6.歪んで捻れた執着など、愛だと認めてやるものか
散々な目には遭わされましたが、いくつかの条件を受け入れることで、リアンとの交流は許してもらえました。
まず指定された場所は私が暮らす離宮と、リアンの過ごす本宮のちょうど境目です。
瀟洒な四阿があり、離宮の池と赤い橋、本宮の花で満たされた庭が一望できる位置で、必ずリアン付きの侍女が数名とドミナスの腹心一名が同席することになっています。
「たくさんのお水をありがとう。早速お茶にも使わせてもらったわ」
「こちらこそ、素敵なお茶会にお招きいただいてありがとうございます」
お見舞いから少し期間が空き、やや肌寒くなったこともあって、テーブルには水神様の水を沸かせた温かい紅茶とお菓子が用意され、なんと真っ白い砂糖や新鮮な牛乳、蜂蜜だけでなく、苺に桃、瓜に葡萄、林檎に柑橘など、種類も豊富な果物のジャムが添えてありました。
こんな贅沢は離宮に来て初めてではないでしょうか。
「レンは所作が綺麗ね」
温かい飲み物自体が久しぶりです。
お茶を入れるのが得意な家族、テキを思い出しながら、香り高い紅茶を味わっていると、リアンが感心したように言いました。
「きっと育ててくれた方々の教育が良かったのね」
「はい。……とても大切にしてもらいました」
水神様にお仕えする身として恥ずかしくないよう、スィやシズクに礼儀作法などはしっかり仕込まれていました。
水神様の大らかな視線や、可愛いらしい水妖精の姿が頭に浮かび、切なくなります。
周囲の目があるので、リアンに対して敬語にならざるを得ないのも、寂しいです……。
少し気まずい空気を変えるようにリアンも紅茶を一口飲んで、目を瞠りました。
「いつも飲んでる紅茶よりずっと美味しい! 水神様のお水はすごいわね……」
「素材の味が格段に良くなるでしょう? 前回よりも多めにお持ちしましたので、本宮の皆さんとお使いください。無くなったら、またいつでも融通しますよ」
「……こんな手間をかけるぐらいなら、水瓶ごとリアン様に献上すればいいのに」
リアンが何か言う前に、背後に控えた一本角の青年がボソッとこぼします。
さっきから鋭い目で見られているとは思っていましたが、今の呟きは私を責める気持ちが、敵意が隠せていません。
「あらダメよ、アシオー。というより、それは無理な相談だわ。水巫女を始めとした神職は、水神様と契約して加護に応じた量の水を賜るの。大量の水を新鮮なまま保管する特殊な容器、水の器と契約者を無理に引き離せば、水は涸れてしまう」
さすがは水神様を祀る水花王家の姫君、お詳しいです。
私が答えるよりも、信憑性が高くて助かります。水瓶は私の生命線で切り札ですから。
「リアン様の仰る通り、水巫女と水神様の契約で手に入る水はおよそ一年分です。水は豊富にありますので、こうしてこまめに引き渡せたらと思っています」
アシオーという名の側近は、渋面になりましたが反論はないようです。
「この調子で飲み続けたら、リアン様はいつか必ずご健康になられますよ」
「そうなの! あれから寝こむことはないし、なんだか体力もついてきたみたい。専属のお医者様の検診も、苦いお薬も必要なくなっちゃいそう」
リアンは本当に嬉しそうで、私も嬉しくなります。
「……もしかしたら、私はこのために連れて来られたのかもしれません」
アシオーを筆頭に訝しげな視線が突き刺さりますが、私はテーブルの下で腕輪を撫でながら続けました。
「私は実の親の顔すら知らない孤児です。そんな私が誰かの妻に望まれるなんて思ってもいなくて、一度は申し出をお断りしたんです。……でも、ドミナス様は一歩も引かなくて、請われるまま身を任せてしまった。ドミナス様と過ごす日々は、まるで夢のようでした」──悪夢という名の。
離宮での生活を振り返ると、電撃と苦痛と恥辱が蘇り、涙が浮かびそうになります。
私には残虐な行為を強いるのに、リアンのことは、口ではどうこう言いながらも大切にされていらっしゃる。
……リアンと多少見目の似た私は、ただの残忍な衝動をぶつける相手、歪んだ欲望の捌け口なのではないか、とすら思うのです。
歪んで捻れた執着など、愛だと認めてやるものか。
「ドミナス様は先見の明がある方です。その慧眼で、ばらばらだった鬼族をまとめ上げた聡明なお方だと。……そんなドミナス様が私のような小娘に本気で熱を上げると思いますか?」
鬼族の皆さんは、ドミナスを熱狂的に信望しています。
文武両道、思慮深く美貌と誠実さを兼ね備えたカリスマ族長、というのがリアンや鬼族の総意なんですね。
だから私が悪女扱いされ、冷遇される。ドミナスの妾になど、なりたくもなかったのに。
「ドミナス様が何故私のような者を側に置いておくのか、それは私が水神様に仕える身だからではないでしょうか。水神様から賜った水を、リアン様、延いてはドミナス様のためにお使いし、二人を影で支える。それが私に望まれた役割なのではないかと」
相変わらず冷たい目のアシオーはともかく、侍女の方々の見る目は少し変わったようで、どうやら印象操作は成功したみたいです。
ただ一人、優しいリアンはなんでそんなことを言うの、と言わんばかりに顔色を変えていますが。
「ご歓談の所、失礼します」
リアンが何か言う前に、執事の格好をした老齢の鬼族が水を差します。
「リアン様に、ドミナス様から贈り物が届きました。それは素晴らしい宝飾品でございます」
執事の手には黒塗りの立派な箱が、恭しく掲げられていました。
侍女の一人が受け取り、リアンの前で開帳すると、目を刺すような輝きが溢れます。
パリュール……一揃いの宝飾は、それは精緻な金細工の冠に耳輪、首飾りです。
あしらわれている宝石は最高品質の翡翠、ドミナスの瞳の色。あまりの美しさに、誰知れず溜め息が漏れました。
これでドミナスの寵愛が誰にあるか、一目でわかるというもの。
かける言葉を失ったリアンに、アシオーが促します。
「これ程の贈り物をいただいたなら、すぐにでもお礼状を返さなければ」
「……そうね。レン、今日はこれで失礼するわ。貴女とお茶が出来て嬉しかった」
遠くなるリアンの背に黙礼して、さて私も離宮へ戻ろうかと立ち上がり……いつの間にか背後に立っていたドミナスと目が合いました。
私の言い分が気に入らなかったようで、目に見えて不機嫌ですが、もうこのパターンにも慣れましたよ……。
ドミナスの禍々しい怒気を目にするのは初めてなのか、たった一人残っていたアシオーが凄い顔で硬直しています。
何年も放置された毒沼のようにどろりと濁った瞳が私を見下ろし、角先から飛び散る雷光がドミナスの彫り深い顔立ちの陰影を濃くして、その迫力はまるで鬼神です……。
「…………レン。僕の愛を疑ったね?」
地獄の底から響くような重低音。
雷の気配と相まって、雷鳴のようによく響き渡りました。
「……愛はひけらかすものではないと思っているだけよ」
私はまっすぐ見つめながら、言い返してやります。
「それに、私だって役に立ちたかったの。リアン様のような立派な身分はない。預言を授かった訳ではなく、人徳もない。私が持っているのは、水だけ……。だから、リアン様の日影でいいから、貴方の側にいられる大義名分がほしくて……どんな形でもいいから、私もドミナスの妻だって周囲に認めてほしかったの」
「……へぇ」
私の述懐に、ドミナスの怒りが徐々に引いて行き、心なしか顔色も明るくなりました。
ひとまず危機は去ったようですね。
でも、油断は禁物です。青天の霹靂、晴れていたって雷は落ちるのだから。
「私の望みは、ささやかなもの。例えばこんなに上等な紅茶はなくていい、お菓子なんていらないから、この美しい景色を二人でゆっくり眺めて過ごしたい、とか」──ドミナスではなくリアンと、ですが。
私は素早く周囲を見渡しました。
本宮ではドミナスの能力の恩恵で空調設備や照明器具、温室などが充実しているそうで、四阿には季節を問わず、様々な種類の花が飾られています。
彼が讃えられるのは、神が人の世を去ったせいで失われた技術や、かつての快適な暮らしを再現しているからでもあるのです。
雷を攻撃以外にもエネルギー資源として生産的な使い方に昇華出来るあたり、ドミナスは本当に有能で慈悲深い族長なのでしょう。……私以外には。
「豪華な宝飾なんていらない。私は柱を飾る控え目な緑の薔薇を、一輪だけ貰えればいい。貴方の手ずから渡してくれたら、それだけで満足よ」
いや本気で金細工なんていりませんもの。
火傷が増えるだけの飾りより、いつかは朽ちる薔薇の方が遥かにましです。
しかし、一番近くにあったからなんとなく選びましたが、緑の薔薇の花言葉は『穏やか』『希望を持つ』……ドミナスに対して皮肉が効いてますね。
「うん、いいねぇ。その答えはすごく気に入った」
ころっと笑顔になったドミナスの手が、黄色がかった緑の薔薇を掬い取り、私の編みこんだ髪の根本に挿すと、肌に微かな痛みが走ります。
どうやら棘が残っていたようですね。
それがおかしくて、思わず笑いがこみ上げました。
「ようやく笑ってくれたぁ。レン、僕のレン、綺麗だ。……愛してるよ」
私を平気で傷付ける癖に、愛してるなんて片腹痛い。
泣きそうに笑う滑稽な私に、かつてない衝撃が襲いかかります。
ドミナスによる力任せの抱擁からの、放電の合わせ技が原因のようです。
……私の意識とともに、薔薇は無残に散りました。




