第三話『分類』
意識が戻る直前、自分の名前すら思い出せなかった。
金属の振動音。
規則的な心拍モニターの電子音。
冷たい空調の風。
──目を開ける。
天井は白かった。 無機質な、病院のような白。
だが消毒液だけではなく──血の匂いがする。
鼻に刺さる、薬品と鉄の匂い。
視界の端、銀色の機械が脈動している。
そこには《DEVIL感染検査》と表示された画面。
「血中デヴィル値………不明?
まただわ…立て続けに判別不明者なんて、そんなことある?これ壊れてんじゃないかしら。」
拘束具が腕に食い込んでいる。
まだ縛られているのか。
扉が、カツン、と音を立てて開いた。
「あら、起きた? おはよ、人間くん」
中年ぐらいの大男が口を開いた。
白いコート、マスク、無駄に軽い女っぽい口調。
腕には《MOR-Ga》と刻まれた識別コードが書いてあった。
「君、名前は?」
「…………蓮。」
「へぇ、レンくんね。いい名前じゃない、短くて呼びやすい。
じゃ、これで今日から君は《要観察保護対象レンくん》──っと」
……その軽さが、逆に不気味だった。
「あ、伝えておくけど、ここは病院じゃないわよ?
うちは治すとこじゃなくて──「分類」するところなの。」
背筋が、やっとそこで冷たくなる。あれは夢ではなかった。
確かに俺の父さんと母さんは殺された。悪魔に。
実感がわかない。何も感じない。なぜだろう。とてつもなく虚しい。
「“人間”か、“悪魔(Devil)”か。それとも──“その間”か──って聞いてる?もしもーし?
んもう、いい男が台無しな顔してるわよ。」
その言葉を合図に、扉の向こうから別の足音が近づいてくる。
──重く、規律的な足取り。
「観測官モルガ、こいつは専門部署へ移送する。」
低く、よく通る声だった。
あの時に見たカラスの男にそっくりな恰好をしている。
黒い軍服のような制服。
胸には、王冠の刻印《CROWN》が光っている。
「対象レン──血中DEVIL値、不確定。
……“判別不明”という記録は、非常によろしくないな」
視線が刺さる。
黒い手袋の指が、俺の頬を軽く持ち上げた。
優しくも見えるのに、“診断する機械のような目”だった。
「怖くないのか、少年」
……怖い?
「怖い……かもしれません……。」
感情が、うまく浮かばない。
それが自分でも おかしいのだと思う。
どうかしてしまったんだろう。きっと。あの夜に。
「──いいだろう」
低く呟いて、CROWNは俺を下ろした。
「“人間”として扱ってやる。
……その判断を後悔させるなよ」
それは 慈悲ではなく、“猶予” という響きだった。
ああ、この人間は────正義に狂っている。
一言ひとことの重みが違う。自分が正しいと信じて疑わない人間だ。
できるだけ関わり合いたくないな。
そう思った瞬間、
俺の腕につけられた拘束具が“解除されないまま”次の部屋へ運ばれていった。




