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29.腹心として、最後に一度くらいはお諫めしようじゃないか……

──ドミナス様は何を考えている!? エア様に、実の娘に雷を浴びせるなんて……。


 常に持ち歩いていた通信の鏡に、いきなり送り付けられた映像に恐れ戦き、俺はリアン様に宛がわれ、エア様に引き継がれた部屋へと駆けつけた。

 ……ドミナス様を止めに行くべきでは、とも頭の中の冷静な部分では思っていたが、倒れ伏す侍女達を放ってはおけないと自分に言い訳して介抱に当たる。


 辛うじて息はあるが、エア様を庇って雷に打ち据えられ、そのまま放置された三人は見るも無残な状態だった……。奇跡的に電紋はないが、女性なのに傷痕が残りそうで、今こそレンの水がほしくなる。


 患部を冷やして火傷に薬を塗り、裂けた桃色の肌に包帯を巻いて、俺が必死に手当てをしているのに、壁際に控えた老執事は黙って立ち尽くし、手を貸そうともしないで虚ろに宙を見ている。

 ……この執事はいつもそうだ。

 ただドミナス様の命令に従うだけの人形。

 自分で考えて行動することはない。そのように調教されている。

 もしかしたら、俺が行き着く未来の姿なのではと、嫌な想像をして背筋が寒くなった。

 こうはなりたくないと思っているのに、否定出来ない自分が嫌になる……。


「わた……達は、いい、から……どうかエア様を……」


 とりわけ重傷の侍女が、痙攣する腕を伸ばして入口を指し示す。

 息も絶え絶えなのに、それでも尚自分達よりもエア様を優先するなんて。

 レン付きの元侍女達は、彼女が去った後も水を求め、喚きちらすだけだったのに、なんという忠誠心だろう……。

 罪を重ねるドミナス様に怯え戸惑い、一度たりとも苦言を呈することが出来なかった俺とも大違いだ……。

 

 小さな鏡には、相変わらず愚図だなぁと笑うドミナス様が、侍女を案じて涙を流すエア様を池の方へと引きずって行く姿が映し出されていた。

 城中が蜂の巣を突いたように騒がしく、混乱が広がっているのを肌で感じた。


 ……あの方はついに御乱心されたのか、どうやったかは知らないが、鏡という鏡に映像を流し、自らの挙動をリアルタイムで衆目に晒している。恐らくは占領地の通信の鏡も同じ状態に違いない。

 俺達が決死の覚悟で隠し通していた狂気を曝け出して、ドミナス様は一体何がしたいんだ!?


 不幸中の幸いなのは、エア様はドミナス様の能力を引き継いでおり、雷に耐性があるのと、侍女が全身で庇ったおかげで目立った外傷はないこと。

 ただその足取りは蹌踉として、逃がしはしないとでもいうように、いつの間にか足枷を嵌められていた。

 実の娘にする仕打ちではなく、これではまるで重罪人の連行じゃないか……。

 我が子を守るどころか虐げるなんて、誇り高い鬼族としてあってはならないことだ。


〖痛い、痛い……! お願いします、お父様、手を離してください〗

〖僕がわざわざエスコートしてあげているのに……エアは我が儘な子だね?〗

〖わたくしを、ねえや達のところに帰して。皆が死んでしまう……〗

〖主人を守ろうとする心意気、誇り高い行動に免じて手加減はしたから、死にはしないよ。後遺症は残るかもしれないけど〗


 血の繋がった親子だというのに、初めて目にするエア様とドミナス様の会話は、微笑ましさの欠片もない痛ましいもので。

 あの方には血も涙もないのだと、国中に知れ渡ってしまったな……。

 

〖……どうしてこんな酷い真似をするのですか?〗

 

 ドミナス様は頑是ない子どもに言い聞かせるように答える。


〖僕が本当に愛する人、妾だったスイレンは、自らを対価にして僕の手の内から逃れた。だからまた、対価を──生贄を捧げればスイレンを取り戻せる。そう思ったからお前を育ててあげたんだよ? ついにその時が来ただけさ〗


 話しがどことなく噛み合っていない。

 ただ口調だけは優しく諭すように、恩着せがましく鬼畜の所業を語る。わかってはいたが、ドミナス様は完全に狂ってしまわれたのか……。


〖……お父様に愛されていないのは知っていました。預言の子ですらなく、お母様の命を奪って産まれた罪深いわたくしを、それでも育ててくれたのは、まさか生贄にするためだった、なんて……〗


 池の淵で泣き崩れるエア様に、ドミナス様はあらかじめ用意していたであろう、赤と白の入り混じった睡蓮を動作だけは優しく手渡した。

 滾々と水の湧き出る睡蓮鉢は見当たらないが、すでに台座ごと沈められているのだろう。

 よくよく見れば、エア様が身に纏う白いドレスは煌びやかなようで、作り自体は水巫女の……レンの衣装に似せたものだ。


 エア様も沈める気だと察して、全身の血の気が引いていく。

 王家の話を聞く限り、水神の元に辿り着けるとは限らないのに。下手をしたら溺死してしまう。

 ……いや、ドミナス様はエア様を生贄と称した。失敗してもそのまま命を捧げる気なのだ。


「リアン様の、お母様の愛は、お伝えして、いたのに、そんな風に、思っていたなんて……愚かだった、我々と違って、エア様には、罪なんか、一つもない……!! 誰かお願い、助けて……!!」


 侍女に懇願されても俺は動けず、鏡に釘付けになっていた。

 今ドミナス様の邪魔をすれば、この侍女のように雷で打たれるのは目に見えている。

 ……侍女は生かされたが、俺はきっと殺されるだろう。

 皆同じ考えなのか、止めに入る者は誰もいない。


〖エア……ニンファエア。ようやく役に立つ時が来たね。実はね、お前の母、正室のリアンフアレと、水神の御子であるスイレンは生き別れた双子の姉妹だったんだ。水花王家は隠していたけど。二人は僕が妬くほど仲が良くて、スイレンを冷遇しなかったのもアレだけだった。そんなアレの娘となら、水神も喜んで交換に応じてくれるさ。……お前を沈めれば、きっとスイレンも反応せずにはいられない〗


 ドミナス様が爆弾を落とした。

 なんでこの方は自分の罪を、部族の恥をべらべら説明しているんだ!?

 水神の御子、すなわち神子が妾として扱われ、逃げ出すような環境にいたことまで暴露されるなんて……俺達はもう、お終いだ……。


〖今のお前は、あの日、あの時のスイレンと同じくらいに育っている。……ああ、でも等価交換を成立させるためには、僕そっくりな角は不要かもしれない。左腕も切り落としておかないと、同じ条件とは言えないかなぁ?〗

〖やめて、お父様!!〗 


 エア様が悲痛な声を上げた。

 大仰な仕草で剣を抜いたドミナス様の醜悪な顔と、切り落とされたレンの左腕を大事に胸に抱える異常な姿がわざとのように大写しになる。


 その瞬間、俺は察した。気付いてしまった。


 ドミナス様は娘──唯一の家族だけではなく、自分の持つ権力も名声も、何もかも全てをなげうってでも、レンだけを求めているという主張アピールをしている。

 水神に、レンに覚悟を示すためだけに、部族の名誉も命運も一蓮托生にしたんだ……!!


 俺が尊敬していた、慈悲深き族長はもういない。否、端から虚像だったのだと思い知らされた。

 部族のためならばまともな判断を下せると、信じていたのに。

 ドミナス様は己の欲望を優先して族長の責任だけでなく、鬼族の誇りまで放棄したのだ。

 怒りと失望で頭が真っ白に染まる。


「お願い……わた、しを、エア様の、ところに、連れて、行って!!」


 痺れを切らした侍女が力の入らない腕で縋りついてくる。

 その真っ直ぐな眼差しは、レンと──正義感の強かった弟を、思い出させてくれた。……もう目を逸らすのはやめよう。


 腹心として、最後に一度くらいはお諫めしようじゃないか……。


 きっと、俺も侍女もただではすまない。

 待ち受けるのは確定した死だとしても、腹を括ろう。

 どうせレンに庇われなければとっくに死んでいた身だ。

 ……俺が侍女を抱えて立ち上がったのと、ほぼ同じタイミングで鮮血が迸り、鏡面を赤く染めた。

 重い物を放りこんだような、無情な水音が響き渡る。

 派手に飛び散った血痕は、真っ赤な睡蓮が咲いたみたいだった……。

 

 


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