第一話 『保護』
ーー夜だった。
雨は降っていないのに、地面は濡れていた。
転がった電柱の影に、黒い水たまり。
それが雨ではなく血だと気づくのに、時間はかからなかった。
父の手が、こちらに向かって伸びたまま固まっている。
もう動かないのに、指だけが何かを掴もうと震えていた。
「……」
声は出なかった。出そうとも思わなかった。
代わりに、鼓動がひどく静かだと感じた。
そのときーー“それ”がいた。
人間のような形。
人間のような顔。
なのに、目だけが異様に静かだった。
笑っているようにも、泣いているようにも見えない目。
──悪魔《Devil》。
《悪魔注意!即座に離れ、通報せよ!》
昼間に見たポスターの文言が、頭の中に勝手に貼りついた。
「....逃げるべきか....。」
足を2歩後ろに下げる。とりあえず逃げよう。生きるために。
瞬間。
そいつの頭が、弾け飛んだ。
黒い防弾コート。
カラスのような無機質なマスク。
そこに刻印された文字。
《L.A.B.》
「対象Devil、排除完了──ひとり、生存を確認。判別不能。」
無線の音が響く。
その言葉で、初めて自分の存在が思い出された。
彼らは俺を見ていた。
悪魔を殺したあとでも、銃を下ろさないまま。
「君は、"どっち"かなぁ?」
暗がりとマスクで顔は見えないが、高身長の威圧感のある男が口を開いた。
「君、人間?それとも悪魔?........なんて馬鹿正直に言わないか。
このままだと君殺さなきゃいけないかもなんだけど、遺言ある?」
なにを言っているんだ。この男は。人間と悪魔の区別もつかないのか?
どう見たって俺は人間だ。
「俺は……人間だ。」
そう伝えると男は銃を下した。
「そう。人間なんだ。
ん~でもね~最近の悪魔は知能をつけてるからね、念の為拘束させてね。ね?」
男は言葉を口にしながらロープで俺を拘束し始めた。
「んじゃ、おやすみ。」
そういいながら俺は何かを打たれた。
目を閉じると父親の伸ばした手の震えだけが残像のように浮かんだ。
そうだ。悪夢であってほしい。こんな夜はなかったことになっていればいい。




