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第8話 仮面と舞台と突入と

 ――ドン、という音が響いた。

 それは、きっと何かの開演を告げる鐘の音。

 だが、実際は天井をぶち破った男の着地音である。


「おい、幕も上げずに主役登場って、どういう構成だよ!」


 叫んだのは、仮面の道化――エレボス。

 スポットライトを完全に無視して、堂々と舞台の上に立っていた。

 敵も、味方も、困惑する中――本人だけが真剣そのものだ。


(よし……完全に虚を突いた……! ここで一気に威圧して、動揺させる!)


 そんな内心とは裏腹に、背中に貼りついた照明コードが引っ張られてビリビリと感電していることには気づいていない。


「ぐふっ……!? な、なんか背中が熱い……これも演出か……?」


 誰もそんな演出してない。

 劇場跡地。そこはすでに、仮面をかぶった集団“赤き劇団”によって完全に占拠されていた。


「何者だ、この男は……!」

「仮面……? 我らと同じ“選ばれし者”か?」

「いや、ただの変人だ。むしろ“排除すべき異物”の類だな」

「ほう……そちらの演出もなかなか派手だな!」


 謎の敵幹部たちがざわつく中、舞台の中央で一人、フードを脱いだ男が笑う。


「貴様……我らの“戴冠の儀式”を止めに来たのか?」

「えーと……それが何かはよく分かんないけど、たぶん、だいたいそんな感じ」


 軽く手を振る仮面の道化。とりあえず相手の言葉に便乗するスタイルである。

 だが、そこでリディアが舞台裏から転がり出てくる。


「バカ! まだ潜入中だったのに! なんで突っ込んでくるのよ!」

「いや、だってほら、情報は集まってるってアレクトが……」

「そう言ったけど! 私が『まだ』って言ってたでしょ!」

「でも突入って言ったら、俺もう、こう……体が先に!」

「脳が先に働けよ!!」


 思わずツッコミを入れながらも、リディアは背中を仮面の男に預ける。

 その目は、どこか信じているような光を湛えていた。

 一方その頃、舞台袖の暗がり。

 古株の仲間、アレクトは淡々と準備を進めていた。

 毒煙の瓶、拘束の罠、天井に張り巡らせた糸。


「……まったく、相変わらず“完璧に予測通り”の無茶だな。よし、トリガー解放」


 カチリ、と鳴った音と同時に――

 天井から降ってくるのは大量の衣装ラック。


「何これ!? 演劇部の幽霊の仕業!?」

「いや、たぶんアレクトの仕込み……って、仮面の人! 頭にドレス被ってる!」

「うおっ!? これはこれで華やかじゃない!?」


 舞台は完全に混乱状態。しかし、敵の指揮系統はすでに崩れかけていた。

 そして、リディアが舞台袖から敵幹部の背後に回り込み、短剣を突きつける。


「動かないで。その仮面、回収させてもらうわ」

「くっ……仮面の継承者が、こんな子供とは……!」

「子供じゃない。仮面の“仲間”よ」

「お、おい、ちょっとリディア!? なんかオレがリーダーみたいな空気に!?」

「違うの?」

「……いや、まぁ、違わないけど」


(なんだこの肯定感……ちょっとこわい)


 気づけば、敵はほぼ全滅。

 道化の男の“無計画な計画”は、完璧な成功を収めていた。


「さぁて……あとは仮面を回収して、お開きかな?」


 仮面の道化が、舞台の中央に残された“赤の仮面”に手を伸ばそうとした、その時。

 ――劇場全体が、軋んだような音を立てて震えた。


「ッ!? 魔力反応!? いや、これは――!」


 赤き仮面の奥に、黒い煙のような“何か”が渦巻く。


「おいおい、まさか……ラスボス登場のタイミング!? 早くない!?」


 突如現れる謎の影。異形の気配。

 儀式の一部は、既に始まっていた――!


「リディア! 逃げ――いや、やっぱ無理そう! オレが時間稼ぐ!」

「そんな頼もしい顔して言ってるけど、足、震えてるよ!?」

「これは……エネルギーを蓄えてるんだよ!」


 逃げ腰と勇気の中間をふらふらと彷徨う“英雄未満”。

 だが、そんな仮面の男を支えるように、次々と現れる仲間たちの姿。


「全員、配置についた。指示を」


 アレクトが低く言えば、


「戦闘支援、用意完了。命令を」


 リディアも力強く応じる。


「よく分かんないけど、兄ちゃんの背中は預かった!」


 焼き鳥屋の主人までいる。


「お前ら……どこから湧いてきたの……?」


 呆然と呟いた仮面の男の背に、仲間の視線が集中する。

 仮面の道化。

 無意識のまま、皆の“希望”になりつつある男。

 今、再び舞台の中央で、問われるのは――


「このあと、どうすんの?」

「……えーと、なんとかする……!」


 ノープランであった。

 闇の儀式場――だった場所は、今やほぼ焼け野原。

 舞台の幕は無理やり引き千切られ、客席の椅子は宙を舞い、照明はアレクトの仕込みで二個ほど爆発した。


「まさか舞台装置が“本物の火薬”だったとは……アレクト、ちょっと洒落にならないんだけど」

「“お試し版”だから威力は控えめにした。あれで死ぬのは敵だけだ」

「味方にも結構火の粉飛んできたけど!?」


 そんな戦場のど真ん中で、黒煙の中から現れたのは、

 黒と紅のローブをまとった、妙に喋りがゆっくりな男だった。


「……ククク……我らが大望、仮面に宿りし“原初の魔”を解放する……その日が来るのだ……」

「うわ、なんか出た。テンプレ通りのやつ出た」


 仮面の道化が指をさすと、敵はムッとした。


「テンプレではない……我は“夜の演出家ナイト・ディレクター”なる者。貴様らに敗れる脚本など――書いておらん!」


「うわ、すっげぇ厨二ネーム!」


 リディアが思わず吹き出したが、エレボスはまだ真剣なまま。


(あれ……もしかして本物の大物……?)


 と、思ったのも束の間。背後から小走りで駆けてくる影が一つ。


「おい! ディレクターさん! 魔法陣の位置、逆に置いちゃいました!!」


 ピタ。

 緊張感が、真空のように一瞬で消えた。


「なっ……なに!? お前、あれだけ手順を確認しただろう!?」

「えっ、えっと、でも下書きが裏返ってて……! うっかり!」

「貴様ァァァ! 我ら“夜幕結社ナイト・カーテン”の名に泥を塗る気かァァァ!」

「うわ、なんか団体名まで初めて出たぞ!? ポンコツのミスで!?」


 ついに敵組織の名前がバレた。原因は書類の裏表ミス。

 その瞬間、アレクトが冷静に呟く。


「記録完了。組織名“夜幕結社”、構成員に致命的なおっちょこちょいが混在」

「“混在”じゃなくて“多数”かもね……」


 なおも敵の“演出家”は取り繕うように叫ぶ。


「こ、これはすべて演出だ! 油断させるフェイクだ! お前らが引っかかるかどうか見ていたのだッ!」

「見てたっていうか、めっちゃ焦ってたけど」


 額に汗が浮かびまくってる敵幹部。

 さらに、後ろの方ではもう一人の敵構成員が、なぜかリディアの落とした通信魔石を拾っている。


「これ、誰のですか~……って、あっ、通話中……!」

《あー、こちら市警本部ですけど? 誰か出てます?》

「あっ、あっ、えっと、あの、これは違うんです! 市警さん違うんですぅー!!」


 まさかの敵内部から通報完了。


「おいおいおい、何やってんの!?」

「さ、さっき落ちてたからつい! あと“通話終了”ってどのボタンか分かんなくて!」

「わかんなくてってお前……押すなよ緑のやつ!」

「それは“発信”だって言ってるだろうがあああ!」


 完全に組織の秘密が、情報漏洩祭り。

 仮面の道化はそれを見て、困惑を超えて半笑い。


(あれ……オレ、何しに来たんだっけ……?)


 だが、情報はしっかり収集されていた。

 “夜幕結社”――十三年前の事件にも関わっていたとされる、禁術を扱う隠匿組織。

 その目的は“原初の魔”の復活。そして、仮面の道化が偶然(本当に偶然)拾った“蚤の市の仮面”には、何らかの“封印”が刻まれているらしい。


「お前、知らずに仮面を被ったな……ふふ……その意味も分からず……!」

「知るか。300ルムで買っただけだぞ?」

「や、やっす!!」


 リディアが思わず素に戻る。アレクトも眼鏡を押し上げる。


「むしろ、そんな品をよく仕入れたな……蚤の市侮りがたし」

「つまり……俺は偶然にも世界の運命を握る仮面を、“バーゲンで手に入れた”と……?」

「……うん。そういうことになるわね」

「安すぎて、逆に責任感じる」


 だが、敵はまだ諦めていなかった。


「くっ……計画の一端を知られたか……だが、次こそ我が主が顕現し……この世界に、闇の演劇を――!」


 その時、天井の瓦礫がドシャアと崩れ、敵幹部の頭上に落ちてくる。


「ぐえっ!?」

「えええええええええええええ!? 敵、ここで退場!?」

「違う、まだ続く! たぶん生きてる、ギリギリで!」


 こうして、敵の存在は徐々に白日の下へと晒されていく――。

 だが、道化はまだ、真相に辿り着いてはいない。

 仮面に秘められた力、その真の意味。

 十三年前の事件との繋がり。

 そして、“夜幕結社”の本当の目的とは――


「とりあえず、仮面の値段、確認しに行こう」

「今それ!?!?」


──幕は続く。次なる舞台で、再び“道化”が踊る。

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