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24.僕は絶対に君を逃さない。死んで解放されるなんて思うなよ

 あわよくば、なんて考えてはいたけど、二回目の指切りの機会は思ったよりも早く訪れた。


 レンに取り付けている指輪は囚人監視用だ。


 対象が自害と判断される挙動を取った時には強く反応を示し、速やかに()の元へ警告が送られる。

 おかげで即座に駆けつけたられたし、入水自殺は僕の早とちりだった。

 呑気なレンの笑顔を見た瞬間、安堵から脱力してしまったよ……。


「心配かけてごめんなさい。もう許可なくこんなことはしない。池には水神様の水を注ぐだけにしておくわ……」


 白薔薇の花びらのような雪が舞う中、殊勝な態度で謝るレンを、仕方ないから今回だけは赦してあげる。──ただし、次はないよ?


「わかった。じゃあ、指切りしよっか?」


 俯いたレンの冷え切った小指を、僕が差し伸べた小指と絡めた。

 指切りのために離した雪のように白い左腕には、強く摑んだ指の痕の下に電紋も見て取れる。

 初めて緑の薔薇を強請られた時、狙っていないのに刻まれた罪の証に、僕は興奮を禁じ得なかった。

 レンの左腕は、この状態があるべき姿なんだよ。

 今は火傷と同じく、正確に同じ箇所に毎日雷を浴びせて定着させている。


「指切りげんまん、」

「次に同じことをしたら手足のどれかをもーらう」


 ……池に踏み出したレンを見た時。

 睡蓮の花が沈むように、レンの命が儚くなってしまったらと想像して心臓が止まるかと思った。

 僕がもしも間に合わなくて、魂を取り逃がしたら。……考えただけでも気が狂いそうだ。

 だから左腕以外の手足を担保にして、二度と同じことが起こらないようにしたい。

 利き手も良いけど、片方でも足が奪えたなら、逃げ出せる確率は格段に減るものねぇ?


──僕は絶対に君を逃さない。死んで解放されるなんて思うなよ。


「そして来年もまた二人で、この池の睡蓮を見ましょうね」


 僕の重い胸の内を知ってか知らずか、随分と可愛いことを言ってくれる。

 レンは頬を染めながら花のように笑っていて、剣呑になりかけた僕の思考に歯止めがかかった。


「ああ、約束だよ。──指切った」


 二人の未来の約束を、レンの方から言い出してくれた。

 傷付けたい気持ちよりも、慈しみたい気持ちが湧いてくる。

 水巫女の衣装は僕の自室に置いてあるからか、レンは似た趣の服に身を包んでいるけど、見るからに薄くて寒そうだ。

 凍えて縮こまった体を大切に抱きかかえ、僕は離宮へと早急に足を運ぶ。


 最近は反抗的な目つきは減り、自然体で身を任せてくれるようになって、お仕置きをしないで済むことも増えた。

 ご褒美に僕自ら温めて、時間が許す限り可愛がってあげようねぇ。

  




──僕が本宮に戻って来たのは、すっかり日が昇った頃だった。

 代々正室にあてがわれる豪華な部屋では、憔悴したアレが、何も告げずに消えた僕を待ち詫びていた。

 

「ドミナス様……部屋着のまま、どこに行っていらしたのですか? わたくしは何か粗相をして、貴方の不興を買ってしまいましたか?」


 アレのことはやり直す前は憎からず思っていたし、謙虚な所は美点でもある。

 悲しそうな様子に、つい試してみたくなった。


「仕方ないよね。レンがこんなに寒いのに池に入ろうとしていたからさ。僕を見た途端に微笑んで、可愛いかったよ。僕の気を引きたかったのかなぁ?」

「まぁ、そんなことが!」

 

 驚きと悲しみから目を見開いて、手で覆って口元を隠す。

 落ちこんだようなアレに反比例して、炎のような輝きは勢いを増していた。

 はっきりわかりやすい反応ぶりは、レンにも見倣ってほしいものだ。

 

「それは……心配ですね」

「本人はピンピンしてたけどね。大事を取って休ませて来た。君も僕の子を妊娠してるんだから、ストレスには気を付けなよ?」

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

 お腹の子は僕にとって欠かせない駒なんだから。


 実は僕には、秘かに考えている計画があった。

 それは世継ぎである預言の子を儲けた後、ある程度育ったらアレを後見人に、アシオーを側近にして族長の座を押し付け……譲渡するというもの。 

 婚姻を結んで一年もしない内に世継ぎが宿るなんて、順調で何よりだね。


 さて、次はレンを孕ませる番だ。


──き…………っと、ドミナスの子なら、男の子でも女の子でも可愛いわ。


 レンとの会話を思い出す。

 この返事は、僕の子を産むことを承諾したも同然だよねぇ。

 でもやっぱり、授かるなら男よりもレン似の女の子が良いなぁ。

 魂の輝きも見た目もレンそっくりの娘が産まれたら。嫁になんかやらないで、母子ともども囲いこんで一生可愛いがってあげるつもりだ。

 早々に隠居して、離宮でレンとその子ども達に囲まれて過ごす……最高の未来じゃないか。絶対に叶えて見せるよ。


「ドミナス様。上の空ですが、どうかされましたか?」

「何でもないよ。僕の子どもの居る未来を想像していたら楽しくなっちゃってね?」

「お役に立てなら嬉しいです」


 アレについては役目を果たした後でも、たまに構ってやろうかと思うぐらいには絆されていた。

 さして重要ではないけど、僕が思い描く楽園にはアレの存在も組みこまれている。体ぐらい労ってあげるさ。

 

 

△△△△△

 


〖病める時も健やかなる時も、この腕輪がある限り、私とドミナス様はずっと一緒です。リアン様はどうですか? 例えドミナス様が地位や富や名声を手放したとしても。……もしも原初の鬼のように、人食いの本能に目覚めて残虐な本性を晒したとしても。一生を添い遂げる覚悟はありますか?〗

〖覚悟はあるわ。……わたくしね。昔から体が弱くて、実の親からも疎まれていたの。預言ありきとはいえ、わたくしを必要としてくれたのは、ドミナス様が初めてだった。わたくしはドミナス様を心から愛している。──例え行き先が地獄だとしても、どこまでもご一緒するわ〗


 二人の少女が僕を取り合う構図に、自然と頬が緩む。僕が望んでいたのはこういうことだよ。

 それでいて本質が善良な二人の魂は、辛そうではあっても曇ることも濁ることもなく澄んだままで、実に好ましい。

 お互いに僕があげた腕輪を抱き締めているのも、点数ポイントが高いね。

 

 それからも二人の会話は続いたけど、アレが申し訳無さそうに水を断るのも本心。アレのために、水を飲み続けてほしいのもレンの本音という茶番染みたやりとりを経て、待ち望んだ瞬間が訪れる。レンとアレの決別だ。


〖わかったわ。……レン様、素晴らしい水を、心遣いをありがとうございます〗

〖こちらこそありがとう。──さようなら、リアン〗


 確実に二人の間には隔たりが生まれた。

 これっきり二度と笑顔を交わすことはない。……なんて愉快なんだろう。


 良いものが見られたと、足取りも軽くレンの元へ向かったのだけど。






「えっ、あ、レン、泣いちゃった?」


 静かに涙を流すことはあったけど、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして泣きじゃくるのは初めてで、僕は焦ってしまった。

 全身全霊で悲しみ、痛切な嘆きは魂の輝きを深い蒼に染める。

 痛ましくも美しい姿に、かける言葉を失っていると、レンは自ら僕の胸に勢いよく飛びこんで来た。ひそやかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「……ごめん、なさ……リアン、様のご懐妊を聞いたら、気が動転してしまって……」

「うんうん、無理に喋らなくていいから、僕の胸で泣きなよ」


 柔らかな体を優しく抱き締めていたら、悲しみと怒りが震えや熱となって伝わって来た。

 必死に爪を立てる様は小動物のようだ。

 こんなにもか弱い……なんて無力な生き物なんだろう。

 恐怖に縮こまるだけだった君が、僕に剥き出しの感情をぶつけてくれるなんてね!


──それに、気を引くためではありません。気を引く、というのは相手の愛情を量る行為です。それはドミナス様のおもいを否定することに繋がります。


 僕の想い(・・)が伝わっていたのも、嬉しかったなぁ。

 脆弱なレンを守りたいと思う気持ち……なけなしの庇護欲が刺激されたよ。

 傷付けたいのも、守りたいのも、純粋な愛故の衝動なんだ。

 矛盾してるかもしれないけど、レンに振り回されるのは悪い気がしない。



△△△△△



〖……嘘でしょう?〗


 鏡越しにレンが薄い腹部に手を添えたかと思えば、すぐにハッと口元を覆った。


〖私、すっかり痩せてしまったわ〗


 レンの魂は瞬間的に強い光を放ったが、すぐに落ち着いて、内側から漏れるような温かな光がじんわりと広がっていく。

 思春期の少女特有の、痩せる喜びは僕には理解出来そうにない。

 元より細身の割に出る所は出た、煽情的な体型スタイルだったけど……個人的にはもっとふっくらしてもいいくらいなのに。

 

 身長は伸び悩んでいるようだし、今日は久しぶりに甘い物を食べさせてあげようかな?

 特別感を演出するために、僕が手ずから食べさせる物以外は質素な食事にしていたけど、当面はきちんと栄養を摂らせてやらないとね。


 執事に旬の果物を手配させる。……ついでに、アレにも持って行ってやるか。





「ほら、これ。しっかり食べて滋養をつけなよ」


 赤い果物を盛った籠を差し出すと、アレは感激して今にも泣き出しそうだった。

 果物に負けないくらい、頬を赤らめている。


「美味しそうな果物をありがとうございます。ドミナス様も、ご一緒に召し上がりませんか?」

「じゃあ一口だけ食べて行こうかな」


 柘榴以外の果物は久しぶりだ。

 差し出された大振りな苺を齧れば、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。

 美味しいけれど、レンの血の味には劣るねぇ。


「うん、悪くない味だ」

「とても美味しいです。ドミナス様と二人で食べたおかげで、格別な味わいになりました」


 へぇ、そういう考え方もあるんだ?

 ときめくことはないものの、健気なアレとの対面は穏やかで、だけど無性にレンに会いたくなる。


 アレの理屈だと、愛しいレンと食べる果実はどれだけ美味しく感じるのかな。比べるのも楽しそうだ。



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