12.心から愛する方の側にいられる……わたくしはそれだけでいいの
「リアン姫はまた寝こんでいるのか!」
父の怒号が聞こえる。
……わたくしは、幼い頃から体が弱かった。
すぐに熱を出すので父にも母にも呆れられ、広い部屋に一人きりで寝かされていた。
たまに両親は訪れたけれど、お見舞いではなくて生存確認のため。
温かい言葉はなく、ただ不満をぼやいていたことを覚えている。
「たかが熱で弱すぎる……慣習とはいえ、此方を残すべきではなかったな」
「彼方は結局失敗した上、残った方がこんなに弱くては後継ぎを望めるかもわかりません。王家の直系は、この子が最後なのに……やはり名前に火など入れるべきではなかったのよ」
わたくしの名前、蓮火は王室付きの祈祷師が付けたもの。
水花王家は水の加護が強い反面、近年ではわたくしのように体が弱い者や、子が出来にくい者が増えている。
それは水の気が強すぎるせいだから、火で打ち消す必要があると祈祷師が主張し、古い言葉や異国の言葉を取り入れ、響きにもこだわった結果、鬼族風の名前になったらしい。
娘には蓮花という伝統的な名前を付けたかったのにと、不満げな母によく愚痴られたので知っている。
だからわたくしはフアレという響きが好きなのに、母の意向でリアン姫と呼ばれた。
「もういい。リアン姫はこのまま天命に任せよう」
「遠縁の、分家筋にはまだ頑健な若者もおります……致し方ありませんね」
十にも満たない内に両親に見限られたわたくしだったけれど、ある時から急に待遇が改善された。
専属の医師が付き、上等な薬が煎じられ、看病する侍女が付いて、一人で寝こむことがなくなった。
わざとのように陰口を言う人は相変わらずだったからこっそり聞き耳を立てたところ、どうやらわたくしに鬼族のとある部族から縁談の申し込みが来ているらしい。
中央は水花王家が治め、辺境は鬼族が束ねるというのが暗黙の了解だったけど、両者の架け橋になりたいという申し出を断れず、辺境で豊富に採れる黄金まで献上されたのだとか。
わたくしの体の弱さを理由に断ろうにも、辺境を巡礼する水巫女を呼び寄せるとまで言われてしまい、王家としては認めるしかなかった。
「野蛮な鬼族に嫁ぐなんて、リアン姫もお可哀想にねぇ?」
「辺境は水神様の加護も及ばぬ未開の地、さりとて今の鬼族の武力は見過ごせないわ」
「あんな幼い姫を望むなんて、趣味嗜好が知れますわね」
「王家でも無理だったのに、過酷な地ばかりを巡る水巫女をどうやって探し出すつもりかしら?」
令嬢達の聞くに耐えない雑言も、わたくしには福音だった。
こんなわたくしを必要としてくれた、一人で寝こまなくてよくなった、それだけでわたくしは顔も知らない縁談の相手を好ましく思っていたの。
△△△△△△
縁談の話が出てから数年が経って、ようやく顔合わせは実現する。
「はじめまして。僕はフルドミナトゥス。鬼族を束ねる族長だよ」
初めてお会いした夫となる方は、すらりとした長身の美丈夫だった。
もっと大柄で野蛮な方を想定していただけに、嬉しい誤算だわ。
後ろに撫でつけて流した緑金の髪。それ自体が宝飾の如き黄金の巻き角。金の輝きを宿した肌。彫りの深い顔立ちには、洗練された騎士風の煌びやかな衣装がよく似合っている。
蛮族だと影で嗤っていた令嬢達が一斉に口を開けて見惚れるほどの精巧な金細工のような美貌に、わたくしは体に電流が走ったかと思った。完全に一目惚れね。
「は、はじめまして、フルドミナトゥス様。わたくしは、リアンフアレ、です」
差し出された手をおずおずと取ると、にっこり微笑まれる。翡翠のような瞳がなんてお美しいの。
「鬼族では真名を名乗るのは婚姻や決闘を申し込むなど、特別な時だけ。僕のことはこれからは通称のドミナスと呼んでくれるかな。僕も君のことはアレと呼ぶから」
思い返せば、初対面からちょっと首を傾げるところはあったのだけど、舞い上がっていたわたくしは、リアンではなくフアレの方に近い名で呼ばれたことさえ喜ばしくて、まさに天に昇る心地だった。
二人きりになり、ドミナス様に婚姻の真相を聞かされても気持ちは変わらなかったわ。
「わたくしを求めた理由は預言、ですか」
「そうだよ。簡単に言うと、君が産む男児は父親を越える資質を持つと、我が部族に伝わる水晶が預言したんだ」
少しガッカリしたけど、わたくしなんかが求められる理由がわかり、逆に安心した。
現実なんてこんなもの、素敵な方と結婚できるだけでも僥倖だと、自分に言い聞かせていたら、さらに追い打ちがかかる。
「僕にはすでに最愛の妻がいる。清らかな魂の水巫女だよ。ただ、彼女……レンは妾だ。正室も、世継ぎを産むのも君に決まっている。僕にはアレが必要なんだ。これは完全に政略結婚だけど、異論はないよね?」
ドミナス様はすでに妾を娶っていた。
水巫女は希少な神職だけど、身寄りのない者が多い。正式な妻には出来なかったのね。
けれど、どんな理由でもわたくしを必要としてくれている。
預言のことも妾のことも、隠さない姿勢は誠実だわ。
「もちろんです。例え政略でもわたくしを必要としてくれて、望んでくれて、ありがとうございます」
「うん、君のその謙虚な所は好ましいな。これからよろしくね」
水巫女は、元はわたくしのために探してくれたはず。
なのに寵愛を奪われるなんて皮肉だけど、体が弱いせいで妻の役目を果たせず疎まれるよりも、他にもお相手がいる方がずっといい。
レン様にはむしろ感謝をするべきよね……。
心から愛する方の側にいられる……わたくしはそれだけでいいの。
▲△△△△
ドミナス様のお城は、生まれ育った王城よりも遥かに先進的で快適だった。
雷の力とは凄いもので、季節はずれの花や果物がいつでも手に入る。
寒さや暑さで困ることはなく、わたくしは本宮の正室の部屋で、何不自由のない暮らしを送っていた。
「リアン様。ドミナス様よりまたドレスが届いています」
「なんて真っ直ぐで美しい御髪。どんな髪型もお似合いになって、羨ましいです」
「お茶とお菓子を用意致しました」
預言の姫だからと、皆がわたくしを大切にしてくれる。
ドミナス様は嗜好品も宝飾も惜しまず贈ってくれて……揃いではないけど、わたくしのための腕輪だって誂えてもらえた。
政略結婚なのに、とても良くしてもらっている。だけど。
「どこぞの馬の骨とは気品が違いますわ」
「同じ銀髪なのに、あっちはいつもボサボサでみすぼらしいったら」
「聞かれては大変よ? 告げ口の多い方みたいだから」
侍女達はいつもわたくしと妾の方を比べては、くすくす笑うのだ。
陰口を叩く人はどこにでもいるのね……。
自分ではどうしようもない、生まれや髪質で比べるのはどうかと思い、わたくしがたしなめると、さすが預言の姫はお優しいですね、と皮肉のように褒めそやされる。
たくさんの侍女に傅かれているのに、何故わたくしは孤独なままなのかな……。
▲▲△△△
「水神様より賜った水を献上させていただきたく、馳せ参じました」
初めてお会いする、ドミナス様の最愛の人、レン様は心も見た目も清らかな少女だった。
ボサボサなんかじゃない、ふわふわした柔らかな巻き毛と長い睫毛はお人形のよう。
首元や袖口に繊細なレースがあしらわれた、白いドレスを楚々として着こなしている。
それになんて綺麗な瞳……生まれたての赤児のような薄い青は、色は似ているけどわたくしの瞳とは輝き方から違った。
侍女に睨まれながらも、わたくしのために貴重な水神様の水を持ってきてくれて……こんな方を憎むことも嫌いになることも、出来るはずがないじゃない。
熱で寝こんでいる時に純粋な善意で手を差し伸べてくれたのは、レン様が初めてだったから。
「もっと、貴女とお話しがしたいわ」
「私でよければ、喜んで」
わたくしは無理を言って彼女を引き留めてしまった。
二人きりになってからわたくし達はそれぞれの馴れ初めを話したり、勘違いでなければ、打ち解けられたように思う。
「わたくし、一人っ子だから姉妹に憧れていたの。ねえ、レンって呼んでいいかな……良かったらまた会ってくれる?」
「光栄です。私、これからもリアン様のために水をお持ちします。定期的に飲んでいたら、いつか必ず健やかになれますよ」
告げ口ばかりと聞いたけど、レン様、いえレンは人を悪く言ったりしない。
穏やかで一緒にいて居心地が良くて……そんなところをドミナス様も気に入ってるのかな。
なんてつい考えてしまったけど、それからのレンとの会話もまた、楽しかった。
「誕生日は産まれてきてくれたことに感謝をして皆が祝福する日。特に仲が良い友達や家族が心ばかりの贈り物をしたりお祝いをするものなのよ。贈り物やパーティーも豪華じゃなくていいの、一緒に楽しむことが肝要だから」
わたくしのお誕生日は宴が開催され、国民からは盛大に祝われていたけど、父や母におめでとうの一言すら貰ったことはない。
友達だっていなかったから、これはわたくしの願望、ただの理想論だ。
「そんなものですか……」
でも、レンは目を輝かせて聞いてくれる。
家族に祝われたことがないのは彼女も一緒で、わたくし達は生まれも育ちも違うけれど、似た者同士なのね。
「レンは堅苦しいのよ。わたくしのことも、親しくなったのだから名前は呼び捨てにして、敬語もやめる。他人行儀だからね」
わたくしは心の中で自嘲する。
政略結婚だから、畏れ多いから。わたくしはドミナス様に対してずっと敬語だし、様付けのままだけど……レンとなら気やすい関係に、初めての友達になれるんじゃないかって、思ってしまったの。
「わかった。……でも、二人の時だけね?」
どこか憂いがあり、大人びているレンは笑うととても愛くるしい。わたくしに妹がいたらこんな感じなのかな。
「よくできました!」
「今度はリアンが敬語使ってる」
この時のわたくしは、レンの境遇をわかった気になっていて、侍女の陰口から庇っているとすら考えていて。
彼女がずっと地獄の中でもがいていたなんて、想像すらしていなかった。
……レンとの交流は短い時間でも、お茶会はとても楽しかったの。本当よ?
だけど賢しい侍女達が耳打ちしてくる。
「リアン様。ご存知ですか? 貴女が立ち去った後の四阿で、レン様がドミナス様と仲睦まじく過ごされているのを!」
「口では殊勝なことを言っていても、やはりあの女は泥棒猫、醜い本性は隠せませんわ」
わたくしが愛されてない現実を突き付けるのはやめてよ。
「二人で過ごしているとのだとしても、足を運ばれるのはドミナス様のご意志でしょう。わたくしに止める権利はないわ」
「でも」
「レンの水のおかげでわたくしは元気でいられる。ドミナス様も、たくさんの贈り物をくれて、本宮での暮らしに気を配ってくださる。これ以上なにを望むというの?」
「……」
そう、いつだって二人には感謝をしていた。ドミナス様は基本はレンの元で過ごすけれど、わたくしの元にもちゃんと訪れてくれる、それでいいの。
そしてある冬の日、わたくしに最大の幸運が訪れる。
とうとうお世継ぎを、ドミナス様との子どもを授かったの!
ドミナスはデリカシーがないだけで、一応愛称では呼んでた。




