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8.悔しい。腹立たしい。……悲しい。貴方なんか大嫌いです

 初雪から数日経ちました。


 今日はリアンとのお茶会の日ですが、今にも降りだしそうな酷い曇天です。

 四阿の回りは衝立ついたてで囲われて一切の風を除け、持ち込まれた最新の暖房設備で空気は暖められ、リアンは毛皮のコートでしっかり防寒していますが……時期的に外で会うのは、もう限界でしょうね。


 四阿の中も、この空のように不穏な空気が漂っています。


「いつもわたくしが去った後、レンが四阿ここでドミナス様と過ごしてるのは、知ってたわ……でも」


 あからさまでしたからね。いえ、ドミナスに隠す気はなかった、むしろ周囲に見せつけていました。

 辛そうにリアンは続けます。


「ドミナス様の気を引くために雪の中、凍った池に入ったって、本当?」


 リアンの思い詰めた顔を見ていると、胸が痛いです……。

 多少は悪感情が改善されたと思っていた侍女達も、私を責めるように睨んでいました。

 

 あれは早朝の出来事で目撃者はいませんでした。

 話したのはドミナス本人しかいないでしょう。

 一本角の少年、元侍女達、露骨なリアンへの贈り物、アシオーの件も含めて振り返ると、ドミナスこそ私達の気を引きたい、愛を試したいのではと穿うがった見方をしてしまいます。

 あわよくば私とリアンの仲を引き裂きたいとも思っていそうです。

 私と……リアンを自分に依存させるために。

 もとより私には試せる愛がないというのに、不毛ですね。


「凍った池に入ったのは事実ですが、もうしませんよ。……次に同じことをしたら、ドミナス様に手足のいずれかを捧げる約束なので」


 えっ、とリアンが息を飲み、侍女が眉をひそめ、アシオーは顔面蒼白にして視線を逸らせました。とはいっても、トラウマからか、彼が私と目を合わせること自体なくなっていたのですが。

 

「それに、気を引くためではありません。気を引く、というのは相手の愛情を量る行為です。それはドミナス様の重い(・・)を否定することに繋がります」


 どこかで聞いている、あるいは見てもいるだろうドミナスは気付いているでしょうか?

 この台詞は貴方への当てつけ、皮肉ですよ。


「……レンは、本当はドミナス様に愛されてる自信が、あったんだね」

「お揃いの腕輪はドミナス様曰く愛の証です」

「まあ! リアン様はとびきりのパリュールをいただいてるのよ! 他にも数え切れないくらいたくさんの贈り物も!」


 リアンの顔が曇天に負けじと曇り、堪えきれず侍女の一人が口を挟み、反感ヘイトが最高潮に高まったタイミングで。

 私は微笑んで、繊細なレースあしらった袖をまくり上げ、一本角の少年の件以来、隠していた腕輪を、左腕を灯りの下に曝け出しました。


 黄金色に燦然と輝くドミナスの腕輪。

 その下の肌には、醜く焼け爛れた雷の棘が影のように黒く焦げ付いています。

 静まり返った空間ではしゃらりと鎖の動く音がよく響き、根深いシダの葉みたいな電紋も見えたことでしょう。


 皆さんの驚愕と恐怖で固まった表情が、とても印象的でした。


「レン……その腕は」

「ドミナス様そのものを体現したような、豪華な腕輪でしょう? 雷の棘が刻まれていて、彼の角と同じ輝きで、薬指の指輪は私だけの特別製ですって。いつでもすぐ側にドミナス様がいるような心持ちになれるのですよ」


 指輪がキラリと光る様は、ドミナスの射抜くような眼光にそっくりです。

 私は袖を戻すと、さも愛おしくてたまらないといった風を装って、腕輪ごと左腕を胸に埋めるように抱き締めます。

 ドミナスから少しでもリアンの反応を隠すために。


 威勢の良かった侍女は口を噤んで、桃色の顔はアシオーのように真っ白に染まっています。

 ……預言の姫だから、ではなくリアン本人を敬愛していると伝わってくるので、私はこの侍女のことは嫌いにはなれませんでした。


「病める時も健やかなる時も、この腕輪がある限り、私とドミナス様はずっと一緒です。リアン様はどうですか? 例えドミナス様が地位や富や名声を手放したとしても。……もしも原初の鬼のように、人食いの本能に目覚めて残虐な本性を晒したとしても。一生を添い遂げる覚悟はありますか?」

 

 当然、私にはありません。

 けれど近い未来、この地獄から私がいなくなったら、ドミナスの異常な執着はどこへ向かうでしょうか。

 消えた私のままか──リアンか。

 いずれにしろ、残されるリアンには多大な迷惑をかけることは間違いありません。


 現実じごくを知ったリアンの態度次第で身の振り方を変えようと……いえ、リスクは高まりますが、私はリアンをともに連れて行きたいと、思ってしまったのです。

 彼女と過ごした時間はとても短かったけど、楽しかった。ドミナスの所業を誰にも話せない、理解してもらえない地獄の中で、リアンの存在は一服の清涼剤でしたから。


 ……けれど、リアンは。聖母のような顔で微笑んだのです。


「覚悟はあるわ。……わたくしね。昔から体が弱くて、実の親からも疎まれていたの。預言ありきとはいえ、わたくしを必要としてくれたのは、ドミナス様が初めてだった。わたくしはドミナス様を心から愛している。──例え行き先が地獄だとしても、どこまでもご一緒するわ」


 罪人の手枷のように重い私の腕輪と違って、病弱な体の負担にならない、繊細な透かし細工で蓮の花と炎が刻まれた腕輪を、リアンは本当に愛しげに抱き締めながら宣言します。


「……それにね、まだ安定期に入るまで内緒にしていたけど……わたくし、お腹の中に子どもがいるの」


 四阿が、リアンの周辺が過剰に暖められていた理由がわかりました。 

 ……諦めるしか、ないようです。


「……ご懐妊おめでとうございます」

「ありがとう。……すっかり寒くなったから、わたくしは四阿に来るのを今日で最後にしようと思っていたの。レンには、もう会わない。体調もすこぶる良いし、これからは水もいらないわ」

「いいえ」


 リアンのためにも私のためにも、それだけは断固として譲りません。


「出産はどんな健康な人でも何が起こるかわからない一大事です。お願いします。私には会わなくて構わないので、どうかこれからも水だけは受け取って、飲み続けてください」

「わかったわ。……レン様(・・・)、素晴らしい水を、心遣いをありがとうございます」


 私に姉がいたらこんな感じなのか、もしかしたら友達になれるのでは、と泡沫うたかたの夢を見たこともありました。

 けれど今、一線を引かれた……。

 私達の関係は呆気なく終わり、リアンとの間に明確な心の距離を感じます。


 リアンはドミナスを心から愛していて、私はドミナスを愛さない……愛せない。

 私達の間にある溝は、もともと埋められるものではなかったのです。


「こちらこそありがとう。──さようなら、リアン」


 私達は最後も笑顔で別れました。





 ……リアンとの決別のすぐ後。


 私の心のように空が荒れ、とうとう降り出した雨粒が屋根を打ち据え、雷鳴が轟きます。


「やあ。降ってきたね」


 そんな中、最高にご機嫌な様子で現れたドミナスを見て、私は生まれて初めて殺意が湧きました。……リアンの覚悟を聞いても、この男には何も響かないのでしょうか。

 ぼろぼろとせきを切ったように涙が溢れ出して止まりません。

 

「えっ、あ、レン、泣いちゃった?」


 貴方のせいです。

 リアンも私も、何故こんな男に振り回されないといけないのでしょうか?

 悔しい。腹立たしい。……悲しい。貴方なんか大嫌いです。

 けれど、こんな怒りと嫌悪と悲痛に歪んだ顔を見られてはならない。企みがまだ露見する訳にはいかないのです。


 苦肉の策で、私はドミナスの胸に飛びこみました。殴りたい衝動を抑え、煌びやかな衣装に爪を立てて堪えます。


「……ごめん、なさ……リアン、様のご懐妊を聞いたら、気が動転してしまって……」

「うんうん、無理に喋らなくていいから、僕の胸で泣きなよ」


 黙れ。お前こそ喋るな。 

 大嫌い。……一人で泣かせてよ。

 背中に手を回さないで、気持ち悪い。

 自分を理解のある男だと思っている台詞が、行動が最高に憎たらしい!!


 頭の中で思いつく限りの悪態で罵ってやりましたが、元凶の胸に縋るしかなく、リアンを裏切っているジレンマ、どう足掻いても一人になれない現実に更に涙が溢れます。


 激しい雨と雷が鳴り響く中、私はいつまでも泣きじゃくっていました……。

 


 


 ……この日からドミナスは妙に浮かれてご機嫌なままで、妊婦のリアンの体を労る名目で、また毎日のように離宮に通うようになって。


「……嘘でしょう?」


──私のお腹に新しい命が、ドミナスとの子が宿ったと自覚するのは、春の終わりのことでした。

 


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