22.僕は生きたまま君を食して、身も心も一つになろうと思っている
あれから悩んだけど、僕は結局リアンフアレとの婚約を解消せずに、正妻として迎え入れることに決めた。
だって、あの男といい、アシオーの弟の件といい、僕ばかりが嫉妬している。
他の女を連れて来たら、さすがにレンも妬いてくれるよねぇ?
反応が無ければ、またお仕置きすれば良いやと、軽い気持ちで前回よりかなり早いタイミングでアレを迎えに行ったのだけど。
「僕にはすでに最愛の妻がいる。清らかな魂の水巫女だよ。ただ、彼女……レンは妾だ。正室も、世継ぎを産むのも君に決まっている。僕にはアレが必要なんだ。これは完全に政略結婚だけど、異論はないよね?」
やり直す前とは違い、初対面からアレには素っ気なく接して、預言のことも話して政略結婚だと突き付けた。
繊細だから傷付いて泣くかと思ったのに、何故かアレは笑ったんだ。今も未来も、こんな笑顔は初めて見たかもしれない。
雰囲気が似ているとは思っていたけれど、レンがあの男に向けていた笑い方にそっくりだ……。
「もちろんです。例え政略でもわたくしを必要としてくれて、望んでくれて、ありがとうございます」
せいぜい陽炎程度だった揺らめく炎のような魂の輝きは、今やめらめらと燃え盛っていて眩しいくらいだ。
レンの存在に煽られたから、なのかな。
激しい熱量と光に思わず目を細める。
「うん、君のその謙虚な所は好ましいな。これからよろしくね」
本人は謙虚で儚げなのに、魂の輝きは苛烈で目映い、そのギャップをあらためて気に入った。
レンが水なら、アレは炎。
似て異なる二人は、趣の違う美しさがある。
何よりアレは僕のことを心から愛してくれた。……レンと違って。
本宮に女主人としてアレを招き入れると、僕は細工師に依頼して、特別に腕輪も贈ってやった。
僕が直々に考えた意匠は、蓮火の名にちなんだ、燃える炎と蓮の花。
「こんな素敵な腕輪がいただけるなんて……とても、嬉しいです。一生大切にします」
僕とお揃いではないのに、本当に涙を流すほど喜んでいて、まあ悪くない気分だ。
アレには侍女も身に付ける物も食べる物も、レンに与えるものより上質なものを用意してあげた。
あからさまな待遇の違いは、僕を愛しているかどうかの差だよ?
素直なアレのように、レンも僕のことを早く愛してほしい。
そうしたら罰なんか与えなくて済むし、贅沢もさせてあげるのにねぇ?
僕に頼って、縋ってほしくて、嫌がらせをされても放置しているのに、レンは全然甘えてくれないし……。
持て余していた甘やかしたい、尽くしたいという欲求は、似ているアレに向けることで少し緩和された。
△△△△△
正妻を迎え入れるとなると、族長として対外的にも忙しくなる。
抜け目ない僕は、こんなこともあろうかとレンの指輪に、真実の鏡以外にも通信の鏡を複数枚登録しておいた。
持ち歩くのに適したサイズの鏡を使い、出先でも様子は伺っていたけど、レンと接する時間は減ってしまった……。
だからかな? 愚か者が調子に乗ったのは。
鏡には、部屋付きの侍女達がレンに詰め寄り、口々に罵る場面が映し出されていた。
キャンキャンと吠え立てる様は見苦しいの一言に尽きる。
なんて醜悪な……典型的な魂の曇った女の姿には辟易した。
こんなにも可愛いレンをゴミ以下扱いしたのも赦し難く、お前達こそゴミ以下だと、この世から抹消するつもりで姿を現したのだけれど……。
「ドミナス、やっと来てくれた……」
潤んだ瞳のレンが、僕に縋りついてくれた。
揺らぎ一つ無かった凪いだ水面に波紋が生じる。
青白い恐怖の色に一筋の強い光が差しこんだ。雷に打たれるって、こんな感じなのかな……。
甘く痺れる衝撃に、手足と胸が震える。
歓喜のあまり、両の手に溜めていた雷も綺麗さっぱり消えてしまったよ。
「何日もドミナスに会えなくて、寂しくて、顔も見たことのない正室の方に嫉妬してしまった。ドミナスはなにも説明してくれないし、拗ねていただけなの……。私、こんなに心が狭かったのね。貴方の妻失格だわ」
レンは僕が思った以上の反応を返してくれた。
愛しくて堪らなくて、華奢な体に腕を回す。
とうとう心を決めてくれたんだね!
こぼれる涙も美しくて、感動したよ。……でも、その言葉は本心なのかなぁ?
不遇の時間が長かったせいで疑心暗鬼になってしまうけど、レンを信じてあげないとね。
「嫉妬! そうか、嫉妬。レンは妬いてくれたのか。正室を娶った甲斐があったなぁ! ふふふ、アレとは単なる政略結婚、愛してるのは、本当の妻は君だけだよ」
だから早く愛してると言ってよ。
僕を、僕だけを見ろよ。
愛おしさと憎らしさ、相反する想いが電撃となってレンを襲う。
痺れてぐったりする体を抱き上げて、その場で踊るように一回転すると、白い首筋に歯を突き立てた。
慈しみたい気持ちよりも、傷付けたい欲求が僅かに勝ってしまったから、仕方ないよね。
「拗ねたレンも愛くるしいねぇ。寂しがらせてしまったお詫びに、しばらく離宮に滞在して可愛いがってあげる。健気なレンへのご褒美だよ。僕達は、これからもずーっと一緒だからね!」
強く噛みすぎたせいで流れた血を舌で舐め取
る。
やっぱり、レンの血は蕩けるほどに甘くて美味しい。
極甘口のデザートワインだって、こんなには甘くはない。なんだか気分が高揚して、酔ったみたいだ。
「レンは涙だけじゃなくて血まで美味しいなぁ。食べてしまいたいよ」
「もう、ドミナスったら。…………冗談よね?」
「食べたらレンがなくなっちゃうからやらないよ」
僕の理想の楽園に、君の存在は必要不可欠なんだから。
でも、血や涙、汗に唾液にその他も、分泌するもの全部が美味しいのだから、レンの肉自体もさぞや美味なんだろうなと想像がつく。
小指の一本くらいは……なんてね!
だけど万が一にもレンが僕のことを本気で拒んだり、心が、魂の輝きが損なわれてしまった時は。
僕は生きたまま君を食して、身も心も一つになろうと思っている。
△△△△△
しばらく忙しくしていたから、強引にもぎ取った休暇で朝も昼も夜もレンと過ごすと決めた。
夫婦らしく一緒に食事を取ったり、お喋りに興じたりもするよ。
レンは僕ともっとお話しをしたいんだって。可愛いねぇ。
「正室の方って、どんな人なの? ドミナスの口から聞きたいな」
僕の膝に座ったレンが、上目遣いに囁いてくる。
レンの魂の輝きには、顕著な変化があった。
青白い恐怖の光の中に、稲光のように強い光が差しこむようになったのは、ぎこちないながら徐々に気を許してくれているからだと思う。
「アレ……リアンフアレは弁えた女だ。正室に迎えたのは、一族に伝わる至宝のアイテムが、王家の姫であるアレが産む子は、父を凌ぐ才覚を発揮する英雄になると預言したからだね。今頃は預言の姫として、本宮でちやほやされてるんじゃないかな」
「アレ呼ばわりは愛称だったの……私はリアン様とお呼びするわ」
アレのことを聞かれたので率直に答えたら、レンは複雑な顔をしていたので、妬いているのは本心なんだろう。
「そろそろ小腹が空いてきたね」
僕は執事に命じて取り寄せた籠から柘榴を取り出すと、硬い皮を爪で引き裂いて、露わになった赤い果実を一粒摘まみ上げた。
「宝石みたいで綺麗な果物よね。よく食べてるけど、ドミナスの好物なの?」
「好物とはちょっと違うな。柘榴の実は、原初の鬼……鬼族の先祖が広めたと言い伝えられている、人肉の代用食だよ」
「……え」
柘榴の実をチーズに乗せて、芳醇な赤ワインと一緒に味わえば、レンの血を舐めた時に一番近い高揚感を得られる。
この食し方が個人的には最良かな。
「一度味を覚えたら、食べたくなるよね。ご先祖様の気持ちが身に染みてわかっちゃって。だから僕も空腹を感じたら、柘榴を食べるようにしてるんだ。レンのためにも」
「わぁ、ぁ……。ドミナスってば思慮深いわ。公明正大な族長様だものね。……寛大なドミナスは食事係の子達にも酷いことはしない、よね?」
もしかして彼女達を擁護する機会を伺ってたの?
嫌がらせを仕掛けた相手を庇うなんて、優しいのはレンの美徳だけど、こればかりは容認は出来ないな。
「順当に考えてクビだよ。罰を与えて、身一つで追放が妥当な措置でしょ」
「そこまでしなくても、このまま謹慎で良くない? 悪口を言われたことぐらい、私は全然気にしてないし」
そもそもの話、食事係って何?
その程度にしかレンに認識されてないって、どんだけ仕事をサボッてるのかって話だよ。
「僕は彼女達を侍女として雇ったんだ。いくらレンが身の回りのことを自力でこなせるからといって、三人もいるのに交代で食事を運ぶだけって、職務放棄だし。それさえもまともにやってないよね。レンが気にしているとか関係なく、守るべき主人を集団で囲んで罵倒する使用人なんて、要らない。そんなの、辺境ではどこの部族だろうが焼印を押して追放刑だよ」
調べによると侍女の一人は、仲の良い使用人にレンの生活態度を面白おかしく吹聴していたようだ。
ろくに仕事をしないばかりか情報を漏洩するなんて、僕のことを舐めてるのかな?
「わざわざ焼印を押すの……?」
「レンは世間知らずだなぁ。罪を犯したなら、目立つ箇所に焼印や刺青は必須なの。他の場所で同じことを繰り返したら困るからね。僕の場合は焼印の代わりに電紋を焼き付けてるけど」
一分の隙もない正論にレンは何も言い返せず、レース越しに左腕を握り締めている。
焼印の歴史は古く、元は家畜に押す所有の印だった。レンの火傷も焼印みたいなものだから、余計に同情するのかもね。
……あの三人のおかげでこうしてレンが僕に甘えてくれるようになったし、温情は与えてあげようか。
「雇用主の前で醜態晒したんだから、至極真っ当な感性を持っていたら自らの行いを羞じるはず。僕がレンと離宮で過ごしている間を猶予期間として、三人が自主退職して城を出るつもりなら追ってまでは罰は与えない。厚顔無恥にも居座り続ける気なら罰してクビ。これでどう?」
「適正な判断だわ…………思ったよりまともというか、常識的な思考も持ち合わせてはいるのね」
「……後半は独り言のつもりだろうけど、聞こえてるよ?」
レンは僕のことを狂人とでも思っていたの? 悲しいなぁ。
腹いせに柘榴の実を何粒か、ぽかんと空いた口に押しこんでやった。
目を白黒させて可愛いな。
雌に餌を差し出すのは雄の本能でもある。
小さな口をもごもごさせるレンは愛らしくて、小動物のようで見ていて微笑ましい。何だか心が温まるよ。
美味しい物が手に入ったら、こうして僕の手で食べさせてあげようね。
「どう、美味しい?」
「美味しい、けど……柘榴って種は食べていいの?」
「種まで食べられるよ。でも、残しても構わないさ。僕が食べてあげるからね」
僕は押し黙ったレンの頬を指で撫でながら、柘榴について別の逸話を思い起こす。
神世の時代、略奪婚をした神が無垢な乙女を自分の領域に留め置くために、手ずから食べさせたのだという。是非ともあやかりたいねぇ。
「ほら、もっと食べなよ」──早く身も心も僕のものになれ。
僕は心の中で祈りながら、柘榴の実をまた一粒、可愛いらしい唇に運んであげた。
×心を決めた、気を許した
〇覚悟を決めた、肝が据わった




