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5.正室と妾、境遇は違いますが私達は似た者同士だったようです

「せっかくお見舞いに来てくれたのに、横になったままでごめんなさい。わたくし、生まれつき体が弱くて……」


 初めてお会いした正室の方、リアン様は儚げながら、歪で瞳の濁ったドミナス様には似つかわしくない、意志の強い澄んだ目をした姫君でした。


 繊細な透かし彫りの腕輪の下、青白くも滑らかな肌に火傷の痕は見受けられません。

 ほっそりした細い首にも絞められた形跡はなく、ほっと胸を撫で下ろしました。


「こちらこそ、病床のところにいきなり押しかけてしまい申し訳ありません」


 側に控えたリアン様付きの侍女の方々がわかってるなら来るなよ、とでも言いたげに睨みつけて来ます。

 直接口に出して言わないのは、あの少年や食事係、いえ元侍女達の件があるからでしょうね……。

 

「水神様より賜った水を献上させていただきたく、馳せ参じました」


 透徹な水を湛えた容器を差し出せば、リアン様は紺碧の瞳を丸くしています。可愛いらしい方です。

 

「誰か新しいコップをくださる?」

「リアン様、そんな得体の知れない水を飲む気ですか!?」

「ドミナス様はレン様のことを水巫女だと仰っていたわ。貴女達はドミナス様のことも疑うの?」

「いえ、そんなつもりはありません!」


 慌てて差し出された杯に水を注ぐと、リアン様は一息に飲み干しました。


「……さすがは水神様のお水、とても美味しい。体もすごく楽になった。レン様、貴重な水をありがとうございました」


 屈託なく笑うリアン様に水妖精かぞくの姿が重なります。

 会ってすぐですが、私はこの方を好ましいと思いました。


──何故妾である私が正室であるリアン様のお見舞いに行っているかというと、ドミナスと交渉をした結果です。



▼▼▼▼▼



 私は出会う前からリアン様に感謝をしていました。

 ドミナスが離宮を訪う頻度が減ったのは、リアン様のおかげだから。

 夜に安心して眠れて、しっかり休息が取れて、本当に有難く思っていました。


 ……リアン様のお体が弱いと知るまでは。


「さ、最近は毎晩来てくれて嬉しい。でも、正室の方は、リアン様のことはいいの? 私がドミナスを独占して寂しがってない?」


 柘榴を肴に酒杯を傾けるドミナスに尋ねると、彼はさも楽しげに笑います。

 幾度となく雷を浴びている内に、ようやくドミナスの機嫌の取り方がわかってきました。


「ああ、アレなら熱を出してしばらく寝こんでるよ?」

「……ええっ!?」

 

 つまりドミナスは病気の正妻を放置して、愛人の元に転がりこんでいる、と。……彼も私も最低です。


「正直、世継ぎを作るために娶ったんだけど、体が弱くてしょっちゅう寝こんでるんだよね。もう少し成長したらましになるとしても、そんなことで子どもなんて産めるのかな?」


 ……この男は鬼ですか? 鬼でした。

 先ほども述べた通り、私はリアン様に感謝しています。

 今までは思い至りませんでしたが、怒っても喜んでも電撃を浴びせるようなドミナスを人様に押し付けていたのだとしたら?

 気分次第で噛みついたり、爪を立てたり、ねちねち言葉で責めながら首を絞めてくるドミナスの相手を、お体の弱いリアン様にさせていたとしたらすごく申し訳ないです……。


 そこで私はダメ元で、リアン様へのお見舞いを申し出たのですが……。




「──なんで?」

 

 たった今まで機嫌が良かったのに、今やドミナスの表情は無です。

 陶器の杯は握り砕かれ、角先ではピリピリと放電が始まっています。これはやらかしてしまいましたね……。


「アレとは会ったこともないよね、なんで?」


 追及を重ねるドミナスに、私はことさらにっこり笑います。


「そんなの、ドミナスのために決まってるじゃない」


 空気が明らかに緩みました。

 この機を逃さず、畳み掛けていきましょう。


「水瓶を持ちこむのを許してもらった時、私、必ず貴方の役に立つからって言ったよね。水神様の水はあらゆる生き物に活力を与えるって。リアン様はドミナスの世継ぎを産む御方。リアン様が元気になるのはドミナスにとって良いことでしょう?」


 ドミナスは何か考えこんでいる様子でした。


「それに前からリアン様とは会ってみたかったのよ。私だってドミナスの妻だもの。ちゃんと挨拶したくて」

「……ふぅん。ならいいよ。会わせてあげる」


 ここまで言ってやっとですか。

 どっと疲れましたね……。

 安堵の息を吐いた瞬間、いきなり左腕を摑まれ、腰を抱き寄せられ、耳元で囁かれます。


「アレには世継ぎの男児を産ませる予定だけど、レンには娘を産んでもらうから。……レンにそっくりな、可愛い女の子をねぇ」

「き……」

「き?」

「き…………っと、ドミナスの子なら、男の子でも女の子でも可愛いわ」


 そう絞り出すのが、精一杯でした……。



▲▲▲▲▲



 ……精神的に非常に磨耗しましたが、お見舞いに来た甲斐はありました。

 すっかり回復したリアン様と、二人きりでお話しすることまで出来たのです!

 嫌がらせは無くなりましたが、鬼族の皆さんに腫れ物扱い、爪弾きにされている私には話し相手はドミナスしかいなかったので、疲れないまともな会話が出来るだけで喜ばしいことでした。


「引き留めてごめんなさいね。鬼族の方々はわたくしを敬ってくれるけど、気安く話せる方がいなくて。何不自由なく暮らせているけれど……少し寂しかったの」


 以前ドミナスに聞いたのですが、リアン様は本宮で“預言の姫”だと厚遇されています。

 ドミナスの部族に伝わる至宝のアイテムが、リアン様が産む子は父を凌ぐ才覚を発揮する英雄になると預言したからだそうで、それはそれは大切にかしずかれていると。


「わたくしとドミナス様は政略結婚でね」


 人払いをした寝室でリアン様は悲しげに笑いました。

 なんということでしょう。

 この方はドミナスの本性を知らず、心から愛しておられるのです……。

 

「預言があったからこそわたくしは正妻になって大切にされているけど、こんな病弱な体では、満足に妻の務めを果たせない。だからレン様が居てくれたこと、出会う前から感謝していたの」

「私こそです」


 正室と妾、境遇は違いますが私達は似た者同士だったようです。

 ドミナスへの想いの方向性は正反対ですけど。


「ドミナス様と初めてお会いした瞬間、電流が走ったかと思った。洗練された仕草にあのご尊顔。わたくしのことを壊れもののように大切にエスコートしてくれて……一瞬で恋に落ちたわ」

「そうなのですか。私は雷に打たれましたよ」──物理的に。


「あの方は誠実だから、レン様のことも預言のことも包み隠さず話してくれた。それでも、わたくしが必要だと情熱的に請われて……天にも昇る心地だったわ」

「私の場合は意識が朦朧として、足元がフワフワして、胸が熱くなって昇天するかと思いました」──雷が体の中心を貫いたので。


「レン様の表現は面白いわね!」とリアン様は笑いますが、心の中で付け加えた言葉も含めて、現実に即した(リアルな)感想ですよ?


「……わたくし達、ドミナス様を愛する者同士、仲良くなれそうね」

「私もリアン様とは仲良くしたいです」


 ドミナスのことは、今までもこれからも未来永劫愛するつもりはありませんが。


「それにレン様とわたくし、雰囲気や容姿がどことなく似ていると思わない?」

「……それは、私も同じことを考えていました」


 リアン様は直毛、私は巻き毛という違いはありますが、毛先にだけ赤みがかかった銀髪で、瞳の色も濃さは違えど青色系統です。

 年の頃や背丈もそう変わらなくて、そっくり同じというほどではありませんが、例えるなら蓮の花と睡蓮の花。似て異なる存在なのでしょう。


「わたくし、一人っ子だから姉妹に憧れていたの。ねえ、レンって呼んでいいかな……良かったらまた会ってくれる?」

「光栄です。私、これからもリアン様のために水をお持ちします。定期的に飲んでいたら、いつか必ず健やかになれますよ」


 この理由なら、きっとドミナスだって納得してくれるはずです。





 それからも私達はお互いの身の上、年齢、どんな暮らしをしていたかを語り明かしました。

 リアン様は気さくな方で、身分の違う私のことを馬鹿にせず、対等に接してくれます。


「わたくし達、同じ歳なのね」

「はい。私の場合はおよそですが」

「およそって……わたくしの誕生日は、水玉すいぎょくの月の終わりだけど、レンは自分の誕生日を知らないの?」

「物心ついた頃には両親がおりませんでしたので……孤児の私を育ててくれた家族ならおりますが」


 何しろ私は赤子の頃に水神様に捧げられた身ですから。


「誕生日パーティーをしたことはなかった? 育ての親は祝ってくれなかったの?」

「パーティーですか。水神様の祝祭日を祝うことはありましたが、個人の産まれた日を何故祝うのですか?」

「……レンって、王室育ちのわたくしより世間知らずねぇ」


 神域で水神様と水妖精に育てられた私は、確かに世俗に疎いです。

 そんな私に、いかに誕生日が大切かをリアン様は力説してくださいました。


「誕生日は産まれてきてくれたことに感謝をして皆が祝福する日。特に仲が良い友達や家族が心ばかりの贈り物をしたり、お祝いをするものなのよ。贈り物やパーティーも豪華じゃなくていいの、一緒に楽しむことが肝要だから」

「そんなものですか……」

「レンは堅苦しいのよ。わたくしのことも、親しくなったのだから名前は呼び捨てにして、敬語もやめる。他人行儀だからね」


 ドミナスにも似たようなことを言われましたが、他者を敬う言葉が相手を不快にすることもあるのですね。

 私の敬語は、畏れ多くも崇拝する水神様の言葉遣いを真似たのが始まりで、相手への敬意を表しているつもりでした。人の世とは難しいものです……。


「わかった。……でも、二人の時だけね?」


 鬼族の皆さんやドミナスの目が怖いので。


「よくできました!」

「今度はリアンが敬語使ってる」


 私達は顔を見合わせて笑います。

 友達というのはこんな感じなのでしょうか?

 自然に笑えたのは、楽しいのは久しぶりです。

 この日、私達は笑顔で別れたのですが……。


 

 バチリ。



「なんで僕が怒ってるかわかる? わからないよねぇ」


 私は待ち構えていたドミナスに捕まり、またもやお仕置きを受ける羽目になったのです。

 激しい呵責に息も絶え絶えの私に、ドミナスがポツリと呟きました。


「……僕のためにって言ってたのに、随分盛り上がってたね。アレと仲良くなり過ぎ」

 

 ……本当に理不尽極まりない!!



Q:スイレンの「き……」に本来続くはずだった台詞は?


①「きゃあああっ!」(絶叫)

②「気持ち悪いっ! 無理っ!」(拒絶)

③「嫌い、貴方なんか大っ嫌い!!」(嫌悪)

④ 上三つ全部。


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― 新着の感想 ―
同じく「気持ち悪い」と思って読んでいました笑 てか、ドミナス鬼畜だな! 鬼か! 鬼だったわ!って、スイレンパートはずっとそんな気持ちでいっぱいですわ…うぅん、これはたしかに地獄! リアン様とのやりと…
気持ち悪い、だろうなと思って読んでいたけど、④にしますwww
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