1.どうやら母は鬼の愛人ではなく被害者だったらしい
三話投稿二話目。
混乱しているだろうから今夜は早く休みましょうね、と母に促され、ちょっと豪華な食事会をした後、早々に寝かしつけられた。
パーティーの続きは、落ち着いてから……また明日に持ち越すことになった。前世の生々しい死に様を思いだしたばかりで、誕生日をお祝いされても素直に喜べないから、正直助かったよ……。
いつも通り子守唄を歌い終えた母は、オレの寝たふりには気付かず、そっと寝室から立ち去ったけど、一人きりの寝台で目を閉じていても、いつまで経っても眠れない。眠れる気がしない。
フェリシタスとして生まれて五年。
父親はいなくても、母や他の家族と穏やかに幸せに暮らしていたのに、何故か前世の記憶が蘇った。
死に際の記憶があまりに鮮烈で、その時に刻まれた絶望や、諦めざるを得なかった夢についてはよく覚えているのに、前世の名前や家族のことは霞がかかったようで、はっきり思い出せない。
……前世の記憶と今世の人格は統合され、過去を引きずってはいるものの、オレはもうフェリシタスなのだと突きつけられる。
憎い仇を破滅させたいが、母や家族のことは大好きなままで。
復讐をやめるつもりはないが、優しい母が悲しむかもしれないと思うと胸が苦しくなった。
あの人の涙は見たくない。
……そもそもなんでオレは殺されたんだ?
さっぱりわからない。
前世は短い人生だったが平凡で、がむしゃらに夢を追ってはいたが、暗殺、いや虐殺に近い殺され方をするほど他者に憎まれるような生き方はしていなかった、と思う。
目を閉じたまま一人で思案に耽っていると、そっと寝室の扉が開かれた。
見なくても気配でわかる。
部屋を覗いているのは、全身が水で出来た透明な四人組。幼子の膝丈ほどしかない小人で、フェリシタスの愛すべき家族、可愛いらしい水妖精だ。
『フェーリーはもう寝てるかな?』
『ぐっすり寝てるよー』
『じゃあお祝いの続きは明日だね』
『ボクらがサプライズの準備でいない間に、まさか覚醒するなんてね』
小川のせせらぎよりも小さな囁きだが、オレの耳には問題なく届いている。
昨日までは気配なんて気にも止めていなかったし、聴覚も普通だったのに。
角が生えたことで能力が芽生えただけではなく、感覚も強化されたらしい。
オレはとっさに寝たふりを続けることにした。
『子どもの成長は早いね』
『早いねー』
『でもフェーリーがパニックを起こさなくて良かった。水の眷族のワタシたちには、電気は効果がバツグンだもの。うっかり落ちた雷で消えちゃうこともあり得たから』
『幼い内に覚醒した能力者、特に炎や雷の強大な能力には大抵セーフティがかかるようになってるんだよ。大きな力を制御するために知能が上がったり、急速に情緒が育って大人びた例も多い。それはどこの世界でも共通だったから、フェーリーも例外じゃないと思う』
『そうなんだ。ルイは物知りだね』
なるほど、前世の記憶が蘇ったのはセーフティ、予防安全の一種だったのか。確かに子どもの癇癪が大惨事に繋がりかねないからな。
あの鬼から受け継いだ雷で母や大切な家族を傷付けたかもしれないと思うと、ゾッと背筋が寒くなる。
『それにしてもフェーリーにスイレンがついてないのは珍しいねー。寝る時はいつも一緒なのに』
スイレンは母の名前だな、と反射的に考えて疑問が浮かぶ。
前世の知識によると、水面に咲く清らかな花の名は、オレが住んでいた水花国では、王族や水神様の加護を受けた神子、限られた神職にのみ許された尊い御名……だったはず。
水妖精と暮らし、水神様に感謝を捧げ、隠れるように慎ましい生活を送る母はまさに当てはまる。
そんな立場の母が、果たして自ら日陰の存在に、悪逆非道な鬼なんかの愛人に身を落とすだろうか? ……嫌な予感がした。
『水神様に祈りを捧げに行ったよ。どうかフェーリーをお守りくださいって熱心に祈ってた』
あー……と水妖精達の声が唱和する。
『あのゴミカスは可愛いフェーリーの存在を知らない、スイレンに子どもが出来たことすら気付けなかったボンクラだけど、鬼族は実力主義。こんな幼い内に覚醒した優秀な息子がいる、なんてバレたら大変だから必死なんだ』
『求婚を拒んだスイレンを、無理矢理さらって妾にするような外道だしね』
『そのくせすぐに正室を娶って、スイレンが冷遇される原因を作った最低野郎だしねー』
『なんとか逃げ出せたけど、スイレンの腕はその時に、ね……』
『水神様の神域に匿っているのがバレたら、あの変態ストーカーは何しでかすかわからないしね』
どうやら母は鬼の愛人ではなく被害者だったらしい。
水神様に仕える身なのに尊厳を穢され辱められ、不義の子まで孕まされた挙げ句、逃げ出す時に片腕まで切り落とされた、と。……実父が予想以上の鬼畜過ぎて吐き気がするわ!!
鬼は鬼でも悪鬼の類い、鬼族の先祖だという悪逆非道な人食い鬼の生まれ変わりか? 地獄からやって来たのか?
角が生えたと思ったら前世での記憶が蘇り、偶然とはいえ母の悲劇と、オレの出生の秘密まで知ることになるとは。
ただの五才児のままだったら頭がパンクしていたかもしれない。
正直に言うと、オレは憎たらしい仇そっくりな自分の容貌を自覚した時、嫌悪感すら覚えていた。
水妖精は総じて温厚な種族なのに、わからない単語も混じってはいたけど……言葉の端々に鬼への怒りを感じたし、母はきっと望まぬ妊娠だったはず。
最低最悪な父親に似たオレを、角まで生えたオレを、皆は本当はどう思っているのだろうか。考えるだけで涙が溢れてしまう。
『わわ、フェーリーが泣いてる。聞こえちゃったのかな』
『ううん、きっとまた怖い夢を見てるんだよー』
『昔から夜は、特に雷の夜にはひどく魘されて泣いてたもんね……』
『ボクと同じくらいフェーリーも泣き虫だもんね』
水妖精達は寝台にそっと潜りこむと、小さな身を寄せ合った。水の体がひんやりとして気持ちがいい。
『怖くないよ。大丈夫よ』
『ここにはぼくらがいるよー。スイレンもすぐに戻って来るから寂しくないよー』
『フェーリーは皆に祝福されて産まれてきたんだよ』
『ボクは君に会えるのをずっと待っていたよ』
『わたしたちもスイレンも皆フェーリーが大好きだから』
『『『『安心しておやすみなさい』』』』
代わる代わる声をかけてくれて、荒んだ心に優しさが染み渡る。
そうだ、水妖精達はいつもオレの、フェリシタスの側にいてくれた。
オレが知らない間、悪夢に怯えていた時も、こうして寄り添ってくれていたのだろう。
記憶の中の母も一緒、皆の愛情に偽りを感じたことなんてない。
『可愛い御子よ、お眠り、お眠り……』
皆は囁くように子守唄を歌い始める。
眠る前に母が歌ってくれる歌と同じ歌詞、同じ曲調で、母と同じ掛け値無しの愛情を感じた。
母や水妖精と過ごした五年を振り返る。
危ないことをして叱られることはあったが、皆はオレを慈しみ、愛して、大切に守り育ててくれた。
家族が奏でる子守唄を聞きながら、オレは涙を流し続ける。幼子の体は涙もろいのだ……。
──母様はボクが守ってあげるね。
物語の騎士の真似事をして、初めて母に誓った日のことを思い出す。
母は本当に嬉しそうに、幸せそうに微笑んでくれて、幼いながらに胸が熱くなったのを覚えている。
これからもずっと、この笑顔を守りたいと思ったんだ。
……前世のオレと、母が受けた仕打ちは到底赦せるものではない。
あの鬼には絶対に報いを受けさせる。
復讐だけではない。
母や家族達との何物にも代えがたい日常を守るためにも、オレは強くなろうと決心した。
あの鬼を、フルドミナトゥスを倒したら、きっとオレはフェリシタスとしての 新しい人生を堂々と歩んで行けるはず。
この時のオレは、鬼への復讐を終えたら、母や家族皆といつまでも幸せに暮らせると、本気で信じていたんだ……。




