シスコン令嬢のタイムリープ
「来たわよ。氷の令嬢、ジョシュアだわ」
「ホントに、冷たい目。きっと私達を見下してるんだわ。」
氷の令嬢と呼ばれた女、ジョシュア。彼女は高い背丈で、黒い瞳に黒い髪を持つ。言葉数は少なく、態度もそっけない。
故に友人もおらず、果てにはおかしなあだ名までつけられている。
そんな彼女は今、学校に通っている。ブルジョワばかりの荘厳な所だ。
「あっ!お姉様〜!」
そんなジョシュアに声をかけたのは、妹であるマリアだ。姉とは対称的に低い身長でカールのかかったベージュの髪を持つ。
「マリア、令嬢が走るものじゃないわ。はしたない。」
「ごめんなさい!でも、お姉様に会いたかったの!」
潤んだ瞳を見せるマリア。宝石のように青く輝くそれは、万人をも魅了する。
「ジョシュア!そう厳しく言わなくてもいいだろう!?」
大きな声を出してマリアの隣に居る男の名はジオ。金色の髪と瞳で眉目秀麗な男であり、ジョシュアの婚約者だ。
「いいの、ジオ。悪いのは私だから。」
「マリア!お前は優しいのだな!」
「そんな…」
ジョシュアの前を塞ぎ会話をする2人。それを見て周囲は再び噂する。
やはりジオに相応しいのはマリアだと。冷たい女など相応しくないと。
いつもの噂話だ。だが悪い気はしない。何故ならこちらとしてもジオとマリアがうまくいってくれるのは好都合だからだ。
ジョシュアには記憶があった。今までの人生の。何も、子供の頃からの記憶があるという訳では無い。
ジョシュアとして生まれてから死ぬまでの記憶があるのだ。そう、理由は不明だが彼女は人生を繰り返しているのである。
記憶通りであればこのあと婚約破棄をされてジオとマリアは結ばれる。
そして、独り身のジョシュアはここから成り上がり、ジオは復縁を要求する。
彼女はこれをのまなければならない。何故なら、マリアはジオと一緒にいては幸せになれないのだ。
ジオというこの男、火種を直ぐに抱える質である。そのため、ジオと結ばれてしまってはマリアは巻き込まれて凄惨な死を迎えてしまう。
それを回避する為にもジョシュアは力をつけてから、ジオがマリアに近づかないようにしなければならない。
思いついた方法が婚約破棄からの成り上がりであった。この調子なら計画は順調だろう。
硬い表情が僅かに緩んでしまうのを感じる。これで妹は酷い人生を歩まずにすむのだから。
「あっ!お姉様!何か良いことでもあったの?教えて!」
「?どうしてそう思ったんだ?」
「だって、今少し笑顔だったよ!」
「うーん、そうか?」
私の出来た妹は機微にも気づいてくれるらしい。周囲からかわいこぶってるだ何だと言うが、ある種、技術の賜物だろう。
マリアは気がきくのだ。人の変化に気付き、寄り添える。そんな妹が大好きであった。
対して婚約者であるはずのジオは、何も気付きはしなかった。まぁ、表情に乏しい自分の変化に気付けと言うのは酷な話か。
「それよりもマリア!今度僕の家へ来ないか?」
「家?街じゃだめかな?」
「街なんかよりも僕の家のほうが快適だ!君もそうだろ?」
「うーん…」
飾りといえど婚約者の前でこんなことを言うとは思いもしなかった。というか、優しいマリアが断らないと思って言っているのだろう。
流石にこれは口出ししなくては。
「ジオ。立場を考えたほうが良いんじゃないかしら。」
「…。そんなに僕とマリアに仲良くなってほしくないのか。」
当たり前だ。本当は疫病神のようなものに可愛い妹は極力近づけたくない。
「確かに、お姉様の言う通りかも。」
「な、何!?マリアはジョシュアに味方するのか!?」
「み、味方って訳じゃないよ。でも立場を考えたら仕方ないかなって。だからね、変わりに私達の家に来るのはどうかな?」
「マリア!君は!本当に!優しいのだな。あぁ、そうだ!マリーと呼んでもいいか?渾名で呼んでみたかったんだ!」
「勿論、良いよ!」
喧しく吠えるかと思うと、今度は渾名がどうと言い出した。呼んでいい訳がないだろう。
というか、マリアに親しげに擦り寄らないでほしい。ジョシュアとマリアで姉妹感が強い名前が好きなのだ。勝手にマリーなんて、妹を呼ぶな。
そう思いながらも、氷の令嬢ジョシュアは妹のハッピーエンドを目指して今日も生きる。
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「御機嫌よう、マリア。」
「御機嫌よう!あ、そのブローチ素敵ね!」
「まぁ!ありがとう!」
なんてことない朝、クラスメイトに挨拶を交わす。彼女が付けていたブローチは確か、前から買いたいといっていた物だ。
「おはよう!マリア!」
「おはよう!昨日の夜の星空は見た?」
「見たとも!言葉に出来ないほど美しかった。」
「ふふっ、良かったね。」
他のクラスメイトへも声をかける。彼は、天体観測が何よりも好きで、昨日の星空は見ていない筈がないと思っていた。
花の令嬢と呼ばれるマリアは人を観察して、好かれるように生きてきた。
そのために、人当たりよく笑顔を振りまいていたら花のようだと言われるようになった。
「あっ!お姉様〜!」
彼女にはジョシュアという姉がいた。黒く、静かな人だ。その分、人から誤解されやすいがマリアは知っている。
彼女が誰よりも努力を重ねて、長女として立派にあろうとしていることを。
マリアはそんな彼女が大好きであったし、幸せになってほしい。
「マリア、令嬢が走るものじゃないわ。はしたない。」
ジョシュアを見かけたのが嬉しくてついつい走ってしまったが、彼女の言う通りだ。
「ごめんなさい!でも、お姉様に会いたかったの!」
姉はこう言われると弱い。周囲の人には分からない程、僅かに顔を赤くして照れてしまうのだ。
昔から何を考えているか分からないと言われていた姉だが、マリアにとっては分かりやすいくらいだ。
「ジョシュア!そう厳しく言わなくてもいいだろう!?」
そんな風に姉を眺めていたら、隣から大きな声で男が話しかけてくる。
彼はジオ。金色の髪と瞳を持つ男だ。眉目秀麗だが、如何せん声が大きく、ズケズケと人に関わる人間だ。
その性質は良い作用をもたらすこともあるが、悪い作用をもたらす方が断然あるだろう。
故に姉の結婚者といえども、姉にはあまり近づいてほしくなかった。寄らないでほしい理由はそれだけでない。
マリアは自身の人生の記憶を持っているのだ。生まれてから死ぬまでの。その中で、ジオによって持ち込まれた問題のせいで姉は指一本動かせなくなってしまうのだ。
それを阻止するためにマリアはジオを姉から遠ざける。たとえ、彼女の婚約者といえども。
「いいの、ジオ。悪いのは私だから。」
「マリア!お前は優しいのだな!」
「そんな…」
優しい訳ないだろう。というかジョシュアの言葉は正しかったのだから、せめて謝罪はしてほしい。
そうじゃなくとも姉は繊細なんだ。傷ついていないといいがと思って、顔をあげてみると、何と彼女は微笑んでいた。
「あっ!お姉様!何か良いことでもあったの?教えて!」
「?どうしてそう思ったんだ?」
「だって、今少し笑顔だったよ!」
「うーん、そうか?」
花の令嬢なんて呼ばれる自分よりも姉は花が好きだった。綺麗な花を見つけては微笑んで眺める。
だから、また綺麗な花でも見つけたのかと聞いた。のだが、返ってきたのは姉の言葉でなく、ジオの言葉だった。
あいも変わらず声が大きい。少しボリュームを落としてくれないだろうか。
「それよりもマリア!今度僕の家へ来ないか?」
行きたくなどない。というか、休日は姉と一緒にガーデニングをしたいのだが。というわけにもいかず、譲歩する。
「家?街じゃだめかな?」
「街なんかよりも僕の家のほうが快適だ!君もそうだろ?」
「うーん…」
ジオの家はやや遠く、移動を含めると休日は潰れてしまう。それは避けたい。
どうしたものかと足りない頭を捻っていると救いが差し伸べられた。
「ジオ。立場を考えたほうが良いんじゃないかしら。」
流石ジョシュア。渡りにふねと言うやつだ。ベストタイミングである。
「…。そんなに僕とマリアに仲良くなってほしくないのか。」
この好機、逃すわけにはいかない。そう思い、やや不機嫌になりそうなジオへ声をかける。
「確かに、お姉様の言う通りかも。」
「な、何!?マリアはジョシュアに味方するのか!?」
「み、味方って訳じゃないよ。でも立場を考えたら仕方ないかなって。だからね、代わりに私達の家に来るのはどうかな?」
「マリア!君は!本当に!優しいのだな。あぁ、そうだ!マリーと呼んでもいいか?渾名で呼んでみたかったんだ!」
「勿論、良いよ!」
ジョシュアのファインプレーのお陰で助かったようだ。彼女と話を続けようと思ったマリアだが、いつの間にかジョシュアは居なくなっていた。
ジオと話している間に何処かへ行ってしまったらしい。
姉と話せず残念がる気持ちと、姉からこの騒がしい男を遠ざけられて安心する気持ちが混ざっていた。
だが、このまま行けばジオはジョシュアと婚約破棄するだろう。それで、姉から離れてくれる。
悲惨な姉の未来を変えるため、卑しく思われようとも花の令嬢マリアは今日もハッピーエンドを目指して生きていく。