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十二話

すみません、遅くなりました。

(告白できん!)


 古賀先輩のお見舞いに通い始めて10日。告白しようと決心してから10日。千菜は今日も告白できずに帰宅の途につく。


(なんなの、あたしらしくないじゃん!いつもの勢いはどこに行ったの!!)


 いつも元気いっぱいでマイペース。だけどちょっと変わってる。それが周りの千菜の評価で、千菜もたぶんそうなんだろうな~、などと思っていた。実際、マイペースだというのは否定しないし自覚もある。撮りたい被写体にめぐり合ったときなどは周りのことなど意識に入らず、何時間でもカメラを向けてしまっていたこともあった。佐和子にはもっと注意しなさいと言われるが、こればかりはどうにもならないだろうな、と開き直っている。そういうところが変わっているのだと言われるが、集中力があるだけだと否定したい。断じて。そんなことを語ったら佐和子に呆れた目で見られてしまったが、まぁそれは気づかなかったということで。


 ともかく、千菜はマイペースなりに自分は告白するのに緊張しない人種だと思っていたのだ。古賀先輩と話すのは楽しいし嬉しくてドキドキする。その感情そのままに盛り上がった勢いで告白できるものだと思っていた。それが10日前の佐和子に電話したときの千菜の考えだった。


 ところが翌日古賀に会ったとたんそれまでの自信はどこへやら、「好き」という言葉は千菜の口から欠片も見せてくれなくなった。言いたいのに出てこない。告白する気満々で入って行った病室では動揺を隠すのに精一杯で、話題ははお見舞いに持っていった写真のことや学校のことで終始してしまった。


(なんでかな~。佐和ちゃんはそれが普通のことだって言うけど、本当にみんなこんな緊張しながら告白してんの?あたし全く言える気がしないんだけど)


 「好き」という気持ちは膨れ上がり苦しいくらいに千菜の中に満ちている。会えば苦しいくらいにドキドキするのに、見えないときは寂しくて切ない。古賀先輩のことを考えると心が暖かくなると同時にどうしてだか泣きたくなる。相反するこの気持ちが恋なのだとしたら、今までの千菜の気持ちはいったい何だったのだろうと思う。


 はぁ、とついたため息はまさしく恋する乙女のものだった。



* * *



「吉野、ちょっといいか」


 放課後、いつものように教室を飛び出していこうとした千菜を引き止めたのは榎本だった。


「うん、これから先輩のところにお見舞いに行きたいから、ちょっとだけならいいよ。何、どうしたの?」


 すると榎本の顔が一瞬くしゃりと切なそうに顔がゆがんだ気がしたが、目の錯覚だったのだろうか。いつもの優しげな表情で、千菜を誘った。


「ちょっと話したいことがあって。人が居ないほうがいいんだけど、ついてきてもらえる?」

「うん」


 たどり着いた先は鍵のかかっている屋上の扉の前。人気がないその場所でクルリ、と振り返った榎本の顔はいつもと違って怖いくらい真剣だった。


(あ、まさか・・・)


 このシチュエーションにはなんとなく、見覚えがある。少女マンガでありきたりだなぁと思っていたその状況に自分が陥って見れば、どうしたらいいか分からず戸惑うばかりだ。


「榎本くん・・・?」


 呼びかけた声は小さく震えていたかもしれない。どうしよう。と頭の中がぐるぐるする。ちょっとまって。と訳もなく焦る。だが榎本が待ってくれる訳もなく---


「俺、吉野が好きだ」


 落とされた爆弾は千菜の頭を真っ白にした。


「一年のときからずっと好きだったんだ。いつも明るくて、かわいいなって思ってた。写真を撮ってるときの真剣な顔も、女の子に使うのはどうかと思うけど格好いいって思ったよ。それに、吉野の写真---」


 呆然と榎本の顔を見つめていた千菜の目がゆらりと揺れる。


「被写体への愛が詰まってるのがよく分かる。あんなふうに人や物を愛せる吉野が俺は好きなんだ。だから、俺の彼女になってくれませんか?」


 痛いほど真剣な眼差しが千菜を貫いた。だけど---

 ゆっくりと自分を取り戻していくのと同時に、自分の気持ちがどこにあるのかを思い出した千菜にはこの言葉しか出てこなかった。


「ごめんなさい」


 言葉と一緒に下げた頭をゆっくり上げれば、榎本の顔には苦笑いが浮かんでいた。傷つけてしまった。とツキンと心が痛む。だけど後悔するのは違う。そんなのは相手に失礼だ。


「好きな人がいるの」

「知ってる」


 即座に返された言葉に千菜は目を見開いた。


「そんな驚く事じゃないだろ。だって、毎日見舞いになんて普通なら行かないだろ。ただの先輩なら」

「・・・・・・」

「吉野が古賀先輩のことを好きなんてとっくに分かってるっつうの」

「・・・だったらなんで」

「・・・言わないで後悔なんてしたくなかったからさ。玉砕するのなんて分かってたけど、言って吹っ切りたかった。あとは、万が一って可能性に掛けてみた。言われた吉野には迷惑だったかもしれないけどな」

「そんなこと!」

「告ったら嬉しいよりも困ったって顔してたし。・・・よし!!」


 突然ガッツポーズをしたかと思えば、榎本は何かを吹っ切ったかのようにいつもの笑顔を見せた。


「聞いてくれてありがとう、吉野。困らせること言ってごめんな」

「ううん。・・・好きになってくれてありがとう」

「すぐには無理かもしれないけど、また友達やってくれよな」

「うん。こちらこそよろしく」


 差し出された手をぎゅっと握り、千菜はありったけの感謝を込めた。


「--------」


 その手を引っ張られ榎本の大きな胸の中にすっぽり納まってしまい、千菜の顔に朱に染まりかけたその時、ぽそりとつぶやかれた言葉に千菜は涙をにじませる。


「ありがとう。行ってくるね!」


 優しく解き放たれ背を押された少女は躊躇いも見せず駆けていった。


   

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