一話
(あ~、負けちゃった)
試合終了のホイッスルが無情にも響き渡る。ワァ、っと歓声が上がるなか、千菜はそっとカメラを下ろした。
サッカーの県大会決勝戦。千菜の通う高校は1対2で敗れた。
* * *
「負けちゃったね」
まだ勝敗の余韻の残っているフィールドを見下ろしながらぼんやりとしていると、ぽつりと隣に座っていた沙和子が呟いた。
「うん・・・、負けちゃったね」
千菜もぽつりと返す。
いつになく一生懸命に応援したせいで喉が少し違和感を持つ。心なしか体がぐったりと疲れを訴えていた。試合は終了したのだからもう帰ってもよいのに、立ち上がりたくないのは気持ちの問題なのだろうか。
千菜の通う高校は公立の普通の高校だ。学力は県でトップクラスではないけど、ほとんどの生徒が進学できる。スポーツだっていくつかの部が全国大会に出られるくらい。特にこれといって特筆すべきところなんてない。
だけどここ数年、新任の先生がサッカー部の顧問になったことで急にレベルが上がった。その先生は元サッカーのU18代表にもなったことがあるという噂だが、はっきりとしたことは千菜は知らない。
とにかく、その先生のおかげでサッカー部は強くなって、今年、ついに県大会の決勝まで勝ち上がってきたのだ。---そして、ついさっき、勝敗がついた。
(この試合の写真どうしよう?)
写真部である千菜は同じクラスのサッカー部の友人に頼まれて試合の写真を撮りに来た。補欠だから出ないと思うけど、と前置きしつつも、思い出になるだろうから、と言った友人はやはり出場することはなかった。でも彼のことだから、これから人一倍練習して次の試合にはスタメンを勝ち取ることだろう。
それよりも---
うまくのせられて応援に来てしまい、写真部の性なのか何枚も同級生以外の写真を撮ってしまった。もし勝っていたなら焼き増しして配ってもらってもいいかなと思っていたが
、負け試合ではこのまま写真を渡してしまってもいいのだろうかと考えてしまう。
(あたしなら欲しくないしな)
取りあえず友人に聞いてからでいいか。そう思いながら席を立ち、沙和子に声をかけようとしたその時だった。
フィールド脇に一人の選手が立っていた。
(うちの学校のユニフォームだよね)
もうスタジアムに観客はほとんど居ない。もちろん選手などとっくに控え室に戻っている。設営スタッフがテントを片付けている中、その選手は一人控え室から抜け出してきたようだった。
(何してるんだろう?)
その選手はフィールドギリギリにじっと立ち尽くしていた。うつむき加減のその顔は確認できないが、千菜はじっとその選手を見つめていた。
ふと、どうしようもなくその表情が知りたい衝動にかられカメラを構えると最大ズームに調整する。
(ピント、ピントを合わせなきゃ・・・!)
慌てているときほどうまくいかない。それでもようやくピントを合わせ、ファインダーからその選手を見た。
---綺麗
ストンとその言葉が胸に落ちた。
その選手はすでに顔を俯かせてはいなかった。顔をまっすぐ上げ、強い瞳でフィールドを見つめている。その視線の強さはともすれば睨んでいるとも見えるほどで。しかし何かを決意した精悍な顔は、千菜にただ美しさを感じさせた。
---カシャ
気が付けば、無意識にボタンを押していた。はっと気が付いた時には、彼はフィールドに向かって深々と頭を下げくるりと踵を返し走り去ってしまっていた。
「千菜?どうしたの?」
ふとかけられた声に、彼の去っていった先を見ながら自分がぼうっとしていたことに気が付いた。
「え、あ、ううん、何でもないよ。待たせちゃってごめんね」
「いいけど、そろそろ行こう。もう電車も混んでないだろうし」
「うん、そうだね」
佐和子に促され、後ろ髪を引かれる思いで千菜はスタンドを後にする。脳裏にははっきりとあの選手が刻みつけられていた。