-1.遥か遠い未来で、君達がいつまでも幸せでありますように
本日2話目、最終話。
ドミナスは斃され、フェーリーの復讐は終わった。
ゴミカスはこの世界にストーカー、ロリコン、サイコパスという概念を知らしめた代表例となり、最も不名誉な存在として語り継がれることになったけど……そんなものは罰にもなりやしない。
あいつが残した爪痕は、それほど深いんだ。
『フェーリーはこれでいいの?』
労りをこめてボクは右頬の傷痕を撫でる。
きっとこの傷のように、フェーリーの心にも傷痕が、消せない痛みが刻まれている気がして。
「いいんだよ。けじめのためにわざと残したんだ。格好いいだろ?」
『……うん。最高に格好いい』
大切な人だからこそ話せずに抱えるしかない想い、やるせなさ。フェーリーの気持ちは痛いほどわかるよ。
──だってボクは、フェリシタスになる前の、フェーリとスイレンの間に生まれるはずだった子どもだから。
▽▼▽▼▽▼
『可愛い御子よ、お眠り、お眠り。 あなたは私の腕の中、今夜も楽しい夢を見る。 水のお花は一足先におやすみなさい。 水滴が落ちるよ、優しい雫の音色。 涙は遥かなる湖に還るから、悲しい昨日にさよならしよう。 いっぱい遊んで眠ったら、遠い明日でまた逢いましょう。 淋しくないよ、私はいつでもあなたを見守っている。 可愛い御子よ、お眠り、お眠り。 これまでも、これからもずっと、あなたが幸福でありますように』
遠い遠い記憶の中で母様が子守唄を歌っている。
まだボクがお腹の中に居た、幸せだった頃の思い出。
『母様は早くあなたに会いたいわ』
ボクも会いたいと願っていたのに。
それは、なんの前触れもなく唐突だった。
ボクの魂は世界から弾き出されて、どこまでも続く果てしない空間をひとりぼっちで彷徨っていた……。
『可愛い御子よ、お眠り、お眠り……』
異なる次元に繋がる穴を覗いて、ありとあらゆる世界から知識を得る。
様々な言語を覚えても、干渉出来ない人の営みに孤独を深め、懐かしい子守唄を歌っては自分を慰める……この場所は時間の流れが違うようで、永遠にも感じられる時間を一人で過ごした。
──私の御子、スイレンの子よ。ようやく見つけました──
漏れ出た子守唄の縁を辿って水神様がボクを掬ってくれたのだから、何が功を奏するかわからないね。
──私が休眠に入っている間に、いえ、その前から伸びていた魔の手に気付けず、あなた達家族を守れませんでした。申し訳ありません──
水神様の仰るには、母様に横恋慕した鬼が父様に撃退され、逆恨みした鬼は時空の神のアイテムを用いて時間を逆行、二人が出逢う前に父様は殺され、母様は囚われの身になっていた。
……父様が死んだ、いや時間が遡った時点でボクの存在は消滅するはずだ。なのになんでこんなところを揺蕩っていたのだろう?
──神は気に入った者を御子に選び、神の名代として己の権能を授けることが可能です。消えゆくあなたの存在を不憫に思った時空の神は、魂を保存するために御子の立場を与え、何も知らないあなたを時空の狭間へと導きました──
助けられたというより、壊れた玩具を自分の部屋にこっそり隠した、みたいな雑な扱いには一言もの申したいけど。どうやらボクは時空の神の御子という立場になるらしい。
……ボクは父様と母様の子どもなのに。
こんなことになっても、ボクは両親を愛している。会いたくてたまらない。
父様が殺されたなんて信じられなかった。
『あんまりです……。父様と母様に救いはないのですか?』
──スイレンは鬼から逃げ出すべく行動を起こしています。それに歴史は無理矢理変えられても、辻褄を合わせるために修正力が働くもの。フェーリの魂は、すでにスイレンの胎に宿っています。フルドミナトゥスを倒す預言の子として──
頭の中に預言の詳細が流しこまれる。
……それよりも。
父様が母様の子どもになっちゃうの!?
ボクと父様は親子だけど、この場合は兄弟と呼ぶべき?
いや、存在そのものが消えたボクは、もう二人の家族にはなれないんだ……。
『こんなの救いなんかじゃない! 母様と父様には言わないであげてください。話すとしても、消えた未来で夫婦だったことは絶対に隠しておくべきです』
涙が光の粒になって溢れてくる。
魂だけのボクは涙にも実体がなくて、すぐに儚く消えてしまう。
何者にもなれず、何も残せない、神子とは名ばかりのとても無力な存在だ。
──それではあなたの存在も二人は知らないままになりますが、良いのですか?──
『此処でたくさんの世界を知り、学びました。深い悲しみや怒り、絶望は心を殺してしまいかねません。こんな気持ちを母様達は知らなくていい。二人をこれ以上苦しめないであげて……』
──あなたは優しい子ですね。本来なら、あなたこそが預言の子として産まれるはずでした。フェーリに破れ、静かに狂っていたフルドミナトゥスが、自暴自棄となって国を滅ぼそうとした時に立ち上がり、討つのがあなたの役目だったのです。
あの鬼と正室の間に出来ていた娘を救い、手を取り合って、水花国を導く王となる、輝かしい未来が待ち受けていたのに……──
『もうやめてください!』
ボクは耐えきれず、叫んでいた。
神様とはなんて残酷で傲慢な存在なのだろう。
あるはずだった叶わない未来の話なんて、知りたくなかったよ……。
『時空の神はなんの罰も受けないのですか?』
鬼はいずれ父様が討つ。
だけど元凶の一柱である時空の神は?
神を裁く法は何処の世界にもなかった。
──ある意味、罰は受けているといえますね。時空の神は人の絆を試すような性質の悪い悪戯を好みますが、言い換えれば壊れない強固な絆を確かめたいが故。誰よりも真実の愛に拘泥しているということ。私の御子とその騎士が想い合う姿は、理想通りでお気に召していたそうです。
けれど、二人は人の身ではどうすることも出来ない理不尽、他ならぬ時空の神の力のせいで引き裂かれてしまった。あの神は人の世に残したアイテムで起こった悲劇に胸を痛め、初めて自らの行いを後悔したのでしょう。無明の闇へと自発的に閉じ篭もり、罪を嘆き、悔恨の念に苛まれています──
身も蓋もない言い方をすると、時空の神は重度の恋愛脳でカプ厨を拗らせていて、人にちょっかいをかける癖にメンタルは激弱、NTRは地雷、最推しの顛末に発狂して引き篭もり中ということか。
……時空の神の不手際で起きた悲劇に対して、罰が全然釣り合ってなくない!?
──預言は成就されなくてはならないので、あの鬼はまだ裁けませんが……死して魂だけになれば、人の世に干渉出来ないという、神の制約の対象から外れます。
そして咎人、最も忌むべき魂に転生という救いありません。大罪者をどうするかは我々の胸一つで決まります。時空の神には、引き篭もった空間にあの鬼の魂を封印することを承諾させました。楽に消滅させるのは禁じ、苦痛を与えるのは許可した上で、期間は無期限。フルドミナトゥスにとっても、時空の神にとっても、それはそれは有意義な時間になるでしょうね──
推しを害されたオタクは恐ろしい。時空の神にしても、自らの罪を突き付ける存在と永劫の時を共に過ごす羽目になるのだから、決して心地良い環境にはならないだろう。
憤懣やるかたないボクに、水神様は努めて冷静に説明してくれたけど……押し寄せる寸前の津波のような、決壊手前のダムのような、荒ぶる怒りを抑えているのをひしひしと感じた。
──それで本題なのですが、あなたは私と契約をして水妖精になりませんか?──
水妖精、それは母様が可愛い家族だと語っていた、水神様の眷族のはず。
実子ではなくても、二人の家族になれる最後の可能性を示してくださったのか……。
──私はスイレンを愛しています。けれど神と人とでは考え方に埋められない溝があると、他ならぬあなたに教わりました。深く傷付いたスイレン達に追い打ちをかけないよう、あなたには私の側で、相談役という形で進言して欲しいのです──
『はい。母様……いえ、スイレン達のためになるなら。ボクはあなたと契約をして、水妖精になります』
けじめとして、二人が生きている間は母様と父様とは呼びかけない。そうボクは心の中で誓った。
──契約成立です──
一滴の雫が降ってきた。
それはきっと水神様の涙の一粒。
ボクはそのまま水神様の大きな手から滴り落ちる。
──契約の報酬をまだ告げていませんでしたね。粛々と罰を受け入れた時空の神に、私はある誓いを立てさせました。
あなたが水妖精の生に満足して水の体から解き放たれる時、転生先を選ぶ権利が与えられます。時空の神の身命を賭してでも叶えさせます。もちろん私も助力を惜しみません。次の生こそ、あなたが幸福であるように──
水神様の御言葉に希望を見出して、今度は嬉し涙が溢れて止まらない。
ボクの願いは決まっている。今度こそ幸せになった二人の、スイレンとフェーリの子どもとして産まれたい。
『ありがとうございます……』
──あなたは本当に涙もろいですね。感受性の豊かなフェーリによく似ています。聡明で柔軟なところはスイレン譲りでしょうか。……二人の名も無き子よ、これからはあなたのことを涙と呼びましょう──
こうしてボクは、水妖精の“ルイ”になった。
涙を流しながら、落ちて、落ちて、水神様に救われたスイレンの元へ辿り着いた時には、水で構成された小さな体が出来上がっていた。
『おかえりなさい。ずっと、待ってたよ』
……もう二度と会えないかと思った。
スイレンの体に、フェーリの宿るお腹にしがみつく。懐かしい温かさに、涙が止まらなくなる。
二人とも辛かっただろう、苦しかったはずだ。もう悲しまなくていいからね……。
「…………待たせてごめんね。ただいま」
大好きだよ。二人のことをいつまでも愛している。
ずっとずっと、君達に会いたくてたまらなかった。一人は淋しかった……。
二人の子どもにはなれなかったけど、せめて側にいさせてほしい。
▲△▲△▲△
『フェーリーは今幸せ?』
「そんなの幸せに決まってる。友達がいて、家族がいて、大好きな母様がいるんだからね」
これも歴史の修正力なのかな、フェーリーは幼い頃に前世の記憶を取り戻している。
残酷な真実に打ちのめされても、幸せだと言ってのけるフェーリーは強い。
父と子ではなく、兄弟や親友のような関係は面映ゆくも楽しく……切なかった。
「私も幸せ。フェーリーもルイも、スィもテキもシズクも、皆大好きよ」
屈託なく笑うスイレンは、優しいけど侮れない人だ。なんだか色々見透かされている気がする。
あの日も、ドミナスの娘を毅然として導き、優しくリアン様の愛を伝えてあげていた。
猛々しい火焔が、緩やかな曲線で表現した流水に自然に移り変わる文様、流水の焔と蓮の花を金糸で刺繍した羽織まで用意していたとはね。
……運命が変わったから、ニンファエアは女王となるべく奮闘している。いずれ、その手を取るのに相応しい伴侶が現れるはずだ。
今のボクには何もしてやれないけど、彼女にも幸せになってほしい。
『わたしも皆が大好き! こうやって旅が出来るなんて思わなかった』
水妖精の中でも古株なスィは、ボクらのリーダーだ。
スイレンにとってはきっと母親のような、支えてくれる存在なんだと思う。
『ぼくだって幸せだよー』
テキはボクよりも遥かに年上なのにいつまでも無邪気で、皆の弟みたいな立ち位置にいる。
テキも、テキが入れてくれるお茶も、ボクらの癒し。
『ワタシも。こんな家族に、ずっと憧れてたの』
シズクはスイレンの親友。皆の姉役で、しっかり者で頼りになるけど、誰よりも淋しがりやな水妖精だ。
皆、ボクの自慢の家族達。
スィも、テキも、シズクも、スイレンとフェーリーと、ボクの行く末を見届けてから輪廻の輪に還ると決めてくれていた。……ボクらの事情を知らないはずなのに。
『ボクも皆が大好きだよ』
大好きで大切だからこそ、どうしても幸せだと言えないのが辛い。でも、これがボクの精一杯なんだ……。
感情が溢れてフェーリーに全てをぶちまけてしまいそうになったこともあったけど、何とか踏み止まれた。
時空の神の預言のように嘘ではない言葉を選んだから、ボクが二人の子どもだという核心は秘密のまま。
……それでも優しいフェーリーは心を痛め、必死で慰めて、子守唄を歌ってくれたね。嬉しかったよ。
「母様は絶対、オレが守るから。これからもずっと一緒だよ」
強い風が吹いて、白薔薇の花びらが舞った。
フェーリーはスイレンの肩を抱き寄せて、二人は無意識だろうけど、飛ばされないようしがみついたボクらを守るように包みこむ。
水神様曰く、時空の神の加護で、ボクは人よりも体感時間が緩やかに流れているそうだ。
この愛しくも歪な家族を長く続けられると思えば、悪くはないかな。
「フェーリー、ありがとう。あなたを愛してるわ」
どんな形であれ想い合う二人は微笑ましい。
「オレも愛してるよ」
大切な君達には死ぬまで、いや、死んでも幸せでいてほしい。
人生を全うし、柵みから解き放たれた後でなら、ボク達皆がそれぞれ抱えていた想いを包み隠さず打ち明けたって、許されるはず。
魂の姿になったスイレンとフェーリーと、神域で少しだけでも親子の時間を過ごせたら、ボクの未練はなくなるだろう。
二人は生まれ変わって、また巡り逢い、結ばれて夫婦になる。
ボクの記憶は無くなったとしても、必ず君達の子どもに産まれるから。遠い明日でまた逢えるよ。
──遥か遠い未来で、君達がいつまでも幸せでありますように。
ボクらなんて、神々に翻弄される脆弱な存在に過ぎないのだとしても。
古来より、神との契約は絶対に破ることを赦されない。それは神の側にも適用される。
ボクの願いは何がなんでも叶えて貰うよ。
終
最後まで読んでいただきありがとうございました。




