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30.オレは宣言して復讐劇の幕を切って落とした

 ドミナスがオレの血の繋がった父親だということは、覆せない事実である。

 その実父が、全てを擲つ覚悟で自らの一挙手一投足を国中に晒し始めたと水神様に告げられ……感じたのは謎の罪悪感と羞恥心、そして憤りだった。


 企みはそれだけで終わらず、今や国の半数以上を占有するドミナスの領地、その全ての貯水池が、河川の氾濫を防ぐための堤防が、地中に仕込まれていた悪意()によって一斉に破壊されたことも知らされる。

 人為的に起こされた水害、犯人は工事を押し進めていたドミナスしかあり得ない。


 母がその身と引き換えに齎した水の恵みを、あいつは身勝手な欲望のために踏み躙りやがったんだ。

 誇り高い鬼族だのなんだの言っている癖に、あいつこそ民衆のことなど何も考えず、いつだってやりたい放題だ……。

 各地は混乱の極みだろうが、上層部に判断を仰ごうにも、通信手段はその一番上トップによって乗っ取られている。

 その用意周到ぶりに、母への尽きせぬ執着を感じて全身という全身に鳥肌が立った。


──水は私の領分。死者は出ておりませんが、これはフルドミナトゥスなりに儀式をなぞらえているのでしょうね。歪んではいますが、成立すればこの神域と繋がる道が出来てしまう。恐るべき執念です──


「貯水池の破壊は、母が水の器(水瓶)を手放した時の見立てということですか?」


──睡蓮鉢を真っ先に沈めていたようなので、間違いないでしょう。占領地の水場を破棄して、衆目を集め、最後は対価として、あなたの姉を捧げるつもりのようですね──


「……実の娘を何だと思っているんだ。獣にも劣る鬼畜め。オレは今すぐ人の世に、ドミナスの元に向かいます」


 湖越しとはいえ水神様の御前なのに、つい口汚く罵ってしまった。

 預言なんてどうでもいい、英雄になんかならなくていいから、今すぐにでも飛んでいってドミナスに斬りかかりたい。けれどオレの浅はかな思惑はあえなく止められてしまう。


──時機を誤れば、被害はもっと深刻化します。道が開かれるのを待ちなさい。そうでなければ、あなたではなく、罪の無いあなたの姉が命を落とすことになりかねません──


 そう言われたら、指をくわえて待つしか出来ないじゃないか……。


「今の話はどういうことなの、フェーリー」


 悶々とするオレの元に、硝子瓶を担いだルイと……暗い表情の母が訪れる。


「水神様、先ほどから水がざわめいています。人の世で何か起こっているのではありませんか? ……どうか教えてください。私は真実を知りたいのです」


 母の懇願に応えて湖の一画は水鏡となり、ある光景を投影する。


〖痛い、痛い……! お願いします、お父様、手を離してください〗


 それは足枷をはめられ、奴隷のように歩かされる少女の姿だった……。

 恐らくは現在進行形で通信の鏡に映し出されているのと、同じもの。


「……なんてこと。フェーリーの言っていた、立ち上がる時が来てしまったのね」


 母は湖畔で跪くと、水鏡に映る姉の泣き顔を撫でるように、水面に指を差しこんで清らかな水を掬う。


『どうかこの哀れな身に癒しの奇跡を』


 水をルイが持っていた硝子の器に静かに注ぐと、それなりに大きな瓶はすぐに満たされ、一瞬だけ光を放つ。

 立ち上がった母は、凛とした眼差しでオレと向かい合った。

 

「治癒の祈りをこめた水よ。持って行って。あなたは信念に従うのでしょう。私も私の為すべきことをするわ」


 流水の雷が施されたマントの下に硝子瓶を収納すると、オレはルイごと母の体を抱擁する。


「ありがとう母様。オレはドミナスを倒して、必ずあなたの元に帰ってくるから」

「ええ。指切りをするまでもない。あなたを信じているもの」

『ボクも知っているよ。何があっても君は絶対に戻ってくるって』


 オレ達の、歪んでしまった家族の想いが一つになった傍らで、水鏡はドミナスの妄執を延々と垂れ流していた。


〖僕が本当に愛する人、妾だったスイレンは、自らを対価にして僕の手の内から逃れた。だからまた、対価を──生贄を捧げればスイレンを取り戻せる。そう思ったからお前を育ててあげたんだよ? ついにその時が来ただけさ〗

〖……お父様に愛されていないのは知っていました。預言の子ですらなく、お母様の命を奪って産まれた罪深いわたくしを、それでも育ててくれたのは、まさか生贄にするためだった、なんて……〗


 姉の心境を思うと胸が痛んだが……無償の愛を捧げてくれた人も、その間に産まれた娘も、誰一人として幸福に出来ない男なのだと再認識する。


〖エア……ニンファエア。ようやく役に立つ時が来たね。実はね、お前の母、正室のリアンフアレと、水神の御子であるスイレンは生き別れた双子の姉妹だったんだ。水花王家は隠していたけど。二人は僕が妬くほど仲が良くて、スイレンを冷遇しなかったのもアレだけだった。そんなアレの娘となら、水神も喜んで交換に応じてくれるさ。……お前を沈めれば、きっとスイレンも反応せずにはいられない〗


 さっきから衝撃の事実を暴露されているのに、母は悲しそうだけど動揺はしていなかった。……知らされていなくても、薄々察していたのかもしれない。


〖今のお前は、あの日、あの時のスイレンと同じくらいに育っている。……ああ、でも等価交換を成立させるためには、僕そっくりな角は不要かもしれない。左腕も切り落としておかないと、条件は同じとは言えないかなぁ?〗

〖やめて、お父様!!〗


 あの野郎、抵抗も出来ない無力な少女に何をする気だ!?


「フェーリー、あの子を助けてあげて。お願い」


 言われるまでもなくオレは膝をつくと、掌を水面に叩きつけた。

 広がる波紋。すでに神域と池の間に道は繋がりかけている。

 オレは水流を練り上げ、加圧して──



──勢いをつけて放った水の刃は、娘に手をかけようとする愚かな父親もどき(ドミナス)の右腕をすんでの所で切断した。

 血も涙もないと思っていたのに、大量の血が噴出して水鏡の向こう側を赤く染める。

 

 オレには水神様ほどの伎倆がないので、切り口は荒々しい。痛みも相当あるはずだ。

 振り上げられた剣は地面に突き刺さり、切り飛ばした腕は水音を立てて池に落ちるが、水神様がドミナスの一部を受け入れるはずもなく。右腕が神域に、母の元に届くことはなかった。

 彼方の池の睡蓮は、避難するように此方に流れ着き始めているのにね。


〖……不意打ちとは、卑劣な手を使うなぁ。姿を見せなよ、卑怯者が〗


 前世のオレを背後から闇討ちしたくせに、どの口が言うのか……。

 厚顔無恥も甚だしいが、こいつの言動は常にそうだ。

 きっと肩に棚上げ用の棚を担いで、頭にはブーメランが何本も突き刺さっているのだろう。


 突然の惨劇に顔色を無くした姉は池の方へ倒れそうになり……思わず、といった様子のルイが水越しにその手を取った。


『大丈夫だから君はこっちにおいで』


 ルイに手を引かれるがまま、姉は水の中へ。

 オレは入れ替わる形で湖に飛びこむと、水飛沫を上げて池に降り立つ。

 切り口を雷で焼いて止血しながら、ドミナスはいきなり現れたオレを値踏みするように睨みつけ、次いで目を見開いた。

 

 初めての父子の対面だが、そこに感動はなく、冷ややかな憎しみだけが二人の間に横たわっていた。

 肖像画で見た時よりも年月を重ね、凄みを増した美貌は自身の血と驚愕、憤怒で凄絶に彩られている。

 

「その容姿、瞳の色に角……お前はレンと僕の子か? だが、その魂の輝きは憎たらしいあの男と同じ……!!」


 最愛の女性との間に子を授かっていた。しかし魂は惨たらしく殺した男の物と気付いて、微かな喜びも激しい憎悪に塗り潰されたようだ。


「……ふぅん。そうか、そういうことか。レンのあの笑顔は、愛してるは、子守唄は、全てはらの中にいたお前に向けられたものだったんだ……。お前は、十五年以上も彼女の愛を独占し続けていたのかっ!!」


 慟哭すると、ドミナスは血涙を流し、ギリギリと歯を食いしばる。

 ……見ようによっては歯軋りして悔しがってるようにも見えなくないな。

 バチンと小手調べのように一筋の雷撃が放たれたので、オレは池の水を操作して身に纏うと、緑金の雷を絡め取り、あっさり受け流した。


「……池の水は一滴残らず僕の物だ。さっきから誰の許可を得て使っている?」

「生憎だが、母は契約者をお前とその血族に定めている。オレにも権利はあるんだよ」

「レンはこうなることを見越した上で、契約の変更を申し出たのか……あの時点ですでにお前が宿っていると察知していた?」


 何か思い当たる節があったのか、ドミナスは激情に任せて頭を搔きむしる。

 醜怪な姿に辟易しながらも、オレは鬼族の流儀に倣って名乗りを上げた。

 

「オレの名はフェリシタス。水神様に選ばれし水竜の騎士だ。後継者たる姉の危機、統治者の乱心により国が荒されたと判断して急ぎ駆けつけた。罪深き者め。実の父親だろうと関係ない。お前はオレが打ち倒す!!」


 オレは宣言して復讐劇の幕を切って落とした。



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待ってた! フェリシタスくん!!! 弟くんたちに守られてよかったよ、エアお姉ちゃん…! アシオーくんパートのラストはヒヤヒヤしてたけど、斬られたのエアちゃんじゃなくてなによりです。 アシオーくんパ…
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