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2歳児シリーズ

無償の愛だの、真実の愛だの、そんなものファンタジーにでも食わせておけ〜暴君は公爵家の赤ちゃんに転生しました〜

作者: 二角ゆう

 ディオニュシオはしがないの小領主だった。この男、このままひっそりと人生を終える気はない。内なる計画を実行するために着々と準備を進めていたのだ。


 やせ細った土地には実りも少なく領民は疲れ切っていく。


 男は準備が出来ると王都へと赴いた。自分の納める小領地の隣に位置するカタルト領は急速に発展している領地だった。


 そのカタルト領主が自分の領を攻めて領民を奪っていく計略を知り、なんとか領地を守りたいと嘘をつき、懇願した。


 すると王都から支援された1000名の兵士と共に5日でカタルトを陥落。


 そのまま、隣の領地へ攻め込んだ。


 そのディオニュシオのやり方は残酷極まりなく、他の領主が戦略を立てる前に数日のうちに兵士だけではなく領民もなぶり屠っていく。


 ある保守的な領地には石造りで頑丈な城を持っていた。


 ぼろぼろの衣服を着たディオニュシオが自分一人だけで良いので、城へと泊めて欲しいとやって来た。


 そこの領主もディオニュシオの噂を聞いていたので、警戒した。


 だが、どう見ても単身であるし、鎧も剣も持っていない。


 一晩だけなら護衛を10人ほどつければ、身の安全も確保できると算段し了承し城の中へと引き入れた。


 それがその領主にとって最大の失敗だとは知らずに⋯⋯。


 食事の際に顔を合わせた領主の娘。


 ディオニュシオは太い眉毛に高い鼻。あごはがっしりとしていて服から盛り上がる筋肉には男臭さを感じる。


 領主の娘は敵だと知りながらも、食事中にディオニュシオへ少し熱い視線を向けた。赤い口紅を塗り、胸元が大きく開いた服を着ている。嫌でもその豊満な胸元は視界に入る。


 娘で機嫌を取ろうなど、気分が悪い。


 食事が終わる直前にディオニュシオは周りのものに皿を頭から叩きつけて攻撃すると、領主の娘を攫う。


 そこへ呪いの儀式を始めた。


 黒紫色の光を放つ大きな魔法陣。


 そこへ寝かせられた領主の娘。


 ディオニュシオは領主に命じる。


「この娘は10日後に呪いで死ぬ。止めたくば、外にいる俺の兵と共に王都を陥落しろ。俺についてこい」


 その領主は娘の命を大事に思い、震えながら周りの兵士と共に城を出た。


 この頃には周りから血の将軍だの、赤い悪魔、残酷な死神⋯⋯こっそりと裏では俺をそう呼ぶようになった。


 俺は気にしていなかった。ただ自分の目的のために前へと進む。


 俺の手に入らないものなど無い。


 王の胸元に剣を突き刺した。血しぶきを上げながら地面へと崩れ落ちる王。


 俺は返り血を浴びながら、それを光のない眼で見ていた。


 そのままそれを見ながらワインを一口。血のように深い赤色をしたその液体には何の味も感じない。


 その夜、俺はベッドの上で激しい苦しみを味わったのだった。


 城でかけた娘の呪い返し。

 誰かがあの娘の呪いを解いたのか⋯⋯。


 それに1番近くにいたはずの主治医からの毒。

 俺のそばには誰もいなかった⋯⋯。


 君主に降臨して数時間後、ディオニュシオは呪い返しと毒に侵されて苦しみながら月も出ない暗闇の中で意識が遠のいた――。


 ■


 苦しみに意識を失ったはずだったが、目を瞑っていても辺りに明るさを感じる。


 なんだ⋯⋯眩しい⋯⋯俺は死んでいなかったのか?


 俺はゆっくりと目を開ける。すると不躾に侍女のようなメイド服の女が俺の顔を覗き込んでいた。


「あっ起きた」


 お前、俺を誰だと思っているんだ。斬り殺してやる!


 そう騒いでいるが、近くであぶあぶと赤子の声がする。


 すると視界が開けた。


「ディオ様、起きましたか?」


 その女は親しげに俺に声をかけてくる。


「⋯⋯あ⋯⋯ぶぅ⋯ぶぅ」

(女、気安く俺の名を呼ぶな)


 ん? 赤子の声が俺からするぞ。


 と言うか俺、この女に抱き上げられている?


 俺は80キロは優に超えるはずだ。それを軽々と持ち上げるなんてどんな怪力女なんだ。俺と勝負しろ。寝技で絞め落としてやる。


 俺は手足を動かしてその女の手から離れようとする。


「あらあらディオ様、元気でしゅね」

「あぶぅ⋯⋯あーぅーぶぅぶー」

(お前、なんて喋り方をしているんだ。すぐに絞め落としてやるからな)


 あれ、俺もなんて喋り方をしているんだ。

 あぶあぶで伝わるわけないじゃないか。⋯⋯ってあぶあぶ?


「あっ⋯⋯ぶぅーぅーあー」

(あれっ俺赤ちゃん語喋ってないか)


 俺、2ヶ国語も話せたっけな?

 じゃなかった。俺、赤ちゃん?


「今日はお喋りが上手ですね。ディオ様、もしかして何かを伝えているんですか?」

「ぶっぶぅー⋯⋯あぶ⋯⋯あぶぶぅ?」

(そこの女、赤ちゃん語が分かるのか?)


 侍女は俺を見てにこにこと笑顔を向けている。


「あっ分かったわ。大丈夫ですよー、すぐにおむつ替えますからねー」

「あぶ?」


 まずい、それ以前の問題だった。

 おむつだと?

 俺は尿意にも勝てない軟弱者になったのか。


 それよりそんな問題ではない。この女、俺に履かせられているおむつを剥ぎ取ろうとしているだと、ふざけるんじゃない。


「あっぶぶぶぅぅぅ」

(俺が痛い目を合わせてやるぞ)


 俺は必死に手足を動かして暴れている。侍女はそれに合わせて俺の手を掴んだり足を掴んだり忙しい様子。


「ディオ様、すぐに終わりますからね。気持ち悪いのはすぐになくなりますよ」

「ぶぶぶふぅぅぅ! あ⋯⋯」

(やっやめろー! あ⋯⋯)


 俺は抵抗に力を入れるあまりおむつを取った瞬間に開放感と共に俺の体内から出ていく透明な液体は空中に弧を描いていく。


「きゃっ⋯⋯」


 侍女は思わず手で顔を隠す。すると俺の体内から出たものが侍女の手にかかった。


 俺はあまりのことに固まった。なんてことをしてしまったのだろう。俺は健常者だ。決してそのようなもので興奮を覚える男ではない。


 なんというか、その⋯⋯。


 侍女は手にかかったものを見ると、パタパタと洗面所へと走っていった。


 あぁ、行ってしまった⋯⋯すまない⋯⋯わざとじゃなかったんだ。女⋯⋯戻ってきてくれ⋯⋯。


 俺は下半身には何もかかっていないことも気にならないほど、先程の粗相をしてしまった自分自身に衝撃を受けていた。


「あぶぅ⋯⋯ぅぁ⋯⋯」

(すまん⋯⋯女⋯⋯)


 侍女はすぐに何枚かのふわふわのタオルを抱えて戻ってきた。そして俺と目が合うと満面の笑みを返してくれる。


「ディオ様、冷たいですか? タオルを敷いてすぐに替えてしまいますよ」

「あぶぅ⋯⋯」

(すまん⋯⋯)


 俺は頭を撫でられた後、抱かれたと思ったらすぐにふわふわのタオルの上に下ろされた。


 見事な手つきでおむつを替えていく。


 なんて無駄のない動きなんだ。この女が剣を習えばそこら辺の男より強くなるかもしれない。いや、指先が器用だから弓の方が向いているか?


 気がつくとおむつを履かされ新しい洋服に着替えさせられた。


 血にまみれていた俺は純真無垢のような白いロンパースを着せられている。そして天使のコスチュームなのか頭にレースがついたおばあちゃん帽子をかぶせられた。


 俺のすべてを受け入れてくれる女に心を奪われた。そしてあまつさえ夜に女と肌を重ねる時にしか見せない下半身を真っ昼間から見せた女とは絶対に特別な関係になる必要があると考えた。


「ぶぅ⋯⋯あぶぁぶぅ⋯⋯」

(女、俺の女になれ)

「はい、ディオ様」


 まさか通じ合った。

 今、はっきりと“はい、ディオ様”と言った。


 女⋯⋯二言はないぞ!


 俺は嬉しくなって女を見る。女と目が合う。すると頬にキスをされた。


「ディオ様は可愛らしいですね」

「ぶぅぶ⋯⋯ぅあぅあーあーあぶ⋯⋯」

(女、そんな可愛い態度は俺だけにしろよ)


 侍女の積極的な態度に気を良くした。


 俺はその後も侍女と楽しい時間を過ごした。それと共にとても感心していた。


 こんな昼間の明るい時間から女と肌を重ねている。


 俺の手の平を自分の頬へくっつけたり、胸元へと抱き寄せてくれたりする。


 こんな肌の重ね方があったのか。こんな温かで心が満たされる重ね方があったなんて⋯⋯。


 ――――――


 前世での俺の家庭環境は冷え切って最悪だった。

 父は節操の無い人間で小領主だったが、領民にもここを通る人にも好みの容姿をしている女が通れば家に連れ帰った。


 俺の母の出自は知らない。


 一夜にして出来た俺と母は家から放り出された。母も俺を堕ろせなくて仕方なく産んだといった感じで村の端っこにある小屋なのか家なのか分からないくらいところに住んでいた。


 今日も知らない男と母は寝ている。俺は布1枚で土の地面に寝ていた。


 いつもだらしなく胸の大きく開いた服を着る母。便宜上母と呼ぶが世話をしてもらった記憶など無い。


「そろそろあいつに会っておいで」


 母はお金が無くなるとそう言っては父に金をせびりに行けと言うのだ。


 そうは言っても、父は俺が来ても門前払いをする。仕方なく家へと押し入って食べ物と金品を奪っていくしか無い。


 血の繋がった人間だってこんなものだ。


 俺は抱えたパンの1つに齧り付いた。こっそり食べてから残りを家へと持ち帰る。


 いつものように母は笑顔を貼り付けて俺の腕の中の物をすべて奪っていく。


 母が笑顔を見せるのはいつもこの時だけ。


 血が繋がっていてもこの程度な付き合いだ。


 だから女なぞお金を払うものだ。お金を払えば俺の満足するように肌を重ねてくれる。その媚びた姿さえも可愛く感じるのだ。


 何も払わないで、無償の愛を受けるなんてあり得ない。無償の愛だの、真実の愛だの、そんなものファンタジーにでも食わせておけ。


 ――――――


 それなのに俺がずっと抱いていた当たり前をこの女は簡単に崩していく。


 この女は⋯⋯あぁ、お前の肌は気持ちいいな。


 俺は侍女の胸元に顔を付けた。


「――!? ふふっ」


 侍女は驚いて俺を見たが、抱き返しただけだった。俺は疲れて寝てしまった。


 女の腕の中で寝たのなぞ人生で初めてだった。


 ■


 俺は10歳になった。薄茶色に灰色の瞳。身長は平均くらいには伸びている。見た目は女性に人気だと言う父の顔を引き継いでいる。


 10年前、あの日の出会いは奇跡だった。

 たまたま彼女の母親が体調を崩して代わりにやって来たのだった。


 出会った時、ダフネは16歳だった。

 茶色の長い髪が艶々で綺麗だしその透明感のある水色の瞳は美しい。俺の将来の嫁。


 はん、16歳差なんて誤差の範囲だ。彼女の素晴らしさからすれば皺の1本も100本も誤差の範囲。


 俺はダフネの母・マーヤと言う最強の師匠から手ほどきを受けていた。


 “気になる女性が出来たら、親切にするんですよ。レディが座る時は椅子を引いて上げたり、扉を開けてあげたり⋯⋯”


 俺がダフネに早速試してみると、皆は笑っていた。


 “侍女にする必要はありませんよ”


 何を言っているんだ、俺が優しくしたいのはダフネだ。俺はダフネの目に1秒でも長く留まって、笑顔を見せてほしい。


 “他にですか⋯⋯レディをデートに誘ってみてはいかがですか?”


 俺は早速ダフネをデートに誘う。


「ダフネ、デートしないか?」


 俺なりに緊張していた。どの領主を斬り捨てる時でもこんなに緊張はしなかった。

 ダフネを見ながら、胸がうるさくなっている。


「ふふっ良いですよ」


 えっ本当に? 


「ちょうどお買い物が必要だったんです」


 俺は宙に足が浮いているような浮かれっぷりでダフネと出掛けた。


 “レディはお買い物が大好きです。心ゆくまで付き合うまであげるといいと思います”


 俺はマーヤの言葉を心に刻んでいた。


 まず訪れたのは、布屋。

 ふむ、何かを作るのだな。


 ダフネは買うものを決めていたのかすぐにシーツを注文していく。


 ダフネはそんなに布が好きだったのか⋯⋯。それにしても白ばっかりだな。


 今度は黒も注文する。

 そんなの俺が買ってやるのに。


 俺はダフネの前に来ると店主にダフネの注文の5倍の量を告げた。


 ダフネ、そんな変な物を見る目をするんじゃない。


 俺はダフネの好きなものに布も追加する。


 次は八百屋。

 今度は店に入ると間髪入れずにじゃがいもを注文する。


 これも5倍の量だ。


 さすがにダフネは驚いている。


「ダフネはじゃがいもがそんなに好きなんだな」

「ディオ様⋯⋯これは侍女のお使いですので⋯⋯」


 なにっ、それを早く言ってくれ。変だと思った。ダフネがそんなにじゃがいもを頬張るところを見たことがなかったから。


「ダフネ、デートじゃなかったのか?」

「ディオ様、侍女とデートはしませんよ」


 最近のダフネには話が通じない。ダフネとデートをすることの何がいけないんだ。


 俺は口を尖らせる。ダフネは少し困ったように笑ってみせる。


「駄目だ、今からデートだ。ネックレスはどうだ?」

「ディオ様、ですから――」


 俺の喉は急に渇き始める。


「頼む⋯⋯」


 頼むなんて言葉が俺から出るとは思わなかった。それはダフネに伝わると良いなという一握の希望だった。


「⋯⋯分かりました。ディオ様のお好きなものをお選び下さい」

「駄目だ、駄目だ。ダフネの好きなものを買うんだ」


 俺は首を横に何度も振りながら、子どものように駄々をこね始める。いや、俺は子どもか。そうじゃない。俺はダフネに頬を赤らめて喜んで欲しいのだ。


「そんなの男の人からもらったことはありませんから」


 ダフネは少し照れている。

 当たり前だ。俺以外からそんなものをもらうんじゃない。

 照れるところは違ったが、可愛いからいいか。


 俺とダフネは押し問答をしながらなんとか小さなルビーのネックレスを買わせてくれた。


 その時、ダフネが少し微笑みながらそのルビーのネックレスを眺めているのを見て、悲しいわけじゃないのに胸にぐっとこみ上げる何かを感じた。


 ダフネといるといつも新しい発見がある。


 その日以降もダフネとの日常は変わらずやってくる。


 俺はちらりと顔を上げると、ダフネの姿が見える。机を拭いているようだ。


 ダフネには“俺の将来の嫁”と伝えているが、全く本気にしてくれない。

 俺は順風満帆だと思っていたのにそうではないのか?


 それにしても、今日のダフネは様子がおかしい。

 初級の間違い探しくらい分かりやすい。

 いっそ、その心の中も分かりやすかったら良かったのに、と思う。


 俺との話に愛想笑いをして、俺に「売れ残った侍女ってどう思いますか?」と聞いてきた。


「売れ残った侍女なぞ、可哀想だな」と伝える。だってダフネは俺にとって最高の侍女であり、嫁であり、人生のパートナーだから売れ残っている侍女は可哀想だと思った。


 それを聞いてダフネは乾いた笑いを返してくる。


「はは、ディオ様らしいですね。ディオ様はどんな女の人だったら結婚してもいいと思いますか?」

「そんなの最高の女以外いらない。美しくて、慈悲に溢れた女神のような存在の女以外は結婚する気はない」


 俺はダフネに胸を張って伝える。


 どうだ、これで通じたか?


「はは、男の人は欲張りですね」


 俺はこの時ちゃんとダフネの話を聞いていれば良かったんだ。この時に戻れるなら俺をぶん殴りたい。


 ダフネは仕事が終わると部屋を出る際に俺に何かを伝えたいのかもじもじと煮え切らない態度をしている。


 俺は首を傾げてダフネの言葉を待った。


 少しするとダフネは胸を張って、「⋯⋯明日、お休みをいただきますね」と言った。


 緊張しているのか、ダフネは胸で呼吸をしている。その様子にいつもと違う違和感がして、俺は「分かった」と返事をするしかなかった。


 ■


 次の日、ダフネの母・マーヤがやって来た。久しぶりに会ったマーヤは皺を刻んでいたが、ダフネのように慈悲深い柔らかな表情に親近感を持つ。


 俺はダフネとの話ばかりする。ダフネは聞き上手だから俺が勉強したことを褒めながら聞いてくるのだ。


 俺は負けじとダフネの好きなことを聞く。ダフネはデザートが好きだから、俺は甘いものが得意じゃないがとにかく呪文のような名前のデザートをシェフに作らせる。


 それに出掛けるのも好きなようで湖を見に行ったり、街に出掛けたりする。


 ダフネはいつも嬉しそうにしてくれるが、俺を男としては見ていないのかもしれない。


「なぁマーヤ、ダフネはいつ俺のことを男として見てくれるのだろうか」


 マーヤは目を見開いてこちらを見ている。珍しく言い淀んでいるようで、ぎこちなくなる。


「ダフネがディオ様を男として見ることはありませんよ。だってディオ様は公爵家の跡継ぎであの子は男爵家の娘ですから」

「家門がそんなに大事なのか?」

「貴族ですから、当たり前ですよ。ディオ様にもそのうち運命の人が現れますよ。ダフネだって今日はお見合いに行ったのですから」


 お見合いだって?

 ダフネは俺と結婚するに決まっている。

 俺はすべてを手に入れる男だぞ。


 俺は部屋を飛び出した。


 俺は久しぶりに前世の時のような冷たい目で公爵に会いに行く。


 すると嬉しそうに家族写真の入った写真立てを柔らかい布で拭いて鼻歌を歌っていた。


 ものすごい形相でやって来た俺を見て、公爵は固まった。それでも俺はずんずんと勇ましく歩いて公爵に近づく。


「父上、俺はダフネに求婚する。それが認められないなら破門にするか俺から殴られるか選んで下さい」

「ディオ、そんなに怖い顔を見せないで⋯⋯それにどっちも嫌だ⋯⋯。ダフネとの結婚許可する」


 父上は涙目で俺を見ると、「ダフネ、早く帰ってきて」と消え入りそうな声で呟いた。


 俺は部屋を飛び出した。


 マーヤに聞くとダフネのお相手はバルモンテ侯爵家の3男・マクベイ。


 俺はお見合いをしているバルモンテ侯爵家の屋敷へと踏み込んだ。


 庭でお茶をしながら話していると聞いて庭の方へと歩いていく。


 2人の姿が見えた。

 そして2人は談笑していた。


 なんてことだ。

 ダフネが可愛らしく笑っている。

 俺のダフネとなんていかがわしいことを⋯⋯。

 その目を抉り取ってやる⋯⋯。


 俺は2人のいるテーブルまでやって来た。


 ダフネは目を丸くしている。マクベイは探るように俺を見ている。


「俺はローランス公爵家のディオニュシオ。ダフネをかけて決闘を申し込む!」

「ディオ様⋯⋯?」


 周りの従者はざわざわと話し始める。

「今、公爵家って言った?」

「ローランスってあのローランス?」とそこかしこから聞こえる。


 目の前のマクベイは王立第5騎士団長だ。

 決闘なら絶対に乗ってくるはずだ。


 俺はマクベイに見せる。


「マクベイ殿、こちらからの決闘だ。公爵家からの圧力はないよう誓約書を持ってきた。もちろん一番最後には俺のサインがしてある」

「⋯⋯⋯⋯それでは仕方ありませんね。その決闘を受けます。彼には一番良い剣を」


 マクベイは従者にそう告げると立ち上がった。


 身長は185センチはありそうだ。鍛え上げられた体躯は無駄なところが無い。


 それに比べて俺は150センチの10歳の子ども。子どもにしては筋肉はついているかもしてないが、マクベイと比べれば、かいわれ大根だ。


 それでも負けられない闘いだと意気込む。


 屋敷の練習用広間へと移動する。


「ディオ様⋯⋯おやめ下さい⋯⋯私は一介の侍女です⋯⋯」


 消え入りそうな声でダフネは言った。俺は振り返りよく通る声でダフネに伝える。


「一介の侍女なものか。俺にとっては唯一の存在。この決闘に勝ったら、ダフネに求婚をする!」


 それを聞いた周りの侍女は色めき立った。

 そうしている間に広間に着く。


 そのまま俺とマクベイは広間の中央まで移動した。

 従者が剣を持ってくると、2人は早速構える。


 俺は忘れかけていた前世を思い出す。不思議と前よりも力がみなぎってくる。


 剣は身体に馴染んで、慣れた構えをする。


「へぇ、ディオニュシオ様は剣に慣れているんですね」

「そちらも構えに隙がないな」


 俺が踏み込むと、マクベイもそれに合わせて動き始める。


 剣を横へ弧を描く。


 カキン


 斜めに剣を振り落とす。そこからの返し。


 カキン、カキンッ


 マクベイの構えは練達した動きそのものだった。俺の動きに合わせて間合いを考え、次の一手を瞬時に考えてくる。


 シュッ

 と、マクベイの一撃。


 俺は自分の剣を当てて軌道を変える。


 そのままマクベイは一歩踏み込むと猛攻撃をする。俺の剣に当たるその衝撃は鉄球でも当たっているかと思うくらい重たい。


 力比べは駄目だ。隙をついて攻撃しなければ⋯⋯考える時間がない⋯⋯。


 マクベイの剣が流れた瞬間に、最後の一撃を決めることにした。


 俺が踏み込んで上から斬り掛かった瞬間、マクベイは仰け反りながら俺の攻撃を受けた。


 勝てる!


 俺は体重を乗せて力いっぱいその剣を上から押す。


 するとマクベイは反った背を戻したどころか、そのまま俺の剣を押しながら薙ぎ払った。


 この間3秒ほどの出来事。


 俺の剣は宙を舞って地面に虚しい音を立てながら2度跳ねて、そのまま横たわった。


 そして俺の剣を薙ぎ払ったマクベイの剣先は俺の喉元に向けられた。駄目だと思っていた力比べに持ち込んでしまった。これは完全に俺の負けだった。


 もはや俺はここまでかと諦めて目を閉じた。


「勝者の条件だ。俺の首を刎ねてくれ」


「⋯⋯」


 んっ? 何も起こらないぞ?


 俺は薄目を開けて見るとマクベイが剣をしまうところだった。俺はマクベイに近づくとそのまま腕を掴んだ。


「マクベイ殿、早く首をお刎ね下さい。決闘とはそういうものです」

「ディオニュシオ様、素晴らしい動きでした。あなたが私と同じ歳でしたら勝てなかったかもしれません。あなたの剣さばきに10歳ながらも圧倒的な技術を見せられ、背中がぞっとしました。もし私が勝者だと言うなら、身分差を超えた友人になって下さい」


 マクベイはチャーミングな顔で握手を求めてきた。この男⋯⋯俺の次にやるな。俺はこの先どんな事があろうとこと男の味方になろうと決意して、固い握手を返した。


「そうそう、それから私はダフネ嬢をお慕いしておりません」

「なに? こんな美しくて、慈悲に溢れた女神のような存在の女を好きにならないのか?」


 あっ敵を増やしてどうする。

 ダフネは絶対に俺のものだ⋯⋯。


 そうだ、マーヤ師匠からの言葉を忘れていた。


 “これは大事なことなので、よくお聞き下さい。あなたは権力を持ち選ぶ側の人間です。しかしあなたが想いを寄せる方が出来たら、ちゃんとその方に選ばせて下さい。女性はものではありません。愛とは相思相愛なものです”


 俺は気まずそうにダフネに近づいた。


「ダフネ⋯⋯その俺はダフネのことが好きだ。俺とずっと一緒にいてほしい⋯⋯。だが、これは命令じゃない。⋯⋯その、ダフネは俺のことをどう思う?」


 俺はそう言ったそばから心臓が痛いほど鳴り始めた。


 俺の人生で手に入らなかったものはなかった。数時間と言っても君主にまで上り詰めたし、欲しいものを意のままにしてきた。


 それなのに⋯⋯一番欲しいものだけ手に入らない⋯⋯。


「⋯⋯」


 ダフネの口は開かない。


 ダフネ、頼むから俺と一緒にいてくれ。


 これから身長が伸びてダフネを追い越したら、ダフネの好きなラブロマンスに出てくるようなお姫様抱っこだって、湖の上のボート乗りだって何だってやりたい。


「⋯⋯⋯⋯」


 ダフネの口は開かない。


 俺はダフネといる人生がいいんだ。そのためならこの国を滅ぼしてでも⋯⋯あぁ、それはいけない。暴力はいけませんよって前にダフネに言われたんだった。


 ダフネを見ると、眉間に皺を寄せている。


 あぁ、そんな悲しそうな顔をしないで⋯⋯何が足りないんだ。俺頑張るから。駄目なところは出来るだけ変えるし、変えられないところも出来るだけ頑張るから⋯⋯ダフネ、俺を見て。


 ダフネの目から涙が零れた。


「正直、ディオ様のことを男だと思ったことはありません⋯⋯」


 ⋯⋯それで?

 ⋯⋯あぁ、急いではいけない。

 マーヤ師匠にもダフネにもよく言われてたな。


「でも一番大切な存在です。もしこの先ディオ様の御心が変わらないなら私はおそばにいたいで――」

「ダフネ、愛している」


 ごめん。

 我慢ならずにダフネの言葉にかぶせてしまった。

 なんだろうこの熱いけど心地よい気持ちは⋯⋯。


 俺はその言葉をまだ知らない。


 ■


 俺とダフネは結婚した。


 ダフネと両親にはちゃんと了承を得た。


 俺は18歳になるとダフネに正式にプロポーズした。


 ダフネは涙を浮かべながら頷いた。


 結婚式の時のウェディングドレスのダフネは初めて会った赤子の俺より純真無垢だった。


 俺はその時のダフネにまた心を奪われたので画家を呼んで結婚式の俺とダフネの絵を描かせた。今はダイニングルームに飾っている、


 なぜか父は俺よりもダフネに「俺のことを頼む。絶対に手綱を離さないでほしい」とお願いしている。

 手綱って俺はじゃじゃ馬か。

 ダフネなら乗せてもいいけど。


 最近ダフネは俺のことを格好良いと言ってくれる。ダフネが、格好良いと思ってくれる顔に産んでくれた両親に感謝したい。


 そしてダフネは最近俺を見る度に頬を赤らめているように見える。俺の胸に溢れる高揚感に笑いが止まらない。


 胸いっぱいに流れ込む心地の良い何か。


 俺は愛おしいダフネを俺の腕の中に納める。


「ディオ様、あのね⋯⋯」


 ダフネは俺の方を見て嬉しそうにしている。


 するとダフネは恥ずかしそうに俺の耳元へと来ると囁いた。


「何?」


 俺は固まった。一瞬銅像になったかと勘違いするほど固まった。目を見開いてダフネを見るが、可愛らしい笑顔で頷いている。


 あか⋯⋯赤ちゃん?


 ダフネは俺との子を宿したと言った。

 俺は固まっている暇はなかった。


 俺は⋯⋯俺は⋯⋯。






 俺の目から零れる。




 これは何だ。




 俺は世界で1番愛するダフネに赤ちゃんが出来たら、嫉妬すると思っていた。

 俺とダフネの間に入ってくるんじゃない。

 俺はダフネが居れば十分だ。

 ダフネしかいらない。



 それなのに心の中がこんなにも温かくて心地よい。いつまでもこんな感覚でいたい。




 この感情は⋯⋯。




 ある言葉が頭によぎった。




「これが幸せと言うものか?」


「えぇ、私も同じ気持ちよ」




 俺は両手を広げて真綿で包むように、それはそれは大事にダフネとまた見ぬ2人の奇跡を想像しながら抱きしめた。




 俺はファンタジーの中に置いてきたはずの、幸せをじっくりと噛み締めていた。

お読みいただきありがとうございました!

クセが強すぎる元暴君とダフネの掛け合いを楽しく書かせていただきました(笑)


また姉妹作品「暴君ディオニュシオが認めた2歳児〜赤子に転生しました~」も掲載中です。

良かったら一読ください!


誤字脱字がありましたらご連絡お願いします。

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