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第19話 鍋が煮えると、だいたい何かが狂う


「第二試練――『カラメルの地獄鍋』、始まるぞ!」


ドン・プリーノの宣言とともに、巨大な鍋が中央に出現した。高さ五メートル、直径十メートル。中では琥珀色の液体がグツグツと泡を立て、香ばしく甘い香りを立ち上らせている。


「なんか……普通に美味そうだな、これ……」


エレボスは完全に鍋を眺めながら、空腹と戦っていた。


「違いますよエレボス様! あれは見る者の理性を溶かす“誘惑のカラメル地獄”! 一度舐めたら最後、糖度150の罠に陥るんです!」


「……そんな鍋、なんで作ったのこのスライムたち?」


「伝説のプリンを守るには、甘さの狂気と向き合う覚悟が必要……と、古文書に……」


「なんで真面目にやるんだよこのノリで!!」


試練の内容はシンプルだった。

――鍋から飛び出す“カラメルビースト”たちを倒しつつ、鍋を焦がさずに混ぜ続けよ。

失敗すれば、プリンが二度と固まらない悲劇の液体になるという。


「……オレ、混ぜる係でいいよね?」


「いえ、エレボス様はビーストの対応を……!」


「なんで!? 混ぜさせてよ、得意だよ!? 小学生のとき、給食の牛乳寒天、よくかき混ぜてたよオレ!?」


だが仲間たちは、混ぜ棒すら“神器”に変えかねない彼の動きに戦慄していたため、混ぜるのは禁止された。


「エレボス様が混ぜたら、鍋が固形化して飛び上がる可能性が……」


「何その物理法則、オレ聞いてないけど!?」


とはいえ試練は始まる。


カラメル鍋が「ブッポォォォ……!」と音を立て、泡から怪物が飛び出してきた。見た目はプリンのようで、顔があり、目が潤んでいる。


「ぬるぷぅ……ぅああぁぁ……プリン食べてぇええええ!!」


「え、なんか悲鳴混ざってない!? 食べられたい欲望!? 食べたいじゃなくて食べられたい!?」


ビーストの正体は“プリンになりたかったプリン”。もはや意味がわからないが、突進してくるので殴るしかない。


「……まぁ、でも殴ればいいんだよね?」


エレボスはポケットからスプーンを取り出した。


「え!? 武器!? スプーン!? それどこから!? それで戦うの!?」


「なんとなく……これでいけるかなって……」


ぺちん。


エレボスがビーストを一振りスプーンで叩くと、ぷるん、と心地よい音を立ててビーストは蒸発した。


「えっ!? 消えた!? ぷるんて消えた!?!? 今の攻撃、どういう理屈!?」


「……ごめん、オレも分かんない」


しかしこの一撃を見たスライムたちは、再び感嘆に包まれた。


「すごい……スプーンで倒すなど、我らの伝説にしか存在しない“プリン・スマッシュ”を現実に……!」


「いやマジでオレも予想外だったんだってば……!!」


次々に襲い来るビーストを、エレボスはひたすらスプーン一振りで“ぷるん”と蒸発させていく。まるでプリンの霊を鎮めるかのごとく。だが本人は、


「うーん……プリン叩くのって罪悪感あるなぁ……食べてもないのにさ……」


「そこ!? 君の懸念、そこなの!?」


鍋はグルグルと黄金に煮詰まり、まるで巨大な太陽のように輝き始めた。

そして――


「これが……伝説のプリン……完成だ……!」


ドン・プリーノの震える声。スライムたちは跪き、神殿のように整列していた。


「受け取ってくれ……エレボス殿……あなたこそ、このプリンにふさわしい……真の“甘味の導き手”……!」


「え、オレ!? ただスプーンで叩いただけなんだけど!?」


受け取ったプリンは、直径一メートル。

ぷるっぷるだった。

天を仰ぐほどぷるぷるだった。


「……これ、家に持って帰れるの……?」


「いやむしろ、玉座ですわエレボス様……」


「椅子!? オレ今、プリンを椅子にされかけてる!?」


こうして“プリンの迷宮”は無事クリア。だが、その場にいた誰一人として、「これはおかしなことでは?」と気づく者はいなかった。


なぜなら――


エレボスの無意識が、常に周囲の“常識”を微妙に歪ませるのである。

了解しました!

それでは続き、“王都・激甘祭り突入篇”へ突入です。

しっかりギャグ・エレボス無自覚天才・周囲とのギャップを保ちつつ、文字数多めにお届けします。


王都ギルメルナ。

それは魔導と文化の融合した大都市であり、あらゆる知識と冒険が交錯する中心地。

――そして今、その真ん中で。


「プリンが、転がってくるぞおおおおおお!!」


「ぎゃあああああ! 主塔がカラメルまみれになったぁあああ!!」


「おばあちゃんの屋台が!! ……いや、むしろ売上上がってるぅうう!!」


――混乱の渦に包まれていた。


何があったのか。答えは簡単。

数日前、エレボスが“プリンの迷宮”から持ち帰った直径一メートルの超ぷるぷるプリン。

それが、荷馬車ごと斜面を転がって王都中心部に突入してしまったのである。


犯人は……。


「ご、ごめん、ちょっと荷崩れしてさ……」


エレボスだった。いや、正確には“何も考えずに”手綱を放してしまったのが原因である。


「ていうかさ、あれ……なんで転がるの!? 固めたよね!? 完全に!?」


「ぷるぷるしてるものほど、躍動感があるのですよエレボス様……!」


隣で真顔で解説するのは、副団長のレミーナ。眼鏡の奥で理論的に納得していた。


ちなみにプリンは被害を出すどころか、通った道全てに甘く香ばしい祝福を残し、

なぜか現地住民からは「神の贈り物」「奇跡のスイーツ」と崇められていた。


そして――


「よし、激甘祭りだァアアアアアアア!!!」


王都のど真ん中、王様がテンションMAXで叫んでいた。


「ま、待って!? なんで!?」


「何をですか? エレボス様が持ち込んだあのプリン、王都に甘味革命をもたらしたのです!」


「いや、ただ転がっただけなんだよ!? 事故なんだよ!?」


「事故すら神のご意思……!」


「だから崇めるのやめてえええええ!!」


だがその叫びも空しく、王都では“プリン・オブ・ザ・イヤー”が新設され、エレボスは審査員長に就任していた。なぜだ。


---


祭りは三日三晩続いた。


エレボスは謎のまま表彰台に立ち、謎のまま拍手を浴び、謎のままメダルの代わりに巨大なスプーンを首から提げられていた。


「……これ、もう逃げていい?」


「無理です。パレードが始まりますので、そのまま王都を一周していただきます」


「パレード!? オレ何したの!?」


「神託のプリンを転がし、都市を導いた英雄と讃えられております」


「ただ転がしただけなんだけどなぁ……」


だがその頃、王都の遥か東。

ある国の皇子が、静かに立ち上がっていた。


「……王都に出たという“甘味の神”、真偽を確かめに行く価値があるな」


「まさか……“スイーツ宗主国”が動くとでも?」


「当然だ。我らの神、“カスタード・フォルテ”に匹敵する存在など、許されるものではない」


エレボスの無自覚革命は、思わぬ国際問題の火種となっていた。


王都に突如現れた“巨大プリン事件”は、国中の話題をさらい、何をどう間違えたのか「歴史的甘味革命事件」として教科書に掲載される方向に進んでいた。


――その教科書の見本が、もうすでに刷り上がっていた。


「はやすぎない!? 昨日だよね!? これ起きたの!?」


「歴史はスピードが命なのです、エレボス様」


とにかくその場の流れと勢いだけで生きる王都は、完全にエレボス中心に動いていた。

しかし、そこに現れた異国の存在が、再び事態を変えていく。


カステリア皇国。スイーツに人生を捧げる、謎多き砂糖特化型国家である。


そして王都に突如降り立ったその皇子――


「名乗るほどの者ではないが、強いて言うなら“甘味の革命児”……皇子カステラ・フォルマ・カロリー四世。来たぞ」


エレボスの前に現れた彼は、全身黄金の焼き印入りローブ、頭にはプリン型のクラウン、そしてやたら流線型の杖(チョコレート製)を持っていた。


「え、なにその……真剣なの? ボケなの? いや、そもそも甘味の革命児って肩書きおかしくない?」


「黙れ、“神のプリンを転がす者”よ。我がカステリアに甘味の覇権を奪われたくば、勝負しろ」


「えー……」


エレボスはスプーンをそっと置いて帰ろうとしたが、周囲の民衆はすでに大盛り上がりだった。


「伝説の“甘味決闘”、ついに見られるのか!!」


「見たことないけどな!?」


「神のプリン vs 皇国のバウム空間魔法か……!」


「なにそのワード!? もうどういう戦いになるのか誰も説明できてないんだけど!!」


---


そして開かれた「プリン裁判」。

なぜか決闘ではなく、“裁判形式”で甘味の正当性を決める場に。


「被告、エレボス。あなたはプリンを転がし、王都の尊厳を高めました。これは――」


「良いことなのでは!?」


「しかしながら、甘味宗主国である我が国の許可を得ていない!これは違法な“越境スイーツ拡散”です!」


「何その罪!? 世界観ガバガバすぎない!?」


エレボスは思わず声を上げたが、裁判官はすでに泣いていた。


「だが……そのプリン……すごく美味しかった……っ!」


「感情に流されてるうううう!!」


最終的に裁判は、「どちらの甘味が国際的甘味基準(IGS)を満たすか」で対決が決定。


対決日、城前には無数のスイーツ職人、謎の評論家、さらには「砂糖一粒の魂を読む女」と呼ばれる審査員が集まった。


そして――


「エレボス様! どうぞ、謹製プリンを!」


「あ、うん、これ……昨日落としたやつだけど……」


「神の恩寵……!」


それを受け取った審査員は、目を閉じ、ひと匙すくって口へ――。


「……カスタードの、たゆたう波紋が……時間の概念を揺らがせる……これは……これは……」


「え? 味どうこうより時間感覚なの?」


一方で皇子のバウムクーヘンは自動回転式。切っても切っても温度が一定という謎の精度。しかも機械から直接出てくる。


「手作りの精神が死んでるうううう!!!」


---


最終的に――審査員全員一致で「エレボスの勝ち」。


理由は「なんとなく神っぽいから」。


「もうやだこの国……」


エレボスがそっと壁に頭をつけると、周囲の民は一斉に跪いた。


「神は今、地に触れた……!」


「祈れ! 土壁に祈れ!!」


「ええええええええええええ!!!?」


――その日、また一つ伝説が増えた。


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