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19.どうやら僕は五年前の過去に戻ったらしい

 

 僕は稲妻の支配者(フルドミナトゥス)の名前通り、黄色の鬼の中でも希少な天候の雷さえ操る強い能力を持ち、古より代々続く格式高い部族の長の家系に産まれた。

 女が群がるほどの美貌に、均整の取れた肉体美、そして堂々と天を衝く真っ直ぐな(・・・・・)二本角。

 容姿も才能も環境にも恵まれた、天性の勝ち組。それが僕だ。


 幼い頃から才気煥発で、剣術であれ学問であれ大して努力をせずとも何でも身に付いたし、欲しいものは大抵手に入ったから、逆に何に対しても情熱を持ったことなんてない。

 人生なんて簡単過ぎてつまらない、退屈だとすら思っていた。


 そんなだから野心なんて抱きようもなく、たかだか一部族の長の地位で満足していたし、預言に従って娶った妻に不満もない。

 正室のリアンフアレは少し体が弱いのは玉に瑕だけど、気立ては良いし、魂の輝き方が揺らめく炎のようで綺麗だ。

 見目は良くても魂の輝きが濁った女も多い中で、僕は政略の妻をそれなりに気に入っていた。


 婚姻を取り付けた時の約束、水巫女を僕自ら探してやろうかと気遣うくらいには、アレに情は湧いていたと思う。


 水巫女とは、鬼族の集落にたまに訪れる偽善者のことだ。


 見返りもなく貴重な水を、それも水神の加護を付与された霊水を困窮した民に恵み、戦場を渡り歩いて傷を癒したという水巫女は、誇り高いが気位も高い鬼族にとっても畏敬の対象である。

 戦争を経験した古い世代の鬼には特に、害するなど以ての外、利用してもならないという不文律があったが、若い世代の僕には関係ないよね。


 よく知らないが、辺境の中でもさらに辺鄙な水源で祈りを捧げているそうなので、目撃証言のある地域の水場を当たれば一人くらい見つかるだろう。


「そういえば、ここから少し先にとても美しい地底湖があるそうですよ。水花王家には、その秘密の場所が代々言い伝えられて来ました。嫁いだわたくしが話してはいけないのかもしれませんが……ドミナス様とわたくしだけの秘密ですよ?」


 軽い風邪のような症状で寝こんでいたアレのお見舞いの際に、有力な情報、秘密の地底湖とやらの場所を聞き出し、僕は現地へ向かい──そして、運命の人を見つけてしまった。



△△△△△



 アレの言うとおり、地底湖は複雑な自然迷路の奥にあり、簡単には辿り着けない場所に隠されていた。

 ドーム状の天井に自生した光苔の青白い光が、岩肌に埋もれた水晶に反射して輝いている。

 怖いほどに冷たく澄んだ地底湖の畔には、先客がいた。


 長い巻き毛の華やかな、一見アレに似た雰囲気の少女だけど──こっちの方が良いと、本能が告げる。

 凛とした佇まいの少女は容姿も魂の輝きも、今までに見たことが無いほど美しくて。

 僕の帰りを待つ妻の存在が霞み、預言のことも心の片隅に追いやられるぐらい、欲しいと思ってしまった。


 花びらのような切れ込みのある、伝承通りの特徴的な衣装は水巫女で間違いない。

 アレとそう歳の変わらない、十七、八歳ほどの少女は、僕よりも明らかに劣る見た目の、地味でつまらない男と手を取り合い笑っていた。

 かすかに会話が聞こえるが、美しく澄んだ声は鈴の音のよう。


「……お互いに敬語はなしって約束したでしょう? ……名前も、スイレンじゃなくて、レンと呼んでって言ったじゃない。…………とはもう…………から」

「……ご、ごめん。……ここはレンと出逢った思い出の場所だから……つい四年前に戻っちゃったみたいで…………ね」

「…………」


 なんて話しているかなんて、もう耳に入らない。

 男に向けた愛情がたっぷり詰まった優しい笑顔に、一際強い輝きに、僕は虜になった。恋に落ちた。

 男の繋いだ右手を切り落とし、殺してでも彼女を手に入れたい。そんな衝動に駆られるほどに、強く心を囚われてしまった。


「……誰だ!?」


 無意識に放った殺気に反応して、男が少女を庇うように立ちはだかる。

 ああ、彼女が僕を見てくれた。なんて綺麗な瞳だろう……。怯えた表情ですら、恐怖に染まった魂の色さえ美しかった。

 無味無臭な水みたいに味気ない魂の男には、もったいない……彼女は、僕にこそ相応しい。僕のものになるべきなんだ!!

 激しい感情、殺意、欲望に突き動かされるままに、僕は男女に襲いかかり────返り討ちに、あった。



▲▲▲▲▲



 …………嘘だろう? この僕が、あんな男に負けたなんて……あり得ない。あってはならない。思い出すのも腹立たしい!!


 這々ほうぼうの体で逃げ帰ることになった僕は、使用人や幼い頃から仕える忠実な老執事を追い払い、離宮の宝物庫に立て籠もった。


 挫折を知らずに生きて来て、女に不自由したこともない。なのに何故だ、初めて心から欲しいと思った少女に触れることすら叶わず、無様に敗走するしかなかったなんて……。

 悔しい。憎い。赦せない──やり直したい。


 思い詰めた僕が手に取ったのは、古ぼけた銀色の水盤だった。

 アレの瞳のような、紺碧の水を湛えた神代から伝わるアイテム。

 望む過去に一度だけ戻れるとされているが、過去を変えることは重大な禁忌、故に長い間封印されていた代物だ。


 躊躇いなく厳重な封印を打ち破る。

 解き放たれた水盤に向かって僕は叫んだ。


「あの男と、彼女……スイレンが出会う前に! 四年──いや、それよりも前に時を戻せ!!」


 彼女の助力もない、もっと若い時分の男になら勝てる、簡単に殺せるはず。

 少なくとも僕のスペックなら、ちょっと鍛えて準備をすれば確実に勝てる。

 あの糞野郎を殺して、僕が彼女と出逢うんだ!!


 紺碧の水が霞となって僕の周りを取り巻いた。 

 水盤から迸る光に目が眩む中、脳裏に無機質な声が鳴り響く。


──正しい歴史を変えるのは禁忌。お前は大罪者となり、肉体に、魂に、歪みを抱えるだろう──


 それはこの地を去った神の警告。だけど知ったことか。

 族長として築き上げたものを全て手放したとしても、彼女を、スイレンを手に入れると決めたのだから。



▼▼▼▽▽▽



 カシャン!!


 光が収束した後、僕は水の涸れ果てた水盤を叩きつけて破壊すると、宝物庫に治められた宝の一つ、“真実の鏡”に駆け寄った。

 当然ながら、あの男に負けた際に負った傷は全てなくなっている。豪華な全身鏡には幾分か若い時分の姿が映し出されるが……。

 自慢の角は、物語に出てくる魔王のような捻れた螺旋状に変貌を遂げていた。


「これが歪みの影響か。でも、悪くない」


 くるりと巻いた感じが恋焦がれる少女の巻き毛を思い起こさせて、僕には真っ直ぐな角よりも巻き角の方が似合っているとさえ思う。


「さあ、彼女を迎え入れる準備をしないとなぁ」


 鏡に映った笑みは、我ながら酷く歪んでいた。






──どうやら僕は五年前の過去に戻ったらしい。


 手始めに、この頃はまだ現役だった父と母を毒殺して族長の座を手に入れる。

 別に恨みがある訳じゃないが、水巫女を娶るなんて言ったら、昔ながらの頭の堅い二人には反対され、邪魔されると思ったから。

 それともう一つ用がある。腕輪だ。


 両親の婚姻の腕輪は、元々宝物庫にあったもので、対となる腕輪がある場所へ転移する力が付与された希少レアアイテムであり、持ち主が死ぬまで外れない仕組みになっているから、必要な犠牲と言える。

 遺体から剥ぎ取った腕輪を腕の良い細工師に預け、僕の紋様を彫ってもらった。

 ついでに母の物だった腕輪の方には、同じく宝物庫に収められていた、囚人監視用の指輪を美しく加工し直した物を取り付けておく。

 綺麗に仕上がった腕輪を、受け取って喜ぶ彼女の姿が目に浮かぶようだ。


「彼女がもっと喜ぶように、望んだものを何でも与えられるように……あの男がやって来たらすぐわかるように、辺境を掌握しておこう」


 折しも五年前は激動の年で、何かの予兆のように水場を巡る小競り合いが相次いでいた。

 当時、事なかれ主義だった父は関わらずにやり過ごしていたけれど、僕は違う。

 未来で把握していた知識、災害などの情報を駆使して暗躍し、群雄割拠だった辺境を統一する、千載一遇の機会チャンスだ。


 ついでに古参の煩わしい連中をわざと遠くの重要地区に派遣して、余計な口出しを防いでおく。

 通信用の鏡は部外秘だが惜しまず使い、率先して立ち回り、僕は辺境全ての鬼族を束ねる族長に就任した。


「未来を見通すような慧眼で情報戦を制し、無駄な血を流さず、ばらばらだった鬼族を束ねる優秀さ、慈悲深さ、常に己を鍛え続けるストイックさ……感服致しました!」


 新たな腹心には側近衆の末席を甘んじていた、アシオーという若い白鬼を任命する。

 正直、僕の邪魔さえしなければ誰でも良いけれど、アシオーは思いこみは激しいものの、賢く忠誠心があり、僕に反抗する気概が無さそうなのが良かった。

 歳の割には珍しく、魂の輝きも濁っていない。

 老執事のように、傍にいて不快でないというのは案外大切だ。


「口ばかりではなく働いて貰おうか。離宮と本宮を改装する。庭には池を掘って睡蓮で埋め尽くすんだ。鳥籠風の四阿も建てて、花で飾ろう……壁ももっと高くしないとなぁ」──彼女が逃げられないように。


「はい! 直ちに取りかかります!」


 腰が軽いから使い走りには丁度良い。

 まあ、あんなのはどうでもいいから、二人の未来のために住環境を整えていこう。

 そういえば、未来で開発した雷をエネルギー源にした照明装置や温度管理のシステムは、体調を崩しがちなアレに合わせて考案、調節したものだったな。

 ……良い練習台になったと思って、早々に取り入れておこう。

 

「彼女が僕の想いを受け入れるなら、唯一無二の正妻として優雅な暮らしを約束する。……もしも拒むなら、妾にして軟禁、囲ってしまおう」


 まあ、そんなことは万一にも無いと思うけど?

 あんな男ではなくて、この僕と先に出逢っていたら、きっと愛しい彼女は僕を選ぶに決まっている。

 青みがかった灰色の髪の、どこにでも居そうな凡庸な男よりも、美貌も能力も何もかも僕の方が秀でているんだから当然だよねぇ?


 ああ、早く彼女に、スイレンに会いたい。

 屈辱的な敗北は無かったことになったから、運命の出逢いをやり直すんだ。


──その前にあのゴミを始末しておかないとねぇ。




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― 新着の感想 ―
さすがゴミカス様…! クズい、クズすぎる! 殺された先代族長夫妻の腕輪を渡された細工師さんの気持ちやいかに。恐怖しかありませんね。終わった後も無事でありますように。 そんなゴミカス様もリアン様のことは…
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