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31.オレの前では誰も犠牲にさせない

フェリシタス(幸福)? 通称はフェーリーか。気に入らない名だねぇ。……僕の名はフルドミナトゥス。国の大半を治める鬼族の族長にして、スイレンの最初で最後の夫であり、お前の父親だよ」


 ドミナスが名乗り返したことで決闘は成立する。しかし、その口上は不愉快極まりないものだった。


「お前は正しい歴史を変えた簒奪者だ。求婚を拒んだ母を力尽くで奪い、母と引き換えるためなら実の娘すら手にかけんとする……族長たる資格も、夫を、父親と名乗る権利もない。何もかも間違えたお前を、オレがこの手で終わらせてやる」

「さっきから預言の子でも気取っているのかな。その高慢な鼻っ柱をへし折って、返り討ちにしてあげるよ」


 ドミナスの額に稲妻のような青筋が浮く。

 どうやらオレの言葉は逆鱗に触れたらしい。

 さらに言い募ろうとしたところで、思わぬ乱入者が到着した。


「ドミナス様! 族長としての貴方は有能で、功績は本物だ。感謝は変わらない。でも俺は、貴方が道を踏み外した時に……弟を殺された時に、諫めるべきだった。貴方は間違っている!」


 侍女の格好をした女性を抱え、ガタガタ震えながらも啖呵を切った一本角の鬼、アシオーを白けた目で睥睨へいげいするドミナス。

 黄金の角が雷を纏った時点で、オレは水底にゴミのように転がっていたドミナスの腕を蹴り飛ばした。

 並行して小規模な水柱を築き、突き上げたことで右腕はさらに高く舞う。


「どいつもこいつも間違いだと、うるさいなぁ」


 直後に放たれた雷撃は、金属の腕輪と水柱が上手く避雷針代わりとなって、吸い込まれるように誘導、収束して──ドミナスの右腕を一瞬で焼き尽くすと、腕輪も跡形もなく砕け散った。

 でも、まだだ。これだけでは母の地獄は終わらない。束縛の象徴(腕輪)は、もう一つ残っているのだから。


 オレは波乗りの要領で瞬時に二人の元へ向かうと、水の幕を張ってドミナスの雷撃を防ぐ。

 侍女を庇うように抱えて蹲っていたアシオーは、いつまでも到達しない雷に恐る恐る顔を上げ、オレを見て顎が外れんばかりに驚いていた。


「……そのお姿は、貴殿はもしかしてレン、様とドミナス様の」

「エア様は、どこに、いるの」


 血の滲んだ包帯が痛々しい、雷に打たれてぼろぼろの侍女が決死の形相で割りこんでくる。


「まずはこれを。母から託された水だよ」


 オレは硝子瓶を取り出すと、治癒の祈りがこめられた水を侍女の傷口に注いだ。

 きっと母はこうなることがわかって、水を持たせてくれたのだと思う。


「彼女の側には母がいるから安心してほしい。他にも傷を負った者がいるんだろう? この水を持って行ってあげて。あの男と決着をつけたら、必ず姉は帰すから」


 すっかり回復した侍女の手に容器を受け渡すと、二人は目を丸くして、悄然と頭を垂れた。


「リアン様付きだった頃から、わたしは貴方の母に、スイレン様に酷いことを言ってばかりだったのに、エア様を助けてくれて、わたしなんかの傷まで癒してくれて、ありがとう……」

「本当に、申し訳なかった。俺も罪を償うから……」


 過去の話をする時、母はリアン様の侍女に対して思うところはないようだった。

 オレとしても、姉を庇って傷を負った献身的な女性に悪感情を抱く理由はない。

 それに今のアシオーは心から反省して、鬼族の誇りを取り戻しているように見えた。


「母は貴女達のことは恨んでいないよ。でも、罪を償うというなら、全てが終わった後に姉を支えてやってほしい。彼女は深く傷付いているだろうから」

「必ず。この命に替えても」


 アシオー達の去り際、雷を帯びた刃が水の幕を切り裂いたので、水神様より賜りし剣を抜いて応戦する。ぶつかり合った刀身が火花を散らした。

──オレの前では誰も犠牲にさせない。


「……僕の息子の分際で、随分と勝手な真似をしてくれるなぁ」

「お前にだけは言われたくない。身勝手の権化が。母を手に入れるために、無理矢理手に入れた後ですら、罪の無い人を何人殺した?」

 

 犠牲者はドミナスの両親、前世のオレ、アシオーの弟だけでは収まらないだろう。


「無理矢理とは人聞きが悪い。本当にお前は何もわかっていないねぇ。払った犠牲は僕の愛の証明だよ」


 オレと距離を取りながら、母の左腕を胸に抱えて陶酔したようにうっとりと笑うドミナスは、控え目にいっても気持ち悪かった……。


「犠牲者の数が多ければ愛か? そんなものは愛なんかじゃない。そもそも正妻との婚約中に母を妾にした時点で不実なんだよ! 政略であろうがなかろうが、二人とも幸せに出来なかったお前が愛を語るな。……本当に母を愛しているなら、冷遇なんて許さず大切にしたはず。お前の愛は口だけだ。第一、オレならたった一人にだけ愛を捧げて、どんな悪意からも守り抜く。思い通りにならないからと、罰と称して雷で打ち据えるなど、言語道断だ!!」

「お前は青臭くて苛つくなぁ! 愛しい女を囲って何が悪い? 男の甲斐性がわからないとは、とんだ未熟者だ」

「相手を想い、身を引くことだって愛の形だ。幸せにしてやれないなら最初から手を出すな!!」


 母の心と体を傷付けたこの男を、オレは絶対に赦しはしない。

 ドミナスは射殺さんばかりの獰猛な目で睨んだかと思えば、一転して晴れやかに微笑んだ。


「中身は糞だが、お前の外見だけは好ましいと思っているよ。華やかな銀の巻き毛にそびえる金の角、白絹の如き滑らかなはだと、輝く翡翠の瞳の取り合わせは、少年時代の僕そっくりな耽美な容貌と調和マッチしているねぇ。レンの色彩と僕の特徴が入り混じ、引き立て合うことで完成された美貌……完璧だ。お前はまさに二人の愛の結晶。なのに僕の愛を否定するのか?」


 ……全身の血液が煮えたぎり、血管が破裂するかと思った。脳味噌が怒りで焼き切れそうだ。

 溢れる激情は激しい嵐となって、オレの中で荒れ狂う。

 止め処ない怒りは纏った水流を伝い、赤い橋を砕き、池を真っ二つに割った。


「二人の愛の結晶なんかじゃない! 存在していることこそが罪の証、オレはお前の罪そのもの、地獄の煮凝りだ!!」


 お前さえいなければ、母は穢れた体だと思い込み、苦しむことも自らの幸せを諦めることもなかった。

 お前のせいで、ルイは生まれることが出来なかったと嘆く羽目になった。

 ……本当なら、オレは息子ではなく、一人の男として母と出逢えたのに。

 この男が時を戻したせいで、オレも、母も、ルイも、人生を取り返しがつかないぐらいに歪められ、破壊された!! 

 ……赦さない。赦してたまるものか。殺してやる。


「母に拒絶されているのに、執着して、いつまでも付き纏いやがって。迷惑でしかないのをいい加減わかれよ。粘着質で悪質なストーカーが。母が愛しているのはお前じゃない。このオレだ!!」


 どうせ鏡での公開中継は今も続いているんだろう。炎上するのが望みなら、とことん燃料をべてやろうじゃないか。


「母といい、正妻といい、十歳以上も年下ばかり、しかもあどけない時分に手を出すなんて……人の世では、庇護すべき年齢の少女に性愛を向けるのは異常性癖なんだよ、このロリコン!!」

「すとーかー? ろりこん? ……なんだそれは。お前はさっきから一体何をほざいている?」


 ルイの教えてくれた知識が身に付いているおかげで、怒りに我を忘れてもスラスラと言葉の礫を放てた。

 聞き慣れない単語は理解出来ずとも、憎いオレに罵倒されたドミナスは、戸惑いながらも怒りで顔をどす黒く染めている。……内面の醜さが滲み出た、今のこの男を美しいと思う者は誰もいないだろう。


「思いやりに欠け、良心どころか人の心がまるで無い。他者の痛みがわからないから平気で踏み躙り、暴力で支配する。傍から見れば魅力的でも、自己中心的で責任感が欠如している……お前みたいな奴を、異なる世界の言葉でサイコパスと言うんだ!!」

「意味のわからないことをくどくどと並べて……不愉快だよ」


 ドミナスは一言で切って捨てると、オレに対抗するかの如く緑金の雷を全身に纏う。その姿は雷の棘を巻きつけているようだった。


対価むすめはもう捧げた。レンに愛されているというお前を殺す寸前まで痛め付け、無様に泣かせてやれば。お前の命乞いをするためならば、レンは僕の元に戻って来てくれるっ!!」


 言うやいなや、ドミナスは豪速で突きを食らわせてくる。

 水神様の水で雷はいなせても、この突きをまともに受ければただではすまないだろう。

 咄嗟に水流と剣で受け流したが、衝撃だけで腕が震え、水の一部が蒸発する。

 ……利き腕を切り落としたことは、ハンデにもなっていないようだ。


「ああ、早くレンに逢いたい。柔らかな体を掻き抱きたい。……代わりの子を孕んでお前の存在が用済みになるまで、目の前で愛し合う様を見せつけてやる。母子ともに四肢を切り落としてお揃いにするつもりだけど、お前の目玉は一つだけは残してやるから感謝しなよ」

「最低なことを言っている自覚はないだろうな……真性の変態め。気持ち悪い。母の愛称を気安く呼ぶな。むしろ二度と喋らず、貝のように口を閉ざしてろ。呼吸もするな。よく回るその舌を今すぐ噛み千切ってくれ」

「まったく、父親に対して口の利き方がなっていないねぇ。……しっかり躾け直してやる」


 対面して少ししか経っていないが、この悍ましさに一年も耐え、腹の中の胎児オレを隠し通し、守り抜いた母の尽力と途方もない苦労が偲ばれて、涙が出そうになった……。


 本当に、こんな狂人を父親だなんて思いたくもないっ!!




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