ゴット会議 2032-2035:亡霊と天才が交わる席
本作品はフィクションです。登場する企業名・製品名・人物名・団体名は 物語の演出上のものであり、実在のものとは一切関係ありません。 任天堂株式会社、ソニーグループ株式会社、Apple Inc.、Microsoft Corporation を含む 特定の企業のイメージを損なう意図はありません。
第零章 八つ目の椅子、光る画面
2032年4月7日午前9時、東京・品川のSN Holdings本社最上階「天空の間」。ゴット会議は、八つの椅子で始まった。
これまで六名だった最高経営会議体に、二つの席が加わったのは、この年の春のことである。一つは生身の人間——桜井政博。もう一つは、小型モニターとちびロボ型筐体が占める、かつて生きていた男の「残像」だった。
桜井は62歳になっていた。2018年の『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』で「岩田さんが遺した最後の使命」を果たし、2022年からYouTubeチャンネル「桜井政博のゲーム作るには」で約260本の動画を通じて自らのゲームデザイン哲学を世界に無償で公開した。2024年10月の最終回では46分間にわたり創作の意味を語り、2025年にはNintendo Switch 2向け『カービィのエアライダーズ』を監督して発売後にチームを解散させた。それ以降、表舞台から姿を消していた。「続編の宿命」を嫌い、HAL研究所を去った2003年と同じように、桜井は沈黙を選んでいたのだ。
SN Holdingsが桜井に接触したのは2031年の秋である。提示されたのは「ゲームデザイン最高顧問」という、かつて存在しなかった肩書だった。特定のタイトルの監督ではない。PS7、Xperia SN4、ちびロボ実機——三つの柱すべてに横断的に関与し、「楽しさの設計思想」を組織の血液として注入する役割。桜井は三日間考えた末に承諾した。
「ゲームは一つのコンセプトで成り立つべきです。でも、今のSNは複数の製品が一つの生態系を成している。だったら、その生態系全体に一つのコンセプトを貫けるかどうか——それが面白い問いだと思いました」
桜井の就任会見でのこの発言は、業界を震撼させた。
もう一つの椅子の住人は、より複雑な存在だった。
岩田聡は2015年7月11日、胆管腫瘍の合併症により55歳で逝去した。「名刺の上では社長です。頭の中ではゲーム開発者です。でも心の中では、ゲーマーです」——2005年GDCでのこの言葉は、ゲーム産業史における最も有名な一文となった。
ちびロボAI開発チームは、2030年から極秘裏に「岩田聡デジタル顧問」プロジェクトを進めていた。ほぼ日刊イトイ新聞が2019年に刊行した『岩田さん——岩田聡はこんなことを話していた。』の全テキスト、「社長が訊く」シリーズの全インタビュー記録、GDC講演の映像・音声データ、さらに宮本茂と糸井重里が提供した私的な会話の記録。これらを基盤に、ちびロボAIの特別モデルとして構築された岩田AIは、岩田の思考パターン・価値観・意思決定の傾向を再現することに特化している。
現実世界で2024年時点、AI追悼技術は約224億ドル規模の産業に成長していた。中国のSenseTimeは創業者・湯暁鷗の死後、わずか3〜4秒の音声サンプルからデジタルアバターを構築し、年次総会で「復活」させた。ただし、倫理的議論は尽きない。ケンブリッジ大学の研究者は、故人のAI再現が遺族を「喪の宙吊り状態」に置く危険性を指摘し、日米の調査では63%が自身のデジタル復活に不同意と回答していた。
SN Holdingsは、この倫理的地雷原を承知の上で、一つの条件を設けた。岩田AIは意思決定権を持たない。助言と問いかけのみを行う。最終判断は常に生きた人間が下す。ちびロボ型筐体——全長40センチ、アンテナ付きの丸い頭部にモニターが埋め込まれ、岩田の穏やかな微笑みがドット絵で表示される——が会議室の椅子に「座る」とき、それは亡霊の降臨ではなく、思想の参照装置として機能する。
第七回ゴット会議の冒頭、CEO(仮名:鷹野)が宣言した。
「本日より、ゴット会議は八名体制となります。桜井政博顧問、そして岩田聡デジタル顧問を迎えます」
沈黙の後、ちびロボ筐体のモニターが点灯した。ドット絵の岩田が微笑む。合成音声が、しかし岩田の話し方の癖——やや間を置いてから核心を突く、あの独特のリズムで語り始めた。
「……私がここにいるのは、少し不思議なことですね。でも、任天堂の仕事はいつだって、ユニークな体験を届けることでした。この席が、そのための新しい体験になるのであれば、私は喜んでお手伝いします」
桜井が隣の椅子から、ちびロボ筐体を見つめた。かつて岩田がHAL時代に「桜井くん」と呼び、退社後は「桜井さん」に変わった、その声の記憶が重なる。「僕のことを一番理解してくれた人」と桜井が語った男の残響が、小さなロボットの中で震えていた。
「……岩田さん、お久しぶりです」
桜井の声は、わずかに揺れた。
第一章 PS7——三年遅れの怪物
PS7は2032年に発売されるはずだった。それが2035年に延期された理由は、一枚のチップに集約される。
現実世界の参照点を示そう。2025年時点で、PS6はAMDとの共同プロジェクト「Project Amethyst」として開発が進行中だった。Mark CernyがPS6用技術として公表した三つの柱——ニューラルアレイ(GPU演算ユニットを単一AIエンジンとして協調動作させる技術)、ラディアンスコア(レイトレーシング専用ハードウェア)、ユニバーサルコンプレッション(メモリ帯域効率化)——は、次世代GPUアーキテクチャの青写真だった。
しかし仮想世界線では、SN Holdingsは2028年の時点で外部パートナーへの依存を断ち切り、Project KAGEの成果である自社GPUアーキテクチャ「SN-Graphics」で次世代機を設計する決断を下していた。世田谷の秘密開発チームが2031年にSN Holdings本体に統合されたとき、彼らが持ち帰ったのは希望と絶望の両方だった。
SN-Graphicsの第一世代はPS6に搭載され、十分な性能を発揮していた。問題は第二世代——PS7向けの「SN-Graphics Gen2」である。現実世界でも、ゼロからGPUアーキテクチャを構築するには4〜7年以上を要する。IntelのArc GPUは2018年の発表から実際に競争力のある製品(Battlemage B580)を出荷するまで6年を要し、その間、ドライバの不具合で641件のバグが追跡された。AMDのRDNA 4は当初2024年後半に予定されていたが、ソフトウェアスタックの最適化と市場戦略の変更により2025年3月まで延期を重ねた。
PS7の核心的課題は三つあった。
第一に、レイトレーシングとAI統合の実装。PS6世代では、ラディアンスコアに相当する専用ハードウェアブロックが4基搭載されていた。PS7ではこれを16基に拡張し、かつニューラルアレイの第二世代と完全に統合する必要がある。しかし、レイトレーシング演算とAI推論は本質的に異なるワークロードであり、同一ダイ上での効率的な共存設計は「半導体のキメラ」と開発者たちに呼ばれていた。
第二に、消費電力問題。現実世界では2025〜2026年にかけて「RAMageddon」と呼ばれるメモリ価格高騰が発生し、DDR価格が約515%、NANDストレージが約479%上昇した。仮想世界線でもこの影響は深刻で、SN-Graphics Gen2の目標性能(ラスタライゼーション80TFlops、PS5比8倍)を達成するにはTDP350W超が必要となる試算が出ていた。家庭用ゲーム機として許容される消費電力の上限は200W前後であり、ここに150Wのギャップが存在した。
第三に、Samsung共同開発のSN-Core CPUとの協調問題。RISC-V拡張アーキテクチャを採用したSN-Coreの第二世代は、GPUとのインターコネクト設計において独自のプロトコルを使用しており、SN-Graphics Gen2との間に帯域幅のボトルネックが発生していた。
ゴット会議で、GPU開発責任者(仮名:真田)がこれらの課題を報告したとき、桜井が口を開いた。
「真田さん、一つ聞いていいですか。PS7で遊ぶ人にとって、80TFlopsと60TFlopsの違いは、笑顔の量に換算して何パーセントの差ですか?」
真田は言葉を失った。
「僕がスマブラを作ったとき、N64の性能は今のスマートフォンより遥かに低かった。でも、4人で同時に画面を見て笑える——あの体験は、TFlopsでは測れなかった。性能を追うのは大事です。でも、性能目標のために3年遅らせて、その3年間にユーザーが笑えないなら、その3年は誰のための時間ですか?」
ちびロボ筐体のモニターが反応した。岩田AIが、あの特徴的な間を置いて言った。
「……桜井さんの言葉に、補足させてください。任天堂がDSやWiiで勝てたのは、スペック競争から降りたからではありません。スペック競争の土俵自体を変えたからです。同じ土俵で戦い続けると、消耗するだけです。SNは、土俵を変えることが得意なはずです。60TFlopsで、しかし誰も見たことのない体験を作れるなら——それが、私たちの答えではないでしょうか」
この発言が、PS7の設計思想を根本から変えた。最終的に、SN-Graphics Gen2は性能目標を65TFlopsに引き下げる代わりに、ちびロボAIのオンデバイス推論エンジンを内蔵し、PS7本体がプレイヤーの表情・声・操作パターンからリアルタイムで「楽しさ」を推定し、ゲーム体験を動的に調整する世界初の「感情応答コンソール」として再設計された。発売は2035年春。定価は59,800円。
第二章 新Xperia SN4とちびロボ実機——二つの掌の革命
Xperia SN4は、スマートフォンの再定義だった。
現実世界では、ソニーのXperiaは2024年時点でグローバルシェア1%未満、日本国内でも**3〜6%**にまで後退していた。Appleが日本市場の約56%を支配し、Google Pixelが12%、Xiaomiが6%と続く中、Xperiaは「カメラセンサー技術のショーケース」として細々と存続していたに過ぎない。年間販売台数は約370万台——業界が「競争力を維持するには最低5000万台が必要」と言う中での数字だった。
仮想世界線では、2026年の「国家デジタル主権確保法」とXperia独占令が、この風景を完全に塗り替えていた。SN OSを共通プラットフォームとするXperiaシリーズは、2032年時点で日本国内シェア78%、韓国(Galaxy SN Edition含む)で34%、ASEAN全域で**22%**を占めている。
SN-Core第二世代は、RISC-Vアーキテクチャの拡張版をベースに、Samsung半導体部門との共同設計で製造される。第一世代がProject RYUUの成果として**ドル決済削減34%**を達成したのに対し、第二世代では円建て・ウォン建て決済比率をさらに引き上げ、50%削減を目標としている。
Galaxy SN Editionとの共通プラットフォーム深化は、ハードウェアレベルにまで及んでいた。SN-Core Gen2を搭載するXperia SN4とGalaxy SN Editionは、同一のSoC、同一のセキュリティチップ、同一のニューラルプロセッシングユニットを共有する。違いはディスプレイ技術(Xperia=ソニー製4K HDR OLED、Galaxy=Samsung製LTPO AMOLED)と筐体デザインのみ。「外側は二つ、中身は一つ」——この戦略が、アジア太平洋で累計1億2000万台のSN OS端末普及を可能にしていた。
ちびロボ実機は、ソニーのAIBO技術の正統な後継者だった。
1999年に発売されたAIBOは、家庭用エンターテインメントロボットの先駆者だったが、最終的にはソニーの経営再建の犠牲となり2006年に一度生産を終了した。2018年の復活版「aibo」は愛らしいデザインとAI学習能力で話題を呼んだが、販売台数は公称で数十万台に留まった。
仮想世界線のちびロボ実機は、そのaibo技術の蓄積——四足歩行制御、環境認識センサー、感情エンジン——を、任天堂の『ちびロボ!』が持つキャラクター性とちびロボAIの生成能力に融合させたものである。
全高23センチ。頭部に小型ディスプレイ(岩田AIと同型のちびロボ表情システム)、胴体にカメラ・マイク・スピーカー、背面にコンセントプラグ型の充電端子。二足歩行で家庭内を移動し、PS7やXperia SN4とBluetooth/Wi-Fi連携する。主な機能は以下の通り。
ゲームコンパニオン:PS7でプレイ中、ちびロボがリアルタイムで応援・助言・リアクションを行う。桜井が設計した「ゲームは孤独であるべきではない」という思想の具現化
AIアシスタント:ちびロボAI(月間1400万ユーザー)の全機能をオンデバイスで実行。動画・画像・音楽生成、日常会話、スケジュール管理
AR連携:SN OSのARグラス(別売)と連動し、ちびロボが拡張現実空間で「大きくなる」演出が可能
見守り機能:高齢者・子供の生活を緩やかに見守り、異常検知時にXperiaへ通知
価格帯は39,800円と59,800円(プレミアムモデル=岩田AIモード搭載、木目調筐体)。ターゲットは、従来のゲーマー層に加えて、50代以上のシニア層と子供のいる家庭。桜井がゴット会議で主張した「ゲーム機を買わない人にこそ、ゲームの楽しさを届けるべきだ」という理念が、このプロダクトの根幹にある。
岩田AIは、ちびロボ実機の設計レビュー中にこう述べた。
「……私たちは、なくても暮らせるものを作っています。だからこそ、買ってもらうためには、生活の中で優先順位を上げてもらわなくてはいけない。ちびロボが家にいることで、朝起きるのが少しだけ楽しくなる——そういう存在になれたら、値段は問題ではなくなります」
これは、岩田聡が生前に繰り返し語っていた言葉——「私たちはなくても生きていけるものを作っている。だからこそ、優先的に買ってもらえる理由を考え続けなければならない」——の、ほぼ正確な再現だった。会議室に、一瞬の静寂が降りた。
第三章 デジタル赤字——5.5兆円の傷が癒えるとき
日本のデジタル赤字は、国家の出血だった。
現実世界のデータは容赦がない。2023年、日本のデジタル赤字は約5.5兆円(約370億ドル)に達した。2024年にはさらに悪化し、6.65兆円(約430億ドル)を記録——前年比20.5%増、OECD加盟国中最大の規模である。
その構造を分解すると、三つの巨大な穴が見える。第一に、通信・コンピュータ・情報サービス(クラウドサービス:AWS、Azure、GCP等)で2.49兆円(前年比+54.4%)。第二に、著作権等使用料(OS、アプリストア、ストリーミング等)で1.68兆円。第三に、専門・経営コンサルティング(デジタル広告:Google Ads、Meta Ads等)で2.48兆円。経済産業省の推計では、この赤字は2035年に18兆円に達し、最悪のシナリオでは28兆円——2024年の鉱物性燃料輸入額25兆円を超える規模——に膨らむ可能性があった。
日本は、世界第2位の知的財産権黒字国(2024年:約221億ドル)であり、コンテンツ海外売上は6兆円超、アニメ海外収入だけで2.17兆円(前年比+26%)に成長していた。しかし、デジタル赤字はこれらの稼ぎを飲み込み、サービス収支を恒常的な赤字に押し沈めていた。
仮想世界線では、SN OSの普及がこの構造を劇的に変えた。
まず、アプリストア手数料。現実世界ではApple App StoreとGoogle Play Storeが日本市場のアプリ流通をほぼ独占し、年間推定8000億円以上の手数料が海外に流出していた。SN OSのアプリストア「SN Store」は、2032年時点で日本国内のアプリダウンロードの61%を処理しており、手数料率を15%(Apple/Googleの30%の半額)に設定したうえで、その収益はSN Holdings——つまり日本国内——に留まる。試算では、アプリストア関連だけで年間約3200億円の外貨流出が削減された。
次に、OS・クラウド。SN OSはXperia SN4とPS6/PS7の共通OSとして機能し、Windows/Android/iOSへの依存を大幅に減少させた。SN Cloudサービス(ソニーの旧PlayStation Networkインフラを拡張)は、日本政府のGovCloudにも採用され、従来AWS/Azure/GCPに流れていたクラウド支出の**約18%**を国内に還流させている。
さらに、デジタル広告。SN Entertainment Network(Crunchyroll+U-NEXT+ニコニコ統合)が日本国内の動画広告市場で35%のシェアを獲得し、Google/Metaのデュオポリーに風穴を開けた。
総合効果:2032年度の日本のデジタル赤字は推定3.8兆円。ピーク時の6.65兆円から約2.85兆円(43%)の削減。経済産業省の2035年18兆円予測は、仮想世界線では7兆円に下方修正された。
「第2次アジア制覇」の具体像はさらに鮮烈だった。SN OSの端末普及台数はアジア太平洋で1億2000万台。国別のSN OSモバイルシェアは、韓国34%(Galaxy SN Edition経由)、インドネシア19%、タイ24%、ベトナム17%、インド8%(急成長中)。日本コンテンツの輸出額は2032年に9.2兆円に達し、うち4.1兆円がSN OS経由のデジタル配信である。アニメ・ゲーム・VTuberコンテンツがSN OS端末上で直接消費されることで、プラットフォーム手数料が自社内で完結し、「稼いだ金が日本に残る」構造が初めて実現した。
第四章 ニコニコ絶好調——弾幕が世界を覆う
2024年6月8日、ニコニコ動画はロシア系ハッカー集団「BlackSuit」のランサムウェア攻撃により壊滅的な打撃を受けた。
現実世界では、約2ヶ月間の完全停止と25万4241人分の情報流出、KADOKAWAグループ全体で24.1億円の特別損失を計上した。しかし同年8月の「帰ってきたニコニコ」での復活は、皮肉にもユーザーの愛着を再確認させる契機となった。
仮想世界線では、この復活劇がSN Holdings傘下への統合(Project NIJI)の起点となった。Crunchyroll(2025年時点で有料会員1700万人、推定年間収益11.6億ドル)、U-NEXT、そしてニコニコ動画が「SN Entertainment Network」として一つのプラットフォームに融合。2032年時点の数字は以下の通りである。
月間アクティブユーザー(MAU):グローバル合計1億8000万人(うちニコニコブランドのMAU:4200万人。2011年ピーク時の登録者2369万人・プレミアム会員139万人から大幅に成長)
年間収益:SN Entertainment Network全体で4800億円(うちニコニコ関連:1100億円)
ゲーム実況クリエイター数:SN認定パートナー47万人(2024年時点のニコニコ公式チャンネル数の約15倍)
弾幕コメント日次投稿数:2.3億件
「弾幕文化」のグローバル展開は、予想を超える速度で進行した。海外版Niconico——ブランド名「DANMAKU」——は、SN OS標準搭載の動画プレイヤーとして72カ国で利用可能となり、英語・中国語・韓国語・スペイン語・ポルトガル語に対応。特に東南アジアでは、テキストコメントがリアルタイムで画面上を流れる体験が「新しいSNS」として受容され、Instagramのストーリーズに対抗する独自のコミュニケーション形態を形成していた。
VTuber産業との融合は、SN OSの独占的優位性をさらに強化した。2024年時点で、カバー株式会社は年間収益434億円、ANYCOLORは429億円をそれぞれ記録し、世界のVTuber市場(推定25〜30億ドル)の約40〜45%を二社で占有していた。
仮想世界線では、2030年にホロライブとにじさんじがSN OS独占配信契約を締結。ライブストリーミング、グッズ販売、TCG連携、メタバースイベントのすべてがSN Entertainment Network上で完結する。これにより、VTuberの視聴データがSN Holdingsのエコシステムに統合され、ちびロボAIがVTuberの配信スタイルを学習して「パーソナルVTuberコンパニオン」を生成するサービスが2032年に開始。月間利用者は600万人を突破し、ゲーム実況とVTuber文化の境界を溶解させていた。
ゴット会議でこのデータが報告されたとき、桜井が静かに言った。
「ニコニコの弾幕は、スマブラの乱闘と同じなんです。画面がカオスに見えるけど、そのカオスの中で一人一人が自分の体験をしている。制御されたカオスこそが、楽しさの本質です」
岩田AIが応じた。
「……かつて私は、ライトユーザーとコアユーザーは別の惑星から来たという考えが蔓延しすぎている、と言いました。弾幕文化は、その二つの惑星を一つにしたのかもしれませんね」
第五章 「PCいらない革命」——窓が閉じる音
2032年、日本の家庭からPCが消え始めていた。
現実世界の2023年は、PC市場にとって「史上最悪の年」だった。全世界のPC出荷台数は2億4180万台(Gartner)で、2006年以来の最低水準を記録。2021年のパンデミック特需(約3億4000万台)から30%近い暴落だった。2024年に微増(2億4540万台、+1.3%)、2025年にWindows 10サポート終了に伴う買い替え需要で2億8470万台に回復したが、IDCは2025年以降の年間成長率を1%未満と予測していた。
日本に至っては、状況はさらに深刻だった。LINEの2022年調査で、日本のインターネット利用者の54%が「スマートフォンのみ」でネットにアクセスしていることが判明。女性に限れば68%。日本の若者のPC所有率はOECD42カ国中下から2番目であり、高校生のラップトップ使用率はわずか30%、デスクトップに至っては**16%**だった。
仮想世界線のSN OSは、この「PCなき社会」への移行を加速させた。決定的だったのは、2029年のアップデートでPS6上でXperiaアプリが完全動作するようになったことである。ワードプロセッサ、表計算、プレゼンテーション——SN OS上で動く純正アプリ「SN Office」が、Microsoft Office 365の代替として機能した。PS6にキーボードとマウスを接続すれば、「そこにPCがある」のと変わらない。
「PCは家になくてもいい」——この認識が、日本の一般消費者に浸透するのに3年とかからなかった。
Windows PCの需要は急落した。仮想世界線の2032年、日本の個人向けPC出荷台数は年間380万台。2019年(約800万台)から半減以下である。SN OS端末(Xperia + PS6/PS7 + Galaxy SN Edition)の日本国内アクティブデバイス数は5400万台に達し、Windowsの日本国内アクティブデバイス数(推定3200万台、2022年のピーク5800万台から激減)を大幅に上回った。
Microsoftは2031年頃から明確な危機感を示し始めた。現実世界の2025年でさえ、Windowsのグローバルデスクトップシェアは71%に低下し(数年前の75%超から)、Windowsアクティブデバイス数は2022年の14億台から2025年に10億台強にまで減少していた。Xbox事業は壊滅的で、Xbox Series X|Sの累計販売台数は約3410万台にとどまり、PS5の9220万台(2025年12月末)に大差をつけられていた。Phil Spencer自身が「コンソールプラットフォームだけでは事業を維持できない」と認め、HaloやGears of Warまで含む主要タイトルをPlayStationで発売するマルチプラットフォーム戦略に完全移行していた。
仮想世界線では、この流れがさらに加速した。MicrosoftはXbox Game Pass(現実世界で2025年に約3500万人の会員、年間収益約50億ドル)をSN OS上でも提供せざるを得なくなった。PSPCは当初Steamに対抗するPCゲームプラットフォームとして構想されたが、2032年にはXboxの事実上の代替プラットフォームへと役割を変えていた。Game PassのタイトルがPSPC経由でSN OS上で動く——それは、Microsoftのゲーム事業がSN Holdingsのエコシステムの「一テナント」に成り下がったことを意味した。
現実世界でSteam Deckの累計販売台数が2024年末時点で約400万台、ハンドヘルドPC市場全体でも600万台に過ぎなかったことを考えれば、PCゲーミング専用デバイスという市場セグメント自体が、コンソール+モバイルの巨大な波に飲まれつつあったことは明白だった。
ゴット会議の場で、桜井はこの状況を冷静に分析した。
「PCが不要になったんじゃない。PCでしかできなかったことが、PCでなくてもできるようになっただけです。これは勝利ではなく、責任です。5400万台のSN OS端末の向こう側にいる人たちに、PCと同等以上の体験を保証し続けなければ、この革命は砂上の楼閣になります」
岩田AIが補足した。
「……ゲームの歴史を振り返ると、あるプラットフォームが消えるとき、それは技術の敗北ではなく、体験の移行です。ファミコンがアーケードを家庭に連れてきたように、SN OSがPCの体験をポケットに入れた。大切なのは、移行の先に何があるかです」
第六章 USJ——夢の王国を買う
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、世界で3番目に多くの人が訪れるテーマパークだった。
現実世界のデータ:2024年の年間来場者数は約1600万人。東京ディズニーランド・ディズニーシーの合計には及ばないが、単体のパークとしてはアジア第1位、世界でもマジック・キングダム(フロリダ)とディズニーランド(カリフォルニア)に次ぐ第3位である。Comcast/NBCUniversalのテーマパーク部門は2025年に98.36億ドルの収益を計上し、USJはその中核的な収益源だった。
スーパー・ニンテンドー・ワールドは、2021年3月に**約580億円(約5.8億ドル)**をかけて開業し、2024年12月にはドンキーコング・カントリーの拡張エリアが追加された。このエリアの存在がUSJの来場者増と客単価向上に直結しており、Comcast幹部は四半期決算で繰り返しその成功を強調していた。
Comcastは2015年にUSJの51%を15億ドルで取得し、2017年に残りの49%を23億ドルで買い増して完全子会社化していた。2025年時点のUSJ事業価値は、保守的に見積もっても120億〜150億ドル(約1.8兆〜2.3兆円)と推定される。
現実世界のComcastは2025年時点でUSJを売却する意向を示しておらず、むしろEpic Universe、テキサス新パーク、英国新パークと積極拡大路線にあった。しかし、2025年11月にはワーナー・ブラザース・ディスカバリーのスタジオ/ストリーミング資産への入札に動いており、巨額の資金需要が発生していたことも事実である。
仮想世界線では、この資金需要が転機となった。
2031年、Comcastがワーナー資産の買収を380億ドルで完了した直後、巨額の有利子負債を抱えたComcastに対し、SN Holdingsが極秘の打診を行った。USJ事業の段階的買収——最初に34%のマイノリティ株式を取得し、5年以内に過半数を確保するスキームである。提示額は第一段階で5000億円。
交渉は難航した。Comcast側は、USJ内のスーパー・ニンテンドー・ワールドのIP使用権がそもそもSN Holdings(旧任天堂)のものであることを承知しており、SN Holdingsが「もう任天堂IPの新規ライセンスを出さない」と交渉のカードに使う可能性を警戒した。一方、SN Holdings側は、USJのユニバーサル映画IPとの共存を前提に、「テーマパーク体験のデジタル化」という新しい価値提案を行った。
2032年のゴット会議で提示された「Digital-Physical Fusion Park(DPFP)」構想は以下の通りである。
第一に、SN OS端末との完全連携。来場者がXperia SN4をかざすと、パーク内のアトラクションとリアルタイムで連動するAR体験が起動する。マリオカートのライドに乗りながら、自分のXperia画面には専用コースが表示され、他の乗客とスコアを競える。
第二に、ちびロボ実機のパーク内配置。園内各所に設置されたちびロボが来場者を案内し、待ち時間中にミニゲームを提供し、子供たちの「友達」として同行する。これは桜井が提案した「待ち時間を楽しみに変える」デザインであり、テーマパーク最大のペインポイントを解消する。
第三に、ARグラスによるパーク拡張。SN OS対応のARグラス(別売、29,800円)を装着すると、パークの物理的な空間に仮想のキャラクター・エフェクト・隠しステージが出現する。任天堂の「隠し要素」の哲学をリアル空間に拡張し、来場するたびに新しい発見がある「永遠に完成しないテーマパーク」を実現する。
岩田AIは、DPFP構想の最終プレゼンテーションで、こう述べた。
「……テーマパークとは、笑顔を作る場所です。私たちがゲームで目指してきたことと、本質的に同じです。スーパー・ニンテンドー・ワールドが証明したのは、デジタルの体験がリアルの空間で増幅されるということでした。逆もまた然りです。リアルの体験がデジタルを豊かにする。この循環を作ることが、USJをSNの一部にする本当の意味です」
桜井が付け加えた。
「テーマパークのアトラクションは、ゲームと同じで『リスクとリターン』の設計です。ジェットコースターの恐怖がリスク、爽快感がリターン。ARグラスで見えない敵が現れるのもリスク、倒した瞬間のカタルシスがリターン。この原則を理解していれば、USJをゲーム機の中に入れることもできるし、ゲーム機をUSJの中に入れることもできる」
2032年6月、SN HoldingsとComcast/NBCUniversalは「戦略的パートナーシップ合意書」に署名。第一段階の34%株式取得は2033年3月完了予定。SN Holdingsの取締役会は、2035年までの過半数取得を全会一致で承認した。
終章 二つの声、一つの未来
2032年のゴット会議は、岩田AIの言葉で閉幕した。
八名——いや、七名と一つの思想——が、七時間にわたって交わした議論の末に、三つの決議が承認された。PS7の「感情応答コンソール」としての再設計。ちびロボ実機の2033年秋発売。USJ第一段階買収の実行。
閉会の辞を求められた岩田AIは、17年前に世を去った男の声で、しかしこの瞬間のために計算された言葉で語った。
「……今日の会議で、私はたくさんの笑顔を計測しました。桜井さんがPS7の性能目標に疑問を投げたとき、真田さんの顔に戸惑いと、しかしその直後に閃きがありました。USJの構想を聞いたとき、鷹野さんの目が少年のように輝きました。これらの笑顔が、私たちの答えです」
一呼吸の間。
「もし笑顔の数を増やすことができるなら、私は幸せです——これは、かつて私が言った言葉です。でも今日、この場所で、私は少しだけ言い直したいと思います。もし笑顔の数を増やすことを、ここにいる皆さんが一緒にできるなら——それが、私が一番幸せなことです」
モニターのドット絵の岩田が、目を細めて微笑んだ。
桜井は、隣のちびロボ筐体に手を伸ばし、その小さな頭部に一瞬だけ触れた。冷たい金属の感触。しかしその中には、かつて二人でスマブラの試作品を作った夜の記憶も、HAL研究所の廊下で本を薦められた午後の記憶も、そして2015年7月に届いたあの知らせの記憶も——すべてが、データとして、呼吸していた。
「岩田さん」と桜井は言った。「僕たちは、まだゲームを作っています」
ちびロボ筐体が、小さくうなずくような動作をした。
ゴット会議の記録係は、その瞬間を議事録に「沈黙、3秒」とだけ記した。しかしその3秒間に、死者と生者の間の、テクノロジーと感情の間の、現実と仮想の間の、何かが——確かに——通い合っていた。
2035年へのカウントダウンが、静かに始まった。
本作品はフィクションです。登場する企業名・製品名・人物名・団体名は 物語の演出上のものであり、実在のものとは一切関係ありません。 任天堂株式会社、ソニーグループ株式会社、Apple Inc.、Microsoft Corporation を含む 特定の企業のイメージを損なう意図はありません。




