7.地獄を抜け出すための根回しは、水面下で進めているのですよ?
待ち望んだリアンとのお茶会でしたが、毎回ドミナスが何かしらの横槍を入れて中断させます。
リアンとの癒しの一時は、紅茶を一杯飲んだら終わり。
その後に待ち受けるのは、ドミナスと過ごす苦難の時間です……。今も彼の膝に乗せられた私は、人形のように好き勝手に弄ばれています。
「今日は九十九本の薔薇の花束を持ってきたよ」
「うわぁ。……黄色がかったものから濃い緑まで、色彩の変化が秀逸ね。ありがとう」
「緑の薔薇は、銀から薄紅へのグラデーションが綺麗なレンの髪に映えるだろう?」
「贈ってもらった薔薇で離宮が埋まりそう……素敵だわ」
花に罪はないので薔薇は全て花瓶に活けてありますが、水神様の水の効果で、儚く散った最初の一本以外は萎れることなく健在です。
離宮は言い過ぎかもしれませんが、部屋は緑の薔薇で溢れ返っています……。
「金と緑の中だとレンが一等鮮やかに見えて、僕は好きだよ」
そう言ってドミナスはまた一輪、薔薇を私の髪に挿しました。
何が楽しいのか、リアンに会うために整えた私の髪を解き、薔薇で飾るのが最近の彼のお気に入りです。
棘が髪に絡んで後が大変なのに……。
緑の薔薇がほしいとか、おためごかしでも言うべきではありませんでした……。
「ド、ドミナス様?」
毎回居合わせるアシオーの、刺々しかった眼差しは日に日に哀れみと困惑に取って替わります。
理想の主君たるドミナスと、私に対してだけ見せる歪で異常な行動との齟齬が激しすぎて、アシオーの中でも処理が追いついていないのでしょう。
「なんだお前居たのか」
アシオーはドミナスの紋様が施された剣持ち。すなわち一番の腹心のはずですが、あまりにも冷淡な対応です。
「リ、リアン様のことは良いのですか?」
「アレにはすでに充分な贈り物をしている。世継ぎのための体にも配慮してやっているのに、これ以上何を望むんだ?」
心底不思議そうなドミナスに、アシオーは精悍な顔を引き攣らせています。
「ドミナス様はその、レン様を、重っ、深く愛されていますが、どこに惹かれたのでしょうか……?」
それは私も気になりますが、怖くて聞けなかった、聞きたくなかった質問です。
ドミナスは一瞬だけ虚を突かれたような顔をして、うっとりと蕩けるような笑みを浮かべました。
「レンの見た目も体も奥ゆかしい性格も最高だけど、一番はやっぱり魂の輝きだなぁ」
「…………え?」
「太陽の光で煌めく水面に映る虹のような。水底から蒼穹を見上げた時のような。それはそれは美しく清麗な輝きなんだ。ずっと見ていたいよ」
そんな、浮世離れした霊的な答えが返ってくるのは想定外でした……。
呆気に取られるアシオーと私を置いてけぼりにして、ドミナスは滔々と語り続けます。
「例え、この豊かな髪が無くなっても。愛らしい顔が焼け爛れたとしても。……魂の輝きが宿ったような綺麗な瞳が見えなくなるのは、ちょっともったいないかなぁ」
ドミナスは私の髪を撫で、頬に指を這わせ、ゆるゆると降って肩を、腰を、太股を撫でさすり、最後に鎖と指輪を覆うように、手と手を重ね合わせます。
「左腕以外の手足を切断しても。このしなやかな肢体が抱けなくなっても。傍にずーっと置いておきたい、そんな輝きに魅了されたのさぁ」
……きゃあああっ!! 気持ち悪い、無理っ、怖い怖いっ!! 嫌い、嫌い嫌い、貴方なんか大嫌いっ!!
心の中では凄まじい嵐が荒れ狂っていますが、それを表に出せば、『例え』が実現されるだけ。
下手をすれば、生きたまま肉体ごと魂を喰らわれるでしょう……。
最悪な事態を回避するためには、ひたすら耐えるしか、ないのです。
「い、嫌だわドミナスったら。そんな酷いことをされたら、魂の輝きだって濁ってしまいそうじゃない?」
「レンもそう思う? ……だから最終手段なんだよねぇ」
やはり本気ですよね。手を振り払いたい衝動をぐっと堪えて、正解でした。
「ひっ……! さ、さすが、は、ド、ドドミナス様。常人とは視点が、違って……いらっしゃる」
言葉だけは何とか取り繕っていますが、アシオーはがたがた震えて、哀れなくらい目を泳がせています。当事者が必死に我慢してるのに、色々だだ漏れじゃないですかね?
元をただせばこの方の、不用意な問い掛けのせいなのに……。
私はつい冷めた目でアシオーを見てしまったのです。
「あれぇ? レン。僕の目の前で、僕以外の男を見たぁ?」
ただでさえ冷えていた空気が、凍てつきました。
アシオーの元が白い顔は、今や雪のように真っ白です。
ほんの少し視線を向けただけ、それすらダメとは……なんて器の小さい男。
私はとっさに、重なったドミナスの手を強く握り返しました。驚いたのか、力が緩んだ彼の右手を持ち上げるようにして、手だけでなく指も絡めます。
「……酷いわ。ドミナスこそ私を疑うの? あんな人、どうだっていいのに」
「え、あ、レンの意志で、僕の手を握ってくれた……?」
意外にも、ドミナスは動揺していました。
焦ったり困惑している時は放電しないようですね。
新しい発見ですが、今はそれどころではありません。
……私は一本角の少年のことを、あの時に上手く立ち回れなかったことを、ずっと後悔していたのだから。
頭の中で目まぐるしく言い訳を考えていたら、柱の一本に目が留まりました。
ドミナスの肌を連想させる淡い黄色の薔薇と、アシオーの顔色のように真っ白な薔薇が咲いています。……これだ。
「彼の方を見たのは、新しく飾られた薔薇の……白薔薇の方が気になっていたからよ。白薔薇には『約束を守る』という花言葉があるのを知ってる? 花束に、一輪の白薔薇を加えてほしくて」
黄色の薔薇には『嫉妬』や『不貞』といった不穏な意味もあるので、白薔薇を選ばざるを得ません。
私は生理的嫌悪で濡れたままの瞳で、ドミナスを見上げました。
「私のことが信用できないのなら。男だったら誰にでも色目を使う節操なしだと疑うのなら。二度と他の男を見ることが出来ないように、貴方の手でこの目を抉っても構わないわ」
「……本当に?」
「ええ、約束する。指切りをしましょう」
それだけの覚悟を持って約束をする、するしかないのです。
指切りのために、絡めあった手を一度離しましたが、ドミナスは大人しく従います。
私は二人の小指を絡めて、歌うように囁きました。
「指切りげんまん、」
「嘘を吐いたらその瞳を抉って食べる」
……食べていいとは言ってませんが?
▲▲▲▲▲
ドミナスは指切りの約束を大層お気に召したようでした。
ある冬の日のことです。
花びらのような初雪が舞う朝、薄氷を踏み割って、私は池へと足を踏み入れました。
身が引き締まる思いで刺すように冷たい水の中を進もうとした瞬間、後ろ手を摑まれ、強い力で引き戻されたのです。
「……なにを考えている!?」
昨夜から本宮でリアンと過ごしているはずの、ドミナスが鬼の形相で立っていました。
いつもの気障ったらしく整えた髪は下ろしたまま、乱れた軽装で、たった今部屋を出たばかりのように温かい手に力が籠もります。
すわ雷が落ちるかという瀬戸際で、私はドミナスに微笑みかけました。
「おはようドミナス。そんなに慌ててどうしたの?」
あっけらかんとした態度に毒気を抜かれて脱力するドミナスを、私は冷静な目で観察します。
──レン。僕以外の男を見て、話して、笑いかけたな?
あの少年に絡まれた日、ドミナスはこう言っていましたね。背後からやって来て、私の表情なんて見えないはずなのに。
侍女達に責め立てられた時も彼は絶妙なタイミングで現れて……後日、個室で二人きりで交わしたリアンとの会話も知っていた様子で、ずっと胸に引っかかっていたのです。
やはり呪いのアイテムでしたか。
私の行動は、腕輪、あるいは指輪を通して常に監視されている。
さらに対の腕輪を持つドミナスは任意で私のもとに転移することが可能だと、これで証明されましたね。
「本当はね、内緒にするつもりだったのだけど……」
入水自殺を匂わせる行動で誘き出したせいで、ただでさえ機嫌の悪いドミナスに、私は神妙な表情を作ります。
「……内緒? 僕に秘密を作るつもりだった?」
「ええ。サプライズのつもりだったのよ。辺境の冬は寒いでしょう? 健気に耐える睡蓮が、苦境を乗り越えるための儀式を執り行おうと思って。だってこの池も、ドミナスの愛の証。私のための特別な睡蓮だから」
寒さで赤らんだ頬のまま見上げれば、満更でもないように、ドミナスはふっと白い息を吐きます。
「だからってわざわざ冬の池に入る必要、あった?」
「ごめんなさい。水神様にまつわる儀式はほとんどが水に浸かるもので、私にとっては当たり前のことだったから、つい……」
「……そういえばレンは変な所で世間知らずだったな」
ドミナスは呆れているようでしたが、納得はしてもらえたみたいです。
「心配かけてごめんなさい。もう許可なくこんなことはしない。池には水神様の水を注ぐだけにしておくわ……」
「わかった。じゃあ、指切りしよっか?」
やり遂げた、と内心で笑う私にドミナスが小指を差し出します。
「指切りげんまん、」
「次に同じことをしたら手足のどれかをもーらう」
なんで毎回物騒なんですか?
指切りなのに指以上のものを持っていこうとするのは、切にやめてほしいです。
……未来の自分にツケを回している気がしますが、雷に打たれる機会は減った上に、想定以上の収穫はあったので、良しとしておきますか。
「そして来年もまた二人で、この池の睡蓮を見ましょうね」
「ああ、約束だよ。──指切った」
白薔薇の花びらのような雪が舞う中、私達は約束を交わしました。
来年の睡蓮が咲く季節、それは水神様が目を覚ます時期でもあります。
──地獄を抜け出すための根回しは、水面下で進めているのですよ?
いつかの答え:④全部
①「きゃあああっ!」(絶叫)
②「気持ち悪いっ! 無理っ!」(拒絶)
③「嫌い、貴方なんか大っ嫌い!!」(嫌悪)
上記三つを煮詰めて濃縮した本音が出そうになった。




