表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

第11話 無意識の進軍、そして絶対的信頼

「こっちです! 仮面様が目指す次の地点、判明しました!」


リディアの号令が響く中、幹部たちはそれぞれの持ち場へと駆け出していた。

その中心には、大量の文献と地図を高速で分析する少女――その眼差しは、仲間にすら正体を隠していた少女、リディア自身だった。


「彼は……“次の屋台”って言ってたわ。つまり――この鐘楼の北東、旧市街の夜店通り。その隣に、かつての神殿跡がある」

「えっ、それって……十三年前の事件の現場に繋がる地下区画ですよね!」

「ええ。だからこそ、仮面様は“無意識”で向かっている。運命的に……!」


少女の手が、地図の一点を示す。

仲間たちは疑うことなく頷き、即座に行動を開始する。

一方その頃。

鐘楼の屋根を滑り降りたトガは、華やかな提灯が連なる通りに足を踏み入れていた。

香ばしい匂い。賑わう笑い声。仮面の下で、少しだけ目を細める。


「……なんか、こういうの久々だな」


通りを抜けた先にあった、古ぼけた石のアーチ。

そこに刻まれた文字――“旧光祀の祭殿”。

十三年前、彼がすべてを失った場所だった。

仮面の下、わずかに歯を食いしばる。だがその直後、屋台の湯気が視界に入ると、


「お、団子だ」


と、足はそっちに向いた。


「敵は、仮面の動きを完全に把握できていません。逆にこちらは、彼の目的地を次々と特定しています!」

「それは……いや、仮面様が行き当たりばったりなだけでは……?」

「黙って」


作戦室では、仲間たちが仮面の“偶然”に命運を預けつつも、それを“必然”に見せるための緻密な動きを繰り返していた。

とある幹部などは、自分が知らぬ間に感動の手紙を書き始めていたほどである。


『仮面様のお導きは、我らにとって希望です。自らが無意識であることにすら意味があると、私は確信しました――』


(絶対バレたら怒られる……!)


その頃、敵組織では。


「はぁ!? 情報が漏れてる!? 何で!? 誰が!? ……って、お前か!!」

「えへへ~、でも逆に言えば、今のうちに仮面さんに先に動いてもらって、封印を解いてもらった方が楽かなって」

「おまえは敵か味方かもわからん! ていうかそれ、計画と逆だ!!」

「でも仮面さん、なんかこう……頼れる感あるし?」

「“想定外製造機”のくせに、よく言うなぁぁ!!」


と、組織の統率はますます崩壊の一途を辿っていた。

一方、別の幹部たちはひそかに語らう。


「奴が再び“光祀の神殿”に足を踏み入れた……ということは、“あの扉”が開く可能性がある」

「かつて“黒月石”が祀られていた、封印の間……十三年前に閉ざされた忌まわしき災厄が、再び……」


その夜。

団子を頬張りながら、仮面の男はふと立ち止まった。

石畳に刻まれた、不自然な継ぎ目。

足元から、鈍く低い音が響く。


(……なんか、懐かしいような……)


気のせいか、団子の餡がいつもよりしょっぱく感じた。

その理由が、過去の“あの夜”と同じ場所に立っているからだと気づくのは、まだ少し先のことになる。

闇は、今まさに動き出そうとしていた。

けれど、それより早く――仮面の道化が、また無意識に、運命を蹴り飛ばし始めていた。

彼が気づかないままに。

仲間の動きは、すでに完璧な迎撃態勢に入っている。

敵の組織は、内部から情報が漏れ、崩壊寸前。

ただ一人、仮面の男だけが。


「……この団子、あと五本くらい食べたいな」


そんな、世界の未来に最も関係ない一言を、静かに呟いた。

夜の静寂を裂くように、旧市街の外れで鐘が鳴った。


「……あれ? 今の、誰が鳴らした?」


仮面の男、トガが団子を咀嚼しながら見上げた鐘楼。その頂で、風に揺れる影が一つ。

そして――次の瞬間、鐘楼の土台がごっそり崩れ、鈍く沈むようにして地面へ沈下していった。


「おわっ……!? ちょ、なんか、地面が、沈んで――」


彼の足元が揺れる。何かが地下から浮かび上がるように、巨大な扉が出現した。

封印が、開いた。

敵組織――『黒月の徒』。

十三年前に計画を未遂に終わらせた彼らは、再び動き出していた。


「これで……“黒月石”が解放される。十三年前、あの男が封じた力を、今こそ我らのものに……!」


幹部たちは地下区画へと進軍していた。だがその中に一人、例の“想定外製造機”がいた。


「え、えーっと。えーっと、あの仮面の人って、たしか……この辺で団子買ってましたよね?」

「なぜその情報が必要なのだ!?」

「だって、なんかほら……運命って、そういうとこから始まるじゃないですか?」

「黙れ……! お前の“運命”は計画の邪魔しかしていない!」


そんな会話を交わしつつも、封印の扉は確かに開いた。

その最奥で、黒く輝く結晶体――《黒月石》が、静かに目を覚ましつつあった。

一方、仮面の男は。


「……ここ、やばい場所なんじゃないか?」


団子の袋を手にしたまま、ぽつんと呟いた。

扉の向こうに広がるのは、かつて“光祀の祭殿”と呼ばれた地下神殿。

今や、崩壊した柱と苔むした石壁が、異様な魔力を放っていた。


「でも……気になるな」


誰にも命じられず、誰にも頼られず。

それでも仮面の男は、足を進める。

その姿を、遥か上空から監視していたのは――リディアである。


「やっぱり、彼は動いた。地下区画に向かったわ」

「仮面様の意志は……我々の予測通りです!」

「偶然じゃないと信じたいですね……」


影の仲間たちは、すでに仮面の進路を先読みして行動していた。

扉が開かれる前から、ルートを封鎖し、封印暴走の拡大を防ぐ布陣を敷いていた。

それでも、計画通りにいかないのが現実である。

なぜなら、想定外製造機が――例によって勝手な行動を取り始めていたからだ。


「封印の柱、間違えて叩いたかもです~!」

「何をしている!? その柱は“封魔の結界”の核だぞ!!」

「えっ、そうなんですか!? 知らなかった~!」

「説明してただろうがああああ!!」


結界が一部破られ、《黒月石》から漏れる瘴気が街の空気に溶け始めていた。

風がざわめき、遠くで犬が吠える。

誰もが、まだ気づいていない。

この夜が、普通の夜ではないということに。

ただ一人、仮面の男を除いて。


「……ん? 団子の味、また変わった?」


舌に残る鉄のような風味に、微かな違和感を覚える。

その違和感が、やがてすべての真実に繋がるとも知らずに。

その時、地上では突如として魔力障害が発生。街の一部に黒い霧が発生し、住民が一斉に避難を始めていた。


「何か……来る」


リディアがつぶやいた。仮面を見つめるその瞳に、恐怖と期待が混じる。


「“彼”はきっと、やってくれる。無意識にでも、きっとね」


彼女の言葉に、誰も異論を唱えなかった。

なぜなら――過去にも、そうして全てが解決してきたのだから。

そして今、封印の奥で《黒月石》の脈動が加速する。

それは、人の感情に呼応する魔の石。

十三年前のあの事件も、この石がきっかけだった。

――全てを燃やし尽くす、“黒月の祈り”の再演。

その中心に立つ男は、今まさに団子の串を最後までしゃぶりきって、呟く。


「……なんか、あっちの方でやばい音したな。ちょっと見に行ってみるか」


誰よりも無計画に。

だが、誰よりも真っ直ぐに。

仮面の道化は、今再び“災厄”の中心へと歩を進める。

かつ、手にはまだ食べかけの団子。


「……やっぱり、砂糖増しになったな。いや、これはこれで……」


団子を咀嚼しながら地下神殿の深部へ進むその姿は、世紀の危機に挑む英雄というより、買い食いしながら道に迷った旅人に近い。

だが、その足取りは確かに、かつて人々を恐怖させた『黒月の儀式』へと繋がっていた。

神殿の奥にある石造りの広間。

そこに今、“それ”はあった。

黒く、深く、脈動する石。《黒月石》。

封印が綻び、空間そのものが歪み始めている。


「……おぉ、これが“ヤバい”ってやつか」


仮面越しにぼんやりと眺める男に、石の魔力は静かに揺らぎを返した。

普通の人間なら即座に気を失うか、精神を蝕まれるだろう。

だがこの男は。


「……なんだか、腹の調子が悪くなりそうな気配だな」


真顔でそう言って一歩後ずさる程度だった。

その背後で、ガタッと物音がする。


「えっ、ちょ、まずい、バレ――」


現れたのは黒月の徒の一人、“想定外製造機”。

封印監視担当、だったはずなのだが。


「……あんた、敵?」


仮面が問いかけると、彼は妙に元気な返事を返した。


「いやいやいや、敵っていうか……なんかこう……第三勢力?」

「どこのだ」

「え、あ、でも、ちょっと見たくなっちゃって……黒月石、ナマで見るの初めてで……」


彼はあろうことか、石に触れようと手を伸ばす。


「おい、それまずいやつじゃ――」

「おおぉぉおおぉおぉおぉおッッ!!!」


手を触れた瞬間、神殿が爆ぜた。石の瘴気が広間に噴き出し、空間そのものがたわみを持って揺れ始める。

空間が歪む。魔力が解き放たれる。儀式が、走り出す。


「……ほらぁー! やっぱ触っちゃダメだったぁー!」

「お前が言うなッ!」


思わず仮面の男がツッコむ。

が、瘴気が勢いを増してきたのを見て、冷静な判断を下す。


「もう、止めるしかないな……団子、持って帰れなさそうだ」


地面を踏み鳴らす。空気が割れた。

仮面の男が纏う魔力が静かに発動し、瘴気に立ち向かうように光が展開する。

力の奔流が交差するなか、後方で想定外製造機が叫んだ。


「えっ!? なんか……浄化されてる!? すご……! え、仮面さんって、何者!?」

「いや、俺もよく分かってない」

「そんな返答あります!?」

 

そのころ、地上では。

リディアが静かに、だが確実に布陣を敷いていた。

彼女の指示で、仲間たちは瘴気の拡大を防ぐために魔方陣を設置し、避難誘導と情報統制を行っている。


「仮面様は……地下で黒月石の暴走を抑えています。ですが、問題は“あの男”です」

「想定外……またですか」

「はい。まさか封印に直接触れるとは思っていませんでした」

「……もう“事故”じゃ済まされないですね」


そう呟きつつも、仲間たちの表情にはどこか確信がある。

仮面の男が、どうにかしてくれる。

彼が無意識にでも正解を引き当て、状況を好転させることを、誰もがどこかで信じていた。

――そして、神殿。

仮面の男の拳が、瘴気を貫いた。

その衝撃で、《黒月石》が一瞬だけ脈動を止める。


「……割れた?」


ヒビの入った黒月石が、断末魔のような震動を放つ。

瘴気が一気に収束し、神殿の崩壊も止まる。


「うわ……マジで、止まった」

「何となくで殴っただけだったんだけどな……」


ふと視線を向けると、想定外製造機がガタガタ震えていた。


「……まさか、本当に……伝説の、救世主……」

「え? 団子の人だけど」

「伝説だァァァァアア!!」


叫びが神殿にこだまする。

こうして《黒月石》の暴走は、ひとまず収まった。

だが、それは始まりに過ぎなかった。

瘴気に触れた人間の一部が異変を起こしているという報告が、街中に広まり始めていたのだ。

黒月の徒の幹部たちは、仮面の男の出現を想定以上の脅威と捉え、計画の“次段階”へと進もうとしていた。

そして――仮面の男はというと。


「……団子屋、また元に戻ってるといいな」


と、心底どうでもいい心配をしていた。

戦いは、まだ終わらない。

世界は今、ほんのわずかに運命の軌道を逸れはじめている。

その中心で、仮面の男は変わらず無自覚に、英雄を演じ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ