、手作りチョコ?やった、千菜の料理は期待できるからなあ」
「そんなたいしたことしてないよ」
「いいのいいの。楽しみにしてたんだから。開けていい?」
「うん。感想聞かせて。おいしかったら、みんなにも配るから」
「あたしは毒見かっ!・・・わぁ、ケーキ?おいしそうだね。いただきまーす」
包みの中はドライフルーツやナッツがたくさん入った千菜特性のブラウニー。パクリと食べた佐和子の顔がほころんだ。
「うん、おいしいよ!甘さもちょうどいいし、あたしは好きだな」
「ありがと。よかった、じゃあ皆にも配ってくるね」
「あ、千菜。毒見のお礼にもう一つ」
「毒見のお礼、ね。しょうがないなぁ、はい」
「ありがと。いってらっしゃい」
ひらひと手を振る佐和子の目の前に開けてないブラウニーの包みを置くと、千菜は紙袋を持って立ち上がった。
* * *
「あ、榎本君、おはよう。甘いの大丈夫だったら、これどうぞ」
クラスのみんなにチョコレートを配っていると、榎本が教室に入ってきたのを見つけ千菜は近寄った。
どうぞ、と差し出された黄色い包みを見て榎本は一瞬躊躇ったようにも感じるも、すぐにいつもの爽やかな笑顔を見せて受け取った。
「おはよう、吉野。これってチョコ?」
「チョコっていうかブラウニーなの。ナッツのいっぱい入ったチョコ味のケーキみたいなものなんだけど。榎本君は甘いの平気なんだ」
「俺けっこう甘党だから。朝練して腹減ってきたからちょうどいい。サンキュな、吉野」
「どういたしまして」
自分が作ったものを快く受け取ってもらえるのは単純に嬉しい。爽やかな笑顔につられて千菜もにっこりと笑った。
(相変わらず爽やかだなぁ。女子に人気があるのもわかるよ)
榎本はサッカー部1年生期待の星だ。ポジションはFW。引退した3年生のFW選手が上手かったから今年は出番がなかったが、体力もついてきた来年度はおそらくスタメン出場するだろうともっぱらの噂だった。性格だって明るくてよく男の子の友人とじゃれあってるのを見かける。そして爽やかなイケメン。
もてないはずがない。
ちら、と視線を落とせばブラウニーを持つ手と反対の手はかわいらしいピンクの紙袋をぶら下げていた。
「本命チョコ?もてるね~」
「え、あ、これはっ!」
にんまりと笑いながらからかうと、あからさまにうろたえる榎本が面白くてクスクスと笑う。
「あたしのは友チョコだけど悪くならないうちに食べてね」
じゃあね、と他のクラスメイトにチョコを配ろうと踵を返したその時だった。大きな手にぎゅっと手首を掴まれて振り返る。「吉野」とかけられた声はきっぱりと意思をもって千菜の耳に響く。
「本気の告白は断ったから。義理しか受け取ってないから」
「う、うん・・・」
真摯な瞳に見つめられ、コクコクとうなずくと榎本はほっとしたように頬を緩めた。どうしてそんな風な表情を浮かべるのかわからなくてただただ戸惑う。
「ブラウニーだっけ?ありがとな。ホワイトデー楽しみにしてて」
いつの間にか離した手は一瞬ポンと頭に載せられ離れていった。振り返れば榎本は他の男子と挨拶を交わしながら席にカバンを置くところで、案の定ピンクの紙袋を友人にからかわれているようだった。
(頭ポン、て・・・。なにあれ、天然のタラシ?)
榎本の予期せぬ行動に思わず顔が熱くなる。男の子にそんなことをされたのは初めてで、この顔の熱さなら赤くなっているんだろうな、と千菜は思わず手を頬に当てて確かめてしまっていたのだった。