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二話

 試合のあった日から3日。千菜の頭の中はあの選手でいっぱいになっていた。



* * *



古賀匡尚こが まさなお。2年C組出席番号8番、5月10日生まれの牡牛座。A型。趣味は数学パズル。家族構成は父、母、小学6年の弟の4人家族。サッカー部の新副主将、ポジションはDF。好きな食べ物は牛丼、嫌いな食べ物は納豆---」

「ちょ、ちょっと待って、佐和ちゃん!何その情報、どこで調べてきたの!?」

「え、ちょっと伝手があってね」

「伝手って・・・」

「コーヒーはブラック派らしいよ。甘いものは苦手そうだから、差し入れは甘さ控えめの方がいいかな~」


 スマホを見ながらああでもないこうでもない、と面白そうにぶつぶつ言っている親友を見て、千菜は呆然としてしまった。


 あの選手を見てから3日、記憶は全く褪せることなく色づいたままで、帰るときなど気が付けばグランドをぼんやりと見つめている。サッカー部が練習などしていたら足が全く動かず視線は彼を探してしまっていた。

 のんびりしてると言われているが、いつにもましてぼうっとし時に挙動不審に陥る千菜を問い詰めてきたのは親友の佐和子で。はきはきとした快活な親友にいつの間にか洗いざらい吐かされ、しかし彼の名前さえ知らないと白状したのは確か昼休みだったはずだ。今は放課後。ファミレスのドリンクバーに連れ込まれ早々に明かされた彼のプロフィールはどこから知り得たのだろう。


(個人情報保護はどこにいった)


 遠くを見つめてしまうのも仕方がないだろう。


「で、古賀先輩が好きになっちゃったんでしょ?これからどうするの?」

「・・・気になってるだけだよ」

「男の子の話なんかめったにしない千菜が?気になってるだけ?」

「・・・・・」


 「ふぅ~~ん」と面白そうにこちらを見つめる佐和子に居心地が悪くなり、ズズッとメロンソーダを飲み干すと窓の外に視線を向けた。


「・・・本当に、気になってるだけだもん」


 あくまで言い張る千菜に佐和子が呆れた顔を見せたのが視界の端に写る。しかし、「わかった」という返事に千菜が目を向けると、そこにはやさしげな表情をした佐和子の顔があった。


「それじゃあ、いつか、好きになったら教えてね。いくらでも協力するから」

「好きじゃないもん」

「今は、ね。いつかの話」

「いつかもないよ」

「はいはい」


 流されてふてくされた顔をしたものの、千菜はその“いつか”がいつかやってくるだろうという予感がしていた。



* * * *



「吉野!」


 翌日の放課後のこと、いつの間にかまたグランドを見ていた千菜に声をかけてきたのは同じクラスのサッカー部員、榎本亮だった。


「榎本君、これから部活?」

「ああ。吉野は、帰るのか?」

「うん。今日は佐和ちゃんも委員会だからもう帰るよ」

「そっか。あの、さ・・・。この前の試合、観に来てくれたんだよな?」

「うん、残念だったね」

「そうだな、3年生もこれで引退だったし、俺も出たかったんだけど」

「榎本君なら次の試合は大丈夫だよ。頑張って」


 にこりと笑うと心なしか榎本の頬がほんのり赤くなった。さっと目を逸らされたので「どうしたの?」と首をかしげると慌てたように話を続けられてしまった。


「あのさっ!そうだ、写真!写真撮ってくれたんだよな?」

「う、うん」

「今度見せてくれない?」


 突然大きな声で言われ、びっくりしながらもなんとか頷く。


「いいけど、見たいの?」

「どうして?日曜日の試合のだろ?」

「だって、負けちゃったのに・・・」


 「ああ」と千菜が躊躇っている理由に榎本はやっと気が付いたようだった。


「そっか、それで写真のこと話してくれなかったんだな」

「うん、ごめんね」

「いいよ、それでも見ておきたいんだ」


 「どうしてなの?」と聞き返そうとしたとき、聞き慣れない声が聞こえた。


「榎本、時間だぞ。集合だ」


 ぞくりと背筋があわ立つほどにいい声だった。低いのによく通る滑らかなその声は、耳から脳に到達する前に体中を走り千菜をぶるりと震えさせた。


「すいません、古賀先輩。すぐに行きます」


 振り返る前に榎本が返事をして、「それじゃあ」と手を振るとグランドに走っていった。


(古賀先輩ってことは・・・)


 千菜が恐る恐る振り返ると、そこには4日前カメラ越しに目を奪われたあの選手がいた。

 目を引かれたのは少しきつく見られるかもしれない切れ長の目元。短く切った髪は染めてない黒だったが、やや硬質な印象を与える彼のイメージにぴったりだった。


「古賀、先輩・・・」

「何だ?」


 返事を返されたことで無意識に名前をつぶやいていたことに気が付いた。カァっと急に顔が熱くなる。それきり答えない千菜に古賀は返答を諦めたのか、「気をつけて帰れよ」とグランドに足を向けた。


---行ってしまう


 急に湧き上がってきたのはこのまま終わってしまうのは嫌だという思いで。


「古賀先輩!」


 二度目に名前を呼んだのは自分の気持ちを自覚したからだった。





 

 


 


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