21.早く僕のことを愛してね?
「わかったよ、ドミナス。私のこともレンと呼んでね?」
──……お互いに敬語はなしって約束したでしょう? ……名前も、スイレンじゃなくて、レンと呼んでって言ったじゃない。
脳裏に、消えた未来の彼女の言葉が蘇る。
「レン……レン!! やった、僕だけのレンだ! いいよ。君から手を繋いでくれるなら、僕はどこにでも一緒に行ってあげる」
純度の高い黄金製の、雷の棘で囲った部屋で。レンからの思ってもみない申し出に、僕は足が地につかない心地になる。
今の君はあの男ではなく、この僕に愛称で呼ぶことを許した!
……自己保身とわかっていても、嬉しいよ。
少女らしい小さな手は緊張しているのか、指先が冷えてしまっている。
僕が温めてあげないとねぇ。
しっかりと手を繋いで寄り添い歩けば、周りなんて目に入らなかった。僕と君だけ居れば良い。
「離宮は大切なものを置いておく場所だからね、宝物庫も兼ねているんだ」
もちろん、一番の宝物は君だよ?
山と積まれた金貨より、どんな大粒の宝石より、神代のアイテムよりも、君の魂は希少で美しい。ずっと閉じこめておきたい。だからここに案内した。
「レン。僕からのプレゼントだよ」
安置していた、取って置きの腕輪をレンの左腕へ嵌めてあげる。
指輪の方は、想像していたよりも華奢な指に合わせて収縮し、茨のように絡みついてから癒着して離れなくなった。
思った通り、僕の角を思わせる鈍い金の輝きは、レンのきめ細やかな柔肌にとても良く映える。……でもね、まだもの足りない。
「僕とお揃いの腕輪。これで僕らは夫婦になったんだ! 指輪は君だけの特別製。左の薬指には心臓に繋がる愛の静脈が流れているんだって知ってたぁ? 僕のレン、愛してるよ」
「……」
血の気が引いたレンの顔色は、まるで白い睡蓮の花びらみたいだ。流れる一粒の涙は朝露のようで、恐怖に染まった魂の青白く儚げな輝き方とも調和している。
「ふふ、泣くほど喜んでもらえて嬉しいなぁ」
レンの腕輪に狙いを絞って電撃を放つ。
電圧も熱量も絶妙な調節が必要だけど、そんなの僕にとっては造作もない。
あっという間に僕の所有の印が、雷の棘がレンの左腕に綺麗に焼き付いた。さすがは僕、完璧な仕上がりだよ。
「ねえ、レン。君も僕を愛してるよねぇ?」
僕は君を本当に愛しているけれど、同じ想いを返してくれない君が憎らしくて堪らなくもある。
……そんな醒めた目じゃなくて、もっと熱い眼差しで僕を見ろよ。
泣いてばかりじゃなくて、笑ってよ。
君は嘘吐きでも、魂の輝きは嘘を吐けない。僕を魅了した、あの一際強い輝きは何処に行ってしまったの?
答えによっては、僕は、君を────。
「私はドミナスとさっき出会ったばかりなのよ。それなのに今ここで愛してるなんて言ったら、貴方の地位や財産が目的みたいじゃない? ドミナス、私はもっと貴方を、貴方の内面も知りたいな。愛をかたるのはそれからでも遅くないでしょう?」
レンは僕の心を見透かすように、静かに微笑んだ。
過去に戻ってから初めて見る笑顔は一点の曇りもない清らかさで、例えるなら透き通る水の静謐さ。荒んだ心も癒されるようだ。
僕の内面を知りたいという言葉は真っ直ぐで、レンの人柄が伝わってくる。
神職のレンが恋愛に抵抗があるのは本当だろう。
……腸が煮えくりかえるようだが、認めたくないが、あの男とは四年の歳月を共に過ごす内に想い合うようになったのかもしれない。
「レンの誠実で正直な所は好ましいな。そうだね、愛を語らうには二人で過ごす時間の積み重ねが重要だ。少しずつ愛を育むのもまた一興。最も、僕は初めて君を見た時から愛しているけど」
「いつから私のことを知ってたの?」
「教えてあげない。僕だけの秘密だよ」
ずっと未来から君のことを知っているよ。
でも、本来の邂逅は時の果てに、時空の狭間に消えてなくなったから。
敗北を喫した忌まわしい地底湖が、二人が結ばれた思い出の地に変わったように、新しい時間は僕と君とで築き上げようねぇ?
「次は庭に行こうか。君のために睡蓮の池を作らせたんだ」
「わあ、楽しみだなー」
大切な物を仕舞っておく宝物庫も良いが、レンのためだけに作らせた庭も見せてあげたいと思い、手を引いてエスコートした。
せっかくの睡蓮の池を前にして、レンが気もそぞろだったことにはムッとしたけど。脱走防止で壁の天辺に張り巡らせた電流の色を、指輪や僕の髪と同じ色だと気付いてくれて、綺麗だと褒めてくれたから許してあげた。
気を取り直して、二人で並んで庭園の絶景を愛でる。
色取り取りの、レンのようにあどけなく可愛いらしい睡蓮の蕾が、輝く水面から顔を出していた。
真っ赤な橋と紺碧の池。真っ白な壁で爆ぜる緑金の雷と、初夏の空。鮮やかな色彩で溢れた僕の楽園は、満開の睡蓮が加わることで初めて完成する。
今はまだ稚く愛らしいスイレンは、いずれ凛と美しく咲いてくれるだろう。初めて出逢った時のように。
そして今度こそ二人で手を取り合って、愛を語り明かすのさ。
──この美しくも閉じられた世界で、僕らは未来永劫ずーっと一緒だよ。
「早く僕のことを愛してね?」
レンは黙って微笑むだけ。
……参ったなぁ。僕はレンの笑顔にめっぽう弱いらしい。
困ったような微苦笑すら愛しくて、怒りも悲しみも吹き飛んでしまった。
微笑み一つでレンのお願いをなんでも叶えてあげたいとさえ思うのだから、重症だよ。
△△△△△
レンとの蜜月は、想像していたよりも何倍も素晴らしかった。
ただ、いつまでも無垢で初心なのはレンの魅力でもあるけど、考えものでもある。
触れただけで怯えられたり、恐怖で身を強張らせるのを如実に感じては傷付き、苛立ちを覚えた。すぐにその身を以て慰めてもらうけど。
レンのミルク色の肌は赤を引き立てる。
僕が去った後、朝というには遅い時間に行われる水浴びを鑑賞するのも、秘かな愉しみの一つだ。
レンが厳かな儀式のように水瓶から水を浴びれば、どこからか川のせせらぎのような、涼やかだけど物哀しい音色が聞こえてくる。
固まりかけた血液が溶けて水が赤く染まり、そこに緑金の雷の残滓が流れ出して、レンの華奢な肢体に、露の間、僕色の稲妻が取り巻く。通常は見られない妙なる美の競演──眼福だよ。
僕はうっとりと、レンを映し出す鏡の表面を撫で擦る。
この鏡は宝物庫からわざわざ運び出し、僕の部屋に設置させた真実の鏡だ。
レンに嵌めた指輪には、あらかじめ登録した鏡に装着者の姿を即時で映し出すという機能もあるんだ。
視点や角度は変えることも可能で、どういう原理かは知らないが、基点である指輪を物理的に覆っても映像にはなんら影響しない。
映像の投影に関しては、大量にある、おそらく神世の時代でも量産品だった通信の鏡より、性能も精度も高いんじゃないかな。
真実の鏡と指輪には、失われた神々の技術が使われており、二つの道具は組み合わせることで真価を発揮するようになっていた。
真実の鏡の特性で、映し出された者が嘘を吐いたらその嘘の度合によって鏡が赤く染まる。
これが本当の真っ赤な嘘ってね。
嘘吐きなレンの真意を見極めるのに重宝しているよ。
残念なことに映像の保存は出来ないから、隙あらばレンの日常を覗くのが僕の日課だ。
指輪は本当に便利で、レンに何か異変があれば、すかさず僕に警告してくれる。
さすがは神代から伝わる囚人用のアイテム。取り付けておいて正解だった。
獅子身中の虫を見つけるのにも役立つからねぇ。
……例えば、こんな事があったんだ。
▽▽▽▽▽
〖おい! 揃いの腕輪をはめていいのは正式な夫婦だけ。妾風情が強請っていいものではないぞ!!〗
清楚なドレス姿のレンが赤い橋の欄干に物憂げにもたれていると、不躾に声を掛けられた。
レンの麗しい横顔を眺めていたいのに、頭の中で警鐘が鳴り、視界の端に一本角の男が映る。
声を荒げているのは、アシオーの弟か。
兄の功績で側近衆の末席に加えてやったというのに、恩を仇で返された気分だよ。
この男は目を丸くするレンに、あろうことか余計なことを吹きこんだんだ。
〖知らなかったのか? 側近衆に選ばれたばかりの俺様が特別に教えてやる。ドミナス様はな、昔から預言で選ばれた高貴な姫君との結婚が決まっているんだ。男を寝取るような真似をして、育ちが知れるというもの。お前なんてただの戯れの相手、今に捨てられる運命なんだぞ!〗
正直に言うと僕はこの発言を聞いて、アレ……リアンフアレとの婚約を解消していなかったことを思い出した。
言い訳じゃないけど、預言の姫を確保するべく婚約を申し込んだのはアレが十にもならない頃で、時を戻してからは忙し過ぎて婚約のことなんて頭になかったんだ。
……だけど、これでは僕が不実な男みたいじゃないか。
〖贅沢者め。見目は良くても、昼近くまで惰眠を貪る怠惰な女はドミナス様にふさわしくない! 豪奢な腕輪はお前如きにはもったいない。即座に返上せよ!〗
こいつは本当に何様のつもりだ?
なんでレンの起床時間を把握している?
不愉快だ。気に食わない。端的に言って、むかつく。
何よりも赦せなかったのは、レンが笑顔を浮かべて左腕を差し出したことだ。
……ほらやっぱり。僕が見ていないと思ったら、すぐに他の男に笑いかける。
〖これは私には外せません。返上せよと言うなら、その腰のもので腕ごと切り離してください〗
その発言に真実の鏡が赤くなることはない。
……つまりレンは本気なんだねぇ。
腕輪も指輪も、僕の愛の証なのに!!
〖あれ、よく見ればその手の火傷はなんなんだ? 切り離せって、いや、そこまでしろなんて言ってないし……その、ごめん〗
ごちゃごちゃ何か言っているようだが、知ったことか。
カッとなった僕は腕輪の能力を使って、レンの後方へと転移した。
僕は慈悲深いから、罪を振り返る時間をあげる。
臣下の不始末にも寛大だからさ、一撃で仕留めてやろうか。
「レン。僕以外の男を見て、話して、笑いかけたな?」
落雷までのカウントダウンは始まっている。
皮肉めいた問いかけが終わる時が、レンを侮辱した奴の最期だよ。
△△△△△
……アシオーの弟は、人の形を留めただけ有難く思うといい。
優しい僕は黒焦げた遺体を遺族に返すよう執事に指示して、意識を飛ばしたレンを離宮へと運んであげたんだ。
──あの時のレンは、瞼や頬に唇を寄せても、どれだけ体を弄っても起きる気配が無くて、愛玩用のお人形みたいで愛くるしかったなぁ。
いつものお仕置きで体の自由を奪っている間は意識をしっかり残してあるから、僕に対して不服従な目を隠せていないもの。
細い首に手を掛けながら、早く僕を愛すればこんなに苦しむことはないのにと囁いたって、レンは絶対に頷かない。苛立って、より惨い仕打ちをしてしまう。
……レンのことはでろでろに甘やかしたい一方で、絶望のどん底に突き落としてやりたい気持ちもある。
これも歪みの影響かな、心が二つあるみたいだよ。
レンの体はあんなに小さくて、軽くて、脆いのだから、壊してしまわないよう自重しないといけないのに、ついやり過ぎちゃうよねぇ。
腐れ外道。




