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2.やはり前世でオレを殺した鬼は今世の父で……最悪なサイコパス野郎だった

三話投稿三話目。

 水妖精達に団子になってあやされて、そのまま眠りに落ちたと思っていたのに、いきなり寝台の底が抜けた。


──気付いたらオレは、澄み渡る湖を仰向けに揺蕩たゆたっていた。

 水上では睡蓮の花が咲き誇り、切れこみの入った丸い葉と、水の綾が網のように張り巡る。

 徐々に沈んでいくオレの口から生まれるあぶくすら、光に照らされる水晶玉のようで美しい。


 水中なのに不思議と息苦しくなくて、これは夢なんだとすぐにわかる。

 ある程度沈んだところで水流がゆるりと小さな体を反転させると、煌々と輝く大きな瞳と目が合った。

 海のように広大な湖の底には、苔むした竜の巨体が渦を巻いている。鱗一枚がオレの体ほどあるのではないだろうか。

 初めて拝謁するが、この荘厳で神々しいお姿は間違いない。水神様だ……。

 

──私の御子、睡蓮スイレンの子よ。よく来てくれましたね──


 頭の中に理知的で穏やかな声が響く。

 

『初めまして、水神様。オレ、いや、ボクはフェリシタス、です』


──畏まらなくて良いですよ。スイレンや私の眷族の前では話せないこともあるだろうと、夢の中であなたを喚びました。子どものふりは不要です──


 水神様にはフェリシタスの中の記憶オレを見抜かれている?

 しかも離れた場所にいるオレの精神に干渉してくるなんて……さすがは数千年を生きる水の竜、とんでもないお方だ。

 しかし、こんな全てを見通す力を持っているのに、一時期とはいえあんな鬼にみすみす母を奪われたのは何故なのか……。


──あなたが神域の、私の内にいるからこそ出来たことです。私はこの神域から長時間離れられず、大きすぎる力故に制限も多い。そのせいで、スイレンは……──


 水神様の満月のような瞳が細くなる。それは悲しんでいるようにも、怒っているようにも見えた。


──老齢のせいか、近頃、休眠状態になることが増えました。数十年に一度、私は一年ほど眠りにつきます。その間はどうしても水による害が増えてしまうから、スイレンはお忍びで辺境を巡って荒れる前に水を治めていたのです。

あの子を守る騎士を任命しようと考えていた矢先の悲劇でした……私が判断を誤ったせいで、スイレンもあなたも可哀想な目に合わせてしまった──


 水神様から無数の細かい泡が立ち上っては消えていく。……これは、泣いているのだろうか。


──スイレンには、あなたがまだ幼い内はあの鬼の所業を話さないでほしい、と懇願されています。母を守ると誓ったあなたが父のことを知れば、無謀な真似をしでかしそうだからと。けれどあなたの内にはすでに復讐の炎が燃えている。違いますか──


『はい。母のことが無くても、オレは必ずあの鬼をこの手で殺します』


 仮にも神の前で誓う内容ではないが、この怒りは止められそうにない。


──そこで提案です。フェリシタス、私の元で修行をして、水神の御子を守る水竜騎士になりませんか?

あなたの雷の気はとても強いですが、スイレンから水の素質も受け継いでいます。両方の性質を伸ばし、磨けば、あの鬼を倒すことも不可能ではありません。修行を終えた暁には、私の愛し子であるスイレンと同じだけの権限も授けましょう──


 それは思ってもみない申し出だった。

 あの鬼に復讐できるだけではなく、前世の夢が叶うかもしれない、なんて。

 しかし清廉な水の神が、復讐の後押しなんかしても良いのだろうか?


──あの鬼、フルドミナトゥスは正しき流れを滞らせる澱みです。清き水盤を覆し、この世の理を歪めた大罪者。けれど神は直接人の世に手出しはできません──


 水神様は水上に咲いた花を見上げる。

 睡蓮の花を通して別の世界を見通している、そんな気がした。


──スイレンは、元は私に捧げられた赤児でした。たまにそんな哀れな子が神域ここに流れつきます。今までは加護を授け、睡蓮の御台に乗せて人の世に返して来ましたが、あの子の魂は清らかで心地がよくて、いつまでも側に置いておきたくなった。無垢なままのあの子を見守りたかった。

俗世では神の加護が強い者を神子と称しているようですが、神子とは本来、人の世に干渉が出来ない神々の名代みょうだいのことです。スイレンこそ、我が子のように愛し育てた真なる神子。何よりも可愛い私の御子。ただ幸せになってほしかったのに、それをあの鬼が穢し、歪めたのです──


『……母はそんなに酷い目に合わされたのですか?』


──約束なのでまだ話しませんが、あなたの想像よりも地獄だと言っておきましょう──


 水神様が断定するほどの地獄……思わず顔を顰めてしまう。やはりオレの実父は悪鬼の類いらしい。


──けれど、そんな地獄の中で授かった、あなたの存在はスイレンの救いです。フルドミナトゥスを打ち倒し、あの子を幸せに出来るのもあなただけなのです──


 そこまで言われて、オレは腹を括った。

 なってやろうじゃないか水竜騎士とやらに!


『謹んで拝命致します』


──父親殺しという残酷な運命を背負わせることを謝罪しておきます。願わくば、全てを終えた後のあなたにも幸福があらんことを──


 そこで目が覚めた。

 ただの夢かとも思ったが、右手の甲には青い睡蓮の刻印が刻まれている。これが水竜騎士の証らしい。

 水妖精を起こさないように、そっと寝台から身を起こすが、母の姿はなかった。


 屋敷を出たら、そこはどこまでも続く森の中だった。水の気が行き渡り、空は高く青く澄んでいる。

 この世界しか知らなかった頃は気付かなかったが、ここはまさに神域。どこまでも清々しい気配に満ちていた。


「母様!!」


 敬愛する母の後ろ姿を見つけ、オレは思わず駆けだした。


「おはよう、フェーリー」

  

 ドキリと心臓が跳ねる。

 朝の光の中、振り向いた母は息子のオレから見ても大層美しかった。

 緩やかに波打つ長い髪、血色の良い桃色の頬、まさに睡蓮の花の如き美女……いや、美少女と言っても差し支えがない。

 清冽な魂の輝きが容貌に反映されたような人を、一時でもあの鬼の愛人かと疑った自分が恥ずかしい。


 母もオレの姿を見て微笑んでくれたが、刻印の青い輝きに気付き、顔を曇らせる。


「……その刻印。あなたは水神様に選ばれたのね」

「うん! 母様、ボクは……オレはあなたを守る騎士になるよ」


 母が目をみはる。喜びではない。これは、恐れだ。目の前のオレを通して、誰かに怯えている。いや、知られることが怖いのか。


「水神様は母様について……あなたの父のことは何か仰っていた?」

「ううん、なにも聞いてないよ。ただ強くなるって自分で決めたんだ」


 母は土で服が汚れるのも厭わず膝をつき、オレの体をかき抱く。その体は震えていた……。


「そうね。力がないと、理不尽に抗えない。災厄はいつも突然やってくるもの」


 母の体験した地獄の一端が伝わってくるような、とても実感のこもった言葉だった。


「でもね、すぐに大人にならなくて、無理はしなくて良いのよ? 騎士の修行が始まるかもしれないけど、今日はお誕生日パーティーの続きをしましょうね」

「うん! ……お誕生日といえば、母様はいくつなの?」


 嫌な予感がして、とても五才児の母には見えない、少女めいた母に尋ねる。


「母様は誕生日を知らないから、およそだけど……十九歳くらいかな」


 まさかの十代だった。

 逆算すると鬼に攫われたのは十代前半になる。

 前世のオレよりもなお若い、まだ子どもと言える時分では……。

 衝撃の事実にオレは戦慄する。実の父は、鬼畜の上に変態だったなんて。

 

 

「母様は絶対、オレが守るから……」


 母の細い体をギュッと抱き返し、胸に顔を埋めて涙を隠す。


「フェーリー……ありがとう。あなたを愛してるわ」


 愛しいこの人には、幸せになってほしかった。



△△△△△



 水神様の課す修行は過酷と言えたが、幼い身ながらオレは死に物狂いで食らいついた。


 騎士になるべく奮闘していた前世のおかげで、剣の技術と知識はある。

 なので基盤となる体力と筋力作りを中心に、水と雷という属性の違う二つの能力を鍛えるのだが……これが中々難しい。


 オレは雷よりも水との親和性が高かった。

 母の血もあるだろうが、水神様曰くオレの魂は澄んだ水のようで、水神様の加護と非常に相性が良いそうだ。


──同じように高い水の素養から、水竜騎士に任命しようと見込みを付けていた少年がいました。彼はスイレンと顔を合わせることなく、フルドミナトゥスに殺されてしまいましたが──


 確証はないが、それが前世のオレなのかもしれない……。

 適性もあり、水の能力は着々と成長している。問題は雷の方だ。

 雷に打ち殺されたトラウマによる暴走と、なまじオレの水気が強いため、耐性はあっても放った雷が逆流して感電したり、火傷負うことがある。

 それは修行を終えた後、母が速やかに治療をしてくれる、のだけど……。


「痛かったね。この樹枝状の赤い模様は電紋でんもんというのよ。皮膚の浅いところだからすぐ治せるけど、重症だと筋肉やその奥にまで達して酷く苛むから気を付けてね? 剣を持つ時も要注意よ。金属から雷が伝って皮膚が焼けるの……」


 心配のあまり顔を青くした母が水瓶みずがめから掬った水を注ぐと、みるみる内に火傷が癒されていく。

 水を通して水神様の力を借りる、それが巫女を始めとした水神様に仕える者の基本能力だ。

 与えられた加護に応じて出来ることに格差があるが、水神様から愛された神子である母は破格の奇跡を起こせる。傷の治癒なんて朝飯前だ。


「痺れている時は無理に動かないで。バランスを崩して転んでしまう」


 母が感電してふらふらのオレに、頭から水瓶の水を浴びせると、ゆるゆると流れる水に赤味を帯びた銀の稲妻がほどけて溶けて、体が楽になる。


「鬼族の雷は呪いのように内側から体を蝕むの。水神様の水は体内で荒れ狂う雷を鎮めてくれて、雷の残滓は流れる水で拡散されるわ」


 ……母よ。あなたはなんでそんなに詳しいの? なんで手慣れているの?


 未熟なオレの雷ですらこんなに痛くて熱くて苦しいのに、あの鬼は呪いだと感じるレベルの雷で、どれだけ母を甚振いたぶったのか。

 治療を通してこの人の地獄に触れる度に、オレは泣いた。


「そんなに痛かったの!? 無理はしないでね。中々慣れるものじゃないから仕方ないわ」


 母はオレの右手の甲を、刻印を撫でる。

 そうすることで水神様の力が充填されるのか、気力や体力が回復するようだ。


『わたし、スイレンと一緒にフェーリーの好きなお菓子を焼いたから。皆で食べようね』

『ぼくはあったかいお茶を入れたよー。昔からこれだけは得意なんだ』

『ワタシは寝る前にマッサージしてあげる。しっかりほぐさないと、筋肉痛になっちゃうからね』

「皆、ありがとう」


 水妖精の中でも古参の、スィ、テキ、シズクも労ってくれる。


『知識だって力だよ。勉強はボクが教えてあげるから、教えてほしいことは何でも言ってね』

「ルイは物知りだもんね」


 オレは母と家族の補助サポートのおかげで修行に専念することが出来て、いくら感謝しても足りない。

 幼児が少年になるくらいの時間、オレは水神様の元で修練に励んだが、辛いだけにならなかったのは、皆の……母のおかげだ。



△△△△△△



────数年後。



 なんとか自分を守れるくらいに力をつけたオレは、水神様に少しだけ神域を離れることを許可され、今世では初めてあの鬼の姿を見る機会を得る。


 フードを目深に被って角と顔を隠し、誰からもバレないようにして、そこそこ規模の大きな街にやって来たのだが、情勢の変化はすさまじかった。

 辺境にいるはずの鬼族が、人族の街に広く進出していた。


「刮目せよ! 新しくこの地を治める者、全ての鬼族を束ねる偉大な族長、ドミナス様の尊きお姿だ!」


 中央の広場で声を張り上げる、一本角の青年の背後には、見上げるほど大きな肖像画が設置されている。

 雷といばらを組み合わせた紋様の額縁は、緑と白の薔薇で装飾されていて、遠目にもかなり目立っていた。

 肝心の絵は角度の問題で全貌が見え辛いが、特徴的な巻き角に緑金ライムゴールドの髪、黄色みを帯びた肌の色合いは間違いない。前世のオレを殺したあの鬼だ!


「この地にいる、二十代までの年頃の娘は全て、未婚既婚を問わず、通信の鏡を通して族長と謁見せよ! 病気で動けないもの、怪我をした者は此方で検める。特に左腕に傷を負った者は、その状態を直に確認するので隠さないように。これは命令である!」


 あまりにも横暴な発言だが、肖像画に描かれたドミナスがよほど美男なのか、統治には問題がないからか、そこまで反発の声は上がらない。


「もしかして、玉の輿のチャンス?」

「でも、今までお眼鏡にかなった子は一人もいないそうよ」

「なんでもドミナス様には忘れられないお方がいらっしゃるとか」

「若くしてお産で亡くなられたというご正室様かしら?」

「わからないけど、たった一人を思い続けているなんてロマンチックね~」


 噂好きな若い女性達が鬼族の兵士に誘導され、移動するのに伴い人が減ったことで、ようやく絵を正面から見ることが出来た。

 肖像画には玉座に座る切れ長の目の美青年が写実的に描かれており、画面外から差し出された女性の手の甲に、それは愛おしげに口づけをしているのだが……。

 オレにはわかる。額縁と同じ意匠デザインの金細工で飾り立てられた手は、切り落とされた母の左腕だ……。

 

 年々支配を拡大する鬼族、集められる母と同じ年代、年頃の若い女性達、占領地に設置される肖像画の意味は一つ。


『必ず見つけ出してやる』という、母へのメッセージだ。


 ……前世と今世を生きてきた中で、今までで一番の怖気おぞけが走る。

 母がこの場に居たら、卒倒していただろう。


 やはり前世でオレを殺した鬼は今世の父で……最悪なサイコパス野郎だった。


 ストーカーでロリコンでサイコパスとか、業が深いにも程があるだろう……。

 未だに母に執着して探しているなんて、手前てめえのせいで切断した手にキスなんかして、どこがロマンチックだよ。とんだサイコホラーだわ!!


 


次回から、スイレンの過去話。閲覧注意。

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