ショートショート集 1パック10個入り
1.罪悪感
今日、健一が死んだ。ついさっきのことだ。
一緒に結衣も死んだ。
ナターシャが死んだ。大輔が死んだ。
恵子が死んだ。武士が死んだ。則之が死んだ。悠太郎が死んだ。
昭信が死んだ。俊夫が死んだ。隆弘が死んだ。希が死んだ。知美が死んだ。
麻子が死んだ栄太郎が死んだ加奈が死んだ金次郎が死んだ圭が死んだ小太郎が死んだ早苗が死んだ達也が死んだヌルハチが死んだハミルトンが死んだヒラリーが死んだ真美が死んだ美恵子が死んだ村田が死んだ弥太郎が死んだ裕子が死んだ良美が死んだ……
みんな死んでしまった。
億単位で死んだ。
俺が、殺した。
一つまみの罪悪感と共に、俺は彼らの死体をティッシュにくるむとゴミ箱へ向けて放り投げた。
2.聖者
街の一角で、人々が咎人に向かって石を投げていた。
そこを通りがかったある男が人々にこう告げた。
「この中で今まで一度も罪を犯したことのない者だけが、石を投げなさい」
人々は一斉にその男に向かって石を投げた。
男が動かなくなると、人々は咎人への投石を再開した。
3.正義の味方
道端に若い女が倒れていた。
誰かに刺されたらしく、地面がどす黒い血を吸っていた。
そこに煌びやかな鎧を纏い、長剣を腰に下げた美形の青年が通りかかった。
彼は正義の味方だった。
その目には悪を見逃しておけぬという強い意志を帯びていた。
青年は女に聞いた。
「ひどい傷だ。誰がやったのですか」
まだ息はあったが、女はかなり弱っていた。青年に手を伸ばし、かすれた声で「助けてください」と懇願する。
「誰がやったのですか、そいつはどこにいるのですか」
青年は重ねて問うた。だが女は答えない、答えられる状況ではなかった。意識が既に遠のきかけている。
「あなたを傷つけたやつをわたしは許してはおけない。どこですか、悪人はどこにいるんですか答えろおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ」
業を煮やした青年は剣を抜き、拷問を始めた。柄で顔を殴打し、手の甲に刃を突き立てる。さらに右足を一本切り落とした。
震える手で女は通りの向こうを指差した。
「あっちかっ」
青年は剣を振り回しながら嬉々として駆け出した。
血まみれの女だけがその場に残された。
4.本懐
わたしは趣味で小説を書いている。
他の人が書くほど上手くないけれど、これが自分だ、と言えるものを下手は下手なりに精一杯書いているつもりだ。
書いたからには、誰かに読んでもらいたい。しかし現実の友人に見せるのは気恥ずかしい。なので、インターネット上の小説投稿サイトに作品を載せている。
これがまた便利なもので、自分の小説をどれくらいの人が読んでくれたのか、どう評価したのかがわかるようになっている。また、他の人が書いた小説も読めるようになっていて、そこからいろいろ学ぶことも多い。
ここで本質的な問いを発してみよう。なぜ、わたしは書いているのか。
聞こえは悪いが、自己顕示欲や承認欲求を満足させるためだろうか。自己満足のためと言い換えてもいい。己の欲望のため、だ。
それでも、誰かを楽しませて、そして自分も楽しめるのならば、お互い割りのいい取引ではないかとも思う。
何百人、何千人とは無理だろうが、せめてたった一人だけでもいい、自分が書いた文章で誰かの心を動かすことができたとしたら、それに勝る喜びはない。
そう思いながら、毎日少しづつ書いている。
と、わたしの部屋をノックする音が聞こえた。一体誰だろう。わたしは少し疑問に思いながらも簡単にドアを開けてしまう。
そこには怒りに目を血走らせた男が立っていた。知らない男だ。
男は言った。
「てめえ、やっと見つけたぞ。よくもまああんなクソつまらない小説を書きやがって、おかげで体調を崩して会社を首になった、長年付き合っていた彼女にも振られた。全部お前のせいだ」
わたしは震えた。
なんということだ、わたしの書いた文章で、この人はこんなにも怒りを滲ませている。
なんて、素晴らしい。
それこそがわたしの望んだものなのだ。
わたしの震えは、歓喜によるものだった。
しかも、この人はその思いを、わざわざわたしを探し出して直接伝えに来てくれたのだ。
あなたは最高の読者だ。こんな人に巡り会えるなんて、わたしは幸せだ。
「ヘケ、ヘケケケケケ」
「なに笑ってやがる、死ねっ!」
至福の笑みを浮かべるわたしに男は斧をグバッ!
5.日常
いつもどおりの朝だった。
目覚めた男は眠い目をこすりながら洗面所に向かう。
顔を洗い、歯ブラシに歯磨き粉をつけて口に突っ込む。
男の頭が爆発した。
6.伝説の勇者の冒険!!11
勇者たち一行は最初から強かったので並み居る敵を適当に打ち倒し、気がついたら魔王の間の前まで来ていた。
時間がなかった。魔王が闇の法を完成させ、世界を破滅に導く前に倒さねばならない。
魔王は強いと聞いている。最初から強かった勇者たちといえど危ういかもしれない。側近の四天王も強敵だ。
きっと、この戦いで自分たちが築いてきた絆が試されることだろう。
勇者は仲間を振り返った。
「勇者様」
劇的なイベントもなく、気づいたら恋仲になっていた姫騎士が言った。
「実は私、最初はあなたよりも魔王軍の魔人騎士リヒテルト様のほうが好きだったんです。でもいま愛しているのは勇者様だけです、たぶん」
「……えっ」
今度は戦士が言う。
「魔王軍に寝返ったら勇者を超える力をやろうって言われて、実際ちょびっと、いや、半分くらいかな、もらっちゃったんだ。たまに魔王の声が聞こえて意識が奪われそうになるけど、大丈夫さ!」
「えっ」
賢者が言う。
「わしは愚かな人間に絶望していてのう、魔王に滅ぼされればよいと思っておったわ。いまでもそう思うわ、たまーにな。たまーに」
「……」
仲間たちの首が飛んだ。
7.愛は美しく永遠に
「ねぇ、ご主人様、私のこと愛してますか」
「もちろんだ、愛しているよ」
「本当ですか」
「本当さ」
「わたしのこと、信じてますか」
「当然さ」
「奴隷でもいいんですか」
「奴隷でも人間は人間さ」
「じゃあ、私にかけられた奴隷契約の魔法を解いてください」
「ああ、奴隷でもそうじゃなくても、きみはきみだ。……さぁ解いたよ」
「……ありがとうございます」
「グエッ! だ、騙したな……」
「ギャッ! 奴隷魔法が解けてない……だ、騙したのね……」
「そうだ、はは、ははは、ざまあ見ろ、はは、ははははははははは!」
「なに強がってるのフニャチン野朗が! あんたももう助からないわ、あひゃひゃ、ざまあ、ざまあみろ、あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
数時間後、笑顔で倒れている奴隷と主人が発見されたが、人々はその顔を見て、自らの愛を永遠とするためにお互い命を絶ったのだと理解した。
8.創造嫁
あるマッドサイエンティストが人造人間を開発した。
完璧な女性を自らの伴侶とするためだった。
最初に作った人造人間は美しく、そして主人に無限の愛を与えるよう設計された。
本当にこの人造人間はわたしを愛してくれるのだろうか。
マッドサイエンティストは実験を開始した。
ナイフで彼女の指を落とし、スプーンで目玉をえぐった。それでも彼女はマッドサイエンティストに優しく微笑みかけた。大きな木槌でつま先を叩き潰した。苦痛に呻きながらも彼女は愛している、と言った。斧で右腕を切断する。ナイフで顔面を切り刻む。美しかった顔は既に血みどろだ。唇が動く、愛しています、と。腹を切り裂いて腸を引きずり出した。片方だけの目が裏返る。均整の取れたボディが痙攣する。そのとき彼女は叫んだ。「愛していますううううううぅぅぅぅっ!」最後に残った力を振り絞り、彼女は身を起こしてマッドサイエンティストに飛びついた。
なんだ、これは。マッドサイエンティストは空恐ろしくなった。
ここまでされても愛しているなどと、どの口でのたまうのか。彼女の愛は所詮、作り物だ。
マッドサイエンティストは止めを刺した。
今回の実験から得られたのは、完璧な愛は不自然だ、不自然なものを信じることはできない、ということだろう。
そう考えながらマッドサイエンティストは次の実験を開始した。
今度はもっと人間らしくしよう。いいところもあれば、悪いところもある。それが人間ではないか。そんな人造人間を作ってみよう。
結果として、出来上がった人造人間の命は数分ともたなかった。
生まれてからの第一声が「なにこのおっさん、キモッ」だったので、腹を立てたマッドサイエンティストが斧で頭を叩き割ったのだ。
どうすればいい。マッドサイエンティストは考える。どうすれば愛を手にすることができるのか。
両者の共通項はなんだ。わたしがつくったこと、か。そうか、そうなのか、自分で作ったものを愛することはできないのか。
では別のものに作らせればいい、とマッドサイエンティストは思いつく。人造人間を自動で作る機械を作ればいい。
そうすれば、それは自分が作ったものでありながら、自分が作ったものではない。
きっと愛せるはずだし、愛してくれるはずだ。
完成した機械に、マッドサイエンティストは命令を打ち込む。自分を愛し、そして自分が愛せる人造人間を作ること、と。
出来上がった人造人間はマッドサイエンティストを認めるとこう言った。
「わたしから愛されたいのですか。なら、わたしの心を射止めてみてください。きっとあなたは苦労するでしょう、悶えるでしょう。でも、本当の愛とはそういうものの先にあるのですよ」
それができんからこうしているんだボケが。
マッドサイエンティストは斧を振り下ろした。
9.信じるものは救われるのか
大別して、世の中には二種類の人間しかいません。
自分が狂っていることに気づいている人間と、そうでない人間。
この二種類だけです。
気づいている人は、言うまでもなく狂っています。
気づいていない人は、自らの正気を信じるが故に、やがて狂気に落ちていきます。
なぜなら、なにかを頑なに信じることはすなわち偏執であり狂気に他ならないからです。
ようするに、この世には狂人だけしかいません。
10.意識に対する或る一つの仮説
わたし以外の人は、果たして本当に存在するのだろうか。
正確に言えば、わたし以外の人に、わたしと同じような心が存在するのだろうか。
わたしの感覚は、わたしに心があるということは間違いないと告げるけれど、他者のそれについては不正確なことしか教えてくれない。わたしにとって、わたしの感覚こそが全てなのだから。
他者の存在を証明することなど、不可能なのだ。
世界にはわたし一人だけだった。
だから、あらゆる人から距離をとって生きてきた。肉親も、友人も。
彼らはひょっとしたら存在しないのではないか。あるいは抜け殻なのではないか。
でもそのことに対して、わたしはどうすることもできない。
そう思いながら生きていたある日、一匹の猫が窓の外にやってきた。
気まぐれに窓を開けると、猫はするりと部屋の中に入ってくる。
図々しい猫だな、と思いながらも、わたしはついミルクと餌を用意してやる。腹が減っていたのか、猫はそれらをすぐに平らげてしまう。そしてベッドの上で丸くなった。
その日を皮切りに、猫はたびたびわたしの部屋を訪れるようになった。
夜に窓をかりかりとひっかいているところを中に入れてやった。鳥を仕留めてベランダで誇らしげな顔を見せていることもあった。わたしが帰ってくると、玄関先で待っていたかのように飛び出してきたりもした。そして彼女は頭をわたしの足にこすり付けるのだ。喉を優しくなでてやると嬉しそうに目を細めるのがかわいらしくて、何度も何度もなでてやった。おかえしというように彼女はわたしの手をなめる。くすぐったかった。
どれだけの時間を共に過ごしただろうか、ある朝、わたしが目覚めると猫はいつものようにベッドの上で丸くなっていた。
わたしが身体をゆすっても、彼女は動かない。
触れてみると、彼女の身体は冷たくなっていた。
透明な液体がわたしの頬を伝い落ちる。どうして死んでしまったの、猫は死ぬ前にいなくなると誰かが言っていたけれど、どうして、わたしのそばで死んでしまったの。
彼女の死体を、わたしは庭の片隅に埋めた。墓標を立ててやる。
彼女は抜け殻だったろうか。本当は存在しなかったのだろうか。
そんなことはないはずだ。彼女の暖かく柔らかな手触りも、ざらりとした舌の感触も、本物だった。確かなものであるはずだ。
わたしは彼女の存在を確かなものにしたい。
だから、彼女は確かに存在した、彼女には心があった。抜け殻などではないと、わたしは信じることにした。
意識や心というものは、"そこにある"と認識したときにはじめて生まれるのではないのかと、そんなことが思い浮かんだ。そう、わたしが信じることで、彼女の存在は確かなものになるのだろう。
この先触れていくものが確かであるように、わたしは信じる。この不確かで冷たい世界を、わたしは信じて生きていこう。
わたしは彼女が好きだったキャットフードを墓前に供えて、手を合わせる。
そして確かに存在した、彼女に言う。
大事なことを教えてくれて、ありがとう、と。